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春待月2

濡れてしまった服は洗濯カゴに。借りた制服はハンガーに。熱いお風呂に入る。

とりあえずこの国で住む家へとたどり着き、まず最初にしたことはそれだった。

「まったく、災難だったな。」

ぱちぱちとした光と音と共に黒い子ライオンがベッドの上に座っている。櫻はばふり、と音を立てて上半身をベットに預けた。

「サンちゃん…なんか疲れたよ。」

長旅もあったし、風邪引いたら大変だからね。とその後タクトに車で送られたのがこの家。この国で住むのは煉瓦造りの二階建ての家。この家では兄弟各一つ部屋が与えられた。

部屋はダンボール箱だらけだが、ベットだけはセッティングされていた。

「水の魔法使いはどうだった?」

「賑やかな人たちだったねー、精霊さんと魔法使いの仲が良さそう。」

「そうだな。」

サンアウローロの声がなんだか心地いい。見た目は小さな子どもライオンだが、声は心地いいハイバリトンだ。

「ちょっと魔法使いって興味が出てき…た…」

「おい、そのまま寝るな。風邪を引くぞ。」

なんだかどっと疲れが出てきた様で、気がつくと意識を手放していた。

「全く。仕方が無い。」

サンアウローロはため息を一つこぼしながらもベッドの毛布を咥え、櫻にかけてやった。


植物園と呼ばれる緑の楽園、いやむしろ要塞。に、ラビはいた。

状況は至ってシンプルでなぜ優秀な彼女が焦っていたのかわからない。

黒っぽい樹皮のあちこちに蔓延る白い泡状の茸を月の魔術、空間と物体を選択し分離させる術で引き離してやるだけの簡単な作業だった。

痛んだであろう、あちこちの枝に布を巻きながら彼女は木に何かを話しかけている。ごめんね、だろうか。がんばって、だろうか。

「ありがとう!助かったよ。お礼に木蓮亭の売上貢献するから。」

布を巻き終え、彼女は梯子からおりてくるとラビスの両手を握った。

「実家はいいよ。エリー、俺に対してはなんかないわけ?」

ラビは握られた手を振りほどくと両腕を組んだ。

「じゃ、何がいい?試験でもなんでもラビには割と世話になってるから。」

振りほどかれた両手を上げたエリーは別の提案をした。

ラビス考えてみるが特には思いつかない。いや、欲しいものはあった。

「特には…いや。あれが欲しい。精霊蟲よけの安眠グッズ。」

「ハーブオイルお香?香水?後は…、固形香水なんかも!」

「どれだけ、種類あるんだよ…」

思いのほか種類があった様でラビは驚いた。

「いやぁ、作るの楽しくってつい…リブロに合うの意地になって作ってたら種類できちゃって。今は各属性に対応出来るよ!」

自信満々に言い放つエリーの顔は誇らしげだ。

「卒業したら店開けんじゃない?エリー、手先も器用だしさ。」

彼女の首を飾るモチーフ編みのチョーカーも彼女の手作りだ。料理はできても自分にこんな細かいものは作れないと感心する。

「うーん、ラビは嗅覚が敏感だから香水やお香はきつそうだな。ハーブ油だね。レモンユーカリとクローブの奴でいい?」

「よくわかんないからエリーに任せるよ。」

こんこん、とガラス戸を叩く音がする。音の先を見るとオレンジ色が見える、リブロだ。包みを抱えて、ねぇ、もう入っても大丈夫?と言うジェスチャーをしている。

大丈夫!と言うジェスチャーでエリーは返した。了解。と言うジェスチャーを返したリブロは扉がある左側の方へ向かう。

「さてと、一旦お茶にしようか。リブロも来たし。あれ、お土産だろうね。あ、飲むのはハーブティー?紅茶?コーヒー?」


温室に入ったリブロは桜を見上げた。黒い樹皮の大木は所々布を巻かれているが蕾をたくさん抱いている。

「おお、これがサクラかー。立派な木だね!」

「ラビのおかげでフンギさん撃退できました。後はこの子の力次第。」

エリーは桜の木をなでる。

「大丈夫じゃないかな。女神様の椅子だもの。きっと強いよ。この木は。」

「女神様の椅子?なにそれ。」

聞きなれない単語にエリーは首を傾げる。

「この木と同じ名前の子をさっきまで学校案内してたの。その子と同じ名前の木があるって教えたら自分の名前の由来の木は、こんな由来があるんだって教えてくれたんだ。双子の魔法練習のとばっちり食らっちゃってもう帰ったけどね。」

