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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第57集(2015年03月)/「菓子」&「欠片」
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02 奄美剣星 著  菓子 『天正・南蛮菓子天下一』

     壱


 カ~ステ~ラ~♪ 

 カ~ステ~ラ~♪


 甘い香りがふんわりと漂っていた。

 バンガロウのような洋館の隅っこにある厨房だ。

 セバスチャン。

 そう名乗ったエプロン姿の南蛮人コックが、両手を窯の上にもってゆき、呪文のように唱えた。まだ若い。赤毛でシャツを腕まくりしていた。

 卵に小麦粉と砂糖をボールに入れて水を加えてカク絆し、そいつを一つ一つ型に入れ、煉瓦を積み上げた窯にくべて焼くのだ。

 甘味屋市衛門。

 若い菓子屋職人が帳面に詳細なレシピを書き写していった。

 ――しかし、南蛮人っていうのは背が高いものだな。鼻まで高い。まるで天狗のようじゃ。

 市右衛門は背は低いほうではない。しかし南蛮人ほど高いというわけでもない。ひょろりとした感じの若者だ。

 少し離れた窯で、薪をくべるのを手伝っているのは、バテレンに帰依している通事の娘・オカヨだ。

 市右衛門が娘にきいた。

「南蛮人はなんていっている?」

「カステーラはお城を意味するの。直訳すれば、膨らんで、お城みたいに、高くなーれ、高くなーれっていっている。つまり、『おいしくなーれ、おいしくなーれ』って魔法をかけているってわけね」


 太閤秀吉公が天下を治めていた十六世紀末、天正年間の話だ。

 松浦家五万石の所領・平戸の港には、中国・朝鮮はもとより、エゲレス、イスパニア、ポルトガル、オランダといった南蛮諸国の交易船が押し寄せて、殷賑を極めていた。菓子職人・市衛門は、「お城」の仲立ちで、スペイン南蛮商館への出入りを許されていた。

 新しい味覚を求めて、若き菓子職人は南蛮菓子「カステーラ」を試食してみた。

 ――うっぷ。まずい!

 ボソボソとした食感は、ケーキというよりは、イタリア風のパンというか、イギリスのスコーンに近いもので、当時の日本人の舌には合わない代物だった。

 それにしても通事の娘・オカヨはなんとも見目麗しいのだ。すらりと伸びた四肢、それでいて華奢な肩の線、うなじ、くるぶしの白く艶やかなことよ。


 菓子職人・市衛門が自分の店に帰ってきた。

 ところがそこに、オカヨがきていた。なにやら思いつめている様子。

「藪から棒に失礼ですが、市衛門さん……」

「なんだ」

「実は、ここ、平戸のお殿様・松浦様が、天下人であらせられる大阪の太閤秀吉公のご不興をかってしまって……」

「なんと!」

「下手をすれば、所領がお召し上げになるかもしれません」

「そ、そんな。お殿様にはそれがしの先代からごひいきを頂いております。」

「されど……」

「されど?」

「――聚楽第・桃の節句におきまして、茶会が開かれます。その折りに全国大名家がお抱えの菓子職人につくらせました自慢の品を携え、『菓子勝負』がなされます。それに勝てば、殿下の勘気が解けるやもしれません」

 擂鉢で生地をかく絆していた若い菓子職人が振り向くと、少女は儚げな双眸から大粒の涙をはらはらとこぼしだした。

「私は松浦家恩顧である家臣の娘。主家の危機を捨て置くことはできません。貴方様を見込んでお頼みするのです。お願いします。どうか殿様をお救い下さいませ」

 娘の頬に涙が落ちゆくのがみえた。

 もし松浦家がおとり潰しになったりしたならば、オカヨともども家の人たちは路頭に迷うだろう。当主が再士官できればいいが上手くゆくものではない。帰農するにしても家族を養うに十分な土地があるのだろうか。そうでないのならば、娘を売るという場合だってある。オカヨが遊郭に売られてしまうかもしれない。可憐なこの娘が……。

