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◆ストーカー疑われる

「今日は遅かったな」


 今朝、季理から逃げていたせいで教室に戻るのが遅れ、足を踏み入れるなり本鈴が鳴ってしまった。

 そのため、王子と挨拶を交わす暇もなく席についたのだ。

 今は一時限目の授業を終えた後だった。

 衛は席から立ち上がって、王子の席の近くにきている。

 自分の席だと近くに季理がいておっかないのだ。

 いつ話しかけられるかと気が気でなかった。

 季理が本性を出したあのこと以外で、話しかけられるとは到底思えないのが悲しいところだが。

 今、季理の席の周りには女子が数人群がっている。

 衛はそちらに身体の正面を向けていた。


「いや、ちょっと起きるのが遅くてな」


 遅れてしまった正当な理由を言えるはずがない。

 仕方なく誤魔化すことにした。


「あれか、一晩中、向井の家に張り込んでたとかじゃないだろーな?」

「んなことするわけねーだろ」


 まったくもって心外である。

 後はつけるが、家まで見張るつもりはなかった。

 それが自分の方針である。

 ただそれよりも、帰宅が遅くなると家で雫を一人にさせてしまうのが一番の理由だったりする。


 それから王子と他愛もない話をしていると、季理が唐突に立ち上がった。

 女子の群れから抜け出して衛の方にやってくる。

 こちらには王子と衛、そして角に置かれたゴミ箱しかない。

 ゴミでも捨てにきたのかと思ったが、どうみても視線が衛の瞳を射抜いていた。

 初めて季理と目があったかもしれない。

 その切れ長の瞳の奥は鮮明な黒だった。

 近くなるに連れて、うっすらと透けたシャツの下があらわになってくる。

 鎖骨がはっきりと見えた。

 細い骨が作り出すくぼみがまた妙な凄艶さを醸し出している。


 以前なら思わず見惚れていただろう。

 涎も流していたかもしれない。

 しかし、季理の膝についている絆創膏が衛の正気を保たせた。

 季理がこけてから衛の後ろ姿を曝してしまうまでの、昨日の一件を思い出す。

 バレていないはずだ、と自分を落ち着かせる。

 今、逃げれば不自然だ。

 逃げたくなる衝動を必死に抑える。


「笠羽君。少し、お時間いいですか?」

「いっ、いいけど……」


 緊張しきって、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 名前を覚えてくれていたことに嬉しさを感じるも、まだ恐怖が勝っていた。


「朝、昇降口で声をかけたのですが、どこかへいってしまって……」


 やはり、あの時点でバレてしまっていたのだろうか。

 いや、まだわからない。


「人違いじゃ……」

「いえ、そのキーホルダーをつけていたので間違いないかと」


 そう言いながら、衛のスクールバッグを季理は指差す。

 そこには、不細工なキーホルダーが垂れていた。

 そのキーホルダーは幼い頃、親父からもらった物で、実は親父をモデルにしたものだった。

 確かに不気味なほど親父と良く似ていた。

 特注品なので、他に誰もつけている人はいない。

 だから、言い訳はできなかった。


 ……いや、まだだ。


 このキーホルダーであれば恐らく、季理の本性を知ってしまった時には見られていないはずだ。

 見つかる前にかなりの距離をとった。

 目に入っていたとしても、何かがある程度にしか見えないはずだった。

 だとすれば、昇降口と教室でしか見られていないということになる。


 ……なんとかなるかもしれない。


 ただ、後ろ姿を完全に覚えられていたら、逃げ道はすでに断たれている。

 昇降口で衛に声をかけてきた件もある。

 それは、大体の目星はつけられているということだ。

 そして今のこの現状である。

 人目の多い中で話しかけてきたのは、確信を得ていないという証拠だ。

 もし、犯人が衛だとわかっていれば、誰もいないところで問いただされるだろう。

 なぜなら、犯人――衛を探す理由が、恐らく自分の本性をバラされないようにする為だから。


 そんなことをせずとも、衛は誰にも話す気なんてなかった。

 あれが季理の本性であったとしても、それだけで嫌いになるほど、伊達にストーカーを一年と半年もやっていないのだ。

 だが季理の本性を知ってしまったことを認めれば、衛がストーカーしていたこともバレてしまう。

 だから引くわけにはいかなかった。


「あ、ああ、あの時か……。実はあの時いた女子の内の一人が俺の妹なんだけど、その友人共々、急ぎの用事があってさ。悪かった」

「いえ、気にしないでください。ただ、聞きたいことが一つあっただけです。昨日の放課後、なにをしていましたか?」


 カマをかけてきた。

 ここで言い淀めば怪しまれるだろう。

 それに返答にも気をつけなくてはならない。

 ここで挑戦的に、どうしてそんなことを聞くのかという返答もまずかった。


「普通に家に帰ったよ」


 勿論、嘘だ。

 しかし下手に人を絡ませるより、一人でなにかをしたという方が嘘をつく時には辻褄が合わなくなることが少ない。

 相手は捜査機関でもなんでもない。

 ただの学生なのだ。

 問題ない。


「証言できる人はいますか?」

「いない」


 数泊の間、心の奥底まで見透かされているような、そんな瞳で見つめてくる。


「…………そうですか。色々と聞いてしまってごめんなさい」


 申し訳なさそうに季理は頭を下げてくる。

 あっさりとしたその態度に、衛の不安は拭いきれなかった。


「いや、いいよ。なにか困ったことがあるなら力になるよ」


 少し格好つけ過ぎただろうか。

 しかし、なぜ質問されているのかに対して無反応なのは、それはそれでおかしいと思った。

 だから聞き返すのではなく、協力したいということで質問に反応したのだ。


「ありがとう。それでは」


 踵を返し、季理は自分の席に戻っていった。

 そのまま女子の輪の中に入っていく。「何はなしてたの!?」やら「どういう関係!?」など等、季理は根掘り葉掘り聞かれているようだった。


 衛はほっと一息ついた。

 初めて季理と会話らしいものをしたというのに、大喜びできない状況が悲しかった。


 初めてはもっとときめくシチュエーションが良かった……。


「衛、お前なんかしたのか?」


 横で固まっていた王子が声をかけてきた。


「いや、ちょっとな」

「やっぱストーカーだろ」

「違う」


 ごめんなさい。してます。

 チャイムが鳴った。

 生徒達は自分の席に座る。

 衛も席に座った。

 すでに季理は前に座っている。

 季理の髪を眺めながら、今日の帰り道は後をつけようか、つけまいか衛は悩んでいた。

 季理も周囲を警戒しているに違いない。

 そんな状態でストーカーをするなんて、見てくださいと言っているようなものだ。


 やはり、今日はやめておくべきだろう。

 自分のスクールバッグについている、親父モデルのキーホルダーを見る。

 再度、ストーカー中に姿を曝すことになったら、キーホルダーを目印にされてしまう可能性が高かった。

 このキーホルダーに未練はない。

 惰性でつけているだけだった。

 ただ、捨てても翌日には家の前に戻ってきそうな不気味さがあるのだ。

 キーホルダーをバッグから取り外し、衛はズボンの左ポケットの中に突っ込んだ。


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