03 E.Grey 著 裏道 『沖田御殿の怪5・公設秘書少佐』
// 事件概要//
山林王沖田家の豪邸では、夜な夜な不審車両が敷地に侵入し、当主・沖田氏を悩ませていた。沖田氏は国会議員・島村代議士の有力な後援者である。公設秘書・佐伯祐はセンセイに頼み込まれ、婚約者三輪明菜の協力のもと事件解決に乗りだす。しかし当の沖田氏が何者かに殺害されてしまった。
08-04 村上栄作の証言
信濃小百合に事情聴取をした日と同日に、もう一人、殺された被害者沖田茂氏に因縁のある人物・村上栄作氏にコンタクトをとることができた。早速、真田巡査部長と一緒に、佐伯佑と私・三輪明菜はその人の自宅にむかった。
村上家はもともと地元・月ノ輪藩に出入りしていた御用商人で、特産のワサビを扱い莫大な富を得ていた。材木王・沖田家との競合は、明治以来、町場に降りて、いくつか起こした企業が、かなりのところでかち合ってしまったこと、歴代当主が議会に立候補すれば、これまた、対立候補になってしまったことだ。
村上氏の邸宅といえば、明治時代に流行った和洋折衷様式の平屋建物で、正面玄関・応接室は洋風、プライベートな奥座敷は和風となっている。私たちが通された応接室は暖炉が置かれたリビングだった。
奥座敷から現れた人物は大柄で、ヒトラーみたいな口髭を生やしていた。ソファにふんぞり返り、半ば目を閉じ、巡査の話をきいていた。
「こちらが、佐伯さん。村上さんも噂をきいたことがあるだろう?」
「おっ」
村上氏は、位を正して、皆にも葉巻を勧めた。
「東京にでている国会議員・島本先生の懐刀・佐伯祐。先生が大将ならあんたが参謀。参謀なら佐官級だから〝少佐〟って仇名がついている。あんただったのか。いやあ、お若い」
村役場職員の制服を着た私の隣に座る佐伯は、コートを脱いで黒のスーツ姿になっている。受け取った葉巻煙草をしばしふかしてから、本題に入った。
「村上先生、信濃小百合って芸者さん、綺麗でしたね?」
「いい女だろ。ひいきにしてやっている。沖田や増川もひいきにしていた。同じ座敷で舞わせたことだってある」
「ほう、これは意外。ライバルと思いきや。案外、懇意なんですね」
「そっちの意味では〝兄弟〟だ」
〝兄弟〟……???
「なるほど。それはそうと、失礼ですが、村上先生は、昨夜八時ごろどこにいらっしゃいましたか?」
「自宅の書斎にいたよ」
「ほう書斎に。失礼ながら、証明できる方はいらしゃいますか?」
「妻と番頭・若衆たちだが……」
佐伯は暖炉の上の時計をみやった。
戦前にヨーロッパで流行った蔦草がからんだ意匠の置時計で、時刻は六時十五分を指していた。
佐伯は自分の時計をちらりとのぞきこんだ。置時計は十五分ばかり進んでいる。村上はあまり几帳面ではないようだ。……というかズボラだと思う。
それから、いくつか佐伯は、巡査部長や村上栄作と世間話をしながら、氏が生前の沖田氏や増川と一緒に狩猟をしたり、東京に繰り出して遊んだりしたこともある、という親密さアピールをさらにきくことになった。
それから、私たち三人は村上邸をおいとました。
庭には、当時、月ノ輪村としてかなり珍しい自家用車専用ガレージがあり、リムージン車が一台納められていた。
帰り道、巡査部長がいった。
「少し急いで帰りましょう。大通りじゃなくて、裏道をつかいますよ。これから、ちょっと吹雪くかもしれませんのでね」
裏道は、沖田氏が殺害された例の神社の横に続いていた。
佐伯がいった。
「やっぱり、親族や家人の証言というのは信用なりませんね。口裏合わせしていたのかもしれませんし」
老巡査部長もうなずいた。
村上には実質的にアリバイがない。沖田氏とは、社交上の形式的なつきあいはあったとしても、競合関係にあるという点では変わらないのだ。
//登場人物//
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【主要登場人物】
●佐伯祐佐伯祐……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。
●三輪明菜三輪明菜……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。
●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。
●真田巡査部長……村の駐在。
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【事件関係者】
●沖田茂……達磨像のような風貌をした禿げて肥った資産家。還暦。
●沖田優子……四十歳だがみためは二十代にみえる美魔女。儚げで守りたくなるタイプ
●川島ハジメ……屋敷の若い奉公人。短気なようだ。
●村上栄作……沖田家の宿敵・村上家当主。
●増川明……沖田優子の元婚約者。
●兵藤武志……山王神社の隣に住む古武術家「兵藤流」道場主。50歳。