「あい判った」

 市衛門が通事の少女をひしと抱き寄せた。

 南蛮人がこしらえたパウンドケーキのようなさくさくとした食感は当時の日本人には好まれない。若き菓子職人は聚楽第の茶会まで試行錯誤をして、なんとかして、日本人の舌に合うようなものをこしらえねばならない。


 年が明けて桃の節句。


 いよいよ京都・聚楽第での大茶会が催された。。 

 赤やら紫やらの傘がいくつも並び立つ庭園には、徳川家康公を筆頭に、全国津々浦々の大名が参内していた。

 曲水にはオランダ産タペストリーが敷かれ、そこに侍る大名・公家衆に、次々と名物茶碗に注がれた茶やら、ギャアマン皿に盛られた菓子が回されてゆく。

 進行役は千利休せんの・りきゅうだ。

「まずは蒲生氏郷がも・うじさと公が持参なされた金平糖。星の形をした淡き赤・白・黄色のそれを手に乗せればコロコロと口に含めばじんわりと甘さが溶け、さしたるのち一服の茶を召されれば至福のときが訪れまする」

 おお、と貴紳たちのどよめき声があがった。

 頭巾をかぶった千利休が扇子を隻眼の若き大名にむけた。

「次なるは、伊達政宗公持参の薄皮饅頭うすかわ・まんじゅう。小豆を黒砂糖でじっくり煮込んでアンをつくり、薄き衣をまとわせセイロで蒸したる大名物!」

 ――さすがは陸奥の伊達男!

 白い錦羽織りのド派手な衣装を羽織った政宗公が「第一等は頂きだ」とばかりに莞爾かんじと笑みを浮かべた。

 他方。

 平戸領主・松浦公はといえば。

 ――下手をすれば取潰し。

 小大名らしく黒と白に束帯といった地味ないでたちの松浦公は、がたがた震えながら、最後に近い自分の番を待った。

 横に控えた菓子職人・市右衛門は、

「自信があります。大丈夫です」

 といって励ますつもりだったのに、心なしか自分まで震えて呂律がままならない。

 ――情けない。

 そして。

 豪華絢爛な黄金の烏帽子と官服を羽織った小柄な男が、小姓の差し出した皿に載ったそれをパクリと口にした。

 太閤秀吉公。

 華奢であるにも関わらず、旭のごときオーラを放っているカリスマであるその人が、雷のように轟く声を上げた。

「なっ、なんだ、これは!」

 ――松浦殿は昨年末、南蛮人商人との折衝不首尾につき、太閤殿下のご不興をかったときく。……殿下はつまらぬ味で、そのことを思い起こされたのやもしれぬ。

 五条河原。

 切腹。

 領地召し上げ。

 大名たちがギョッとした顔になった。

 松浦家が持参した南蛮菓子を、副室・淀ノ方に回した。

「もふもふとした食感。このような南蛮菓子を口にしたのは初めてでございます、殿下」

 横に控えた千利休が、

「それなるは平戸領主・松浦公が持参しました『カスドース』なるもの。南蛮菓子『カステーラ』を糖蜜に浸したと、あるじの横に控えております菓子職人・奄美屋市衛門から訊き及びましてございます」