「その子、日系?だったらサクラって名前は珍しくないかもだけど、木の由来までそこまでは知らなかったな。」

どこからかとりだしたのか、魔法瓶にカップを並べ出したエリーはながら作業だが、興味を示している。

「日属だからうちの学校に入って欲しいけど、無理強いはできないじゃない。双子とリノ兄さんの魔法をきれいって言ってたから、魔法が怖いわけじゃなさそうなんだけど…」

「まぁ、なんとかなるんじゃない?相似形は引き合うって言うし。」

「どこに相似形があるんだよ。」

この中でコーヒー派は、自分しかいないため、ラビスはテキパキと自分用のドリップコーヒーを煎れながらエリーの話につっこみをいれる。

「この木。木の由来を知ってるならきっとこの木と縁があるよ。ところでリブロ、その紙袋は?」

二つのカップにそれぞれティーバッグを放り込みお湯を注ぎながらエリーはサクラの存在を主張する。

「エリーに蟲除けのお礼。シルク糸とか羊毛とか。」

リブロは抱えた紙袋の封を開けた。中には糸や繊維の塊などだ。

「あ、やったー。ちょうどチョーカー新しいの作ろうと思ってたんだよね。シルク糸とか高くなかった?お小遣い大丈夫?」

「シルク糸はベール・マランフォレで蛍灯三個と物々交換してきたからタダだよ。羊毛はルキウス兄さんからのお下がりのお下がりだけど。」

「お下がりのお下がり….っていうかルキウスさん、今テレビに出てるよね?羊毛もらうってなんの仕事なの?」

お下がりのお下がりと言う言葉に苦笑しながらエリーは羊毛の提供者であるリブロの五兄の話題を口にした。一応学院の大学部に通う学生なのだが、必要な単位を一年でとってしまったらしく、あまり学院には姿を現さない。代わりに最近はテレビの画面でよく見かけるストロベリーブロンドの髪の、末妹であるリブロとよく似ている中世的な顔の作りをした美形だ。

「よくわかんないけど身体を張った仕事らしいよ。」

兄が何を思い、なんの仕事をしているのか、リブロはよくわかっていなかった。きらびやかなステージで歌って踊っているかと思えば、クイズ番組で回答を間違い、クリームパイを顔に投げつけられ、クリームまみれになっていたりする。

