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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第56集(2015年02月)/「恵方巻き」&「夜明け」
12/36

06 柳橋美湖 著  恵方巻 『北ノ町の物語、衝撃石の秘密』

【あらすじ】

 東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。

 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、ゆくたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。

 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。

.   10 恵方巻

.

 新しい居処は生活感のないマンションだった。バルコニーに立つとカモメが上昇気流に乗って舞い上がっているのがみえ、奥に望める水平線のむこうから風が潮の匂いを運んでくる。そのあたりは故郷・北ノ町と同じフィーリングだ。それにしても、三十にもならならい若造である夫が、東京湾が見下ろせる部屋を買って住んでいるというあたりがリアリティーのない話だが、そのあたりは彼の〝職場〟が上手く手配した。

 ……殺された北ノ町の神父様の息子・明。彼の家と親交があるという都内にある小さな教会で私たちは式を挙げた。ひっそりとしたもので、夫の職場関係の人たちが若干参列しているのだが、父・鈴木三郎は参加していない。表向きは、駆け落ち・できちゃった結婚。夫と未成年である私がそういう仲になったので、しぶしぶ書面で同意したことにしてある。さらに、ダミーとしての戸籍をつくり、別姓を名乗ることになった。――寺崎という姓だ。

.

  新郎・寺崎明。

  新婦・寺崎ミドリ。

.

 私たちはリングを交換してはめた。

 これで〝石に惹かれし者たち〟の煙を少しは巻くことができる。

.     * * *

 ご機嫌いかがですか、皆さん。

 鈴木クロエです。

 去年の今頃の私は社宅部屋で一人寂しく恵方巻を食べていたのですが、いまや私にとって北ノ町は故郷。――会社帰り、帰省のため飛び乗った夜汽車のなかで、母の〝日記〟を開いて読んでいました。

 母の日記というのは、羊皮紙で装丁されたずっしりとしたもので、万年筆で書かれています。用紙に書かれた文字は、まるでペン字添削の通信講座に通ったかのような、流麗なものを感じます。

  母・ミドリは、結婚してすぐ父・寺崎明と離婚。男性遍歴が多かった――ようにみせていた母の前に次々と現れた恋人たちというのはすべて父・明の変装でした。もちろん、私と一緒に、母の最後を看取った恋人の紳士というのも、父の変装です。

 それにしても。

 ときどき思うのですが、私の名前が洋風に、クロエ、としていますが、母の名前がミドリなのでつけたのではないでしょうか。そう、父・寺崎明にきいてみると、笑って首を横に振るだけです。――やっぱりそうだ。嫌がらせだったんだ!

 深い青で車体を塗装した夜行列車。

 いつもなら、カプセルホテルのような、二等寝台車の二段ベッドで休むことになるのですが、今回の帰省では、父と一緒だったので、ツインルームに泊まることができました。ビジネスホテルよりは、少しましなお部屋です。

 いつもなら、キヨスクの幕の内弁当を買うのですが、その日は食堂車で、ワインを傾けてのフレンチディナーを御馳走してもらいました。

 さて、本題に戻りましょう。

.     * * *

 〝日記〟にでてくる〝石に惹かれし者たち〟についてです。

 私は、その存在が、ときどき、鈴木家に襲い掛かってくるカルト教団〝メヴィウス〟を指しているものだと考えていました。私がお爺様の存在を知り、北ノ町を訪れるようになってから、教団はまず浩さんを標的にし、次はお爺様を狙いました。しかし、父方の祖父である神父から後事を託されたお爺様は、敵が想像している以上に強力で、密かに父と連携して、逆に信者を捕えました。父自体も信者として教団にもぐりこみ、かなり敵の実態をつかんでいる様子です。

 彫刻家であるお爺様が、購入した丘の上の旧牧師館。そこの工房部屋のカーペット下に隠していた秘密の小部屋・ワイン貯蔵庫にあった、〝衝撃石〟と呼ばれる多触手からなるヒドラ・邪悪な波動を放つ玉髄の巨塊を、教団は狙って、武闘派集団を送りこんでいる。

 そんな感じでした。

.     * * *

 オードブルは海鮮サラダを添えたテリーヌで、そのあと、コンソメスープがでてきて、メィンデッシュで平目のムニエルがでてきました。ナイフとフォークをつかって私が魚身を上手く切れないでいると、父が、「どれ貸してみなさい」といって、自分のほうへお皿をもって行き、綺麗にさばいてくれました。 

 少し白いものも混じってはいますが髪はまだ薄くはないですし、背も高いですし、はっきりいって父・寺崎明は、一緒に街にでてショッピングにつきあわせ、ばったり友人に出会ったら、さりげなく自慢したくなるタイプです。

 食後に出されるチーズをつまみながら父がこんな話をしだしました。

「吸血鬼の話を知っているだろ?」

「吸血鬼って、ドラキュラとか、カミーラとかでしょ」

「まあそんなところだな。じゃあ、狼男は? 女性もいるから最近は人狼って言い回しが多いようだが……」

「それが?」

 私は紅茶を口にしました。

「教団・メヴィウスに潜りこんで分かったことなんだが、奴らが君のお爺様の工房部屋・地下にある葡萄酒貯蔵庫ワイナリーの〝衝撃石〟とは何か?」

「邪神に生贄を捧げる祭壇?」 

「カルト教に対するベタな発想だな」

 何だか父はもったいぶっていました。

 そして誰かにきかせているようでもありました。

父の背後には、黒いスーツを着た、四人の男たちがいました。いうまでもなく〝カルテット〟をなしていたのは〝教団〟の刺客で、私たちのいる席の通路側を塞いで逃げられないようにしたのです。

「鈴木一族の血は極上ものだときく。さぞかし娘・クロエのも美味いことだろうよ」

 男たちの一人が、私の肩をつかんで顔を近づけてきます。

 尋常ならぬ長い牙。

 それが私の首筋に……。

 ああ、絶体絶命だ。

 それでは、今回はこのへんで。続きはまた。


【登場人物】

●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。

●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。

●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。

●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。

●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。

●鈴木ミドリ/クロエの母。故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていた。

●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

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