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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第58集(2015年04月)/「嘘」&「缶詰」
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04 かいじん  嘘 『希望の家』

   希望の家

.

 将来、望みを叶えられる様になる為に作られたその家は「希望の家」と呼ばれた。僕は8歳の時から、現在まで山中深くにあるその家で育った。

 この(家)ではこの10年間に70人程の子供が訓練中の事故や病気で息をしなくなり、家から運び出された。

 僕は今日まで、この(家)から運び出されたりしない様に必死で頑張って来た。僕らに日々の食事をお恵み下さっている、(我ら人民の輝ける太陽)我ら人民の偉大なる指導者である首領様に、将来、その恩返しが出来る様になる為に。そして今では、この(家)が作られた時から、ここにいる僕はこの家の最年長者の1人になった。

「我々が今日まで首領様より受けて来た大恩は、生涯どれほどの忠誠を尽くしたと

しても、とてもお返し出来る様なものでは無いだろう」

 僕と同じ最年長者の1人で今ではこの家の子供達のリーダー格になっているハドスが言った。

「私たちにはもうすぐその(恩返し)の機会を与えられる日が、やって来る。その時がやってくれば、やっと私達は深い感謝の気持ちを存分に形で表す事が出来る」

 リーナが言った。

 僕らが初めてこの家にやって来た時、23人の内、6人は女の子だったが、その時の6人の内、今この家に残っているのはリーナとミンサだけだ。

「お前たちは、愛情深き人民の救済者である首領様のおはからいにより、特に恵まれた環境で暮らせているのだ」

 この家のナンバー2で僕たちの主席教育指導者である中佐は事あるごとにそう言った。

 実際、今は軍の兵隊ですら白米とトウモロコシを5:5で炊いた飯と塩しか配給されていないし、人民は、それを1食とそれで作った粥の2食で生活している者が多いらしい。

 しかし、僕たちは白米とトウモロコシのご飯と塩の他にキムチや野菜の味噌和え、がついた食事が3食支給され、稀に肉や魚が付いている事すらあった。僕らの殆どは、昔、大干ばつがあった時に、両親兄弟が餓死し、行き場が無くなり、農村の田畑や、都市部で飢えながら浮浪していたのを保安員によって(特別保護)された。

 現在、我が国がこの様な窮状にあるのは、世界の人民を奴隷化して搾取支配しようと目論む悪魔の国家と、その手先になって我国の人民をその悪魔に売り渡そうとしている南隣の国家の様々な陰謀によるものだと教えられた。

「我々は稀世の軍司令官でもあられる、偉大な首領様の指導のもと鋼鉄の意志でこの戦争に完全勝利し、我が国の平和と自由を不動のものとしなければならない」

 僕らはそう教えられ、この(希望の家)で様々な厳しい訓練に耐えて来た。そして、僕はハドス、リーナ、ミンサ達7人と共に初めての(任務)を与えられ海上から我国にとって、呪うべき敵国である南隣の国に潜入する事になったのだった。

 我々の乗った小型潜水艦は、深度150メートルを数ノットの微速で航行しながら国境を越え上陸地点に向かったが、その直前で荒天の為に艦が座礁してしまった。 スクリューが破損し、航行不能となった為に、やむなく艦を爆破して、僕ら希望の家の8人は政治将校を含む保衛部の者達や乗組員らと共に泳いで海岸に上陸し山中に潜伏した。

 翌朝、恐らくは艦の残骸から、我々の上陸が露見し、この国の軍による捜索が開始された。

 政治将校、保衛部、艦の乗組員達は自決する事を決定したが、僕らはあくまで任務遂行を試み、それが適わないまでもあくまで戦い戦闘でこの国の兵士を1人でも多く倒して死ぬ事に決めた。

 最初に遭遇した部隊との戦闘でミンサともう1人が深手を追った。ミンサは自ら青酸カリのカプセルを飲み込み、もう1人もすぐに息絶えた。

 僕らは山中で何度か遭遇したこの国の兵士達と戦闘を続け、その度に1人、また1人と斃れて行き、山中が闇に包まれた時には、僕はハドスと2人だけになっていた。

 その時には、2ヵ所に銃創を負ったハドスも苦しそうな息遣いになっていた。

「俺は……もう駄目だ」

 ハドスが言った。

 僕にはもう彼にかけべき言葉が無かった。

「輝ける、偉大な我が祖国、万歳」

 彼は闇の中でそうつぶやきながら青酸カリのカプセルを飲み込んだ。

 それから3日後に辛うじて僕は国境を越えただ1人祖国に戻った。

     ・・・

 その1ヶ月後、僕は我国の偉大なる守護者、我等人民の燦爛たる太陽、この国の首領様に直に謁見する事になった。

「任務遂行は叶わなかったが、お前たちは憎むべき悪魔の手先どもを26人斃し、奴等の度肝を抜き、我国の兵士の精強さを見せ付けた。我等が偉大なる首領様はこの英雄的行動を大層お喜びになっておられる」

 (希望の家)の最高責任者である中将閣下が言った。

 僕は宮殿の様な首領様の邸宅に招かれ、そこで肖像でしか見た事の無かった首領様に会って、握手して直に、贈り物の入った袋を手渡された。

「我共和国の将来は、君の様な国を熱烈に愛する若者によって、より輝ける様に築かれていかなければならない」

 偉大な首領様が言った。

「偉大なる首領様のお姿を拝見し、直接言葉を頂いた、この大きな感激と喜びは今、とても言葉に表す事が出来ません」

 僕は目に感激の涙を浮かべながら感謝の言葉を述べた。

 その後、宴会になった。

 僕の目の前には今まで見た事も無い料理の数々が並べられている。

 テーブル奥の席を立ち僕のすぐ近くまで来た首領様が軍の将軍や党の高級幹部達と大笑いしながら杯を盛んに傾けていた。

 僕の席のすぐ後ろの方では、大きな肉の塊が給士によって切り分けられていた。僕は席を立ち、給士から切り分け包丁を奪い取ると、それを抱える様に持ったまま一直線に首領様に向かって全力で走った。そして体ごとぶつかる様にして、全力で胸の方を下から深く突き、それを引き抜いてもう1度突いた。

 周囲に怒号と悲鳴が飛び交った。

 首領様は驚いた表情のまま僕に視線を向けていたが、やがて少しずつ苦痛に顔を歪めていった。

 僕はこれまでずっと訓練と教育により感情を無くす事が出来た人間の様に、振る舞い続けて来た。内に秘めたただ1つの感情を隠し続ける為に。

 憎悪。

 それは僕が子供の頃からずっと隠し持ち続けて来たただ1つの感情だ。餓えに苦しみながら、両親と幼い妹が死に、僕は野宿しながら、村や町をさまよいやがて保安員によって(希望の家)に入れられた。

 あの頃、まだ子供だった僕から見ても、あの男の父や今のあの男の存在が全ての 元凶だと言う事はわかりきっていた。

 僕はあの(希望の家)での苦しい日々を叶う見込みの無い微かな希望を密かに抱いてずっと生きて来た。倒されて押え付けられた僕の目には床しか見えないが、周囲は騒然となっている。あの男が何人かに囲まれながら運び出されていくのが聞こえる。既に青酸カリを飲み込んだ僕は、兵士2人に押え付けられながら満ち足りた気分だった。

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