04 柳橋美湖 著 欠片 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、ゆくたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
物語は、父・寺崎明の登場で、鈴木一族の宿敵・メビウス教団の実態が明らかになってきた。
11 かけら
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赤絨毯を敷きつめた寝台急行食堂車。
窓の外は暗闇で、ときおり、人家や道路を走る車もみえるのですが、北ノ町にむかう軌道が走るところは閑散という言葉よりも、寂寥といったほうが相応しく、木々がとても長いトンネルのようになっていました。
テーブルに座っている父と私。そして、淡い青のテーブルクロスをかけたテーブルに座った私たちを囲んだ席に座っていた男たち四人組。指揮をしている長い牙の男はみるからに教団幹部で、残る男三人は魚みたいに瞬きをしない丸い目が印象的でした。――食堂車には、都合、この六人以外は乗っていませんでした。
父と同じくらい背が高い牙の男は痩せていて、筋肉は畏縮しスーツからでている肌は皺がかり、血管が浮いている感じです。こけた頬。丸眼鏡。突きでた顎。目と口の端が吊り上ってサディスティックなインパクトを受けます。吐く息に温度はなく、冷たくすら感じます。
男がささやくようにいいました。
「吸血鬼に頸動脈を咬まれるとどうなると思う?」
「一回死んでから、吸血鬼として蘇生します」
牙の男は笑いました。
「ハハハ、吸血鬼に咬まれると吸血鬼になる? はあ? きいたかおまえら?」
ヒャーヒャーヒャーッ。
なんて下品な、いや、冒涜的な笑い方。
周りにいる男たちが、魚のような目をしたまま、口元だけ笑っていました。
「頸動脈を咬まれたら、ふつうに出血多量で死ぬんだ。馬鹿娘、よく憶えとけ。もっとも馬鹿は死んでも治らないっていうがな」
そして、取り押さえられた私・鈴木クロエの皮膚表面に、牙の先端が突き刺さろうとしたときのことです。
背の高いスーツ姿の父・寺崎明に残る男三人が、取り押さえにかかろうとした瞬間、ニヒルな映画俳優のような、笑みを浮かべていたのをみました。懐で安全装置を解除した拳銃を引き抜くと、ためらわずに、牙の男に、ついで、残る三人の男のうちの一人に、ためらいもなく、弾丸を撃ち込んだのです。
「そ、そんな、馬鹿な……」
私の身体から手が離し、ガクッと膝を列車の床に落として、崩れ落ちうずくまりました。
「馬鹿は死んでも治らないじゃなくて、死ななきゃ治らないだ。――まあしょうがないか。日本人でもなく、人間でもない、〝あっち側〟の住民だもんな。正確な日本語なんて覚える必要はない。……ああ、安心しろ。すぐに殺したりはしない。君たちのことをよく知るために、生け捕りにして、これからいろいろと実験させてもらうよ」
取り囲んでいたカルト教団メビウス幹部ともう一人の男が倒れ、魚眼の信者二人が、その場から逃げようとしました。
は~ひぃ~っ……。
圧倒的に優位な立場から一転、父にイニシアチブをとられて、すっかりパニックに陥いり、文字通り蜘蛛の子を散らしたように、前後の車両に逃げだしました。
途端。
ズダーンと三発の銃声。そのあとは、ガタンゴトン、という列車特有の車輪が軌道を走る音だけが残っていました。
「実をいうと、この寝台列車って、公安委員会の貸切なんだよな」
吸血鬼は、よく、杭を心臓に打ち込むか、陽光にさらさない限りは効果がないといいます。しかし実際はそうでもないようです。
父方の祖父は、もともと、北ノ町の牧師だったといいます。牧師館がたっている丘に〝衝撃石〟というものが眠っていて、明治時代に外国人宣教師によって発見されて以来、教会が管理していたとのこと。メビウス教団は、どこからかそのことを嗅ぎ付け、祖父を暗殺した。しかし、父方の祖父と、母方のお爺様は親友だったといいます。密かに、土地家屋の権利を譲っていたのです。……それとは別に父は、公安委員会に入り、素性を隠して教団内部に潜りこみ、殺された祖父への復讐の機会をうかがっていました。
食堂車通路でうずくまっている長い牙の男を後ろ手にして手錠をかけた父は、
「聖母マリアのコインを鋳つぶした弾丸が効くって伝説をきいたことがある。うちの機関は、捕えたおまえたちの仲間たちをつかっていろいろ実験させてもらった。その結果、十字架やニンニクについて効果があるとか、聖母自体に効果があるとかは、まったくの俗説。銀そのものに化学反応を起こす――ってことを解明した」
〝銀弾〟
クリスマスでの騒動で捕えた教団信徒が、どこに連れていったのか気になっていました。
メビウス教団幹部の男は悔しそうに、
「罠にかけたのか?」
「そうだ。これは私と娘を餌につかった狩りだ。――あっちの世界からやってきた吸血鬼とも人狼とも呼ばれる〝亜種〟の個体数が増えれば、実態解明が進む」
――ひっどおーいっ。私って、囮だったの!
吸血鬼は悪魔だといわれていますが、実際のところ、父のほうがよほど悪魔的です。吸血鬼は〝魅了〟という特技があるとのこと。娘であるところの私がいうのもなんですが、ダンディーな父にもその能力があるようです。
床には、悪夢の〝かけら〟というか、弾丸の薬莢一つが、生々しく、〝亜種〟が流した血がついている床に、落ちているのを目にしました。
深夜。どこかの山村の、駅前商店街もないような、無人駅。駅前の路上には、びっしりと、数十代ものパトカーが停まっているのがみえ、夜汽車がホームに着きました。ドアが開くと、乗客に扮した私服警官たちの手錠にかけられた〝亜種〟と呼ばれた男たちが降りて行きます。待ち受けていた、ライフル銃を構えた警察の殴り込み専門部隊SATの面々が取り囲んで、パトカーまで連行して行くのが窓からみえました。
それから私は、父より先に客室ベッドに入り、うとうとしているうちに朝を迎えたというわけです。
潮の香り、カモメ、丘の上にそびえる旧牧師館。
夜行列車が停車した北ノ町。
改札口には、お爺様、瀬名さん、浩さんが待っていました。
【登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。