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春待月

西の大陸の真ん中。世界の中心なんて呼ばれている湖を抱く国、リンドヴルム。この国は魔法使いの国と呼ばれている。

櫻の育った極東の島国日元ひもとからこの国に向かうには船で一週間かけて、西の大陸の端に。それから蒸気機関車で三日ほど。なぜ、そんなに遠い場所に兄弟が向かっているかと言うと、それは櫻の父の仕事の関係だ。

ここ最近めきめきと発達しているエンジンの力。エンジン技師である櫻の父はリンドヴルムへと技術者として招かれたのだ。

魔法使いの国であるのだから、魔法でなんとか出来るのではないのだろうか。櫻はそう思ったのだが魔法は万能ではないし、魔法使いというのはとある資格がないとなれない職業らしい。

現実は絵本や童話のように誰でも魔法が使えるわけではない様で、やはり便利なエンジンを使わざるを得ないらしい。

「ねぇ、さくらちゃん。デッキに行こう。もうすぐ着くんだって。魔法使いの街を見に行こうよ?」

すこし年の離れた幼い弟、柊が興奮した様子で櫻の袖を引く。

「櫻、行ってくれば?柊だってそろそろ飽きてきてるんだし。連れて行かないとうるさいだろ。こいつ。」

なぎも行く?顔、真っ青だけど大丈夫?酔ってるなら外の空気吸った方が…」

「……いや、いい。さらに酔いそうだし……」

櫻の兄である梛の顔色はすこぶる悪い。乗り物酔いを起こした梛の体調を伺いつつ、櫻は柊に手を引かれながら汽車のデッキへと向かった。

魔法使いの国と呼ばれるのだから、人々はきっと箒で空を飛び、街角ではいかにもと言った鍋が火にかけられ、極彩色の液体がぼこぼこと気泡を浮かばせている。櫻にはそんなイメージがあったのだが、それはあくまでもイメージであった。リンドヴルムという国の首都、キアラは確かにファンタジーではあったが、櫻の思い描くファンタジーではなかった。

目に入ったのは坂の上にある大きな城。それからつづく七件の大きな屋敷。

それと、おそらく学び舎であろう建物。昔ながらの西洋の街だった。

「ねぇ、さくらちゃん。思ってたのと違うや。空を飛んでいる人はいないんだね。」

どうやら柊も同じことを思っていたらしく、彼はそれを素直に言葉にした。

「そりゃぁそうだよ。空を飛べる、いや飛ばされるのかな。それを出来るのは日属の魔術師だけだもの。こんにちは。あなたたちは旅行者かな?」

そんな彼女らに、ふと急に声をかけて来た女性がいた。赤毛混じりの金髪らしく、ふわふわとしたオレンジ色の髪と深い青い目が印象的な女性が声をかけてきた。

ニコニコと笑っている彼女は非常にフレンドリーだった。彫りの深い西洋人は櫻からすれば年齢が分かりづらいが、話し方や仕草、背の高さから言って多分、少し年上であろう。

「いいえ、こっちに移住するんです。」

「そっかそっかー。ようこそリンドヴルムヘ。…ねぇ、あなた。おねぇさんの方。」

女性は、櫻の瞳を見つめた。

「な、なんですか?」

「あなた、きっと魔法使いになるよ。私と同じ感じがするからきっと日属。君もありそうなんだけど、ちょっとまだ、わかんないかなー?」

そういって柊の頭を撫でて女性は車両へと戻って行った。 そういえば、昔とある人にそんなことを言われたな。と櫻は思い出した。

「さくらちゃん、魔法使いになるの?」

「わ、わかんない。とりあえず戻ろっか。そろそろ降りる準備しなきゃね。」



多分、彼女なのだろうな。長兄が言っていたのは。と赤毛混じりの金髪の彼女は思った。そんな彼女につかつかと近づいてくる少年がいた。どうやら多少気が立っているようだ。

「探しましたよ!リブロさん!」

リブロが彼女の名らしい。

「どこに行ってたんだろうねぇ。」

からからと笑いはぐらかすリブロに少年は大きなため息をついてポケットから飴玉を取り出した。包み紙を剥くと口に放り込む。背が高く精悍な印象の彼に淡い色の飴玉はなんだか不釣り合いだ。

拗ねると、あの子は甘いものを欲しがるよ。と友人、彼の姉が言っていた。どうやら彼は拗ねたらしい。

「そういえばデレクくん。萌芽月ほうがつきからの進路は?」ちなみに現在は春待月はるまちつきの半ば。彼ことデレクは15。春待月(三月)ならば中等学校をすでに卒業し、決定された進路への準備を進めている時期だ。

「春からリンドブルムの学校に通います。」

「やっぱり。」

「だから、姉さんから何か言われたから迎えに来て、一緒の汽車に乗ったんじゃないんですか?あなたは。」

眼鏡の奥の緑色が疑問を投げかけた。

「ううん、この汽車に乗り合わせたのは偶然だよ?私はレノ兄さんのお使いにベール・マランフォレに行ってただけだし。」

そうだ、たまたまなのだ。とある事情から頭が上がらない三番目の兄からとあるお使いを頼まれ、リブロはリンドブルムの北の都市に行っていた。その帰りに、友人の弟であるデレクと出くわしたのだった。

「そういえば、そろそろ新入生が集まる頃だね。手続きとか入寮準備とかで、デレクくんはエリーの所に居候?」

「あ、俺は…」

デレクの返答にリブロは笑った。

彼女と彼はやはり姉弟だ。


ジョゼット・ジュールは抱えているバスケットの中身を見つめた。行く途中で食べなさいと渡された弁当の下には彼女の家で育ている果実が詰まっていた。

「これ、どうしよう…」

「ママさん、またたくさん入れてくれたね。ジョジョ。あれだよ。寮に入った時におすそ分けすればいいんだよ。」

「こんなに?逆に迷惑じゃない?」

「貰い物にまで、文句をつける奴ぁまずいないと思うよ?ていうかさ、ジョジョ。」

ジョジョと呼ばれた彼女の向かいに座る青年が呆れたように呟いた。重力を無視した水の塊に座る青年はぶらぶらと尾ひれを前後に揺らした。そう、彼は人間ではない。腰から下は魚の姿をしている。

「何?オルカ。」

「本当に家業を継がないの?魔術師免許とってもその役割を果たさないやつなんて沢山いる。だからさ、」

「ジョルジュがいるもの。だから平気。わがまま言って首都の学校行くのはわるいとおもってるけど。」

「だから奨学生になったのは知ってる。」

「あと、私の魔法って家業的にはむかないじゃない?」

「あー….それに関してはボクも悪いんだけど…ん?」

魚の尾ひれの青年ことオルカは何か違和感を感じた。先ほどまでの違いは黒い髪の少年がおそらく姉であろう同じく黒い髪の少女の腕を引いて歩いて行ったことくらいだ。

「どうしたの?オルカ。」

「いや何だろ。木蓮の季節じゃないよね?今。」

「もうちょっと先だと思ったけど…首都は地元よりあったかいからもう咲いてるんじゃない?」

「かもね。なんだか木蓮の香りがしたんだ。」

ジョジョの育った北の町は春が来るのが遅く、旅立った時に木蓮の花の蕾は固かった。なので、香りが移ることはない。

「首都はマナが濃いって言うし。オルカ、酔ったんじゃない?精霊は私らよりダイレクトに来るんでしょ?」

「かもね。んで首都に着いたらまず寮に行って、荷物片付けてから制服の採寸。それから診療所の場所を確認。それから…」

「わかってる!わかってるから!」

まるで母親の様に予定を繰り返すオルカに、ジョジョは両手で耳を塞ぐ仕草をした。


そういえば、櫻には一つ気になっていることがある。窓や手すりについている、ぼんやりとした綿毛のようなものはなんなのだろうか。

大きさは掌ほど、色は窓にくっついていたものは水色がかっていて、目の前にあるものは黄緑がかっている。どうやら別のものであるらしい。

「さくらちゃん、あれって虫かな?」

「虫って言うより綿毛じゃない?」

「綿毛じゃないよ。だって羽根が生えてるもの。」

どうやらそれは柊にも見えているらしい。しかし、櫻には綿毛に見えるそれは柊には羽根を持っているらしい。

「羽根?柊くん、柊くんが見てるのって手すりにいる奴だよね?」

「うん。蛍かな?」

櫻が見ているものとは違うのだろうか、と首を傾げていると、彼がその綿毛を捕まえようと手を伸ばした。

「あ!柊くん!よくわからないもの触らないで!!危ないから!!」

櫻は可愛らしい見た目とは裏腹にけっこうなやんちゃ坊主である弟をしかった。柊がもっと幼かった頃、そのやんちゃが災いしてとある騒動を起こしたが、それは後々語られるだろう。

