表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おすすめ短編集

(短編) 大作家の万年筆 - 4,300文字

 僕は今期発表のラノベ大賞に落ちた。

 これで10作目。

 僕が作家志望者、俗に言うワナビになってから3年が経ってしまった。

 最初の頃こそ視点が面白いとの評価シートを貰っていたが、既にアイデアが尽きてしまったようで評価シートには当たり障りのない言葉のみしか書いておらず、この不振の原因が解らずスランプ気味だ。

 受賞する兆しなんて物は無く、本当に作家になれるのか頭を抱えて悩む毎日だ。

 作家になる前から限界に達し、壁にぶち当たっていた。

 

 親が就職しろとうるさいので、きっと次の応募が最後だろう。

 そんな事は解ってるさ。

 僕に後の無い事ぐらい。

 

 僕は最後の戦いに向けて気合を入れる為に新しい万年筆を買おうと、作家を志した頃に記念に万年筆を買った店に訪れてみた。

 相変わらず寂れた感じ、いや落ち着いた感じの店だった。

 店の中に客は僕一人。

 そして店員は店主一人。

 そりゃ、平日の午前中から万年筆を買いに来るような客はそうそう居ないので当然と言えば当然だ。

 店に入ってショーケースの中の万年筆を見ていると、万年筆は店内の小さな薄暗い照明を反射しキラキラと輝きどれも魅力的に見える。

 どれも欲しくなるほど魅力的だ。

 そう言えば、初めて買った時の万年筆も、ショーケースの中で輝いていたな。

 30分ぐらい悩んだ末に、店主のおじさんにお勧めを選んで貰ったんだよな。

 とっても書き易い万年筆だった。

 その書き易い万年筆で今でも使っている。

 家に帰ると、徹夜であの万年筆で作品を書き上げたんだっけな。

 あの頃は書くのが楽しかった。

 頭の中に溢れかえるように話が湧いて来た。

 登場人物たちが僕が万年筆で文字に書くよりも先に動きだし、僕は必死にそれを観察する様に万年筆で書きとめた。

 あの頃は何も悩む事が無く、書く事自体が物凄く楽しかったな……。

 本当に楽しかった。

 それなのに、今の僕は……。

 

 作家を目指し始めた頃の忘れかけていた情熱を思い出し、そして現状と比べ僕は涙した。

 そんな感傷に浸りながらショーケースの中の万年筆をボーっと眺めていると、寡黙そうな白髪交じりの初老の店主が僕に話しかけて来た。

 

「お悩みですね」

「は、はい。どれを買おうかと。どれも魅力的ですね」

「いえ、そう言う事じゃなく物を書く事、いや人生にお悩みですね」

「なんでそんな事が解るんです?」

「この商売を始めて長いですからね。お客さんの顔を見れば大体解ります。良ければお話を聞かせてもらえますか?」


 そう言った店主に僕は今まで有ったことを全て話した。

 作家志望をしているが、デビューすら出来ないこと。

 アイデアが尽きてしまったこと。

 次回作を最後に作家志望の引退を考えていること。

 優しそうな店主の目を見ていると、隠して置きたい様な事まで話すことが出来た。

 

 一通り僕の話を聞いた店主は、僕にお勧めの万年筆が有ると言って、棚の奥から少し埃の積もった桐の小さな箱を取り出した。

 その箱の中にはビロードの中敷きの上に、黒光りする金属製の軸の万年筆が収められていた。

 万年筆自体はあまり大きくないが、なぜか威圧感が感じられる風貌の万年筆である。

 メーカーを見てみると僕の知らないメーカーだった。

 

「この万年筆は?」

「通称『大作家万年筆』です」

「大作家万年筆?」

「明治大正の文豪の約7割が愛用していたと言われる万年筆です。これを使えば間違いなくデビュー出来ますよ。数年前に文学賞を受賞した『金剛山剛田』先生と言う作家をご存知ですか?」

