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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第55集(2015年01月)/「成人式」&「車」
5/36

05 E.Grey 著  車 『沖田御殿の怪1・公設秘書少佐』

   //事件概要//


 長野県月ノ輪村役場職員・三輪明菜のもとに、婚約者・佐伯佑が訪ねてきた。「少佐」と仇名される切れ者の公設秘書だ。彼が仕えている代議士・島村センセイから命じられ、後援者の一人・沖田茂氏の悩みを聞いてやれというものだった。夜中になると、ときたま、山林王沖田家の豪邸・庭先に、怪しい車が侵入するのだという。

   沖田御殿の怪

.

01 不審車両

.

 音がないようで、かすかにノイズがかったような感じがする。

 たぶん外は雪だ。

 沖田御殿と呼ばれる屋敷の当主夫妻が床に就くころだ。

 二階建てになった屋敷の厨房で翌日の仕込みをしていた若い使用人・川島ハジメは、寝室から、夫人の悲鳴を聞いた。

「畜生!」

 苦汁の表情を浮かべた川島が、ドアノブに手をかけたとき、外から照らされたライトが部屋の窓ガラスに反射して車が立ち去る音がした。

 今度は屋敷の主の、情けない悲鳴を聞く羽目になった。

 自家用車。

 こんな時刻に、雪が降っているのに、何の用があってきたのだろうか。

 川島は毒気を抜かれた感じで、夫妻の寝室に立ち寄った。

 ほかにもう二人いる使用人も駆けつけてきて、ドア越しに、夫妻の安否をきいていた。

.     

02 メイク

.

 数日後。

 私・三輪明菜は、女子化粧室で入念にメイクをしていた。

 同僚の女子職員たちが遠くで噂をしていた。

「明菜ちゃん、そわそわしてるわね。お化粧もバッチリ気合を入れている。どうしたのかしら?」

「〝彼〟がくるのよ」

「ああ、なるほど。――明菜ちゃんの〝彼〟デキル男だし、ハンサムで背が高いし、私の彼と交換してくれないかしら」

「彼女に聞いてみたら?」

「やっだあ、そんなこと、できるわけないでしょ」

 面倒だから同僚たちの声は聞こえないフリをしておこう。

 鏡に映る私は、こないだ長い髪をバッサリ切って、角ばった黒縁眼鏡をピンクの可愛いフレームにしてやった。女の子女の子していてなかなか気に入っている。

 女子事務員用スーツの上からコートを羽織って、板張りの廊下に飛び出し、職員用玄関で上履きを下ばき・長靴に履き替えた。

 外に出る。

 木造三階・寄せ棟屋根になっている洋風の建物が月ノ輪村役場。

 役場前の停車場に、ボンネットバスが着き、ドアが開くと、ステップから、黒スーツの上にトレンチコートを羽織っている百八十センチを超える体躯の男がバスを降りてきた。

 私・三輪明菜は、傘を持って衆議院議員公設秘書・佐伯祐を出迎えた。

 東京のセンセイ・島村代議士が、お膝元の長野選挙区に新年の挨拶にゆくがてら随行した佐伯に、別行動をとるように命じたのだそうだ。佐伯は「国家老」と呼ばれている地元選挙区を仕切っている長老秘書と選挙についての話をしてから、婚約者にして捜査の相棒でもある私に会いに来たのだ。

 センセイの選挙区の一つである月ノ輪村は少なからずその恩恵に預かってきた。村長はセンセイに恩義があるから、代理人である佐伯が派遣されれば、私が道案内・相棒役をやっても、公務扱いになる。

 佐伯と私はむかいあった格好で、バスが走り去った停車場で、立ち話を始めた。

「いい子にしていたか、明菜?」

「もちろん、いい子にしていたわよ、祐さん。お望みならもっといい子になるけど」

「いや、そのくらいでいい。それ以上いい子になったりしたらストレスで仔猫の化けの皮が剥がれてなかから虎が出てきそうだ」

「酷いわね。……で、事件なんでしょ?」

「センセイの有力な後援者に沖田昇平氏がいる。何者かが監視しているようで不安がっているから話を聞いてやれって、話なんだ」

.

03 沖田御殿

.

 林業王沖田家。

 戦後の農地開放でも解体されなかった山林地主・沖田家は、その後の復興成長での各種工事・個人住宅造成からなる木材需要の増加で、さららなる財を築いていた。

 本宅はその名をとって沖田御殿と呼ばれている。

 屋敷は、背後の山と前面の川を借景した、欄干がついた瓦葺二階建て屋根からなり、茶室ほどの大きさ四畳半ほどの小部屋を連ねた、桂離宮のような書院造の系譜を引く数寄屋建築をなしていて、一部は洋風に改装されていた。ご当主夫妻の部屋もその一つだ。土蔵が二棟。物置小屋一棟。敷地全体で二千坪というところであろうか。

 鯉が放たれた大きな池のある庭。その手前に母屋の玄関先があり、車が乗りいれられるようになっている。

 夫妻は佐伯と私を案内して不審車両が屋敷に侵入してきたときの様子を話した。

「夜十時くらいだった。私たちは休んでいて、ほかの者たちもだいたい寝ていた。しかし車の物音で目が覚めて、外を見ようと起き上がって縁側に出ると、もういなかった。そういうことが何度かあった」

「警察には連絡しましたか?」

 ご当主の沖田茂氏は着物を着ていた。頭が剥げていて肥っている。まるで応接室の床の間にある達磨像みたいだ。年齢は還暦を迎えたといっていた。その沖田氏が膨れっ面で文句をいっていた。

「誰も怪我もしていないし、物も盗られちゃいない。脅迫されてもいないですからね。型どおりの捜査の真似事をして帰りおった」

 なるほど。

 夫人は沖田氏よりも二十歳若い。ということは四十過ぎというところ。見た目にはさらに十歳くらい若く見える。ご亭主に合わせた和装で、ほっそりとした色白の美人だった。儚げで、なんとなく守ってやりたくなるようなタイプだ。優子という名前だ。

 さっきから、佐伯をみている。あ、目が合った。顔が赤くなった。

 君、君、イエローカード!

.     つづく








  //登場人物//


【主要登場人物】

●佐伯祐さえき・ゆう……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。

●三輪明菜みわ・あきな……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。

●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。


【事件関係者】

●沖田茂……達磨像のような風貌をした禿げて肥った資産家。還暦。

●沖田優子……四十歳だがみためは二十代にみえる美魔女。儚げで守りたくなるタイプ

●川島ハジメ……屋敷の若い奉公人。短気なようだ。

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