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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第57集(2015年03月)/「菓子」&「欠片」
20/36

06 かいじん 著  菓子 『お菓子の思い出』

.   お菓子の思い出

.

 小学2年の時、僕は当時、同じ集落に住んでいて同学年だった村岡佳子の父親から、たくさんのお菓子を貰った。その時、貰ったお菓子は家の近所のタケモトのオバちゃんの店でプラスチックのケースや紙のケースに入れられて一個ずつ売っている様なお菓子とは違って、役場の近くにある。スーパーや、少し離れた町のデパートに行くとたくさん並べられて売っている様な箱詰めや包装されたお菓子だった。

 チョコレート菓子やフルーツ味のキャンデーやクッキーとか、そう言うのが12個くらい大きな袋に入れられていて、その量は遠足の時に持って行ったおやつの3倍くらいあった。そんなにたくさんのお菓子を一度に貰ったのはその時がはじめてだった。その後にもちょっと記憶がない。

 神社の秋祭りが終わった次の日曜日だった気がするので、あれは10月終わりの日曜日の事だったと思う。

     ・・・

 僕が生まれ育った兵庫県中部の山間部にあるひっそりとした小さな集落は、標高1000メートル以下の低い山々に囲まれた狭い盆地であるために秋の中頃を過ぎると、朝の内、辺り一帯は丹波霧と呼ばれる低く立ち込めた

濃霧に覆われた。

 その日も朝の内、集落一帯は濃い霧に包まれていた。けれども霧が晴れると、気分がすっきりする様な、澄んだ青空が上空に広がって、降り注ぐ穏やかな陽射しが少しずつ色づきはじめた山々や刈入れの終わった田んぼを輝かせた。

 午後になって僕は特に何をすると言うのでも無くひとりで家を出た。

 僕の家は山の麓に近い集落の少し小高い場所にあったので、家を出た後、左右を田んぼに囲まれたゆるやかな細い坂道を県道の方に向かってゆっくりと下って行った。

「和樹クンやないか。1人でどこに行くんや?」

 県道に出る少し手前にある、同じクラスの(僕の通っていた小学校には1学年1クラスだった)村岡佳子の家の前を通った時、家のガレージの所にいた、彼女の父親に声をかけられた。

 村岡佳子の家は県道からちょっと入った所にぽつんと1件だけ建っている、小さな2階があるだけの、とてもこじんまりとした家だった。

 僕が家の方に振り向くとガレージの右手の方にある家の玄関の上がり口の辺りで、村岡佳子が1人で座っているらしいのが、玄関の曇りガラス越しにうっすら見えた。

「1人で退屈してるんやったら、ウチでお菓子でも食べていかへんか?」

 村岡佳子の父親が言った。

 僕は断る言葉も見つからなかったので、結局、彼に勧められるままに家に上がって、6畳の居間のテーブルに村岡佳子と向かい合って座る事になった。

 彼女の座っている側のテーブルの上にはいくつものお菓子が詰められた袋が、置かれていて、彼女の目の前には箱の開いたチョコレート菓子が食べさしで置いてあった。

 その時、僕と村岡佳子はテーブルに向かい合って座って時々視線が合って、ちょっとの間、お互いの顔を見合っていたりしたが、お互い何も言わずに黙り合ったままだった。黙ったまま、彼女の顔を見ているのがバツが悪くなって僕は壁の方に視線を移す。壁には彼女の父親の物らしい青い野球帽が掛かっているのが見えた。一瞬、中日ドラゴンズの帽子かと思ったけどマークが何も入っていないし色もちょっと違う。買ったばかりの真新しい物に見えた。テーブルに視線を戻すと再び村岡佳子と視線が合ってしまった。

 僕と彼女はその当時、同じ小学校の2年生で同じ教室で学校生活を送っていたのだけれども、僕はその時まで彼女と会話と呼べる程の言葉を交わした事が1度も無かった。

 それどころか、僕は学校で彼女が誰かと話しているのを見た事が覚えている限り、ただの1度も無かった。

 彼女の一家は今年の初め、僕らが2年生になるちょっと前に、その時空き家だった、この家に引っ越してきた。大阪の方から来たと言うのをいつか誰かから聞いた事がある。それから転校して来て以来、彼女はずっと無口どころか言葉を出す事。いや、声を出す事自体、極端に無かった。時々、学校の先生や誰かによほど強く求められた時に、かすかに聞き取れる程の小さい声で極度に短い言葉を口にする事があったが、大抵はそう言う風にされると、声を出さずに泣き出して顔を伏せてしまう事の方が多かった。