正体のわからないものを捕まえようとする弟と、それをたしなめる姉。

その光景を見ていたらしい、浅黒い肌の青年は笑いをかみ殺していた。

「そうだな、ボウズ。ねーちゃんの言うことは正しいぞ。そいつはな、精霊蟲って言ってな、ボウズくらいの年だとあんまり素手で触っちゃ良くないものなんだよ。捕まえるつもりが捕まえられちまうからな。欲しいなら捕まえてやるが。」

「お兄さん、誰?」

青年の日に焼けた浅黒い肌や、やんちゃそうな緑の目はいたずら好きな子がそのまま成長したような愛嬌がある。姉に叱られ、引っ込めた手をポケットに入れたままの柊は彼が何者かを訪ねた。

「んー、薬屋って言った方か分かりやすいな。この精霊蟲の良いところも悪いところも利用するから蟲使いとも。」

彼は上着のポケットから長いガラスの管を取り出すと綿毛に近づけた。

すると、その綿毛はガラスの管に入って行った。綿毛入りのガラス管にコルクを詰めるとそれを柊に見せた。

「これが、こいつの本当の姿。あんまり綺麗じゃねぇだろ?」

ガラス管に入っていたのは黄土色の甲虫だった。その土気色は確かに色彩という意味では綺麗ではない。

「うん…見た時は蝶々みたいな奴だったのに…ってさくらちゃん、大丈夫?」

「え、あ、うん。とりあえずそれしまってくれれば大丈夫。」

こころなしかしょんぼりとした柊は姉がこの手の虫が大の苦手だったことを思い出した。柊が想像した通り、櫻の顔色は真っ青だった。

「あ、悪い。あんたは虫が駄目か。」

青年はガラス管を布にくるむと懐に戻した。

「周りの女が虫が平気っつーか同業者が多いもんで、つい感覚が狂っちまうな。普通の女の子は虫が苦手だよな。悪い悪い。」


悪い、と言いながらも彼はまったく悪びれる気配はない。

彼の興味は櫻ではなく柊にあるようだった。

「ボウズ、今幾つだ?」

「十だよ。雪染月(11月)生まれ。」

「十か。んで、こいつの擬態がわかるんだからそれなりなんだな。エリーも十くらいでわかった言ってたし。」

うんうんと独り言をつぶやく青年は、柊に向き直りこう言った。

「俺はヴァルデ・タクト・ナイア。お前が十五になったらお前の師匠になる。妖精が見えたんだ。多分、お前らは学院に入らざるを得ないさ。そういや、名前は?」

「日下柊。お姉ちゃんは櫻。」

「クサカシュー?とサクラな。クサカって事はトーゴさんの子達か。ちょうどよかった。お前らの父親から頼まれてたんだよ。確か、もう一人いたよな。長男。」

「え?あなたは一体…」

「第二位木属魔術師。今はキアラ・リンドブルム記念学院…リーリェ学院の研究員。調査ついでに頼まれたんだよ。迎えに行ってくれって。」

青年は白い歯を見せて笑った。



胃の中身をあらかた吐き出してしまえば後はおとなしくしていれば大丈夫。梛は一つ、座席で深呼吸をした。

身体は大きく丈夫に育ったはずなのに乗り物には極端に弱い。船旅が影響したのか、今回は通常より格段に酔いが酷かった。いや、船旅だけではないのだろう。

見えなかったものが見えている。それも一つの原因だろう。故郷で暮らしているころはそういう物は見えなかったのだ。

双子の妹の旅荷物であるトランクの上で丸まって眠っている黒い猫の様な生き物は突然現れた。妹が弟に袖を引かれてコンバートを出て行ったあたりだろうか。確かに妹は犬や猫、とりあえず可愛らしいものが大好きだがぬいぐるみを持ち歩くほど幼くはない。

「梛、大丈夫?もうそろそろつくからがんばって。あと、父さんが迎えの人をよこしてくれてたみたい。」

黒い猫が寝床にしている荷物の持ち主が弟と見知らぬ誰かを連れてやっと戻ってきた。

「おぅ。」

「ついでに水、もらってきたよ?って私の荷物になんかいる…」

「なんか気がついたら居たんだよ。お前、ぬいぐるみとか手持ちの荷物に入れた?」

「入れてないよ。ネコ?にしては大きいよね。この子。」

妹こと櫻は持ち前のどこかとぼけた雰囲気で首を傾げた。

「ところで、この人誰?」

それと見知らぬ誰かについて率直に尋ねた。「父さんが頼んだんだって。タクトさん?あれ?ヴァルデさん?」

「タクトな。ヴァルデがマギネーム。タクトがファーストネーム。ファミリーはナイアな。ヴァルデ・タクト・ナイア」

「マギネーム?」

「魔術師としての称号。まぁそれはいいや。ナギ、でよかったよな。これを口にいれとけ。大分楽になる。」

タクトと名乗る青年は魔術師を名乗った。

胡散臭いことこの上ないが、櫻が信用しているようなので、梛も彼を信用することにした。櫻の直感は大体が当たる。

梛の具合の悪そうな表情を見て

タクトは懐から何かを取り出した。

「あー、大丈夫。今度は蟲じゃねえから。」

また虫かと、身構える櫻に声をかけながら、タクトが取り出したのは緑の飴玉だった。

「飴?」

「酔い止め。多分それ、乗り物酔いだけじゃないはずだからな。とりあえず舐めとけ。と」

「…なんか食べたらまた吐きそうなんでいいっす…」


「食わなきゃ収まらんぞ。それ。」

タクトは梛に近づくと無理やり口をこじ開け、飴を放り込む。

口に入ったそれをおとなしく溶かすことにした梛はすぐにひどい顔をした。

「だろうな。薬飴が美味いわけないだろ。特に俺のは。即効性重視で副作用できるだけなくすとなると、味をよくする添加物はできるだけ入れない方がいいんだよ。だけど恐ろしくまずい。」

はははと笑ってごまかすタクトの笑い声が気になったのか、黒い獣がぴくりと動いた。

「….昔も今も木の魔術師はのんきものが多いんだな。」

そのセリフに櫻は目を丸くした。どう考えてもこの言葉を放ったのはこの黒い獣しかいない。

「どうかした?さくらちゃん。」

しかし、この場にいる誰も気づいていない様子であった。

「この子、喋った?」

「え?気のせいだろ?つか水。口の中マズイから流す。」

まだ持ったままだった水のボトルを兄に渡すと櫻はトランクの前にしゃがみこんだ。獣と目線を合わせるためにだ。獣はまるまっていた体を起こすと櫻と向き合った。丸い耳に大きめの手足。きっとかなり大きく育つのであろう。翡翠に似た緑の瞳は一つ。固く閉じた左目には大きな傷跡があり左の瞳の色は窺い知れない。

「ねぇ、君。喋ったよね?今も昔も木の魔術師はのんきだって。」

「木蓮の香りがしたと思ったら…違ったのか。なぁお前。昔、木蓮の花の匂いのする人間に会ったことはないか?」

黒い獣は獣らしからぬ、少し悲しいようなさみしいような表情を見せたが、櫻にとある事を尋ねた。彼女は獣の問いに己の記憶を探る。木蓮の花の匂いのする人間。

櫻にはひとつ心当たりがある。あの時、弟を探して迷子になった自分を助けてくれた青い目の人がいた。

「金髪で夜明けの空みたいな目の色をした人なら…そうだ。思い出した。あの人に言われたんだ。」

「お前、魔法使いになるよ。そうだな、きっと太陽の魔法使い。こんな真っ暗闇でもちゃんと見つけられたんだ。そうだ。16になったら竜の国へ来るといい。」

名前は知らないが、容姿は覚えている。きらきら光る髪の毛と夜明けの空の様な瞳をした、花の匂いのする人で、まるでおとぎ話の王子様の様だと思った。あの時、頭を撫でてくれた手は優しかった。偶然なのだろうか。現に16になった今、リンドヴルム。竜の国にいる。

「まぁ、こっちに来てしまったからには暫くは戻れないしな。これも縁だ。お前、名前は?」

「あ、櫻。日下櫻。君は?クロ?あと触っていい?」

櫻は彼に名を名乗り、名を尋ねた。

「俺はリキエ…じゃなかった。サンアウローロ。俺がお前のパートナーを務めさせてもらうからな。詳しい説明はそこの木の魔術師にしてもらえ。魔術師になるにはどうすればいいか。」