「受賞の記者会見で酔っぱらって来た作家さんですよね?」

「そうです。あの作家さんも10年ほど作家志望をしていてデビュー出来ないと悩んでいたので、この万年筆をお勧めしたんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。この万年筆を買った直後に応募した作品で文学賞を取ったんですよ」

「それは、凄いですね」

「ただ、少しお高いので……本気で作家を目指す人以外にはお勧めして無いんです」

「ちなみに、値段はどれぐらいです?」

「90万円です」

「きゅ、きゅうじゅうまんえん??」

「高いでしょう。だから、本気で作家を目指している人以外にはお勧めして無いんですよ」

「それにしても少し高いな……」

「明治の万年筆のデッドストック品ですからね。こんなに古いのに新品なんですよ。それにペン先は今では見かけない24金ですしね。やめておきます?」

「いや、買うけど……買いたいけど……今は90万円も持ち合わせが無いよ」

「解ってますよ。それ位の事はお客さんの顔を見ればすぐに解ります。どうです? 出世払いという事でいかがですか?」

「出世払いって……僕、三流作家にもなれてない無職ですよ? 本当にいいんですか?」

「大丈夫ですよ。この万年筆が有れば必ずデビュー出来ます。私が保証しますよ。どうです? お買いになりませんか?」

「はい! 出世払いで是非ともお願いします」

「ありがとうございます。専用のインクの瓶もつけておきますね」


 僕はその万年筆を買い、家に戻った。


 その万年筆を手に取り原稿用紙に向かう。

 万年筆からは絵の具の様なインクの匂いが鼻を突いた。

 僕は恐る恐る、万年筆を原稿用紙の上で走らせてみる。

 すると、今までのスランプが嘘の様に筆が走る。

 まるで万年筆が言葉を紡ぎだしている様だ。

 登場人物が生き生きと動き回る。

 主人公の粋なセリフで原稿用紙を埋め尽くす。

 なんだか、作家志望になって初めて書いた作品、いや作家志望になるきっかけの小学校の作文を書いている時のような気分だ。


 僕は書く事が楽しく、寝ずに書きまくり、翌朝まで掛けて10万字の公募作を書き上げた。

 それを封筒に入れると、来年締め切りのラノベ大賞に応募した。


 応募して一週間すると、編集部から電話連絡が有った。

 

「あなたの素晴らしい作品を読まさせて頂きました。この素晴らしい作品と、これを書かれた素晴らしいあなたの才能をラノベ大賞の発表時期まで眠らせておくのは惜し過ぎます。是非とも当社でデビューしませんか?」

「お願いします!」


 僕の作品は3か月後には出版され、ラノベに純文学を持ち込んだ新たな作風として注目され大ヒットとなった。

 

 僕は念願の作家になれたのだ。

 

 当然、その本は大手出版社の目にも止まった。

 その出版社は一般書籍として僕の作品を出版したいとオファーをしてきて、僕は不眠不休で書き上げる。

 すると、その本は一般書籍なのにラノベの様に読みやすいと話題となり、社会現象と言っていい程の大ヒットとなった。

 

 そしてほかの出版社も挙って僕に出版依頼をして来た。

 既に僕は人気作家だ。

 出す本、出す本が全て売れまくった。

 

 初めての印税が支払われたので、万年筆代を支払いに万年筆屋を訪れ、店主に礼をした。

 

「お勧めして頂いた万年筆のおかげで、作家デビュー出来ました。ありがとうございます」

「それは嬉しい事ですな。あなたにあの万年筆をお勧めしたかいが有りました」


 でも、そうそう上手く行くはずも無かった。

 5作目を出した時点で、急にスランプとなった。

 原因は解っている。

 付属のインクが尽きたので、インクを変えたからだ。

 あのインクが放つ絵の具の様な匂いを嗅がないと書けない事に気がついた。

 僕はあのインクを求め、万年筆屋を再び訪れた。

 