「ふーん…ま、いいや。羊毛で何かを作ってリブロに届けてもらおう。ルキウスさんの一ファンからのプレゼントとしてね。」

エリーは五兄の歌が好きだった。初恋の人だったらしい。五兄も五兄でエリーお手製のハーブティーを愛飲しているので、お互い付き合いはある。

「お、何?状況は改善されたのか?」

カップの水色が紅く染まったのでティーバッグを取り出し啜る。香りで気づいていたが今日は薔薇とローズヒップのブレンドらしい。

「あ、センセ。なんとかなりました!お茶飲みます?」

兄妹を送り終えたタクトが温室にやって来た。

「ならよかった。あれリブロ。サクラ達送ってきた。あれ、何があったんだ?サクラはうちの制服着てたし。あ、エリー、茶はいらん。すぐ戻るから。」

「双子の魔法のとばっちり食らってびしょ濡れになっちゃったんだよね…植物園見せるのは明日になっちゃった。」

「またあいつらか…」

ラビスは顔を片手で覆い盛大にため息を付く。

「ムラっ気だからなぁ、あいつら。」

水族館にいた双子はタクトの妹達だ。ラビスはコーヒーをすすりながらつぶやく。

「ナイア出身の子は資質が強い分不安定だもんね。アイちゃんもそうだし。」

アイちゃんと言う言葉で急に立ち上がったエリー。

「アイゼン!そうだアイゼンからこの木の土貰ったんだよ!どうやって土整えたのか聞かなきゃ!」

どうやら原因がわかったらしい。

「アイちゃんじゃないでしょ。アイちゃんは自分の仕事はしっかりするもの。来る途中こんなの拾ったよ。」

がたりと椅子から立ち上がったエリーを制するリブロ。彼女は手のひらに透明な欠片を乗せた。

「これ、クラゲ玉のかけらじゃん。」

クラゲ玉とは水属が作る魔法の一つだ。自然に還るゲル状の玉。見た目がクラゲそのものなので通称クラゲ玉。きっとイタズラで誰かが置いたのだろう。

「また双子かー!?」

エリーは絶叫した。




「アル!」

聞き慣れた声がしたと思ったら幼なじみが居た。

会いたかったのか会いたくなかったのか。アルベリックは正直よくわからないが相手は会いたく仕方なかった。と言う顔をしている。

「ヴィリ。」

「知り合い?」

案内をしてくれている青年は少々困ったような顔をして尋ねて来た。

「昔の仲間、みたいなものです。」

「そう。君は…」

「ウィリアム・ジゼル。土属。」

「僕はアナスタシオ・アリアージュ・ラフォンテーヌ。金属だよ。」

「……お貴族様かよ。」

「ヴィリ、俺も貴族様なんだけど。」

しまったと言った顔を一瞬見せたが、彼はすぐにふてくされたように唇を尖らせた。

「まぁ、貴族なんて肩書きだけだよー。」

正直、きっとこの子らは扱いづらい。アナスタシオはときおり連れていかれる社交場での会話を思い出した。

(ねぇ、知ってる?リュンヌドミエルの養子は宝石の眼をしているらしいわ。生きて行くために男娼もしていた事もあったらしいけど、きっと人気だったでしょうね。)

この少年2人はダウンタウンの最も荒れた地域出身者だ。きっと生きて行くためになんでもやって来たのだ。僕みたいな苦労知らずに見えるお坊ちゃんは特に噛みつかれちゃうんだろうな。実際茶髪の彼には嫌な顔されたし。ため息を零しながらもアナスタシオは気持ちを切り替えた。

「じゃ、君らはどこに行きたい?」


「さーくーらーちゃーん!おーきーてー!」

櫻は柊に上半身をベッドに預けてすやすや眠る体を容赦無く揺さぶられ、叩き起こされた。

「……あれ?寝てた?柊くん、入ってくるならノックしてよ。」

「したよー!しても返事がないから入ったら櫻ちゃん寝てたし。ご飯食べに行くって。」

櫻が窓に視線を移すと空は赤い。もうそんな時間なのか、だったら父も帰ってくるだろう。夕飯を作るにもきっと貯蔵された食料はないだろう。また、食料品店の場所は分からないし、キッチンの使い勝手も分からない。そもそも今日は疲れてしまい、夕飯を作る気が起きない。

「わかった。仕度するから柊くんは外で待っててね。」

柊を部屋から出し、櫻は身仕度を始める。髪はすっかり乾いている。左サイドの一房を編み、それをシニヨンに。飾りピンを挿せばいつもしているお気に入りの髪型だ。同じくお気に入りの赤いノースリーブワンピースを白いニットトップスに合わせた格好、ポシェットを引っ掛けると部屋を出た。

「あ、サンちゃん…」

「サンちゃーん、精霊ってご飯は…」

(いらないぞ。あと、眠いから起こすな。)

櫻の問いに声のみが聞こえた。サンアウローロはいちいち出てくる気はないらしい。精霊は食事は必要がないようだ。

「わかった。じゃあ気にしないでいいんだね。」

一階で待っているであろう家族の元へ櫻は急いだ。



木蓮亭は学院の近くにある。安くて多くて美味いという学生や肉体労働者に人気の食堂であり、ラビスの実家だ。弟を伴ったエリーが年季の入ったドアを開けるとからんからんとベルが鳴る。すると見知った体格のいい青年シェフがカウンター越しに声をかけてきた。彼はラビスの兄だ。華奢で女顔を気にするラビスとは違い、がっしりとした体格と日に焼けた肌を持つ青年で短く刈り上げた黒髪に無精髭も妙に似合う。客もまばらになってきており、手も空いたのだろう。手が空いたら彼は常連とこうやって話したがるのだ。