この黒い獣は意外と気さくな性格の様だ。触っていいかどうかの質問は無視されたが。

サンアウローロの言うままに、櫻はタクトに尋ねた。

「ねえ、タクトさん。この子が私のパートナーらしいんだけど。どう言うことかな?デッキに居たオレンジの髪のお姉さんには日属の魔法使いになるよとは言われたけど…」

その黒い獣の姿にすこし眉を動かしたタクトは櫻の疑問にすぐ答えてくれた。

「あー、とりあえず落ち着かせてくれ。黒い獅子がパートナーって結構な資質だったはず。確か、獅子は日属にしか変質出来なかったはず。うん、日属確定だわ。サクラは。」

「日属?」

「魔法には七つの属性があるんだよ。通常ならな。天の2属に地の3属。あと燐の2属。」

「天の2属に地の3属、燐の2属?」とりあえず7つ、属性はあることは分かった。

「まぁ、燐と地は合わせて星の5属って言われる事のが多い。天の2属は日と月。地の3属は水と木と土。燐の2属は火と金。ちなみこの属性ってのは十歳くらいまでで決まるらしい。条件は知らん。 ちなみに俺はこの黒い子獅子の言う通り、木属。精霊蟲と植物の専門家。日は光と風の専門家。月は空間と雷の専門家。火と水はそのままだな。火は熱と炎。水は水と氷。湿度や海に関することも水の領分だ。土は重力と葬送。地盤安定…とにかく地面に関することは土。大体分かったか?」

タクトの説明は本当に大体と言った感じで、櫻は苦笑した。

「本当に大体…とりあえず木じゃなくて良かったと思うよ。」

とりあえず櫻の幸いは大嫌いな虫を扱わずに済むことだろう。

「酷いな。確かに虫嫌いには苦痛でしかないけどな。」

「僕は虫は好きだよ!」

「もう、柊君!そう言えば金は?金の魔術師は何の専門家?」

櫻は急に割り込んできた柊を注意する。そして、先ほど説明がなかった属性について尋ねる。

「金は本人たちにしかわからないんだよな。強いて言うなら生活の魔法?美容関係や医療関係は金だな。」

「…いわゆる化学者?」

「化学者ではないだろ。……正直、他属性の事は詳しくは知らないんだよ。木属なら精霊蟲の分類と有効な利用方。アレルギー治療に使う植物とかなら教えられるんだけど、それの精製方法は扱う分野が違うお前に教えた所で意味がないし。」

うーん、と頭を抱えたタクトだった。そこに肩を叩いたのは若い車掌だった。

「あの、降りてください。もう着いてます。」

どうやら説明をされているうちに駅に着いていたらしく、周囲には誰もいなかった。

「あー、すいません。今降ります。ちょっとホームで待っててくれ。どこに行けばいいかわからないだろ?」

おそらく荷物を取りに行ったらしくタクトはコンバートの奥に消えた。

「…とりあえず、降りようか?」



駅のホームで待つ青年はだれかを探している。左右色の違う瞳の自分も目立つが彼女も負けず劣らずに目立つので、すぐに見つけられるはずだ。

「あれ?ラビ?なんでここに?」

目立つオレンジ色の髪はすぐに見つけられた。彼女は自分がいることに少し驚いた様だった。

「ルキウスさんが迎えに来る予定だったんだけど、急に代役入って来れなくなった。ラマーさんは試験手続き。ルイさんとリノさんとレナードさんは仕事だって。ほら荷物貸せ。」

本来迎えに来るはずだったリブロの六人の兄たちはそれなりに多忙だ。迎えに来るはずだった五番目の兄に急に仕事が入り、ラビスにその役目が回ってきたのだった。

車の免許とったんでしょ?車なら貸すから、迎えに行ってよ?多分、あの子は荷物がたくさんになって帰って来るからさ。

彼が言う通り、リブロは向かった時より多くの荷物を持って帰って来た。

「いいよ。そんなに重くないし。」

「いいから。なんかカッコつかん。」

「大丈夫だって。」

軽く押し問答をしている彼らに近づいてくる少女がいた。黒シルクの髪を耳の下あたりでふたつのおさげにした、象牙の色の肌と翡翠の瞳の少女だ。荷物の引っ張り合いをしている彼らと年はそう変わらないだろう。勇壮な角を持った牡鹿が彼女のそばに寄り添っている。

「お。リブロにラビだ。」

「エリー、どうしたんだ?駅になんて。」

「エリー。弟君待ち?弟君ならもう降りてどっか行ったよ?」

リブロはエリーと呼ばれた少女に先ほどまで一緒にいた彼女の弟、デレクの事を教えた。だが、エリーの目的はそれではなかった。「ううん、センセ待ち。センセが来ないと対処できないことが発生しちゃって。ディルにはもう会って寮に荷物置いて来いって言ってあるから。」

どうやらエリーにとってゆゆしき問題が発生した様だった。

「問題発生?なんか手伝うことある?」

そんな彼女を気遣ってか、リブロは自ら手伝いを進み出るがエリーはそれを断った。

「日属が来るとフンギさんさらに活性化するから来ちゃダメ。あー、でも。ラビには手伝ってもらうかも。これ以上フンギさん増殖したらせっかく咲きそうな蕾、ダメになる….空間魔術してもらっていい?お礼はするから。」

「いいけど…タクトセンセの許可は?」

「事後報告。今回は仕方ない。あれ?センセ、誰かといっしょにいる?私らと同じくらいの…日系かな?」

辺りを見回して目的の人物を見つけたエリーだが、彼といっしょにいる見慣れない三人に疑問を抱いていた。

「あの子、タクト先生のお客様だったのか。」

タクトが話をしている三人の中にあのオレンジ色を見つけたリブロはそうだったのか、と呟いた。

「知ってるの?」

「お姉ちゃんと弟くんに挨拶しただけだけどね。もう一人の子は知らない。この春からこの国に住むんだって。あと、日属の魔術資質ある。」

「誰が。」

「お姉ちゃんの方。弟君の方はわかんない。あ、あれが彼女のパートナーかな。黒い…獅子?」

「まぁいいや。キーズ、ちょっとセンセに突撃。」

「え!?」

エリーは牡鹿を師にけしかけた。


タクトの荷物は小さな鞄ひとつだったようで彼はすぐに戻ってきた。

「じゃ、あとはトーゴさんのいる研究室に連れてくからな。」

確かに彼がいないと父がいる場所にたどり着けない。櫻は内心ホッとしていた。放っておくとすぐ興味のままに歩く弟と未だ乗り物酔いが醒めずにふらついている兄。ちなみに自分自身ははじめての場所では必ず迷う。父は我が子のどうにもならないところをきちんと理解していてくれた。

「研究室?」

「そう、トーゴさんは金属と提携してなんか作ろうとしてるんだよな。俺は趣味が一緒な同好の士なだけだけど。」

ちなみに父の趣味は釣りと古武道だ。さっき捕まえた虫を餌にするのだろうか。とどうでもいいことが頭に浮かんだ。

「センセー!」

せんせい、と女性の声が聞こえた。ぱかんっと小気味いい音がした。

と思ったらタクトが牡鹿に跳ねられていた。


「エリオット…てめえ…師匠をパートナーで跳ね飛ばすたぁ、いい度胸じゃねぇか…」

血は流れておらず、こぶもできていない様だが、確実にダメージはあったらしい。そこにかけてくる女性。黒い髪に少し白いけれど象牙色に近い肌。瞳は緑。肌の色からして櫻たちと同じ民族の血を引いている様だ。

「説教と鉄拳制裁とかは後で受ける!今はサクラがフンギさんに制圧される前に空間封鎖する許可頂戴!協力者はラビ!せっかく元気になって咲きそうになったのに…」

サクラ。と聞こえた。この国にもあの木はあるらしい。

「はぁ!?なんでフンギが…」

「多分温室にフンギさんとか菌質の蟲研究してる奴が入ってきたからだと思う。フンギさんの胞子、全部落としたつもりでもついてる場合あるじゃん…」

「まじか。わかった、許可する。ラビとさっさと向かってやってくれ。俺はこの子らを送ってかなきゃならん。」

「わかった。できるだけ早く来て!」

嵐の様にやってきて嵐の様に彼女は去って行った。

櫻達がぽかんと口を開けているとタクトはフォローをするように口を開いた。

「あ。今のは一番弟子な。エリー。あいつは基本薬草と花の研究してる。今は極東の花の研究を…って話してる場合じゃねえな。」


「タクトさん、なんだったら地図書いてください。梛の体調が良くなったら」

「大丈夫。エリーが連れてったのはすごい優秀な奴だし、これから連れてく研究所と学院は近いからまたなんかあったらキーズをつかいっぱしるさ。」

「でも…」

櫻がタクトを気遣った提案をするとタクトはそれを却下した。

「サクラ、さっきこいつを跳ね飛ばしたあの牡鹿は精霊だ。しかも他属性であるお前にもはっきりと姿が見えた。あのおさげ娘の資質は相当なものなんだな。」

おさげ娘。とはエリーと呼ばれた彼女のことだろう。足元にいたサンアウローロが口を開いた。

資質が強ければ精霊は見えるものらしい。しかし、他属性である自分が見えれば強いとは? またひとつ、櫻に疑問が沸いた。

「もしくはサクラが日属が正しいんじゃないかと日族は複数属性だからいろんなものは見えてるみたいだし。エリーは自慢の…いやたまに足癖が悪くて人を蹴るのはやめて欲しいが…優秀な生徒だ。」