「すいません」

「どうしました?」

「あの万年筆に付いてた明治時代のインクが切れたんですが、売ってくれませんか?」

「明治時代のインク? あの万年筆に付けたインクの事ですか? あのインクを切らしてしまったんですか?」

「結構書いたもので、使い切ってしまいました」

「困りましたね……あのインクの瓶は既に生産中止されたインク瓶で、もう手に入らないのですよ。他のじゃダメですか?」

「あれじゃないとダメなんです」

「もうあの瓶は手に入らないですからね」

「マジですか? 僕、あのインクが無いと本を書けないんですけど?」

「そう言われても、もうあの瓶は手に入らないので……」


 僕は失意の元に、部屋に戻る。

 あのインクに頼り切っていた僕は、あのインクが無いのでスランプに落ち込み何も書けなくなった。

 

 そして一発屋の作家と言う称号と共に出版界から消え去った。

 あの金剛山剛田と言う作家と同じ運命だ。

 あの作家も彗星の様にデビューしヒット作を連発した後、突然書かなくなり引退してた。

 たぶん、あの作家もインクが尽きて書けなくなったんだろうな。

 僕もインクが尽きたので作家業はこれでお終いだ。

 もう今いる僕は人気作家では無く、ワナビの時のスランプに悩んでいた僕だ。

 もう、諦めよう……。

 

 僕が作家業を諦め実家に戻ろうと引越しの準備をしていた所、文具屋から電話が入った。

 

「入りましたよ! あの瓶! あの瓶が手に入りましたよ!」

「ほっほんとうですか?」

「ええ、1Dのケースで用意出来ました」

「かなり値段は高いですけど、勿論買われますよね?」

「お幾らですか?」

「一本10万円で、1ケース120万円です」

「ひゃ、ひゃくにじゅうまん??」

「やめときますか?」

「いえ、買います! 買います!」


 僕は現金120万円を握りしめ文具店に向かい、インクを手に入れた。

 そしてそのインクを使い作品を書き始める。

 万年筆のペン先から絵の具のような匂いが鼻を突いた。

 すると、スランプが嘘の様に終わり、再びすらすらと書けるようになった。

 やはりこのインクは最高だ!

 僕は今まで掛けなかった鬱憤を紙に叩きつける様に書きまくる。

 僕はインクのおかげで、作家としての息を吹き返した。

 

 

 ──その頃、文具屋で……。

 

「ねえ、あなた。あのインク売れたの?」

「売れたさ。全部売れたぞ」

「あんなもの買う人が居るのね」

「ああ、1個10万円で売れたよ」

「じゅ、十万円?? 何個売ったのよ?」

「12個。全部で120万円だ」

「ひゃ!ひゃくにじゅうまん?? ちょっとボッタくり過ぎじゃない? あのインクは350ml1500円のインクでしょ? その瓶をゴミ箱から拾って来た瓶に詰め替えただけで、なんでその値段で売れるのよ?」

「いや、高い方があのお客さんには効果が有るんだよ」

「でもね、あのインクって去年まで売ってたインクの空き瓶に、350ml1500円の徳用インクを詰めただけでしょ? あなた詐欺で捕まるわよ」

「いや、元々のインクも徳用インクだったから詐欺じゃないよ。それにあのインクが明治時代のインクなんて一言も言ってないし。お客さんが勝手に勘違いしてただけ。だいじょうぶさ。きっとあのインクを明治時代のインクと信じ切ってるお蔭でスランプも脱出するだろうし」

「知らぬが仏って事なのね」

「だな」

「あなたって本当に悪い人ね……」

「いいじゃないか。うちにはお金が入るし、作家さんもスランプ脱出出来るし。みんな幸せになれて。あーっはははは!」

「そうね。おーっほっほほほ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 万年筆の24金だとか、そういう解っている人の、そそらされる言葉が良かった。万年筆が好きな身としては、どんな万年筆をこの主人公が気に入ったのか、具体的な万年筆の感じが気になる。万年筆というの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