 天下人が金箔を貼った大扇子を舞うように拡げた。

「甘味屋、天晴れである。その菓子に『南蛮菓子天下一』の称号を与えるものとする!」

 ははあ。

 松浦公と横に控える菓子職人は平伏した。


 平戸のお殿様に対する太閤の勘気は解け、逆に、褒美として一万石のご加増となった。

 国許に帰ったお殿様が、甘味屋市衛門をお城の本丸御殿・広間に招き功をねぎらった。

「そちは松浦家の恩人じゃ、褒美をつかわす。なんなりと申せ」

「ではご家中の娘で、南蛮人の通事・オカヨを嫁に所望いたしたく……」

「甘味屋、ぬしも悪よのお」

「そういうお殿様こそ」

 フハハハ……。

 二人して笑った。

 しかし。

 お殿様は苦労人で若いわりには皺深い。そのわりにユーモアを理解する度量もあった。そんなお殿様が困った顔をした。

 見かねた家老が、なだめるように、若い菓子職人にいった。

「実をいうとイスパニア商館の者どもが南蛮船で帰国するとき、オカヨは、料理人セバスチャンなる者と駆け落ちしたそうだ」

 えひょお~ん。


     弐


 さてさて、ところは変わり――。

 桃の香りが漂い、うぐいすがさえずっている。

 市街地から坂道を蛇行して上がった丘の上からは、彼方に海を望むことができた。そこにたたずんでいるのがシオサイ高校だ。

 校庭に沿って体育館。その奥にはL字に曲がった三階建ての校舎がある。各学年十クラスばかりあり、一階から三階にむかって、一年生・二年生、三年生といった具合になっている。

 男女ともにブレザー姿だ。クラスでは自然と恋仲になる生徒もいるわけだが、大半はシングル状態で、男は男、女は女でまとまるか、あるいはぽつんとオタクを決め込んでいたものだ。

 授業が始まる直前。

 一階・科学実験室では例のごとく、二年二組の妄想劇団員たちが、芝居をやっていた。

 甘味屋市衛門・千利休役は流し髪で痩せっぽっちな田村恋太郎たむら・れんたろう、可憐な通事の少女・オカヨ・淀君の二役は西田加奈、南蛮人料理人セバスチャンと平戸のお殿様・松浦公、ついでに伊達政宗の三役は川上愛矢かわかみ・よしや、太閤秀吉公、蒲生氏郷公、松浦家家老の三役は黒縁眼鏡の委員長である。その他・脇役は各役者の重複。

 舞台にみたてた教壇では、カーテンはないのだけれども、妄想劇団員四人が、カーテンコールよろしく何度もお辞儀していた。

 それから。

 ――ついにやったわ。

 とばかりに、ショートカットの副院長・西田加奈は、ピョンと跳ね飛んでスカートをパラシュートのように拡げて着地。ガッツポーズを決めてみせた。

 一方。

 教室最前列の席には、白衣を羽織った吊目の化学教師・塩野麻胡しおの・まあこが頬杖をついて観劇していた。エルフ顔の化学教師がいった。

「ついに、加奈ちゃん、ヒロインね」

 エルフ先生の横に座っていたのは、三つ編みの学年トップ・チエコこと芳野彩よしの・あやは思わず眼鏡をずり上げた。

 ――なに、風に舞い上がる黒薔薇の花びらというか黒揚羽蝶のような炎は。あれって、もしかしてオーラ?

 細面のチエコがちらりと親友である副委員長・加奈の背中をみやった。

「オチがなんとも悲惨だし、オカヨにせよ淀君にせよ魔性の女……。加奈の演技が妙にはまっているのが気になります」

「チエコちゃん、もしや加奈ちゃんの演技が『地』だっていうの?」

「い、いえ……。そんなこと、ありません」

 急に、優等生は慌てた顔をした。

 教室のむこうで、流し髪の高校二年生・恋太郎が、加奈の頭を撫でいていた。

「素晴らしい演技だったよ」

 ポッ。

 しかしチエコは、うぶに振る舞うショートカットの親友の瞳に、一瞬だが、「業」とでもいうべき妖しい情念の炎が宿っているのがみえて身震いしたのだった。

 加奈がある種の「羽化」をしていた。

 始業を報せるチャイムが鳴った。

 ホームの教室から移動してきた生徒たちが足早に駈け込んできた。

          了

【キャスト】

♦甘味屋市衛門ほか……田村恋太郎たむら・れんたろう  

♦南蛮人料理人セバスチャンほか……川上愛矢かわかみ・よしや

♦太閤秀吉公ほか……黒縁眼鏡の委員長

♦オカヨ・淀君(二役)……副委員長・西田加奈にしだ・かな


.

【コメンテーター】

塩野麻胡しおの・まあこ……シオサイ高校化学担当教諭

芳野彩よしの・あや……学年トップ、通称「チエコ」

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