櫻は長い話が始まりそうなので止めるつもりでサンアウローロを抱き上げた。大きめの猫のようなサイズなので重たいことには重たいが、抱き上げる事が出来た。

「もうサンちゃん!タクトさん!話をしてる場合じゃないですよね!?早く行きましょう!」

「サンちゃん…?」

抱き上げられた事とサンちゃんと言う言葉に怪訝な声を上げるサンアウローロ。

「サンアウローロのサンをとってサンちゃん。呼びやすいから。」

「サンちゃん…」

櫻はふむ、と言って感心しているこの子獅子は真面目なのか、いわゆる天然なのかわからなくなる。 きっと真面目な事はたしかなのだろう。

「とにかく、早く父さんのところへ。」



ばたばたと友人たちが去って行き、知人と汽車で声をかけた兄弟もそれぞれが目的の場所に向かって行ったのをリブロは声をかけずに見送った。

「…なんか、おいてかれちゃったなぁ。」

とりあえず家へは路面電車を使うとして今は一息をつこうと、リブロはホームに備え付けられているベンチへと腰を下ろした。するとなんだか急に疲れが顔を出したような気がした。

疲れた時とイライラする時には甘いものです。とディルクがくれた飴玉のことを思い出した。

ポケットに入れていたそれを取り出し、包み紙を剥くと飴玉からハーブが香った。それを口の中で転がすとよく知った味がした。木属性魔術師お手製のハーブ飴だ。

「ふむ。薬作りに関しては才能あるな。ディーくん。」

これを舐め終わったらいいかげんに家に帰ろう。リブロはそう思った矢先、この場所には本来居ないはずの人物の姿を見た。

栗色の髪を結い上げた少女。どこから見ても可憐そのものな少女はこちらに気づいたらしく、声をかけてきた。

「あれ?リバティローゼ。どうしてこんなところに?」

「….それで呼ばないでくださいよ。殿下。」

あまり呼ばれたくない名前で呼ばれたため、リブロも相手が呼ばれたがらない名称で返した。

「殿下って呼ぶな。」

相手は案の定わかりやすくほおを膨らませた。

「何故ここに?あなたがここにいるってことは公務…ではないですね。その格好だし。また抜けてきたんですね。」

立場の割に感情が表に出やすいな。相変わらず。とリブロは内心ため息をついた。

「だってレナードが!」

「レナード兄さんが?」

レナードとはリブロの次兄の名だ。

「いい加減、ぼくだって見聞を広めてもいいころだろうと、父様に話したんだ。そしたらレナードは…」

次兄の気持ちが痛いほどわかる。かつての自分もこうだった。とリブロは内心苦笑した。

「まだ早い。ですね。ほらそうやってすぐ拗ねる。」

ぷくりとほおを膨らませてぷりぷりと怒りながら話すコーディをなだめるわけでもなくリブロは下の兄弟がいたらこうだったのだろうか。自分も下の兄弟にはらはらさせられていたのだろうかと思った。

「叱るつもりはないですけれど、コーディ様はたまに考えなしです。兄さんもそう思うでしょ?」

「兄さん?」

「後ろにいますよ?殿下。全く!脱走したと思ったら駅だなんて!!どこに行こうとしてたんですか!?」

「れ、レナード…」

コーディが振り返った先には金茶の髪をした青年が腕を組み立っていた。顔立ち自体は穏やかな青年なのだが、モノクルの奥の青い瞳は静かに燃えている。

「さぁ、帰りますよ!!帰ったら反省文、50枚です。」

猫の子を捕まえたかの様に首根っこを捕まえてレナードは去って行く。彼はコーディの、だってレナードが。の言葉のあたりで既に彼を見つけていたのだ。

リブロは次兄が来る前に彼が逃げない様にしていただけだ。

「レナード兄さん!」

「なんですか?リブロ。」

「今日は帰ってくる?」

「分かりません。このクソガキが反省文書き上げたら帰りますよ。夕飯に間に合わなかったら先に食べていてください。」

リブロは次兄の背中に声をかけたが、振り返りもせずにレナードは答えた。先に食べていろ。は気遣いなのだがなんだか寂しい。

「…うん。分かった。」

多分、今日も夕食は一人だろう。とリブロは思った。

さて、家に帰るその前に学院に寄らなくては。三兄のお使いを果たさなければ。早ければ早いほどいいだろう。リブロは小さくなった飴を噛み砕いて飲み下した。


がたがたとうるさい蒸気自動車の中で櫻は思った。自分に資質がある魔法とは一体なんなのだろうか。知らない単語だらけでわけがわらない。

しかし、ハンドルを握るタクトにそのことを聞くのはなんだか憚られた。

「ねぇ、サンちゃん。」

「…なんだサクラ。」

「魔法ってどう言う物?なぜ私に資質があるってわかるの?資質が高いってどう言うこと?」

サンちゃんと呼ばれることに抵抗はないらしい彼は答えた。

「魔法は精霊の力を借りて使う物だ。たしか、東洋出身だったなお前。東洋だと巫術と呼ばれる物に近い。しかし、巫術は精霊とは主従だが、魔術は精霊とは対等だ。術者の資質は付き添う精霊とその精霊の可視範囲で大体わかる。」

巫術と言う単語も始めて聞いた。

「可視範囲?そういえば、さっきのお姉さんが乗って行った鹿も精霊なの?」

「ああ、精霊の具現化は対等である魔術師の力量によるからな。基本的に物体を持たない精霊は同じ系統の力を持つ精霊をパートナーにする、同属性の魔術師にしかわからん。他属性に精霊を見せるには精霊の肉体を具現化するだけのマナ…マナとは魔術師と精霊をつなぐ酸素の様な物だ。精霊を具現化して更にはあのおさげ娘の様に乗り回すとなればかなりのマナを使う必要がある。」

「うーんと、つまり風船みたいなものと考えればいいのかな。マナは空気。精霊は風船として、風船は属性によって水風船だったり、紙風船だったりする。例えば紙風船の元の形が風船と理解している人が同属性。精霊を他の属性の人に見せるにはより大きな風船を膨らます必要がある。膨らます人が魔術師で。膨らます肺活量が資質ってこと?あ。そう言えばタクトさんは木の魔術師って言ってたのに日の精霊って言ってたサンちゃんが見えてた。それはなんで?あと梛も柊くんも見えてたね。あと精霊蟲?あれはなに?」


「それは私の力量とお前の資質だ。私はそれなりに力のある精霊だからな。お前の未熟以前な資質でも、他属性にわかる程度には具現化できる。ま、今は子供の姿だが、お前の資質が育てはこの姿はかわる。たまに全ての精霊がわかる魔術師もいるし、精霊の姿が見えても魔法が使えんやつもいる。お前の兄?。兄だよな?そいつは精霊の姿が見えても魔法が使えんタイプだな。まぁ、今はそれで理解をしておけ。精霊蟲は各属性のマナを食っている虫だ。虫は植物を食って生きてるだろ。そして死んだら土に還る。その理から精霊蟲は木と土の魔術師にしかはっきりわからないし、あつかえない。日のお前には関係がない話だな。」

「分かった。じゃあ次の質問いい?」

「答えられる質問ならでこたえるぞ。」

「属性ってなに?」

「属性は魔術師と精霊が協力してできる範囲の事だ。俺は風と光に干渉できるが、雷は起こせないし、空間をつないで歩けない。炎なんか吐けるはずもないし、海に行っても津波は起こせない。空気の中の水分を水として集められない。木に成長を促せないし。実りを豊かにもできん。金属の類もうまく扱えんし、緩くなった地面を硬く締めるなんてもってのほかだ。魔法使いが万能なんておとぎ話だ。できないことの方が圧倒的だ。」

