シャルルのひとりごと (※)
再従姉セリアの代わりに留守番役を務める事となった。
オランジュ伯爵邸に滞在し、勇者仲間の活動を支援し、王宮等勇者の後援組織と連絡をとりあい、諜報機関からあがってくる情報を吟味し整理する。主だった仕事は、それぐらいだ。
私が勇者の補佐役に就いた事は、まったくの成りゆき。
美しい狩人のお嬢さんに笑顔をさしあげたかっただけなのだが……
思いもかけぬことが、未来へと繋がるものだ。
勇者が魔王に勝利するのは、必然。王国にその未来を疑う者は居ない。
しかし、残念ながら、魔王戦前後、人心は惑わされやすい。暴動等の社会的混乱はありうる。
勇者と魔王が激突したが為に災害が発生した例も多々ある。地震、火山の噴火、暴風、落雷、雹、水害……
暴動鎮圧及び災害対策の為の軍の配備・備蓄が進められ、各領主も自領の自衛準備に追われている。ここしばらく、アンヌ様も女伯爵としてご多忙な日々を送られている。
何らかの形で、私も貴族の義務を果たしたく思っていた。
しかし、にわか士官になったとて、私にふさわしい働きどころなど得られまい。
又、荘園の守護に私が乗り出すのも無粋だ。侯爵家嫡男の私の介入は、管財人の下で完成されている命令形態をいたずらに混乱させるだけだろう。
有事こそ泰然とし、家人・領民の範となれ。
父の教えに従い、常と変らぬ日々を過ごしてきた。
セリアの代役に就けたのは、幸運だ。
勇者への援助は、国家への奉仕に等しい。許婚ジョゼフィーヌ様のお役にも立てる。
私にふさわしい仕事だ。
ジャン君達が魔界へと旅立ってすぐに、私はその仕事を完璧に全うする為に活動を開始した。
* * * * * *
●初日(魔王戦は四十六日後)
ニーナ様と共に、発明家ルネさんの自宅を訪問した。
「セリアの記録を読みました。英雄世界の方々の為に、武器を開発なさっておられるのでしたね。戦闘素人ばかりの十三人が、魔王戦で戦力となるか否かはあなたの発明次第。あなたの発明武器が、魔王戦の勝敗を握る鍵となるでしょう」
ルネさんの武器開発を、セリアはやや軽視していた。が、誰しもが扱える強力な武器が有れば、魔王戦は優位に進められる。最も力を入れ援助すべきは、武器開発だ。
発明品を拝見したいと願うと、ルネさんは『私の発明品に注目なさるなんて、さすがシャルル様。お目が、高い!』と、たいへん上機嫌になられた。
魔王戦用武器、試作品、失敗作の残骸及び設計書を見せていただいた。
ジャン君が試し撃ちをした後なので、開発中の武器の問題点はだいぶ浮き彫りとなっていた。
「『最終兵器ひかる君』が爆発をしたのは、魔法炉が暴走した為です。摂取エネルギー圧縮上限を五十分の一に設定すれば魔法炉は安定するんですが……その程度のエネルギーでは樹木一本を消すのが関の山。あまりにもショボすぎます。派手で奇抜で大ダメージでなければ『最終兵器』の名前が泣きます!」
発明品リストや設計書に目を通し、話を伺えば伺うほど、感心してしまう。
発明家ルネさんは、実に新鮮な女性だ。
常時、フルフェイスのヘルメットを被り、ロボットアーマーを装着している。
たいへん独特なスタイルを貫いているが、最も注目すべきはその頭脳、次いで熟練の開発技術だろう。
魔法工房に弟子入りした経験もなければ、大学で専門技術や知識を習得したわけでもない。
しかし、彼女は革新的なアイデアをもって、多方面、多岐に渡る発明品を、実に短期間で完成させてきたのだ。
このような天才が世に埋もれていたとは、驚きだ。
魔術師学校で得た知識をもとに、助言をさしあげた。
「炉内が減圧せず暴走するのは、弁の構造上の問題です。使用済み魔力排出口を拡張し、炉内を安定化させるべきでしょう。市販の魔法炉ではなく、魔法工房に特注品を依頼してはいかがです?」
「それはそうなんですが……外注するには、問題が三点ありまして」
一、予算。
二、納期。
三、サイズとのこと。
問題の一と二は、限られた予算で魔王戦までに完成品を作らねばならない為。
問題の三は、ルネさんがインスピレーションで発明をしている為だ。
「作っているうちに、何となくフィーリングで、どのパーツがどれぐらい必要か決まっていくんです。設計書通りってめったにないんですよー 設計書段階で依頼しても、絶対、完成品に適合しませんね」
「わかりました。ならば、せめて選択の幅を広めましょう。我がポワエルデュー侯爵家が後ろ盾となっている工房や魔法道具屋に、さまざまなサイズの魔法炉を提供させましょう」
「え? いいんですか?」
「お気になさらず。勇者とその仲間の方に協力するのは、臣民の義務ですから……それから、助手も四〜五人手配しましょう」
