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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第58集(2015年04月)/「嘘」&「缶詰」
25/36

05 奄美剣星  缶詰 『幸せな缶詰』

挿絵(By みてみん)

 挿図/Ⓒ 奄美剣星 「さくらまち」

  三択クイズ/絵の中央にいるカップル左側女性は誰でしょう? 

  ① シリーズ・ヒロインの雫

  ② 化学教師・麻亜胡先生

  ③ 女装させられた恋太郎(その場合、右側青年は恋太郎じゃなく愛矢になる)





   幸せな缶詰


 ゴールデンウィークに入ろうとしていたころ。地方都市シオサイ市の丘の上に佇む同名の普通科高等学校である。尾根を削って平場をつくり、三階建ての校舎、運動場、体育館、プールが並ぶ……どこにでもある学校。

 放課後の教室だ。生徒の大半は部活にいったか帰宅したかしている。残っているのは恋太郎と愛矢の二人だけ。中背よりは少し高い程度である流し髪の恋太郎は真ん中あたり、長い髪を後ろで束ねた群を抜く背丈である愛矢の席は後ろの方にある。流し髪の生徒が束ねた髪の生徒の横にやってきた。

「愛矢、朝いっていた例のもの、開けてみせてくれ」

「おう」

 机の奥には未開封の缶があった。ツナ缶のほどの大きさだ。取手がついているので、缶切りを使うまでもない。

 いったい何が入っているのだろう。二人は手に持ってみた。

 愛矢がいった。

「な、軽いだろ?」

 恋太郎は痩せてはいるのだが、顔が少しぽっちゃりしていて、まつ毛が長い。口元はアヒル口というやつでどことなく微笑んでいるような感じがする。……以前、女子生徒のグループとジャンケンして罰ゲームをしたとき、女子の制服ブレザースカートを着せられたことがある。最初は悪戯感覚だった女子たちだったのだが、堂に入った美少女ぶりで、対抗できる者が一人もおらず、皆で嘆息した。ときどき潤んだような、つぶらな瞳を窓の外にむけることがあり、女子生徒たちは、それがまた物思いにふける深窓の令嬢を連想して嘆息するとともに、

「恋太郎君が男子で良かった。女子だったらきっと学園アイドルとかになって一人で男子を独占しちゃったわよ」

 と、噂したものだった。

 しかし、モテたかというと、それはまた別の話だ。

 その恋太郎が、缶詰に顔を近づけた。

 缶には緑色のラベルが貼ってある。製造者名、製造年月日……。そのあたりは特に変わったところもない。変わっているのが〈幸せな缶詰〉という商品名で、キャッチコピーが「開けると幸せが逃げてしまいますのでけっして開けないでください」と書いてある。さらにご丁寧に「賞味期限無限」とまで書いてある。振っても音がしない。

 愛矢は少し面長で細長い目をしている。昔日でいうところの〈醤油顔〉ってやつだ。牧師の息子で父親を手伝って日曜礼拝のときにピアノを弾く。そのためか指がとても長い。おもむろに長い指で缶詰をつまむとしげしげと眺めだした。

 恋太郎が愛矢にきいた。

「買ったのか?」

「いや、もらったんだ」

「誰から?」

「いえない」

「ではきくまい」

 愛矢は一瞬黙り、少し間を置いてからまた口を開いた。

「会話がとまってしまう。やっぱりきいてくれ」

「なにを?」

「だからさあ、誰からもらったって話だ」

 儚げな双眸が下をむく。

 恋太郎はベランダになった窓際に歩いてゆき立ち止まった。

 三階から学校敷地のグランドのむこうには市街地と港湾、その先には水平線がみえた。これを絵にするとき、空と水平線の描き分けの秘訣は、同じ青でも、空気を軽い色にして、水を重い色にするといい。――恋太郎の祖父は画家で、彼は物心がついたときから学んでいた。

 恋太郎は友のいる方に振り返った。

「愛矢、缶の中身はだな、たぶん……」

「缶の中身は?」

 缶の中身について……こんな話はどうだろう?