「そうなんだ。じゃあなんで魔術師になるの?」

「知らん。それはお前が答えを決めろ。しかし、この姿だとすぐ眠くなる…。」

そう言ってサンアウローロは櫻の膝の上で丸くなり寝息を立て始めた。

このがたがたと動く状況でよくも眠れるものだと感心した。

ふと顔を上げると街路樹として植えられている気が目に入った。真っ白な花が一面に咲き誇る。その光景に見惚れているとタクトが口を開いた。

「この国は元々、マグノリアとアケイシャって二つの国だったんだよ。まぁ、千年前、マグノリアの姫様とアケイシャの王子が結婚した。ま、これはよくある話だな。まぁ、この二人はそれなりに仲睦まじかったがその二人をよく思わない姫様の兄が災厄を呼んだ。その時リンドブルム…お前たちの国だとリュウ?だったかな。と、この国を守るための魔法を使える様に契約したんだ。それからこの国はリンドブルム。そしてこの首都の名前はキアラ。その姫様の名前。王子の名前はリキエル。副都の名前だ。」

「へぇ、なにそれ面白い!」

がたがたとする坂道を越えて運転に余裕が出てきたらしく、タクトはこの国についての話を少しした。

柊はその話に興味を持ち、梛は質問をした。

「その、姫の兄ってなんで災厄をもたらしたわけ?舅根性?先に姫が結婚したから王様になれなかったから?」

兄の若干ひねくれた考察に櫻は少し興ざめした。

「なんでかはよく知らないけどな。ちなみにその話に出てくる七人の魔術師は大体地名になってるしその血を引いている人物は現存してるぞ。」

「へぇ、その人たちってやっぱり有名人?」

「ソレイユ、リュンヌドミエルは貴族だな。ノブレス。今でも現存してる王家に仕官してる。タカトゥルは異邦人だったらしいけど、地名で残って、ナイアは離島の名前になってる。ナイアはなー、ソレイユやリュンヌドミエルと違って貴族の義務もないが金もない。ダイカストは金属魔法の基本製法の名前だし、グートマンは研究所の名前だな。そろそろ着くぞ。お、トーゴさん出てくれてる。」

どうやらついたらしい。

「ほんとうだ!おとうさーん!」

無邪気に手を振る弟にまたひとつ注意をする。

「柊くん!あぶないから身を乗り出さない!」

久しぶり、と、言っても約三ヶ月振りに見た父はあいもかわらず日に焼けていた。技術研究者、しかもそれなりに高い地位にいるはずの父は現場が好きな様子で、国が変わっても未だ体の何処かに煤がついている。

「おー、三人ともよく来たな。ありがとな。タッキー。ところで君の弟子のエリーちゃん。凄いスピードの鹿に乗ってたけど、なんかあったの?」

「あ、いえ。こっちこそ車貸してくれてどうもです。なんとかぶつけなくてすみました。エリーは自分の研究対象がヤバくなって対処できる奴探してたらしいです。月の同級生見つけて協力頼めたらしいから、俺は行かなくてもたぶん大丈夫かと。」

タッキーと呼ばれたことを自然に無視してタクトは父に鍵を渡した。

「へぇ、相変わらずよくわからないけど、彼女の真面目さには正直敬意を払うよ。まぁ…あの暴鹿運転はこわいけど。」

「後でたしなめときますわ。それでですね。ちょっと話したいことがあるんですよ。娘さん達ってウィズダムどのくらいで、国際学生証持ってます?」

「柊はまだ小学生だからどっちもないけれど…櫻、梛。お前らウィズダムレベルどのくらい?」

今回の件の報告をしているらしい大人二人からとある単語が聞こえた。ウィズダムレベルと国際学生証。ウィズダムレベルは国際学力基準の名称。私達は予定していた高校入試ではなく、留学予定者が受けるこの試験を受けた。五段階評価で数字が若ければ基準が高いということになる。このウィズダムレベルが高ければ高いほど水準の高い海外の教育機関への留学が受け入れやすくなる。という物だ。

「わたしは3。梛は…」

「俺も3。」

櫻と梛は3。至って平均レベルだ。

「サクラの才能は稀有だから。どうせなら俺の母校で勉強した方がいいんじゃねぇかなって。あ、トーゴさん。あなたの娘、希有な魔法使いの才能ありますよ。入学する学校が未定ならここの学院入れた方がいいです。」

タクトの発言に不思議な顔をする父。いきなり娘に魔法使いの才能がありますよ。と言われても通常はピンとこないだろう。

「櫻が魔法使い?」

父は訝しげな顔をした。

「ちなみに、末っ子もです。リーリェ学院入れるなら手続きは知り合いにこの学院の事務で働いてる奴がいるんで、話せばやってもらえますよ。入学時のオリエンテーションには充分間に合いますよ。」

「柊も?うーん…魔法ってのがイマイチよくわからんのだけど、お前らはどうしたい?」

「サンちゃん…どうしたらいいかな?」

櫻はどうしたい?と聞かれても困ってしまって抱いていたサンアウローロに尋ねてみた。

「お前が決めろ。魔法を使える様になりたいなら多分この場所はとてもいい場所だ。」

彼は是非、魔法使いになってくれと言うかと思っていたが突き放された。

「うーん…」

櫻はどうすればいいのだろうか。と悩んでいる。いまいち、魔法というものがピンとこないので学ぶべきか否か判断が難しいのだ。

「俺は銃剣道できたらそれでいい。そもそも、親父。櫻はともかく、俺と柊はこっちの学校に放り込む気だったんだろ?」

先に答えを出したのは梛だった。剣道少年である梛はとにかく己の剣の道を極めることができればそれでいいらしい。

「…ばれてたか。ところで櫻。そのさっきから抱いているのはなんだ?拾ったのか?」

父の方もそれを分かっていたらしく舌をだした。大の男がそんなことをしてもまったく可愛らしくないが。そして櫻の抱いている存在にやっと気付く櫻は彼がなんの抗議もしないのでずっと抱いたままだった。

「サンちゃん?サンちゃんは私のパートナーなんだって。」

「パートナー?ってなんだタクトくん。」

どうやら父はタッキー呼びはやめたらしい。不思議そうな顔をしてタクトに訪ねた

「魔法使いの力を使うために不可欠な奴ですよ。前に俺のパートナー見えてたじゃないですか。技術者的には精霊がガソリンとタイヤ、魔法使いがエンジンとハンドルって前に説明したじゃないですか。んで、この、サクラは上質なガソリンを手に入れて優秀なエンジンになれる可能性を秘めてるんですよ。要するに我々の業界からすれば金の卵なんですよ。」

タクトはいつかした説明を繰り返した。

「つまり、うちの娘をスカウトしたいのか。」

「ええ、ちなみに属性が同じ末っ子のシューは俺が直々に指導したい限りです。」


「あの、タクトさん。

「でもまだ柊は10だからなぁ。」

「15でも間に合いますよ。」

タクトは櫻よりも弟を魔法使いにしたい様だった。

「あの!」

櫻は思い切って会話に割って入る。

「ん?どうした?サクラ。」

「その、私の属性ってどんな魔法が使えるんですか?光と風の魔法って言われても…」

「光は今明るいからよくわからないけど、風はねー、飛べるよ。あと頑張れば攻撃もできる。」

どこからか、声と花びらが飛んできた

「お、リブロ。ちょうどいいとこに。」

タクトがリブロと呼んだ女性には、見覚えがあった。汽車で会った女性だ。この花びらは彼女が飛ばしたものらしい。

「声かけるか迷ったんだけどさ、同属性、なかなか少ないから。二度めまして。日属魔術師のリブロ・レイ・ソレイユだよ。汽車で会ったよね?ねぇ、リーリェに入るの?何年?同学年?後輩?」

人懐っこい笑顔を浮かべ、くせなのだろうか。小首をかしげて櫻に尋ねてきた。

「えっと、ちょっと迷ってます。魔法ってどういうものかよくわからないし…」

「ふむ、ねぇタクトにーさん。彼女と、この黒獅子君に少しこの学校案内していいかな?あ、弟君も君は?お兄さん?もう一人の弟君?」

タクトは少し沈黙した後

「…体験もありだな。許可するわ。どこ行く気だ。」

リブロは口元に指を当て、少し考えた後、こう答えた。

「とりあえずはリノ兄さんのお使い届けに行くから水族館は行く。双子はリノ兄さんのパピーだし、いそう。伝言あるなら言伝承るよ。」

「いや、今はないわ。後は?」

「飛行場と植物園は行く。後はどこ行こう。植物園は最後だけど。」

「日、水、木か。揺り籠と鍛治場は?後、錬金術室とか。」

「揺り籠は月属いないと入れないよ。鍛治場も錬金術室も鉱山も連れてくには危ないし。」

「でも鉱山は大丈夫だろ。」

揺り籠、飛行場、鍛治場、錬金術室。水族館に鉱山。一体私はどこに連れてかれるのだろうか。櫻は少々不安を覚えた。

「ラマー兄さん捕まえたら行くと思うけど?だって、あそこ絶対迷うもの。」

「ラマー捕まるかー?」

「ルキウス兄さんよりは遥かに捕まるよ。じゃあ、先ずは水族館行ってー、その後飛行場。後は植物園だね。校舎通るしちょうどいいしー。行こ?えーっと、」

「櫻です。日下櫻。」

「サクラ?どっかで聞いた名前だなぁ。」

「そりゃそうだろ。今、エリーが世話してる木の名前だ。サクランボの木と同じだけど、サクラは実よりも花を重視した品種。木自体は確か野ばらやアーモンドに近くて、薄い桃色の花が咲く木だ。…だったよな?サクラ。」