「あれは○○や」 クラスの何人かは彼女の事をそう言った。

「あいつはホンマ相当なコレやで」 クラスの1人が自分の即頭部を指差して

人差し指をクルクルと回した。

 僕は学校の教室で村岡佳子の斜め後ろの席だった時、偶然、先生から返された。彼女のテストの点数を見た事が2回ぐらいあったが、その時の点数は2回とも100点だった。

 ……そんな事を思い出している内に小柄でほっそりとした村岡佳子の母親が、コップに入れたジュースを盆に載せて持って来てくれた。

「ホンマ狭い家やけど、ゆっくりして行ってな」

 村岡佳子の母親はそう言って再び部屋から出て行った。

 その後、背はそれ程高くないけどスラっとして見える村岡佳子の父親が、入れ違いの様にして部屋に入って来て、手に持っていたお菓子の詰め合わせを僕にくれた。

「佳子がよう言うてるけど、和樹クンはえらい利口で、学校の勉強がごっつ出来るんやてなあ」

「いやあ……」

 僕はなんと答えればいいのかわからず曖昧な笑いを浮かべているしかなかった。その時僕は、どうやら村岡佳子が家ではごく普通の女の子の様に、両親に学校の出来事などを話したりしているらしい事にとても驚いた。僕は目の前でテーブル越しに僕の方をずっと見るともなしに見ている村岡佳子が、両親とごく普通に話をしたりその時普通に笑っていたりするのだろう彼女の本当の自然な姿を想像してみて、子供ながらにとても複雑な気持ちになった。

「佳子は1人っ子やからか、おとなしい子やけど、和樹クンはウチと家も近いんやし、出来るだけ仲良くしてやってなあ」

村岡佳子の父親が僕に言った。

 その口ぶりには、自分の娘が学校で他の同級生たちの中にうまく溶け込めないでいる事がわかっている様な感じがあった。

 その後、彼女の父親は部屋から出て行ったので、僕と村岡佳子は6畳の居間でお菓子の詰め合わされた袋が2つのっているテーブルに向かい合って2人だけになった。

 僕は彼女に何か話しかけようとしたが、何を言ったらいいのかわからず、なかなか言葉が出て来なかった。

「あの」

 ようやく僕は声を出した。

「村岡はホンマは普通に話したり出来るんやろ?」

 迷ったあげくに僕はそれを口にした。

 村岡佳子は、しばらくの間、テーブルの向こうで上目使いで僕を顔を見つめながら、何かをじっと考えているみたいだった。

「ウチは……」

 彼女が学校にいる時とは違うはっきりとした声でそう言い出した時、彼女の父親が部屋に入って来た。

「和樹クン、すまんけどちょっとだけお手伝いして欲しい事があるんや。すぐに終わる

さかい、ちょっとええかな?」

 村岡佳子の父親がそう言ったので僕が小さく頷くと彼は手招きして、僕を奥の部屋の方へ連れて行った。

     ・・・

「きょうとにむかってこくどう1ごうせんを2きろ、ばすてい○○○のべんちのこしかけのうら」

「えっ?」

 11月14日午後8時20分、緊張した表情で受話器を取った丸一食品工業大阪本社総務部長・服部一雄は聞こえて来た子供の声にはじめ自分の耳を疑った。明らかに何かに書かれているものを読み上げている様なたどたどしい抑揚の無い声であった為と自身の極度の緊張の為に、はじめのうちは言っている事がよく理解出来なかった。

 テープに録音されたものをさらに録り直しているらしく同じ言葉が4回繰り返された。

     ・・・

「現在、犯人から架電中……」

 その報告が伝えられると、大阪府警本部庁舎4階に設けられた指揮本部

「広域重要指定110号総合対策室」は緊迫した空気に包まれた。

「連中は今晩、出て来るやろか」

 意気込んだ表情で腕組みをして対策室の上座にどっかりと腰を下ろしていた。大阪府警捜査1課長、神林哲男は誰に言うともなくつぶやいた。この日、警察はその威信をかけて警察庁広域重要指定110号の犯人グループを検挙するべく、2府4県と言う広大な範囲に捜査網を敷いていた。その陣容は、大阪府警の捜査員359名、捜査車両55台をはじめとして、京都府警、126人43台、兵庫県警115名23台その他近隣の3県警を合わせると総勢924人、車両206台と言う空前の規模の物だった。

