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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第60集(2015年06月)/「さくらんぼ」&「裏道」
31/36

01 奄美剣星 著  さくらんぼ 『ネアンデルタール人』

   ネアンデルタール人


 うちの大学の教授が公開講座の座長をやることになって、お手伝いをすることになった。滅多に着ないスーツで決めて、キャンパスの角に立ち、訪れる聴講者たちに声をかけ、会場まで招くのが仕事だ。

 空き時間があると講義会場にいって講義をきいていた。

 二百人を収容するコンクリート壁の講堂は、劇場にみたいに、長机と椅子が階段状になっていて、教授が操作するパソコン画像は、後ろの席にいる人にもよくみえるように、複数のスクリーンが天井から垂れ下げていた。

 壇上に立った教授が、

「コンセプトは、考古学の見地からみた子供について。例えば、ネアンデルタール人の子供についてですが、中近東で発見されました渓谷の遺跡で人間の足跡があり、どうも三人分、大きさから成人男性、女性、そして子供だと判断されました。核家族の基本モデルですね。……家族構成は、大半の動物と違って、一生維持されるのが特徴です」

 と話していた。

 公開講座とはいっても、ほかの大学や関連機関の関係者が大半を占めていた。

 研究者たちはスーツ姿の人もいたけど、ハイキングみたいな格好でリュックを背負った人が多かった。――というのは、図書交換会があって、全国の研究機関がだしている、冊子・報告書を大量に買い込むためだ。

 悪友にいわせれば、

「――ネアンデルタール人って、現代人とそんなに変わらない。身長は二メートル強で、ハリウッドスターみたいな体型だったりする。それよりは、猿人とか原人とか――まあ、アウストラロピテクス段階だな」

 しかしイケメン紳士や素敵な淑女もいないではなかった。

 例えばいま歩いてきたその人だ。

 北欧ルネッサンスのころ流行った〝垂れ髪〟っていうヘアスタイルの女性が、僕が立っている壁際の通路を通った、すぐ前の席に座った。切れ長の目に長いまつ毛、白いスーツとヒールが細身で長い四肢とマッチして素敵だ。

 普通の休日では、食堂施設の大半は休業するのだけれども、講義のために開店してくれていた。

 手伝いの学生は交替で食事をとった。

 富士山が望めるラウンジで、悪友がこんな話をした。

「ネアンデルタール人って、三万五千年くらいまえ、中石器時代をやっていた、ヨーロッパや中近東にいた旧人だろ。桜桃ってあのあたりが起源だってきいたことがある。パパとママと僕ちゃんの親子三人連れは、リュックか籠を背負って、えっちらおっちら谷底の道を歩いていた」

 僕的ネアンデルタール家族のイメージ。


  パパ――教授。

  ママ――〝垂れ髪〟の美女。

  お子ちゃま――五歳児時代の僕。


「もしかすると中身はさくらんぼかな?」

「なるほど、そうかもしれない」

 僕は平均よりやや高い背丈だけれども、悪友はさらに高い。

 悪友は長髪を後ろに束ねていた。

 サンドイッチを頬張り終えたあと話題が脱線する。

「あのさあ、『バロン』って読んだことある? そのなかに、山でさくらんぼ狩りをしていた男爵の近くを通りかかった鹿にむかって、食べていたさくらんぼの種を弾にして銃を撃ったら、鹿の口の中に命中させ倒した。そしたらなんと、角からさくらんぼうがたわわになって、食べきれないから残りをソースにしたって話があったんだ」


 夜。

 学生食堂の一つで関係者親睦会が開かれるので教授は出席することになっている。僕と悪友は、夕方に引き揚げた。……キャンパスは丘のてっぺんにある。そこから長い坂道で、いつものように門の詰所にいる守衛さんに挨拶する。

 無駄に長い坂道は下校のときはいいが、登校のときは、けっこうきつい。公開講座参加者たちも、会場案内の僕たちにむかって口ぐちに、「しんどい坂だね」といっていたけど、ほんとうにそうだ。実際、おじいちゃんな教授たちは、この坂道を登れなくなったとき御勇退なさるとのことだ。

 キャンパスの丘の麓から、谷底にある大学の名前をとったモノレールの駅までは十分ばかり歩くことになる。そこにたどり着くまでもゆるい坂道になっている。

 街明かりにかきされそうな蒸せる朧月夜だ。

 モノレールは二両連結で、バイパス道路の真ん中に橋脚を建てその上に軌道がある。

 昼間みかけた〝垂れ髪〟の美女は、いまごろパーティーに参加して、カクテルを片手に教授とネアンデルタール人の話とかしているのだろうか。僕と悪友は並んで座ってそのまま寝てしまった。

 終点にある小田急線との接続駅に着いて目を覚ましたとき、みるからに部活帰りの袋にしまった長弓を担いだ女子高生グループが、こっちをみて、くすくす笑っていた。

 僕が恋人のように、やはり居眠りした悪友の肩に、頭をのっけていたからだ。 

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