「あ。ハイ。アーモンドの花は見たこと無いからわからないけど。野ばらって言われればそうかも…」

櫻はいきなり話を振られすこし、語尾が弱まってしまった。

「おお、さすが木属。木については詳しいね。」

「そりゃ木属だからな。まぁ、俺はどちらかというと精霊蟲使いだが。じゃあ、用事も済んだから俺は温室にいるわ。リノには後で飲もうぜって言っといてくれ。」

片手を上げつつ、タクトは去って行った。

「わかった。伝えとくね。じゃ、行こうか。えーと…技術局員さん。お子さんたち借りてきます。」

「おう、しっかり案内頼むな。太陽のお嬢さん」

ぺこりと、小さなお辞儀をしてリブロは兄弟を先導した。

リブロの後をついて行きながら櫻は、改めて周りを見回した。たしかに色々な物がいる。

サンアウローロの様に動物、確認できただけでも、兎、猫、犬、蝶々に鳥。後は牛や馬なんかもいた。それに絵本で見る妖精と言った姿形のものもいた。目の前にひろがるレンガ造りの校舎とあいまってこれはいかにもといった

「ファンタジーだな。これは。」

その言葉を梛は口にした。その言葉を受け、前を歩いていたリブロは振り返った。

「君たちの国の方がファンタジーだよ。サムライとかニンジャって今でもいるんだよね?あと私達みたいな魔法使い…なんだっけ。ミコサン?とカンヌシサン?もいるんでしょ?」

「巫女さんと神主さんは居ますけど、忍者や侍はテーマパークにしか居ませんよ。どこからの知識ですか。」

リブロの発言はいわゆる外国人の日元に対するイメージだ。櫻は苦笑し梛は呆れた顔をした。


「映画や小説。あとは兄さんが読んでた少女漫画。でも綾国とは違うって流石にわかるよ。あ、末っ子くん。キョロキョロしすぎて迷子にならないでね」

いわゆる漢字が通じない地域では海を隔てた大陸のもう一つの大国、綾国りょうごくと日本の文化は混ざって認識されていることが多い。例えば、綾国の山の奥深くにしか居ない大きな猫が日本では街で見かけ、餌付けをする人もいると言った

その国の住人からすれば。ちょっと待ってそれは違う。とツッコミを入れざるを得ない認識がある場合もある。

「柊!柊だよ。お姉さん。そういえばお姉さんの精霊さんは?」

元気だけは有り余っていてきょろきょろとどこかに行ってしまいそうだった柊にリブロは釘をさした。

「ここにいるよ。」

柊の質問とん、とかぶっていたやや大きめの白いベレー帽についていたブローチをつつく。果物の様な鮮やかなそのオレンジ色の石はちかちかと光った。その光り方は通常の光を受けて煌めく宝石の輝き方とは違う。

「宝石?」

「ちょっと今はここで眠ってるの。だけど力は使えるから大丈夫。宝石はいざという時の精霊の寝床。黒獅子君は必要?」

リブロの表情が一瞬あの時に見たサンアウローロと同じ表情をした様に見えた。さみしい。さみしくて悲しい。そんな表情だ。

「一応、必要だな。力を貯めておくのにちょうどいい。」

「サンちゃんは黒いから色が映えるね。何色がいい?」

櫻は宝石をつけるなら首輪かなにかが必要だろうな。と、考えていると、否定の言葉が返ってきた。

「いや、お前が持つんだよ。日属は大体髪飾りにしていた記憶がある。ちなみに好きな色はコーラルだ。」

「コーラル…珊瑚色かー。たしかに可愛いよね。珊瑚色。」

「いや、かわいいとかかわいくないとかじゃなくてな…」

「まぁ、とりあえず珊瑚色のリボンか何か用意しとくね。お揃いのつけようよ。」

「…まぁいい。」

呆れたような口調でサンアウローロはそれ以来黙ってしまった。

そのやりとりを愉快に感じたのか少し口元が緩んだリブロがこれから行う見学についてのスケジュールを発表した。

「まずは水の魔法使いの研究施設。通称水族館に行くよー。」

「なんで水族館?」

梛が疑問に思っていた事を口にした。

「水の魔法使いのパートナーは水棲生物の形の精霊が多いからね。魚とか、水鳥とか、海獣とか。そこには大きな水槽があるんだよ。」

「大きな水槽?」

「うん。いろんな魚とかが泳いでるから水族館。あ、兄君ちょっとわくわくしてる?」

「ナギ。日下梛。」

「あ、ナギ。ナギは水族館が好きなんだ?」

リブロはきっと興味を持つのなら、末っ子の方だろうと思っていた様だ。

「水族館ってか海獣が好きなだけだっつの。アシカは犬みたいな顔しててかわいいし。イルカはセラピストなんだぞ。」

「昔からイルカとかシャチ好きだよね。梛は。ランドセルにシャチのキーホルダー付けてたね。んで、それをいじめっ子にとられてよく泣いてなかった?」

急に目を輝かせ出した梛に、櫻はふと昔の事を思い出し、兄をからかった。

「あったな。その後、お前そいつ殴って取り返しにいかなったか?」

「だっけ?」

「昔はかなりおてんばだったよな。お前。」

「だって梛が私よりよく泣いたから。私が守らなきゃ!って思ってたし。まぁ無茶苦茶怒られた事は覚えてるんだけど。女の子なんだから!って。その後だっけ?梛が剣道始めたの。」

さくらちゃん、なぎくん、とお互いを呼んでいた頃がひどく懐かしい。

「銃剣道な。」

と、訂正をした梛に尋ねる。

「やっぱりくやしかったの?」

「防具がなんかカッコよかったから…後、あれ以来。弱いのが嫌になったんだよ。一体どこに居たらじいちゃん家の裏山で二日経つんだよ。」

梛が銃剣道を始めた理由は二つ。

一つめの理由は意外と単純だった。もう一つの理由はやはりあの騒動からだった。柊が迷子になった時、すぐに彼を見つけたのはいいが、何故か帰れなくなったあの騒動。

「本当にわかんないんだよね。柊くん見つけて帰ろうとしたら自分も迷って、金髪のお兄さんに助けてもらって裏山から降りてきたら二日経ってて。」

いわゆる日元的に言えば狐に化かされた。櫻は迷わない様に目印は付けていたはずの木が見つからなくて泣きそうになったのを覚えている。

「柊くんは覚えてる?」

当時五歳な柊はこの騒動の発端なのだが、

「あんまり…でも本殿から動物が出てきて、それを追いかけたら神社の裏山に入っちゃった様な…」

あまり覚えてはいない様だ。

「それこそ、その金髪の人が狐だったんじゃね?」

「かなぁ。狐と言うよりなんかこう妖精さん?な雰囲気だったよ?」

「むしろ今のお前の言動が妖精さんだろ。」

「失礼な。妖精さんは、もっとわけわからないよ!サンちゃんも見た目妖精さんじゃないけど自称妖精さんだよ!」

ほら見て!櫻はと抱いていたサンアウローロを梛の目の前に差し出しだ。

「大変だな。お前。こんなの相方なんて。」

梛は目の前の黒い獣に対してねぎらう様な声を掛けて頭を一撫でした後、

「ほら、あの人困ってるから早く行くぞ。早足で歩き出した。数歩先に早く早くと言わんばかりの態度の弟と、少し困った様な表情のリブロがいた。

サンアウローロを抱き直そうとするとサンアウローロからこんな申し出があった。

「サクラ、いちいち抱かなくていいぞ。その方が早く歩けるだろう。わたしは一旦あちらに戻る。」

「戻るって…?」

「大丈夫だ。呼べばすぐに現れる。ほら、早く行け。」

ぱちぱちと光が弾けたと思ったら彼の姿形、重さがなくなっていた。

「さ、サンちゃん?」

(ほら、早く行け。)

