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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第56集(2015年02月)/「恵方巻き」&「夜明け」
11/36

05 BENクー 著 恵方巻 『恵方巻き事件』

   恵方巻き事件

.

 恵方巻きの季節がくる度、思い出すのは高校時代のトシキと“恵方巻き事件”である。

 トシキは、僕と同じくスポーツ推薦で野球部に入ってきた仲間で、二つの特技を持っていた。一つはメチャクチャに足が早い事。もう一つは、小柄で華奢な見た目と違って異常な大食いである事だった。

 普通、練習がキツくなると誰もがヘバってメシが喉を通らなくなる。だが、1年生は食事を残す事など許されないため、誰かがいつも涙を流しながらムリやり食事を摂るのが日常だった。寮生活の体育会系の宿命であるが、食の細い僕もその一人だった。

 ところが、トシキは別、と言うよりも異常体質らしく、早食いはできないけれど食事だけなら延々と摂る事ができた。残り物を全て平らげてくれるトシキの大食いにいつも助けられていたが、その凄さを真に目の当たりにしたのが“恵方巻き事件”なのである。

 入部して1年になろうとするこの時期、わが野球部には大量の手巻き寿司を食べると言う習慣があった。これは先の監督が考え出したらしく、初めは部員の気分転換として恵方巻きに引っ掛けて手巻き寿司を食べると言うお楽しみ感覚で始めたらしいのだが、それが数年経つうちに大量のご飯と具材を残さず食べると言う主旨に変わったものだった。

 ちなみに、恵方巻きは無言で食べるものらしいが、私語禁止の1年生は普段通りなのだが、いつもは喋りながら席につく上級生たちさえ、この日だけは誰も喋ろうとはしなかった。長テーブルを挟んで20人一組が3列に座っている前に、ご飯だけでも普段の2倍の6升、1箱100枚入りの海苔箱が6箱、60人の部員全員が1人10本の手巻き寿司を食べねばならない計算で用意されていた。おそらく目の前に用意された物量の多さに、上級生たちも1年前を思い出したのだろう。

 だが、当然ながら上級生たちは10本も食べてくれない。と言うより、普通は10本も食べられないので、残った分は1年生で食べねばならなかった。上級生もそれなりには食べてくれたのだが、僕たち30人の1年生が何とかそれぞれノルマの10本を食べた所で、ご飯が2升半、具材も大皿3つにたっぷりと残っていた。

 ここで大活躍したのがトシキである。

 上級生たちが腹を押さえながら食堂を出て行った後、1年生全員が四苦八苦しながら寿司を喉に詰め込んでいる中、トシキだけは淡々と寿司を水とを交互に食べ続けた。僕らが苦しみながら1本を20分掛けて食べる間、まるで餅を喉に流し込むように4本、5本と食べるのだ。それはテレビの大食い選手権さながらで、全くペースが変わらないトシキを1年生全員が唖然としながら眺めていた。

 1時間後、トシキは残った2升半のご飯のほとんどを食べただけでなく、本来なら余るはずの具材まで一つ残らず食べ切ってしまった。

 これに一番驚いたのが、お許しを言い渡しにきた監督だった。本来なら食事と格闘している僕たちに『もう良いぞ』と声を掛けてお開きにする予定だったらしいが、テーブルの上にポツンと海苔箱が一つ残っているのを見た時、『おまえらオバQか!』と、僕たちがキョトンとするような大食いキャラを口にした。そして、僕らは一斉にトシキを指差した。

 おまけに、このトシキの大食いのお陰で翌年からこの過酷な伝統が廃止される事になった。

 監督曰く、「あいつがおかずもメシも全部食っちまったせいで食堂のおばちゃんから文句言われちまった。『翌日分まで食べられたら献立が狂ってしまう』ってな!」との事だった。

 トシキは、この事件によってわが野球部の影の英雄になった。

.     -おしまい-

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