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◆ストーカー能力発動


 何度体験しても朝の登校とは面倒なものだ。

 加えて朝の冷たい空気が身体に染み渡り、衛の倦怠感を助長させる。

 衛は雫と共に登校していた。

 小柄な雫とは歩幅が違うため、衛は合わせるようにしてゆっくりと歩く。

 秀泉高校に到着すると、校門に向井季理が立っていた。

 友達と思しき人物と季理は談笑している。

 ただそれだけなのに他の人とは違う気品を纏っていた。

 だから見つけるのも容易かった。


 衛は目を奪われる。

 だがそれもつかの間。


 なんで、あんなところで……。


 昨日の件もあって、後ろ姿を見せるわけにはいかない。

 季理の後をつけていた――季理の素顔を見た人物として、後ろ姿を見られてしまっているのだ。

 校門を通り過ぎると、衛は雫の前に躍り出て後ろ向きに歩く。

 なるべく自然に見えるように、楽しく喋ろうとしていたのだが――、


「邪魔。前が見えない。歩きにくい。失せろ」


 雫さんはどうやらご立腹のようです。

 というより、対面すると身長差があからさまにわかってしまうのが嫌なのだろう。


「そう言うなって。昇降口までの辛抱だから」


 昇降口までいけば死角ができる。


「なんで昇降口――――ちょっと、お兄ちゃんストップ」

「ん?」


 言われるままその場に衛は立ち尽くした。

 すると雫は背伸びをして、衛の首もとに両手を伸ばした。


「ネクタイ……曲がってる」

「お、さんきゅ」


 往来の激しい中だが、雫のような妹にネクタイを直されるなら本望である。

 妬みこそあれ、哀れみはないはずだ。

 将来、雫は美人になるだろう。

 唯一残念なのは発育が不十分なことだろうか。

 まあ、それはそれで可愛らしくていいけれど。

 季理が友達と共に、校門から昇降口――こちらに向かってきていた。


 ――まずい、このままじゃ後ろを取られる。


「雫、まだかっ!?」

「動くな。動いたらネクタイで首絞めるぞ」

「それ死ぬからっ!!」

「うるさい、集中できない」


 この間にも季理はこちらに近づいてきていた。

 あと、五メートル。四、三……。

 ストーカーしているのが自分だとバレたら嫌われてしまう……。


 ど、どうする?