「あ、エリーちゃん。今日、肉は鹿肉のローストがメインなんだけど大丈夫?」

「あ、キーズなら全然気にしてないから大丈夫。むしろ大好き。」

エリーのパートナーの姿形を気にしての気遣いなのだろうが、彼女は気にしていない。むしろ、鹿肉は彼女の小さな頃からの好物だ。

「そう。あとトニックウォーターといつもの根野菜のスープと雑穀パン?サラダは蒸す?生?あとはーデザート、今日のおすすめはミント風味のチョコプリンに柑橘類のグラニテ、リンゴのワイン煮に桃のソルベ。どれがいい?」

シェフはエリーがいつも頼んでいる献立を確認した。しかし、デザートだけは変わるので今日のデザートのメニューを告げた。

「サラダは蒸したのがいい。デザート、リンゴで。ディルは?」

自分のメニューの注文を終えると後ろについてきた眼鏡の少年に尋ねる。

「姉さんと同じでいいよ。あ、でもデザートはチョコがいい。」

「姉さん?弟が居たんだね。しかしまぁ、デカイなー。君。」

シェフは彼女が伴っていた彼を見比べた。象牙の肌に翡翠の目、黒髪は一緒だが、弟の方が髪も肌も日に焼けてほんの少しブラウンががっている。エリーもけして背が低いわけではないが、彼と一緒に並ぶとなんだか小さく見えてしまう。

「デレク稲荷木です。春からリーリェの高等部生です。」

「じゃ、うちの弟の後輩になるわけか。姉さんが木属魔術師だから、君も木属?」

喋るとその声色はまだ少年だ。シェフは容姿がよく似ているエリーの弟、デレクに尋ねた。

「はい。木属です。」

「やっぱりかー。だったら姉さんと同じお師匠さんに弟子入り?エリー、相談はしてるんだろ?タクトに。」

「あー、うん。だけど直接会ってみないと分からないって言ってた。木を扱うのが向いてるか、蟲を扱うのが向いてるか見るんだって。」

「なんだかややこしいな。木属は。」

うへぇ、といったような顔をした彼。

「リガスさんは火属だっけ?」

一応、シェフも魔法の資質を持っている。

「おー、料理に大事な火だぞ。ま、あいつ程才能はなかったし、料理が好きだから家継いだけどなー。ま、早くテーブルにつけや。入学キャンペーンで、一品サービスしてるから、おまけでエリーにもなんかサービスしてやる。」

あいつ、とは弟のラビスのことだろう。エリーはあまりその事には踏み込まずに、やった!と嬉しそうな反応を返して奥のテーブルへ座った。

また、からんからんとベルが鳴った。


雑穀パンに固い皮の黒っぽいパン。燻製鱒のキッシュ。かたまり肉のロースト。クリームスープに刻まれた根菜のトマトスープ。温野菜のサラダ、テーブルに並べられたそれらは湯気を立て、非常に食欲をそそる。

食事に取り掛かる前に櫻の父は三枚の書類とペンを取り出した。

署名欄があるのだが、そこは空白だ。

「悪い、テーブル一つ借りるぞー!」

カウンターに向かい話しかけるといいですよー!と返ってきた。

「父さん、これは?」

「入学書類。タクトくんから貰って来て貰ったんだよ。通うのはお前らだし、サインはお前らに任せようと思ってな。」

柊は迷わず自分の名前を書いた。

梛は何かを考えた様だったが、彼も署名をした。

「櫻は?どうする?」

「とりあえずご飯食べてから!あったかい料理はあったかいうちに食べないと!」

そうは言ったが櫻は迷っている。

制服で決めるなら確かに腰のリボンでウェストを絞るタイプの黒いピンストライプ柄のサスペンダー付きコルセットスカートは可愛らしかった。リブロの案内で見かけた図書館もとても立派だった。

