◆ストーカーの性
昼休み。
王子と肩を並べて衛は購買部に向かっていた。
「そういや衛、あれはやばいって」
王子から呆れ気味に告げられた。
「やばいってなにがだよ」
予想はついていたが、すっとぼけてみる。
溜息交じりに王子が口を開いた。
「わかってて聞き返してるだろ。向井の脚を見ようとしてたやつだよ」
「ばれてたか……」
失態だ。
気付かれないようにと限界まで眼球を横目にさせていたのだが、その苦労も水の泡だった。
「俺からは丸見え。もうやめとけよ」
衛はぐっと右こぶしを握る。
「次は失敗しない」
「またやるのかよ!?」
「ダメかな?」
「俺に聞くな!」
まあ、許可が下りなくても勝手にさせてもらうけれど。
「ったく……日野さんがペンを落とさなかったら、ぜって~やばかったって」
「そ、そうなのか……。日野に感謝しないといけないな」
本当にお礼をしたとしても、日野楠葉はなんのことだかわからないだろう。
かといって詳細を話す気はないが。
話しているうちに食堂に着いた。
食堂の広さは教室が三つ並んだ程度だ。
わりと広々としているが、一度足を踏み入れると熱気が伝わってくる。
大勢の生徒が、食糧を確保しようと購買部前でひしめき合っているのだ。
そんな群衆が蠢く中から、ふらふらと拙い足取りで女の子が姿を現した。
楠葉だった。
焼きそばパンとカレーパンを胸に抱いて、衛の横を通り過ぎていく。その際、カーテンのようにかかった前髪の、奥にある瞳がこちらを見ているような気がした。
「焼きそばパンとカレーパンの二つかよ……すげえ」
その二つのパンは秀泉高校の購買部でも大人気で、売り切れる可能性が高い。それをあんなひ弱そうな楠葉が、人ごみの中を進んで購入したのだ。
衛はたまらず感嘆する。
「今日は俺が行こう。王子、何が欲しいか言え」
「お、おい。大丈夫なのか?」
いつもは衛の分も王子が買ってくれている。
だが先ほどの楠葉に衛は感化されてしまった。
あの今にも倒れそうな楠葉でさえいけたのだから、自分にもいけるはずだ、と。
「任せとけ。とっておきの技を使うから、問題なく購買のおっちゃんのところまでいけるはずだ」
「じゃあ、チョココロネとあんぱん頼む」
王子は甘党だ。
甘いものを食べているときは頬を赤らめ、逆に辛いものを食べると眉がつりあがる。なんとも不思議な生き物である。
「おっけ、いってくる」
まず、衛は体格のよさそうな人を探した。
大男を発見。
次に、その大男をぴったりとマークした。
大男は群集を掻き分けていく。大男の背中に吸い付くように衛は後をつける。
これまで培ってきたストーカー術が、今、活かされていた。
後方から「おおぉお」と王子の声が聞こえてくる。だが、それを最後に衛の耳には音が入らなくなった。それほどまでに神経が研ぎ澄まされているのだ。
そうして大男の後を追い続け、やっとのことで――――、
「買わずに戻ってきてどうすんだよ!」
「あれっ!?」
意識を周囲に向けるとそこは購買のおっちゃんの前ではなく、もとのスタート地点だった。
衛が目印にした大男はというと、パンを買い終えてスキップしながら出口に向かっている。恐らくとも言わず、お目当ての品を買えたのだろう。
それに比べて衛はUターンをしただけだった。
大男の後をつけることだけに集中しすぎて、他に意識が向いていなかったらしい。
呆れる王子を見て、自分が情けなくなってくる。
「ったく……俺が買ってくるよ。いつものでいいな?」
いつもの、とは焼きそばパンとカレーパンだ。
秀泉高校に入ってから、いつもその二つを買って食べていた。
「ああ、わりぃ」
落胆しながら衛は王子に謝った。
気にするなとばかりに片手を振った王子が、早速群集の中に飛び込んだ。ぐんぐん進んでいく。王子が購買のおっちゃんまで到着するのに、そう時間はかからなかった。
さすが王子。いつもながら逞しい。
今日も、衛は好物の食料にありつけそうだった。