「録音されたテープで同じ内容が4回繰り返された。テープの声はおそらく子供」

 その報告内容が総合対策室内に広がると詰め掛けていた刑事達の間からどよめきが起こった。

     ・・・

 電話を受けた服部総務部長はその後、すぐに京都郊外にあるレストラン「和食処 みやび亭」で待機している、総務課長と総務副課長……に扮した捜査員に電話をかけてその内容を伝えた。

 午後8時27分、髪型を整え、ネクタイをきっちり締めたスーツ姿の捜査員2人は、「みやび亭」の店内を出て駐車場に停めたワゴン車に乗り込んだ。後部座席に置かれた2の白いビニールバッグにはそれぞれに古い一万円紙幣500枚を束ねた束が10束ずつ入っていた。ワゴン車は駐車場を出て、トラックの往来が目立つ様になって来た夜の国道1号線を京都方向に向かって走らせる。10分程走った所で指定されたバス停にたどり着いた。

 街中から外れた幹線道路沿いにある夜のバス停付近には人の姿が無かった。バス停の少し手前でワゴン車を停め、一人が車を降りてバス停の方に走り寄って行った。待合ベンチの下を覗き込むとそこに封筒がテープで貼り付けられていた。

「おまえらのことみはっとるで。京都南インターから名神にはいれ。なごや方面へ、じそく85キロで走って○○サービスエリアまで行け。サービスエリアに入ったら、○印のあたりに車をとめるんや。目のまえの×印のところにあるあんない図のうらに手紙はってある。みたらかいてあるとおりにするんや」

 中の手紙を取り出した捜査員はスーツの下のマイクに声が届く様に注意しながら、その場で中の文章を読み上げた。タイプライターを使って打たれた文章の他に、○と×が記されたサービスエリアの略図が書かれていた。

 このバス停から京都南インターは目と鼻の距離にある。

     ・・・

「やっぱり高速を使って来よったな」

 総合対策室にいる、神林1課長は腕組みしたままで言った。

「名神上がりに入ったとなると、現金受け渡しにホシが現れるのはS県内・・・遠くても

G県あたりでしょうか」

 刑事の1人が言った。

「まだ、わからん。とにかくは○○SAや。いよいよここからが正念場やでえ」

 神林は表情を厳しくして声を挙げた。

     ・・・

 午後8時39分○○○バス停を出発した、ワゴン車は数百メートル先の京都南インターから、名神高速上りに入って走行車線を85キロで走行、午後8時57分にS県内にある○○サービスエリア内の手紙に記された印付近の空いていた駐車スペースに車を停めた。すぐに1人が車から降りて、すぐ目の前にあった、手紙で×印で示されていたものと思われる、エリア内案内図の方へ足早に向かって行った。

 案内図の裏側に封筒が貼り付けられていた。

「これを見たらすぐに動け。高そくにもどって、85キロで走行してKパーキングエリアまで

走るんや。パーキングのひょうしき見おとすんやないで。パーキング内の×印の所に

あるベンチのうらがわに手紙はってある。それをみたら言うとおりにするんや。」

 捜査員2人の乗ったワゴン車は再び高速道に戻り、85キロで東に向かって走った。サービスエリアを出てから21分後の午後9時22分、Kパーキングエリアに到着。エリア内には多くの長距離トラックが停まっていた。すぐに図に示された場所にあるベンチの裏側から貼り付けられた封筒が発見された。

「これをみたらすぐに動け。ここをでたあと、高速の走行車せんをじそく60キロで走れ。左がわのさくに30センチ×90センチの白いぬのがみえたらそこのろそくたいでとまれ。白いぬのの下にあるあきかんに手紙が入れてある。みたらいうとおりにするんや」

     ・・・

「高速道路上の防護柵に白い布……これや!」

 大阪府警本庁舎4階の総合対策室で、神林捜査1課長は大声を張り上げた。

 神林は立ち上がり様、地図が広げられた卓上に走り寄って行った。

「現金受け受け渡し場所は、おそらくこの白い布がある場所や!」

 そう言いながら、広げられた地図上の名神高速道路Kパーキングエリアを指差し、そこから東へ高速道路を指でなぞって行った。Kパーキングエリアを東に行くと高速道はすぐに住宅地を離れて水田を広がった中を走り、そこからしばらくは高速道と併走する一般道路も高速からは離れた所を走っている。しかし地図の上をさらに数キロばかりなぞって行くと名神高速とS県の県道が交差している地点があった。