しかし、それだけでは決められない。ここはいわゆる外国だ。

言葉は覚えたが習慣が違う。文化が違う。考えても考えても答えが見つからないなら行動してみるのが櫻の常なのだが今回はどうしてもそこにいきつけない。きっと空腹だからだと考え、食事に取り掛かることにした。

「あ、お父さん。今日、水の魔法を見たんだ!」

「おう、どうだった?」

「イルカショーみたいだった!水被ったし!ペンギンの子もいた!」

「柊くん、あんまりさわがない。他のお客さんに迷惑でしょ?」

久しぶりに父に会ってはしゃいでいる柊を櫻は軽く叱り、肉を口に運ぶ。今まで、あまり食べたことのない味に?首をかしげる。

「ん?これ何肉?肉だけどマグロみたい。」

「モミジ。」

「紅葉?」

もみじと言われて連想したのは秋に赤く染まるあの木だ。しかし、木がこんな肉になるはずがない。

「鹿。」

いまいちピンとこない櫻に父は肉がなんの動物か明かした。

「鹿?鹿って食べるの?」

「こっちじゃ普通に食べるぞ。あとは鳩とかウサギも。鳩は高級だけど。焼いてたのにチョコソース掛けたのをこっちの会食で食べたな。」

こちらの食文化は日元とは大分違うのだと櫻は認識した。


食事はとても兄弟好みであったらしく、皿に残ったパンでソースを拭って食べ終える。ここまで綺麗に食べられてしまえば、料理人も食材も満足だろう。

「綺麗に食べたねー。ここまで綺麗に食べてくれて嬉しいねー。デザートは入る?」

シェフが盆に可愛らしい色合いのケーキを載せてやってきた。

「あれ?デザート頼んだか?」

頼んだ覚えのないデザートに、父は首を傾げた。

「サービス。クサカさんはともかく、子どもさんは始めて来たでしょ?あと、今新入生にはサービス中だから。クサカさんにはコーヒーサービス。」

どうやら店からのサービスらしい。

「ありがとうございます。」

櫻がお礼を言うと。

「いえいえ、可愛い女の子にはたくさんサービスしちゃうよー。」

シェフは茶目っ気たっぷりにウィンクをした。

「あとね、迷うなら行ったほうがいいと思うんだ。迷うってことは少しは行く気があるんだよね?」

「え?」

「書類。それ、リーリェの入学書類でしょ?」

隣のテーブルに1枚残ったままの書類を見たらしく、シェフは櫻に語りかける。

「あの学校はね、何がなんでも途中でドロップアウトなんてさせないから。エリー!ちょっとこっち来い。」

エリー、とシェフは誰かを呼んだ。

するとやって来たのは駅のホームでタクトを跳ねた鹿を連れていた少女だった。どうやらエリーと言うらしい。

「何?リガスさん。ってあなたは…センセと一緒にいた…」

「鹿のお姉さんだ!」

あたりを見回すが、先ほどの鹿はいないようだ。

「あれ?知り合い?」

「知り合いではないけど…」

「この子に木の魔法を見せてやってくれよ。」

「いいけど。種とかある?ここにキーズは出せないから芽の魔法になるよ。」

どうやら彼女も魔法使いらしい。芽の魔法とは一体どんなものだろう。櫻は少しわくわくした。ちょっと待ってろ。とカウンターの奥に消えたシェフ。

少しの沈黙のあとエリーは櫻をじっと見つめた。目をじっと見ているため、櫻はなんだか不思議な気分だった。その様子に気づいたエリーは視線を櫻の手に移した。

「ガート先生以外に太陽の恩恵を持ってる子、初めて見た。あなたはやっぱりリーリェに入るべきだと私は思うな。」

エリーの緑の瞳は優しい色で櫻に話しかける。

「 太陽の恩恵?」

「私は木属だからね、同じ属性じゃないと才能…資質は推し量れないんだけど、一般的に言われてる各属性の吉兆…良い印は知ってるよ。日属は瞳がオレンジだと太陽の恩恵って言われて、強い精霊が見つけてくれやすいんだ。私の木属は緑の手…二の腕あたりに木の葉型の痣があれば蟲も懐くから植物の世話がうまくいくって言うのがある。私の師匠がそれ持ってるらしいんだけど、センセ、基本長袖だから見たことないんだよ。」