 二……。


 いてもたってもいられないが、今は雫を信じて待つしかない。


 一……。


 季理が雫の横を通過する。


「――っ!」


 ついに衛の隣にきた――。


「でき――」

「助かった、雫っ!」


 雫が完成を言い終える前に、すかさず身体を滑らせるように横回転させる。

 そして目にも留まらぬ速さで雫の後ろを取った。

 つまり季理の後ろを取ったのと同義だった。

 今まで培ってきたストーカー技術の賜物だ。


「あれ、お兄ちゃん? どこいきやがった」


 雫は辺りを見回している。

 その前方を、季理が昇降口に向かって優雅に歩いていた。

 季理の後ろ姿を目にして、衛はほっとする。


「しずくちゃ~~ん!」


 突然、昇降口から雫を呼ぶ声が聞こえた。

 雫の友達だった。

 衛も携帯の番号を交換している仲だ。

 パイナップルのような髪型が印象的な女の子だった。

 満面の笑みで雫の友達は両手を振っている。


「お、さえちゃんか。おーっす」


 どこのおっさんですかあんたは。

 とてとてと走りながら、雫はさえちゃんのところに向かう。

 そうして昇降口にいる友達の所に到着した。


「おはよう! 雫ちゃん」

「おはよう、さえちゃん」

「お兄さんもおはようございます!」


 さえちゃんが礼儀正しくお辞儀をした。


「おはよう」


 衛も自然に応じて挨拶をする。


 うん、朝の挨拶はいい。


 これから始まる勉学のせいで鬱々とした気分を取り払ってくれる。


 …………………………………………って、あれ? 何かがおかしい。


 気付くと雫だけでなく、衛も昇降口にきていた。


「ぬ、お兄ちゃんいたのか。気付かなかった。妹として悲しいけど、影が薄いんだな」


 雫の毒舌も耳に入らないほど、衛は切羽詰っていた。

 恐らく、雫の後ろをとったあのときから、衛のストーカーモードが発動していたのだ。

 ということは――季理がまだ後ろにいるはずだった。

 振り向くのが定石なのに、そうさせない何かが後ろから感じられる。

 足音が段々と近づいてきていた。


 く、くる――。


「あの……、少し、よろしいでしょうか?」


 背後から声がかけられた。この声は聞き間違えようのない、季理のものだった。

 全身から冷や汗がでてくる。

 自然を装って、ここは振り向くべきだ。けれど、怖くて振り向けなかった。


「あの……」


 もう一度、懇願するような声が耳に届く。

 衛と後ろにいる季理に、雫とさえちゃんは視線を揃えて交互に見遣る。しかも三度。


 ……な、なんなんだ、この一体感は。


 満足したのか、雫とさえちゃんの視点が衛に固定された。

 雫は怪訝な顔をする。


「おい、お兄ちゃん。そんな美人から声をかけられて振り向かないとはいい度胸だな。ああ、その人があれか。ふ~ん、なるほど。へ~」


 これ以上、雫と季理を近づけたままにしておくのは危険だった。

 何が危険かというと、雫の拳がぎゅっと握り締められているのもあるが、今の「お兄ちゃん」という言葉で、雫との関連性から季理に探られることだ。

 なんとかしなれば。

 雫とさえちゃんの身体をじろじろと見つめる衛。

 そんな衛に対して、雫は怪訝な顔を向けてくる。


「さえちゃん、ごめん!」


 雫とさえちゃんを、衛は両脇に抱きかかえた。


「なんでわたしにはなにも言わないんだ」

「わっ、わっ。私、浮いてる!」


 二人とも抱きかかえられること自体には問題ないらしい。

 決して軽くはないが、どちらも同じぐらい小柄だったので、なんとか耐えられそうだった。

 それにお子様体型とはいえ、二人とも現役の女子高生である。

 女の子特有の柔らかな感触が伝わってきて、疲れも飛んでいきそうだった。

 昇降口から校舎の外に衛は逃げる。


「待ってください!」


 季理は追ってはこないだろう、と衛は思っていた。

 昨日、本性を見てしまったとはいえ、今まで彼女は清楚で通してきている。

 往来の多い登校時間に走ったりはしないはずだ。

 背後の様子を窺うと、予想通り季理は追いかけてきていなかった。


 ひと気のない体育館裏につき、衛は雫とさえちゃんを降ろす。

 衛の息は荒いままだ。膝に両手をついて、前かがみになっている。

 軽いとはいえ、人を二人も抱えて走るのは容易ではなかった。

 まあ、女の子ふたりの柔らかな感触を堪能できたしよしとしよう。

 一息ついて、呼吸を整える。


「二人とも、付き合わせて悪い」

「まったくだ。説明してもらうぞ」


 雫はご機嫌斜めだった。腕を組み、衛を見下ろしている。


 そりゃあ、わけもわからずこんなところまで連れてこられたら、誰でも怒るよな……。


「楽しかったです!」


 さえちゃんの方はご機嫌のようだった。


 うん、いい子だ。というより幸せな感性だ。


 喜ぶさえちゃんに気を取られていた衛だが、いつまでもそうしてはいられない。

 素早く本題に入る。


「あの人に俺の名前を聞かれても、黙ってて欲しい」


 両手を合わせて衛は頭を下げた。


「わかりました!」


 あっさりとさえちゃんは了承してくれる。


「だから、説明しろと言ってるだろ」


 雫の方は納得いかないようだった。そんな雫にはやはり、


「雫、俺のためだと思って、黙って頷いてくれないか」


 人差指と親指で、衛は雫の顎を優しく持ち上げた。

 雫の瞳を見つめる。

 向き合った衛と雫の顔は、徐々に近づいていき…………。


「なっ――――」


 雫の顔が一瞬で真っ赤に染まった。


「いいか、雫?」


 微笑みながら、衛は囁く。

 対して雫は、口をぱくぱくとさせていた。


「……………………今回だけだからな」

「ありがと、雫。愛してる」


 勿論、家族愛である。それ以上はない。


「ばっ、ばか!」


 取りあえず一安心だろうか。

 後ろでさえちゃんが、「これが禁断の愛!」と言いながら騒いでいるけれど気にしない。雫が「誰にも言うなよ!」と言いながら騒いでいるけど気にしない。…………いや、だめだろう。


「これは家族愛――」

「きゃぁ~~~~」


 発狂したように飛び跳ねて興奮するさえちゃんに、衛の声はいとも簡単にかき消された。


 ……まぁいいか。


 とにかく季理に会わないようにして教室に戻らなければならない。

 靴を履き替えていなかったのが失敗だった。が、優等生の季理のことである。予鈴前には教室に着いているだろう。


 優等生か……。俺には息苦しくて無理そうだ。


 そんなことを考えていると、またしてもさえちゃんの声が耳をついてくる。

 いろんな意味で上がってしまった雫とさえちゃんの熱を、予鈴が鳴るまで衛は必死に冷ましていた。



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