◆ストーカー的プロローグ
ブロック塀で囲まれた、車一台が通れるほどの街路。
横道と電柱の多い道だった。
そんな中、一際目立つものが今、ある少年の瞳に映っていた。
初秋の淡い陽の明かりを受け、なめらかな表面に艶を持った白のサイハイソックス。それに包まれたしなやかな太腿には、僅かな起伏が生み出されている。
少年にとってそれは、まさに究極の美だった。
放課後、少年はある女性の後をつけていた。
女性は白の長袖シャツに赤と黒のチェック柄プリーツスカート、といった衣装。
少年が通っている秀泉高校の女子制服だ。
彼女の名前は向井季理と言う。
軽くウェーブがかかった亜麻色の髪が背中にかかっている。
身長は百六十四・五センチメートル。スリーサイズは上から八十六、五十六、七十八。靴のサイズは二十三センチメートル。
向井家の住所は菖蒲市氷ヶ丘四丁目二○五八番地。
学校から徒歩で十五分程度の所。
俺は、彼女のことなら何でも知っている……。
季理の履いたローファーが、ひと気の少ない街路に音を響かせる。
足音は一人分。
正確には二人なのだが、少年の足音はほぼないと言っていい。
少年にとって足音をたてないことなど朝飯前なのである。
一年と半年ほど季理の後をつけた経験からか、熟練の域に達していた。
なぜ季理の後をつけるのか。
それには理由があった。ただ、その理由は色々と不当なのだが――。
突然、季理が足を止めた。
咄嗟に少年は滑るようにして近くの電柱の陰に隠れた。
電柱に背を向ける。
ただ立っているだけでは身体が収まらなかった。
両手を天に思い切り伸ばし、身体の線を無理やり細くする。意味もなく爪先立つ。伸ばした両手でスクールバッグを持ち上げる。
全身がぷるぷると震える。
傍から見ればただの変質者だが、今は気にしている余裕などなかった。
もしかして気付かれたのだろうか、と少年は焦る。
様子を窺うために必死に首をひねる。
首がもげそうになるが、それでもひねる。
そうしてやっと季理の姿が覗き見えた。
季理は、振り返って辺りを見回している。
白磁のような肌に、切れ長の目、長い睫毛。加えて、楚々とした可憐な風情を醸し出す上品な薄い唇。極めつけには、彼女のシャツを盛り上げる程よい大きさの胸。
完璧である。
思わず涎が出てしまいそうになるのを少年は必死に堪えた。
そう、少年が季理の後をつける理由とは、ただ季理の美しさに惚れてしまったためである。
「…………」
眉をしかめながら季理が首を微かに傾けた。
背後に誰かがいると思って振り向いたものの、人っ子一人見つからなかったのが不思議だったのだろう。
数拍の後、季理はまた歩き出した。
足音が鳴り出すと同時に、少年はほっと安堵する。
だが休んでいる暇はない。
すぐに季理の後を追う。
こんなことを繰り返しながら、少年はいつも季理の後をつけている。
しかし、つけるのは家までだ。
それ以降は何もせず自宅に戻る。
嫌がらせもしないし、怖がらせもしない。
ただ後をつけるだけだった。
少年の名は笠羽衛。
立派なストーカーである。
ストーカー、ダメ、絶対。