「木の葉型の痣…っていえば柊くんもあったような…」

木の葉型の痣と言われ、櫻は弟にもその痣があったことを思い出す。しかし彼の痣は二の腕ではなく足首だったはずだ。

「じゃあ、きっとそのシューくんも15までに精霊がつくね。」

思ったよりふんわりとした雰囲気だったエリーに櫻はなんだか好感を覚えた。

「花の種はなかったけど球根ならあったぞ。」

裏に行っていたシェフは何かを握って戻ってきた。

「ラナンキュラスかー。リガスさん、グラスに水汲んできてほしいなー。」

エリーは球根を受け取ると、またシェフになにかを頼んだ。

「なんか今日、人使い荒くねぇか、お前。」

「芽吹いたら水が必要だもの。水が無きゃこの子は咲けない。ね?お願い。」

「タクトもそうだけど相変わらず職業熱心だよなー。 待ってろ。」

「ありがとう。リガスさん。じゃ、行くよ。」

エリーはすう、と深呼吸を一つすると球根を指で隠した。握るのではなく覆い隠す様な形だった。

櫻はふとエリーの瞳を見た。翡翠色の彼女の瞳に若干桃色掛かった色が、刺している。

「お、この子の花の色、桃色なんだね。」

指の間から茎が天を目指し伸びて、ある程度のところで止まる。花芽が付き膨らんだところでふと、花の成長がとまる。

植物の成長を早回しで見ているようだ。

シェフが置いた水の張られたグラスに植物の根を沈ませるとエリーは一息をついた。

「ひさびさにやったからちょっと早めすぎたかも…」

エリーの手を離れ、水を得た花は蕾をさらに膨らませ、幾重にも重なるフリルのような桃色の花を咲かせた。

「これが私の魔法。魔術っていうよりは魔法かな。蟲の力借りたし。」

分類が難しいんだよね。とエリーは言うと、椅子に座った。

「まぁ、この魔法を見て、あなたが入学するかは別なんだけど、とりあえず、ようこそ。精霊に愛される子。この木の魔術師は海を越えてやってきたあなた方をを歓迎するよ。」

とエリーはラナンキュラスの花を櫻の髪に挿した。

その言葉に櫻は何かを思ったのだろう

「父さん、私、魔術の勉強してみたい…」

と言い、書類に名前を書き記した。


翌朝、櫻達兄弟は父に連れられ、これから学び舎となる校舎にやってきた。

「じゃあ、この書類事務所に出しとくからな。」

三枚の書類を片手に父は己の仕事場へと向かった。

「放置かよ…」

父の対応に梛は思わずつぶやいた。

「とりあえず、中歩いてみようか、入学式で迷いたくないし。」

「…だな。柊、絶対櫻から離れんなよ。」

「うー…分かった。」

櫻はしっかりと柊と手をつなぎ、学校内を散策することにした。昨日案内してくれたオレンジ色の髪のあの人、確か名前はリブロさん。を見つけられた幸いだ、と櫻は思っていた。

