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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第56集(2015年02月)/「恵方巻き」&「夜明け」
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08 BENクー 著  夜明け 『もう一つの夜明け』

「この役目は、お主にしか頼めない。すまぬ」

 立川主税の『すまぬ』の一語は、これまで共に戦ってきた者に対して真逆の頼みをする苦渋に溢れていた。その姿に、沢忠助は黙ってその場を辞するしかなかった。

立川から預かった手紙と大和屋から受け取った下げ緒を懐に、忠助は城門を出るとすぐに空を見上げた。下を向くとこぼれ落ちそうになる無念の想いを必死に抑えるために。

 一介の馬丁ではあるが、忠助は新撰組隊士として、ここまで共に戦ってきたと自負していた。それだけに、ここで死ねないと言う命令には内心憤りを感じた。だが、 副長の最後を遺族に伝える役目は、最後を見届けた忠助にしかできない役目である事も分かる。

 この場に居ると未練に囚われると感じた忠助は、思わず駆け出した。

『この役目を果たすまで俺は死ねない』

 前線につながる間道を駆けながら、忠助は何度も自分に言い聞かせた。言い聞かせなければ、すぐに足が止まりそうだった。

 日中の喧騒は、今は微塵もない。ただ満天の星空の下、死んだように静まり返った暗闇が目の前に広がっているだけだった。

.

 城門を出てから二刻が過ぎた頃、何とか前線を抜けた忠助の背中を夜明けの光が照らし始めた。時期に、いつもの官軍の砲撃が始まるだろう。

 敵陣に入った忠助は、『ここまで来れば、あとは捕まっても問題ない。いくら官軍と言えども、丸腰の者を無闇に殺すような真似はしないだろう』と腹を括っていた。

 あえて新撰組隊士と判る額当てを締め、着物の埃を払い、胸を張って街道の真ん中を歩いた。『たとえ死んでも士道に殉じて堂々と役目を果たすのみ』と、ひたすら副長の面目を潰さない事だけを考えていた。

 街道を進んで行くと、官軍の兵士たちが其方此方に屯していた。だが、戦いの前のつかの間のひとときを大事にしたいのか、誰もがちらりと見るだけであえて報告に動こうとしなかった。

 結局、街道に設けられた柵門まで誰にも止められる事なく辿り着くと、そこで初めて名乗りを挙げた。

「幕府陸軍奉行並、土方歳三が馬丁、沢忠助と申す。遺族への使者として罷り通る事、お許し願いたい」

 門番の伝令を受けた先方指揮官は、椀に残った湯漬けをすすり上げると、忠助が控えている縁側の庭まで自ら出向いた。

.

「そうか、土方どんは死んだか…」

「はい。昨日の一本木関門の戦さにて」

「明け方の物見の報告で、『関門に敵の姿がない』と言っとったが、道理で。それで、苦しまれたのか」

「いいえ。一瞬の事でしたので、おそらく苦しまずに…」

ただ一言、『やられた』と言って馬上から落ちた土方を抱き起こした時にはすでに事切れていた事を語った。

「そうか、剣士が剣を交えずに死んだのは、さぞ無念じゃったろう」

「いいえ。副長はいつも言っておりました。『今の戦は鉄砲が前線だ。ならば、俺もいつか玉に当たって死ぬだろう。俺が前線で戦うのは、単に前から撃たれる方を選んでいるだけだ』と…」

 忠助は、そこまで言って声を詰まらせると、面を伏せた。

「判り申した。お主が一日も早く江戸に着けるよう、おいがすぐ一筆書いてやるけん。少し待っておらせ」

 意気に打たれた指揮官は、奥座敷に引き込むと、表に『添状』と書かれた手紙と、官軍の通行手形を持って現れた。

「本来なら、ここでお主の素性を調べるのが筋かもしれん。だが、お主の言葉を信じられんようでは、おいは武士じゃのうなる。だけん、もしもこの先足止めさる事のあったら、この添状ば見せなっせ。敵ながら土方どんは気骨のある者だった事は、お主を見ればよう判る。ただ一つ、これは余計な事かもしれんが、お主は死んじゃいけん。お主が見てきた真っ直ぐな者の事ば、お主の家の者にも伝えんといかんけん。いくら時世が変わってもたい」

 手形と添状を受け取った忠助は、指揮官に頭を下げると、すぐに陣屋を辞した。

再び街道に出ると、忠助を見送るため、指揮官は柵門に部下を整列させていた。

忠助は、もう一度頭を下げると、今度はすぐに面を上げる事ができなかった。

.

 結局この日は、いつもの夜明けの砲撃は行われず、街道を行く忠助の耳には、林間に鳴く鳥の声が聞こえるだけだった。

 この日は、忠助にとってもう一つの人生の夜明けとなった。


.    -おしまい-


BENクーさんからのご厚意でもう一作お借りできました。これにて、第56集のカーテンコールとさせていただきました。

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