 地図で見る限り、その地点周辺は水田が広がっているばかりの何も無くて、交通量も人通りも無い場所の様に思える。神林は刑事の勘で、白い布はこの県道○○号線の直上にあると睨み、その予想に強い自信を持った。

「すぐに、周辺の併走車両と待機車両を動員して、この県道周辺と名神高速を封鎖出来る体制をとるんや」

 神林は周辺に向かって大声を上げた。

     ・・・

 午後9時24分、Kパーキングエリアを出発したワゴン車は高速道路に出て路側帯を40キロほどの低速で走りながら東に向かった。すぐ真横の本車線を何台ものトラックが唸りを上げて通りすぎて行った。

 捜査員の1人はイヤホンから、「配備完了」の連絡が入るのを待っていた。連絡が来るまでの時間が長く感じられた。

 やがて「配備完了」の連絡が入り、ワゴン車はややスピードを上げた。

 午後9時45分、路側帯を走行中のワゴン車は防護柵に白い布が取り付けられているのを発見して停止した。すぐに助手席に乗った捜査員が車を降りて、白い布の下を探したが空き缶は見つからなかった。柵の外に目をやるとすぐ下を2車線の道路が交差して伸びているのが見えた。道路には走っている車も無く周辺は真っ暗な闇に包まれていた。

 その地点は神林が予想した通りの場所だった。

     ・・・

「空き缶が見つからん? よく探す様に言うんや」

 報告を聞いた神林は心中に焦りと失望が浮かんで来るのを感じた。

 結局、空き缶も不審者も見つからないまま、午後10時20分、捜査は打ち切られた。

「どうやら、今晩は空振りだったみたいやな」

 神林捜査1課長はそう言うと体を椅子の背もたれに体を預けて大きなため息をついた。

 この日の捜査が取りあえず打ち切りとなって10分ほどが過ぎ、緊迫した空気がほぐれて総合対策室内がざわつきはじめた午後10時30分頃。1人の捜査員がS県警から入って来た情報を神林に報告に来た。

「なんやて!それはどう言う事やねん! S(県警)は一体どないなっとんや!」

 神林は思わず荒げた声を上げて椅子にもたれかかった体を飛び上がらせて身を乗り出した。周囲の視線が神林に集まった。

     ・・・

 現金1億円を積んだワゴン車がS県内の名神高速○○サービスエリアを出て、S県K市内にある、Kパーキングエリアに向かって走っていた頃、K市とR町を結んでいる県道○○号線を通常警邏中のパトカーS機動11が走行していた。この県道○○号線には途中、東名高速道路と交差している部分がある。

 この日、S県警の各部署に「名神高速道路とインター付近には近寄らない事」と言う伝達があったが、このS機動11で警邏中の警官2人はこの伝達を、「名神高速内とインター付近への立ち入り禁止」と認識しており名神高速のガード下を通過する事に問題があるとは考えていなかった。極秘捜査であったために広域110号捜査については何も知らされていなかった。

 午後9時18分、このS機動11が名神のガード下に差し掛かった時、ガードの少し手前の県道上に白いライトバンが停まっているのが見えた。消灯しているので駐車している様に見えるが、周囲には水田が広がっているだけの何も無い県道上に駐車されているのは不自然であった。

 この時、目の前の名神高速ガード直上の防護フェンスに白い布が取り付けられていた事は彼らには知る由も無かった。

 S機動11はヘッドライトを消したままゆっくりとこのライトバンに近付いて行った。

 通常、パトカーに乗務している警官が車に乗った人物への職務質問や車両の捜索照会等を行う場合、パトカーをその車両の前に付けて助手席に乗った警官が下車して行うのが基本だった。

 しかし、この時このS機動11はライトバンの真横に停車して、助手席の警官が車内から懐中電灯の光をライトバンの運転席に向けた。

 運転席にいた、青い野球帽を被り耳にイヤホンをあてた痩せた中年の男の顔が浮かび上がった。

 突然、パトカーから懐中電灯の光を浴びせられた男は一瞬、驚いた表情を見せたがすぐにハンドルを握るやいなや車を急発進させた。

 ライトバンは消灯して停まっていたがエンジンは掛けたままだった。

 S機動11はすぐに赤色灯を点灯しサイレンを鳴らして追跡を開始した。

「至急至急、S機動11からS本部……県道○○号東名ガード付近にて不審車両を発見、接近した所、いきなり逃走、現在マル追中、○○号線R(町)方向」

「S本部からS機動11、逃走車の車種、塗色、ナンバー等送られたい」

「……白の○○、ナンバー(京都○○ 保険のほ ○○-○○)」

 ライトバンは県道から右折して真っ暗な細い農道に入った後、さらに右折を繰り返して、再び県道に出ると今度はK市街の方へ向かって逃走を続けた。

「S本部からS機動11……照会した所、この車両、11月12日盗難の届出あり」

「ヒットや! こいつ車両盗やな」

 運転している方の警官が声を上げた。

(停まりなさい!停まりなさい!停まれ!停まれ!)

