04 柳橋美湖 著 成人式 『北ノ町の物語、衝撃石の秘密』
【あらすじ】
東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、ゆくたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
. 09 衝撃石の秘密
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「神父様の死について、父がその人からここの牧師館を譲ってもらった経緯について、いろいろな憶測がなされている。素敵な方だった。あんな残忍な殺され方をするなんて。……刑事さんがおっしゃっていた。『ふつうの人間にはできない、というか、物理的に不可能な、人をスルメみたいに裂くような殺害方法』で神父様は引き裂かれてしまったのだ」
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ご機嫌いかがですか、皆さん。鈴木クロエです。
会社の年末年始休暇を利用して、母の実家にきています。こないだのクリスマスでは、お爺様が怪しい人たちに襲われて大変でした。例の如く、不死身のお爺様が、怪しい人たちを撃退してしまったのです。その際、宿敵の〝教団〟が放った刺客というのは信者の父。しかも実際は政府・公安委員会側が放ったスパイだったのです。
冒頭の一節はそんな母が父と駆け落ちするときの下りです。
母が父と離婚したのは私が生まれて間もないころのことですから記憶がありません。幼稚園児か小学生のころ、母にきいたことがありますが、母は父についてあまり話したがりませんでした。幼心にも、きっとチャラチャラしたタイプの人で、一時的な恋に落ちて結婚はしたものの、すぐに実態が判って離婚。……そんなふうに考えていました。
昨年末のクリスマスのとき、物心ついてから初めて会った父は、みかけは母が一目惚れするのも無理がないと思うくらいダンディーな人で、話をしてみると、なんで母は別れたの? というほどに、魅力的な紳士でした。
父は多忙な人で、例の〝教団〟実行部隊殲滅作戦が終了すると、すぐに東京にある公安委員会に報告のため戻ってしまいました。スパイ映画によくあるハイライト・シーンみたいに、ヘリが飛んできて降ろされた縄梯子に片手片脚を引っかけて、派手に立ち去って行きました。
その際、父が私に手渡されたのが、当時の母の日記です。
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一月第二日曜日の朝、母の日記。
「外は雪だ。明日の成人式もたぶんそうだろう。成人式は期せずして私の誕生日。これが終わったら私は町をでてゆくつもりだ。しかし神父様を死にいたらしめたという〝石〟はどんなものなのだろう。私は町をでてゆく前にそれが保管場所に入り、一目みてやろうと決め込んでいた。父は教えてはくれないのだけれども、ありかは分かっている。〝石〟は一種のオーラのようなものを放っている。それは〝禁断の間〟と化している地下室に隠されているはずだ」
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入母屋造りの集落が建ち並ぶ漁師町・北ノ町。そこの背後にある丘の上にある牧師館は明治時代に造られた洋館です。ジョージア王朝様式と呼ばれる十五世紀のイタリア・ルネッサンスを意識した建築がイギリスやアメリカに伝わったものです。それは、十八・十九世紀に流行った煉瓦を重厚に壁を積み上げ、段屋根といって、小さなガラス板が扇形にはめられた込んだ小窓をもつ玄関が、十九世紀初頭の特徴になっています。
玄関をくぐったホールの奥に、厨房、そしてお爺様が彫刻工房にしているお部屋があります。
お爺様は、顧問弁護士の瀬名さんとビジネス関した書類作成だとかで、朝から出ています。お手伝いにきてくださるご近所の小母様も日課を片したので、ご自宅に戻られたところ。いま旧牧師館であるお爺様の屋敷にいるのは私、それから従兄の浩さん。
私は、浩さんを強引に誘い、母の日記に従ってお爺様のお部屋に入りました。彫刻工房にしているところです。
浩さんが、ペルシャ絨毯を剥がしました。
すると日記に記されているように、確かに蓋があって、開けると梯子がかかっていました。
「こんなところに地下室があっただなんて……」
懐中電灯で下を照らした私がそういうと、後ろにいた浩さんが、
「たぶん神父様が、ワイン貯蔵庫として使っていた地下室だな」
「神父様専用の酒蔵?」
「ワインは、結婚式のときとか、祭壇のお供え物とかに使うだろ」
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母の日記からです。
「〝衝撃石〟――それがこの世の邪悪というものを惹きつける。生前の神父様にいわせるとあの石の恐怖に打ち勝つ強い心をもっているのは父しかいないといっていた。地方財閥の御曹司で彫刻家という肩書を持っている父は、半ば世捨て人のような暮らしをしているのだが、幕末にフリーメイソンのメンバーがこの町を訪れて偶然に発見したところに、牧師館を建てた。その後、特殊な力を持った神父が教会から派遣され、〝石に惹かれる者たち〟から守ってきた。その役割を父は担うことになったのだ。しかし、私はあの石が放つ禍々しい重圧感に耐えられなかった。私と〝彼〟は別々に行動し、東京駅で待ち合わせをした。〝彼〟は神父様の一人息子……」