残ったのは櫻にのみ聞こえる声だけだった。


水族館と呼ばれる建物は白く大きな建物だった。コンクリート作りであろうこの建物はレンガ造りの建物の中で非常に浮いて見える。

「ここが、水族魔術師校舎。通称水族館。ちょっと待ってて。話してくるから。」

受付であろう窓口に向かったリブロを尻目に周りを見回してみると金髪で青い目の同い年くらいであろう女の子と人魚の様な姿の青年が見える。

リブロが離れている今、聞くことが出来るのはサンアウローロしか居ない。呼べば現れると言っていたし、一度試してみよう。と、櫻は空に声をかけた。

「ねぇ、サンちゃん。あの人魚みたいな人も精霊さん?」

今度は小さな風が吹き黒い毛並みが見えた。サンアローロだ。

「…ハルキヨ!?」

サンアローロはふと彼女らに向かって走り出した。

「ちょっと!?サンちゃん!どうしたの!?」

彼はすぐに捕まったのだが、彼女らの目の前に飛び出してしまった。

「えっと…?」

「えーと…こんにちわ?」

金髪の少女と目が合った。とりあえず櫻は挨拶をした。

「えっと…こんにちわ。貴方もこの学園に入学するの?」

「まだ、わかんないんだけど…」

捕まえたサンアウローロが人魚の様な青年に向かって手を伸ばそうとしている。

「サンちゃん!!どうしたの!?この人魚さんはご飯じゃないよ!?」

櫻の素っ頓狂な発言に人魚の青年は声を上げて笑った。

「あはは!君、面白い言うねぇ。こいつとは知り合いなんだよ。離してあげな?別に悪さなんてしないからさ。」

「今の声は…?」

櫻は聞きなれない声に疑問符が浮かぶ。

「オルカの声が聞こえるの?じゃああなたも水属!?」

仲間を見つけたと声を上げる少女。しかし人魚の、多分名前はオルカだろう。オルカは速攻で否定する。

「うんにゃ。違うよジョジョ。この子は太陽のお嬢さんだ。だってこの黒ライオン、日属だもの。ボクの声が聞こえるのはここが影響してんの。久しぶり。今はー、何?」

「サンアウローロだ。お前は…」

「今はオルクェイド・カルム。オルカでいいよ。しかしまぁ、縮んだな。サンちゃん?」

「お前は無駄に派手になったな。ちなみに縮んだじゃない。これから育つんだ。」

確かに青年の姿は白い上着に下半身は白い鱗。手のひらを隠す袖とヒレが下に向かうにつれ白から紫、 赤に色を変えるグラデーション。涼しげな目尻には赤い紅が差されている。その色合いはなんだか金魚や錦鯉を連想させた。

「まぁ、そういうことにしておこう。ほら、ジョジョ。自己紹介は?」

どうやら知り合いだったらしい人魚の青年とサンアウローロは軽く憎まれ口を叩き合い笑いあった。人魚の青年、オルクェイド・カルム。彼は小さい子供にする様に挨拶を促した。

「ジョゼット・ジュールよ。魔術資質は精霊を見ての通り水属。」

「あだ名はジョジョだよ。この子ね。君の髪型可愛いって呟いてた。」

「オルカ!余計なこと言わないでよ!?えっと…あなたは?」

オルカがまるで己を小さい子を扱うような態度が恥ずかしいのかジョゼットは少し涙目になっている様だった。青い瞳は無骨なフレームのメガネの奥で潤んで、頬のあたりで切りそろえられたら綺麗な金髪は癖一つない。肌の色も白い。自分には無いたくさんの美的要素は磨けば光りそうだ。非常にもったいない。と櫻は思っていた。

「日下櫻です。」

「クサカ?変わった名前ね。」

「クサカはファミリーネーム。サクラがファーストネーム。」

「さー、さー?サーリャ?サウリャ!じゃない…さー…」

苦手な発音だったのかさくら、と呼ぶことにジョゼットは苦戦している様子だ。

「好きな名前で読んでいいよ?えーと、ジョジョ?」

「うう、ごめん。サーリャ。後ろにいるのはサーリャの兄弟?」

「双子の兄と弟だよ。」

「双子かー。どうりで似てると思った。あ。リーリェ入るなら一緒のクラスだといいね。わたし、ベール・マレンフォレって北の方から来たから知り合い居ないの。サーリャが始めての知り合い。」

ジョゼットは安心したのか笑う。これは間違いなく髪型変えたりコンタクトにしたりすれば絶対もてるだろうなぁ、この子。と櫻は内心思った。これから制服の採寸に行くのだと言う彼女は振り返りざま大きく手を振って来た。なのでこちらも小さく手のひらを見せて挨拶を返した。またね。と言う意味だったが通じただろうか。

「よかったじゃないか。知り合いが出来た。」

腕の中のサンアウローロが呟いた。

「ねぇ、たくさん聞きたいことがあるんだけど。」

さっきのダッシュはわざとだったでしょう?とか何故日属と言っていたのに水属の精霊に知り合いがいたの?とか、その他諸々、櫻は聞きたい事はたくさんだ。

「太陽のお嬢さんは若い日属魔術師に使う言葉だ。オルカと何故知り合いかというと精霊の寄り合いみたいなので知り合った。これでいいか。後、さっきの人魚野郎の声が聞こえたのはこの場所が水のマナが豊富で精霊が活性化するだからだ。」

空気を察したサンアウローロは一息に話した。

「なんか話したく無いことあるの?」

「ない!ほら、はやく水族館入れ!!」

つまりはあると言う事か。しかし今は聞くべき事ではない。放っておこう。と櫻は思った。



透明なガラス戸を押し開けると一面の青だった。

「海亀!マナティにシロイルカ!」

その青の中に精霊であろうたくさんの海洋生物が自由に泳いでいるそこは、まるで海の中にいる様だった。その様にはしゃぐ梛。

「梛くん、あれは?」

「あれはシイラだな。え?なんでピラルクーが。ピラルクーって淡水なのに…」

柊も一緒になってはしゃいでいる様はなんだかほほえましい。

「サクラ、ナギって魚詳しいんだね。」

リブロが櫻に尋ねてくる。

「まぁ、もともと海が好きで、自分の名前の由来聞いてからさらに好きになった感じですね。」

「由来?」

「私達兄弟、名前が全員、木の名前からなんですよ。」

「ああ、グリーンネームね。」

「グリーンネーム?私はさっき言った通りサクラ。チェリーブロッサムからです。桜は確か、女神様が座る木で、その女神様から名前

をとった木で。梛はナギっていう船乗りのお守りとされる木で、柊はヒイラギ、冬の木で邪気を祓うお守りになります。」

それなりに由緒正しい理由がある兄弟の名前にリブロは好奇心を示す。

「へぇ。じゃあ私の名前は…」

「自由の薔薇。そして僕は獅子だね。リオネロはリオーネの変形だから。あレナード兄さんも獅子か。レオナルドだし。」

「ぇえー?リノが獅子ぃー?嘘だね。リノはむしろ猫じゃない?」

「うわぁっ!?」

いきなりぬっと現れた青年に思わず悲鳴をあげてしまった櫻。

彼の足元にはペンギンがいる。首には薄い素材で出来た、空色の布が巻かれている。

きっと先ほどののんびりした声の主だろう。

「ごめんごめん。日属の気配がしたからうちの末っ子だと思ったんだけど。」

ごめんごめんと口にしながらも絶対に悪いと思っていないだろうこの眼鏡の青年はからから笑った。その眼鏡の奥の深い青色は誰かを連想させた。

「うちの末っ子?」

「そう、リバティローっ…」

リバティローと言い掛けてすねの辺りを抑える青年。傍らには金属製の小さなアタッシュケースが転がっている。確実にリブロが蹴り飛ばした。

「リノ兄さん。ごめんなさいちょっと勢い余っちゃって。」

「さすがに…今のは痛かったんだけどリブロちゃん…」

すねを抑えたままうずくまる青年を眺めながらペンギンはリブロをぺちぺちと叩いた。

「なんでそんなにこだわるかねぇ。リィは。」

「嫌いじゃないけどいかにもでやなの!リブロでいいもん!本でいいもん!お使いちゃんと届けたからね!リノ兄さん!」

櫻はその様子でなんだかリブロがひどく同年代に思えた。

「ごめん、ちょっとこの子借りてくね?少しこのペンギンと遊んでて。」

拗ねたらしいリブロの頭に手を起き、櫻たちに向き直った。兄さんと呼ばれた彼はリブロと並ぶと確かに似ていた。

ペンギンは不満そうな声を上げたが

「じゃあわたしがこの水族館をあんないしてあげよぅ!」

「え?大丈夫?ジェンティ。」

「大丈夫だと思うよ!ちゃんと出来たら後でビー玉たくさん頂戴!」

ジェンティと言うらしい、リノと呼ばれた青年の心配をよそに、ペンギンらしからぬ、胸を張るような仕草がなんだか可愛らしかった。

「じゃあせめて、制限解除しとくよ。その姿じゃ日が暮れちゃうだろうし。他にも行くところあるんでしょ?」

リノ兄さんと呼ばれていた彼はペンギンに巻いていた布を解いた。すると、ペンギンは人間の様な姿になった。茶色のくりくりとした瞳が可愛らしい少女だった。先ほどのペンギン姿との共通点は翼を連想させるぶかぶかの丸い袖の黒いセーターと顔に添うショートカット。その両サイドの髪が白くなったそれはペンギンだった時もあった。