学校内は案内板はあるものの、ところどころ文字が掠れていて、言葉は覚えたが文字に慣れていない兄弟には少々難しい。

「リブロさん…だっけ。昨日の人。みつけらたら案内してもらえたかな。」

案内板の現在地を指さしながら櫻は呟いた。

「どうだろうなー。それよりも他の人に道聞いた方が良くないか。あ、あの人日元人っぽい。」

案内板から視線を外した梛の先には人がいた。確かに瞳の色は緑で象牙の肌や黒髪は多少色素が薄いが東洋人に見える。年は櫻たちと変わらなさそうに思える。

彼も兄弟に気づいたらしく、「どうかしたんですか?」と声をかけてきた。

「あ、あの…」

「あら、太陽のお嬢さんね。瞳がオレンジ色の子なんて、そうそう居ないわ。」

櫻が緊張しながら答えると、木の葉が擦れ合うような音を立てて猫のような生き物が現れた。

「こら、マーニャ。なんでいきなり出て来るんだ。」

「だってデレク、貴方一人なら絶対に道に迷うもの。」

人懐こい性格のこの猫は間違いなく精霊だろう。

「あなたも魔術師なの?」

その精霊の存在に会話の糸口を櫻は見つけた。

「あー…まだ見習いにすらなってませんが、木属です。あなたは….マーニャの言う通り、日属ですか。」

「学院に来て、まず太陽のお嬢さんに会うなんて幸運よ。ところでなぜあなたは声をかけたの?」

「ちょっと道を聞きたくて……それと人探しも。」

「人探し?」

彼は彼よりも雄弁にしゃべる猫の口を覆い、彼女の言葉を遮った。

「あの、リブロさんって知らないかなって、オレンジ色の長いふわふわした髪の毛の…」

「白くて丸い帽子をかぶった、背は小さめの?」

「そう!その人!!」

どうやら知っているらしい。

「その人、姉さんの友達だから。多分今日は植物園にいると思います。会いたいなら一緒に行きますか?」

「いいの?」

「はい。困ってる人は助けろってマーニャもうるさいですし。」


少年はデレク稲荷木という名前だった。先祖が日元人であると言う彼だが、日元の言葉はわからないのだという。

「サクラ…さん達ははなんでリンドヴルムに?」

「父さんの仕事の関係で。そしたらサンちゃん…私のパートナー精霊が私のカバンの上で丸まって寝てたの。着いたのは昨日なんだけど、なんだかいっぱいいっぱいだったの。柊くんが木の魔術師の人、タクトさんにスカウトされたり、そのタクトさんが鹿に乗ったおねぇさんに跳ねられたり…なんだか、衝撃的なものを見てしまったの。そのおねぇさんには夜に魔法を見せてもらったんだけど。」

その発言にデレクは目を丸くした。

「もしかして、昨日の夜、同じ場所にいたかもしれない…」

「本当?じゃあきっと私たち、なにか縁があるのかもね。」

その発言にニコニコと笑う櫻。それに対してデレクは複雑な顔をした。

「縁って言葉、あんまり好きじゃないんだけど…ま、いいか。ほら、あそこが植物園。」

デレクが指差す先にはガラス張りの温室があった。それとそこから駆け寄ってくる小さなオレンジ色。

「あ!ディーくん。それとサクラ!とナギ!シュー!よかった。これから探しに行こうと思ってたんだ。桜が咲きそうだってエリーが騒いでたから見せたくて!」

小さな体をぱたぱたと動かし身振り手振りのボディーランゲージは彼女をさらに子供っぽく見せていた。

「そういえば姉さん、朝方バタバタしてたな。確かになんか木がざわついてる。」

「ほらほら!早く早く!」

リブロに手を引かれ櫻は温室に足を踏み入れた。目の前にあるのは大木ではないが確かに年を重ねた黒っぽい樹皮の木。桜の木があった。櫻が目の前に立つと枝いっぱいについた

蕾が一斉に弾けた。音こそしないがそれはまるでクラッカーの様だった。

「昨日も言ったけど、ようこそリンドヴルムへ。この子はきっと待ってたのね。同じ名前のあなたを。大丈夫だよって元気づけようとしてたのかもね。」

紅茶のポットをお盆に乗せて、長い黒髪をおさげにした少女。彼女は昨日、食堂で魔法を見せてくれた人だ。

「すごい!桜がある!!こっちにも桜があるんだね!!」

無邪気にはしゃぐ柊とその光景に目を丸くした梛。兄弟の反応は様々だが、黒髪の少女はひとつ咳払いをしてこう言った。

「とりあえず、花見のお茶にしない?デレクも座りなさいな。薔薇ジャムもハーブクッキーもあるわ。」




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