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「おいおい、フリーメイソンときたか……。神父殺人は迷宮入りになっている昔の事件なんだ。〝衝撃石〟っていうのも、それっぽくインパクトがある。多分さあ、名探偵ポワロの短編ネタにでてくるような呪われたダイヤ『東洋の星』みたいな奴があるんだ」
浩さんがまず梯子を降りて行きました。
そういってみたのですが、
地下室の床に足を着けた浩さんは、懐中電灯で、床や壁、それから天井までくまなく照らしてみてみたのですが、それらしいものを見つけることができませんでした。
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黒っぽいガラスに似た岩石。
壁や床は、岩盤をノミで荒く削ったものでした。
「叔母さんの日記、オカルトめいていて、ちょっとワクワクしたけど、拍子抜けだなあ。……さて、お爺様と瀬名さんが帰ってくる前に元に戻しておかないとな、クロエ」
「うん」
そのとき迂闊にも私、懐中電灯を落としてしまったんです。
大きな音がして、ガラスカバーが壊れた様子。
梯子を昇りかけた浩さんが、懐中電灯でそこを照らしました。
するとです。
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「なっ、なんてことだ!」
浩さんがそういってから息を呑んだ様子です。
お爺様の工房部屋にある蓋のところから下をみていた私は、浩さんが照らす懐中電灯の明かりが、ノミで荒く削られていた床に、近くでみると判らない顔のようなものが彫られていることに気付かされたのです。
「さっきは、まさか、と思ったんだけど、やっぱり意図的に彫られたものだわ」
玉髄。
火山性の空洞に、石英の結晶が入り込んで、葡萄というか、真珠というか、自然が造りだした玉が鈴なりなった準宝石の巨塊。
それを少し加工したものを、床の窪みにはめこんでレリーフにしていたのです。顔というのは人のものではありません。ヒドラっていうのでしょうか、触手のようなものが、顔面にある、なんともおぞましい姿をした邪悪な生物でした。
私と浩さんはしばらく身体が動かなくなりました。
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そこへです。
「好奇心は厄介ごとの元だ。しかしそろそろ話をするころだとは思っていた」
そういって工房部屋の戸口に立っていたのは、お爺様と瀬名さんでした。
お爺様が、殺された神父様の息子だった父と駆け落ちをするときの真相を話してくれました。
「アレが、おまえの母親が、自らの意志でこの屋敷から家出をしたように書かれてあるが、実は儂がおまえの父親に頼んだことなんだ。例の〝カルト教団〟はここの牧師館にある地下室の秘密を知った。――というか儂や神父様以上に、秘密に詳しい。奴らはあらゆる手を使ってここの地下室に押しこもうとしている。仔細は判らぬ。しかし、なにかとてつもないもない邪悪なことを企んでいることだけは確かだ」
それで神父様を殺され、復讐を誓った父は〝教団〟に潜入したというわけでした。
びっくり仰天です。
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母の日記からです。
「〝衝撃石〟――生前、神父様はおっしゃられた。隕石孔でみつかる石。博物館に展示されているような、掌に乗っかる程度の石なんかじゃない。六千六百万年前に、メキシコ・ユカタン半島に落ちた小惑星は、当時、地球上にいた大半の生命を滅ぼしてしまった。その一部が大気中で割れて、ここ、北ノ町にも突き刺さった。風月にさらされて、クレーターの外輪山はなくなり、小惑星のかけらが、剥き出しになったのが牧師館の丘なのだ」
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いろいろありましたが、お正月の後、私は長めに休暇をとって北ノ町にいました。
なぜかって?
東京の高校を卒業してからそのまま就職した私も成人式を迎えたからです。
お爺様、瀬名さん、浩さん、お手伝いにきてくださる近所の小母様が私の晴れ着姿をみようと、町の公会堂にやってきて、お祝いしてくれました。
町長さんの訓示。
どこかから引っ張ってきた、あまり聞いたことがない有名人の講演……。
とてもローカルな型どおりの成人式でした。
お話を聞きながら思ったのですが、お爺様は、父に頼んで母を東京に逃がしたのですが、失敗だったと思います。ここ、北ノ町にいたほうが安全だし、幸せになれたと思うんです。どんなに不気味な彫像が屋敷の地下にあろうと、〝カルト教団〟がここに襲い掛かろうと、ナイト様な、お爺様がいるんですから。
町の新成人と一緒にひな壇に上がり会場席にお辞儀するとき私は、一番前の特等席に陣取っているお爺様をみつけて、ウィンクした。
母の日記の続きはまた次回にお話しようと思います。
それでは皆さん、また。御機嫌よう。
. END
【登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●クロエの母/故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。