          *

 森の泉に臨んだ小さな缶詰工場がある。工場とはいってもロボットがうごめく様な近代設備じゃなく、頑固そうな小父さんと優しそうな小母さんの夫妻二人でやっているような、工房みたいなところだ。機械らしい機械といったら、真鍮しんちゅう缶の蓋のプレス装置くらいのものだ。

 赤煉瓦の工房には大きな窓がある。そこから、白馬に乗った若い女性がみえた。羽のついた深縁帽子、マントを羽織り、ブーツを履いている。背には弓、腰には矢を収めるゆぎがあった。ふわりとした長い髪と切れ長の双眸はエルフ族の狩人を彷彿させる。

「ご主人、いつものものを届けにきたよ」

「いやあ、待ちかねておった」

 木漏れ日を受けた狩人は白馬を降りて、出迎えた夫婦に、コルクで栓をしたガラス製試験管を手渡す。なかには碧玉のような鉱石がぎっしりとつまっているのだが、案外と重さがないようだ。

 たぶん、それはとても貴重なもの。

 小母さんは狩人風の若い女性を工房部屋の隅っこにある席に座らせ、薬湯を注いだマグカップを渡した。少し離れたところで、土間に座った小父さんが、もらった鉱石を薬研で砕いて粉末にしてゆく。それを缶に入れ、プレス機で蓋をした。

 作業をしている亭主を尻目に小母さんが狩人にいった。

「缶に入れた碧玉の粉末は、お客様のお手元に届くころには、完全に気化するはずよ」

「楽しみですね」

「ええ、お客様の笑顔が目にみえるよう」

 小母さんもマグカップで薬湯を飲んだ。

 夫妻は小さな木の箱に詰められた箱を、森の中にある駅に持ってゆく。赤煉瓦でできた小さなホーム、それから駅長が一人だけで住んでいる駅舎がある。トロッコみたいな貨物列車が停車していていた。車掌に渡すと、それを大事そうに小脇に抱え、最後尾に連結された車掌車に消えてゆく。汽笛が鳴って、列車はガタンゴトンと音をたて、森の奥へと消えていった。

          *

 恋太郎のいる窓際に愛矢が歩いてきた。

「――恋太郎、それがこの缶詰ってわけか?」

「そういうことだ」

「しかし謎が解けてない。缶詰の中身が気体だとして、開けると幸せが逃げるっていうのはどうかって思うんだが」

「パンドラの箱ってあるだろ」

「ギリシャ神話だな。――慈悲深い賢者プロメテウスに嫁いだ絶世の美女パンドラが、狡猾な最高神ゼウスから贈られた〈開けるな〉と書かれた蓋を開けてしまい、ありとあらゆる不幸を外にだしてしまう。……だがこれは〈幸福な缶詰〉だ。なら、たくさんの幸福が飛びだすわけだから、いいことじゃないのか?」

 愛矢が缶詰を開けようとした。

 恋太郎がその手を抑えるために手を重ねる。潤んだつぶらな瞳が閉じられると、長いまつ毛がインパクトに残る。

 ドキドキ……。

 な、なんだこの感覚は!

 愛矢は恋太郎の肩を抱きしめ、その唇に自らの唇を重ねるべく近づけた。

「よせ、愛矢」

「いやか?」

「そうじゃない……」

「細かいことは、してから後で話し合おう、な、恋太郎」

「やっぱり駄目だ」

 両手で唇を塞ぐ親友。はぐらかすように愛矢は流し髪に隠れた耳たぶを探り当てて甘噛みした。

 そこでだ。

「こら、女子ども、なにのぞきみしてるの? 変な妄想しちゃって!」

 廊下から教室をのぞいていた女子たちが振り返えると、そこに、白衣を着たエルフ顔の化学教師・麻亜胡先生がいつのまに立っていたのに気付いた。

 きゃあ~!

 そして改めて思った。

 ――麻亜胡先生が人の心を読むって噂はほんとうだったのね。魔女か仙女の家系だって話もきいたことがあるわ。

 女子生徒たちは逃げだした。

 先生は、教室を一瞥すると、何事もなかったかのように、職員室にむかっていった。

 教室の後ろの方にある席だ。

 恋太郎と愛矢は、机に〈幸せな缶詰〉をちょこんと置いて、椅子をむかい合わせて座っていた。実をいうと、それは愛矢の父親の牧師仲間がくれたものだ。中身は空である。大よそのこと恋太郎と愛矢も中身の察しはついていたのだが、さらに空想を膨らませ楽しんでいたというわけだ。――まったく、女子生徒たちの妄想ときたら……。あらぬ〈嫌疑〉をかけられた男子・恋愛コンビは、少し隙間ができた教室入口の扉のほうをみやってから、ちょっと首をかしげ、また、けっして開けてはいけないと書いてある缶についての議論を再び始めたのであった。

          了

4月号小題『缶詰』について誰も書かなかったので、拙作を蛇足しておきました。それではまた5月号にて。

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