 追跡中のパトカーが停止を連呼するのは、周辺に危険を知らせる目的もある。

 S機動11は追跡を続けたが結局K市街に入った所で逃走者車を見失った。

 その頃、東名高速道路を走っていた1億円を載せたワゴン車は間もなくKパーキングエリアに到着しようとしていた。

 逃走車を見失ったS機動11がすぐに周辺捜索した所、午後9時25分にK商店街から少し入った所にある薬局の前で乗り捨てられたライトバンを発見した。近隣各署にも連絡が回り緊急配備が敷かれたが、ライトバンを運転していた男の発見には至らなかった。

 午後10時35分に緊急配備が解かた。しかしその直後に(特別な事情により)再度緊急配備が敷かれると言う事態が起こったが結果は同じだった。

(結果として、我々は犯人と思われる人物に接触、これを追跡までしながらみすみす取り逃がしてしもうた)

 午前0時が近付いた頃、大阪府警本部庁舎内の総合対策室にいた、府警捜査1課長神林哲夫は腕組みしたまま天を仰いだ。

 この日以降、警察庁広域重要指定110号の犯人グループは現金要求をして来る事があっても、具体的に現金受け取りに向けた動きを見せる事は無かった。

     ・・・

「きょうとにむかってこくどう1ごうせんを2きろ、ばすてい○○○のべんちのこしかけのうら」

 小学校4年生の時、テレビで過去の事件、出来事を扱った番組を見ていて、画面に映った再生中のカセットから突然、2年前の自分の声が流れ始めた時、僕はそれまで経験が無い程、驚いた。その後、気が遠くなって行くような感覚がして、だんだん怖くなって来てひどく混乱したのを覚えている。

 僕はその時まで、村岡佳子の家で自分が一体何を手伝ったのかをまったく知らなかったし、あの日、彼女の家に遊びに行った事自体、もう忘れかけていた。

「ホンマはこう言う大人の仕事は子供に手伝わせたらあかんのや。せやから今日ウチでお手伝いした言う事は誰にも言わんとってくれるか? ……約束やで」

 あの日、村岡佳子の父親はそう言った。あの時の事は誰にも言った事は無いが、それがどの位秘密にしなければならければならない事なのかなんてそのテレビ番組を見るまでは考えた事も無かった。あの頃、村岡佳子は知っていたのだろうか。……僕は知っていたと思っている。

 村岡佳子の家はあの日から5ヶ月たった小学2年の3月に金沢の方に引っ越して行った。後から考えてみればあの事件が事実上終息していた頃だ。転校して行った後の村岡佳子の事については僕には全くわからない。彼女が転校して行くほんの少し前、僕と彼女が教室で2人きりになった時があった。

 よく晴れた日で温かみのある陽射しが降り注いで校庭やその向こうに見える土筆やフキノトウの伸びて来た畦、山々を輝かせていたのを覚えている。

「山崎クン、あの……」

 外に較べれば薄暗い教室で村岡佳子が近づいて来て僕に声をかけた。

「ずっと前にウチに遊びに来た事、誰にも言わんとってくれるかな」

 と彼女は言った。

 僕が学校で彼女がはっきり喋るのを聞いたのはこの時が最初で最後だった。僕は頷いたが、もうすぐ転校して行く彼女が何でそんな事を言い出したのか、その時はわからなかった。今はあの時、彼女が本当に言いたかったのは(あの事)だと思っている。

 事件は、未解決のまま時効を迎えた。あの日、村岡佳子の父親から貰ったお菓子の詰め合わせ。それが毒入り菓子騒動の為に、店頭から商品が撤去されて販売されなくなった製菓会社の社員達によって、直接街頭で販売していたものだとずっと後になって知った。

 もうずいぶん長い年月が過ぎて行ったが、今でもスーパーに行けば、あの時、詰め合わせの袋に入っていたのと同じお菓子が、いくつか商品棚に並べて売られている。

(了)

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