少女は大きく伸びをすると

「うーん、この姿久しぶりー!」

と声を上げた。

「ねぇサンちゃん。」

「あぁ、俺もあんな姿になれるぞ。」

櫻が聞きたいことは悟られていた。一体彼はどんな姿になるのだろうか。耳や尻尾が残ったら可愛いな。と考えていると

「ほら、早く早く!」

ジェンティにぱたぱたと両手を上げて移動を促された。

眼鏡の彼はにこりと笑ってこう言った。

「ほら、いっておいで。ジェンティ。あれだったらルミとルキアのとこに行くんだよ!」

「分かってる!」

櫻はちらりとリブロを見ると軽くおじきをして

「じゃあ、行ってきますね?」

と告げた。

「うん行ってらっしゃい。そういえば、リノ兄さん。一応腐敗防止の魔法掛けた瓶使ったけど大丈夫かな。」

「あ、一応確認するね。」

リブロは櫻たちを見送ると兄と話を始めた。

アタッシュケースに収まっていたのは小さな瓶と白い石の様な欠片の詰まったケースだった。

「うん。確かにベール・マランフォレの海砂と珊瑚。さすがリブロ。状態を考えて迅速に届けてくれて助かるよ。」

「いいえ。お使いは届けるまでがお使いでしょ?今年の調査はベール・マランフォレなんだね。兄さん。」

「うん。今年はそこから資質の高い子が入学するからね。さっさと装具用意してあげないと。本来北に珊瑚は居ないけど、何故かベール・マランフォレにはあるんだよねー。生まれた場所のものが一番肌に合うはずだからね。で、リブロの方は分かった?」

「…」

兄の問いにリブロは押し黙った。

「ダメ?」

「うん…」

「そっか。しかしまぁ、兄さんと言いティーダと言い、どこをほっつき歩いてるんだか。別に僕は構わないんだけどレナード兄さんが心配だよ。」

「確かに最近、レナード兄さん疲れてるみたいだよね。あ、そうだ。あの子ね。四月からリーリェの生徒になるかもだから、よろしくね。」

リブロの発言にリノは呆れた顔をした。

「分かってるよ。そんな事。今年はまた色んな子が入学するなぁ。極東のソレイユのお嬢さんに、花冠のエリーの弟に、リュンヌドミエルの坊ちゃん。北から来た雪の魔法使いからはおすそ分けもらっちゃった。食べる?コケモモ。」

透明な小皿に赤い実が盛られている。その実を見てリブロは渋い顔をする。ととある名詞に目を丸くした。

「コケモモ苦手…リュンヌドミエルって言ったよね。リュンヌドミエルって」

「うん。あのリュンヌドミエルだよ。の現党首様、ジョシュ殿が若いころ事情で結婚できなかった人との間に子供がいて、更には月属だってことがわかってね。養子にしたんだよ。17だけど、5年から勉強させるんだって。」

つまんだ赤い実を口に運びながらリノは続ける。

「養子の手続き自体は去年すませたらしいんだけど、いかんせん生活していた場所がいわゆる…女の子にはあんまり聞かせたくない場所でね。教養とか環境的な物を整えるのに1年ついやしたらしいよ。…思ったより甘いよ。これ。本当にいらない?」

小皿をリブロに押しやるがリブロは手をつけようとしない。

「いらない。妙にくわしいね。リノ兄さん。」

「たまには社交界に顔出しなって。そういう噂たくさん聞けるよー?」

「父さんやレナード兄さんの顔立てなきゃいけないけどあんまり好きじゃ無いんだよー。出たら出たで、ナンパ目的な人たちたくさん寄ってくるしさぁ。」

「ステインをボディガードにすれば?」

「やだよ。変な噂立つ。」

「ああ。ソレイユの末娘がラフォンテーヌの次男と婚約するんじゃないかーとか?そんなのすぐきえるんだけどね。」

「ソレイユの家に生まれたことを恨みたいわけじゃないけどさ。ノブレス社会、やっぱりすきじゃないなぁ。」

「ノブレスオブリージュだ。持てるものの義務。まぁ、君は後々嫁ぐわけだけどさー…」

リブロがしまった。説教が始まると思った瞬間、

「師匠ごめん!タオルない?」

ウェーブのかかった黒髪の少女が駆け込んで来た。





何が起きたのか訳が分からず、兄妹は目を丸くしていた。

目の前に広がるのは陸に打ち上げられた様な状態のシャチが2頭。少し年上くらいの少女二人。それから大きく量が減った水槽の水をもろに被った自分たち。

「わー!ごめん!!もろに水被ってしもうたよね!水属の気配がしたし、ジェンティがおったからさ。師匠だと思ったんよ!師匠やったら簡単に弾くやろうと思ったんよ!本当にごめん!!」

黒いボブカットに薄紫の透ける生地のバンダナを巻いた少女が平謝りする。日に焼けたような肌の彼女は独特の訛りをもった喋りをした。

もう一人のウェーブのかかった髪の少女は

「わたし、タオル持ってくる!」と何処かに走っていった。平謝りする少女に対してジェンティは怒っているのかいないのかわかりにくい声色で訪ねた。

「もうルキア!一体何をしようとしてたのさー!!」

「シハチさんとモハチさんとルミで水中の酸素を集めて凍らす術の練習してたんよ。近くで火属の誰かが魔法使こうたみたいで水素、そっちに引っ張られしもうたー…」

反省の現れなのか自主的に座り込み頭をうなだれる少女、ルキア。

「火が水素に作用して爆発しちゃった。んで、衝撃でびっしゃびしゃ。だね。まったく、火属の屋外実習とかぶるとたまにこうなるから覚えときなって言ったじゃん…シハチ、モハチ起きてるかー?」

さっき聞いた声がしたとたん、櫻の視界が真っ白になった。タオルが被せられたのだ。

リノのシハチ、モハチの言葉に反応したのかシャチ達がむくりと反応をした。そしてこう意見した。

「正直失念していた。」

「カルミアに構ってもらえて正直はしゃいでいた。イリワクもそうだ。だいたい、最近リオネロは二人に理論ばかりで、実践を教えていないからこうなる。」

「黙れこのクジラ目どもが。ほら、さっさと片付けるぞ。ほら、ルキアも。この子らに水の魔法がどんな物か見せるよ。」

リノがぱんぱんと手を叩くとジェンティはリノのそばに走っていった。

ルキアと呼ばれたのは多分ボブカットの少女だろう。

「…わかったー師匠。シハチさん大丈夫?出来る?」

ルキアは2頭のうちの薄紫のタグが尾びれについたシャチに触る。

「このくらい大丈夫だ。準備はいいか。ルクリア。」

「ルミはー?」

「大丈夫ー。行くよモハチさん。」

ルミと呼ばれた少女はもう一頭の水色のタグのシャチにからだを寄せる。

一体何をするつもりだろうか。

各自、呼吸を整えるとなにかを歌い出した。歌詞はない。旋律のみの歌だ。

一つの歌が二つになり、二つが四つに。四つが六つになり、一つの歌になった。すると、一面に広がる水溜りが空に浮かび大きな球を作った。

「これが水の魔法。掴みがたいものをつかむ魔法だよ。」

「リブロさん。」

「で、始めて見た魔法はどう?」

「…なんか、きれいですね。」

表面を凍らせたのだろうか、すこし白くなったそれを水槽に移動させるのはシャチたちだった。空中のそれを鼻先で、まるで遊んでいるかの様に水槽の上に移動させ、水槽に落とした。ぷかりと浮いた氷はじきに溶けるだろう。一仕事を終えたリオネロはため息をついた。

「…なんていうか割と災難に合うね。君たち。ルキアとルミはちゃんと掃除しておくこと。いいね。」

風邪をひくといけないから。着替えたらうちに帰りな?そう言われ今日の見学は中止になってしまった。








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