「え? 助手ぅ?」
「魔王戦まで四十六日。家事や素材の買い付け或いはネジ巻き等の単純作業に、あなたの貴重な時間が奪われるなど国家的損失です。あなたのような優秀な方は、あなたしかできない仕事に専念なさるべきです」
「ああああ、今の言葉、是非、もう一度! シャルル様、ほんとの、ほんとに、本気でそう思ってらっしゃるんですね? 私が優秀だって! 私を支援したいって!」
ロボットアーマーの女性が、作り物の手をぐっと握りしめ、私へと迫る。実に真剣な声だ。
正直に返答した。
「間違いありません。あなたは百年に一度、現れるか現れないかの逸材……天才です。魔王戦後、ポワエルデュー侯爵家も後ろ盾に加えていただきたいところだ。あなたのような天才を援助することこそ、貴族の喜びです」
「魔王戦の後じゃなくて、今すぐはできませんか? お金が足りなくって、いろいろ没にしたアイデアもありますし、助手に支払うお金もまったく」
「なるほど。助手の雇用費は侯爵家が持ちましょう。開発費も……そうですね、私の個人資産から用意します。今は有事ですので微々たる額しか出せませんが、三百万ぐらいでしたら明日にでも」
「スポンサー ゲットぉぉぉぉ!」
ヘルメットから、あまり女性らしくない野太い声が響いた。
「ありがとうございます! シャルル様! 私、がんばります! どうぞ末永く私をご援助ください! 私の発明はどれも最高です! 決して後悔させませんよ!」
ルネさんがどんどん詰め寄って来る。興奮しているのだろう、やたら力んだ声をあげている。
たいへんいかめしいロボット・アーマーが、至近距離に接近した……と、思って間もなく、意識を失った。
●二日目(魔王戦は四十五日後)
目覚めると、オランジュ伯邸だった。
《おにーちゃん、いたいとこない?》
何故か寝台には、ニーナ様がいらっしゃった。共寝をした覚えは無いのだが。
幽体であるニーナ様は全身が真っ白だ。小さなお体もお顔も、髪も衣服も目も、何もかもが白い。
ニーナ様の子供らしい愛らしい顔に、笑みが浮かぶ。
《だいじょうぶそうだね、良かった》
抱きついていらしたかわいい方を、そっと抱いてさしあげた。
じきに、女伯爵アンヌ様とルネさんが現れ、私に謝罪した。
ルネさんはロボットアーマーを脱いでいた。肩の所で切り揃えられた黒髪、大きな瞳、ふっくらとした頬。まるで十代の女性のような幼い顔は青ざめ、質素な薄茶のドレスをまとうややふくよかな体は小刻みに震えていた。
昨日、私は圧死しかけたらしい。
ルネさんが、私の上に転倒したのだ。
セリアによれば、ロボットアーマーの総重量は乳牛並だ。完全に下敷きになっていたら、即死もありえた。
ルネさんがとっさに腕をついてくれたこと、そして、ニーナ様がお側にいらしたことが、私を救ったようだ。
ニーナ様に神秘のお力がおありなのは、承知していた。遊び相手をつとめる間に、瞬間移動、物質転送、物質浮遊、透明化などを拝見してきた。
しかし、手も使わずにロボットアーマーを持ちあげ、負傷した私をたちどころに癒すほどのお力をお持ちとは意外だ。
一流の魔術師且つ僧侶並のお力だ。
「申し訳ありません、シャルル様。私の判断で事故は内々に処理いたしました。ルネの罪は明らかですが、これは勇者の仲間、魔王戦に必要な人物です。魔王戦後まで、どうぞこれのご処分をお待ちください」
アンヌ様につづき、ルネさんも謝罪する。
「すみません、シャルル様! 本来なら死んでお詫びをすべきなのですが、私は、今、武器開発という使命の真っただ中なんです! 魔王戦の後、ちゃんとケジメをつけますから、今しばらくご猶予を!」
ルネさんは、入室してからずっと頭を下げたままだ。もう何度となく謝罪の言葉を口にしている。
平民が貴族の嫡男を殺害しかけたのだ。事を荒立てれば、ルネさんには終身刑以上の重い罰が課されるだろう。
だが、むろん、私はそんな事は望んでいない。
「もう結構です、どうぞ頭をおあげください、アンヌ様、ルネさん。転倒しかけていた女性を支えきれなかった己の非力さを恥じこそすれ、お二人を責める気はございません。あれは、ただの不幸な事故。それを事件としなかったアンヌ様のご判断は正しいと存じます」
アンヌ様に対し、微笑んでみせた。極上の笑みをつくって。
「ルネさんは、ジョゼフィーヌ様の兄君のお仲間。ならば、ジョゼフィーヌ様の許婚の私にとっても身内も同然です。不必要に騒ぎ立て彼女の立場を悪くする事などいたしません」
オランジュ伯爵は、美しき老婦人であり、貴族の義務に忠実な方。許婚の祖母。困らせる気などない。
「また、ルネさんは稀有な天才。その才を牢獄で朽ちさせるなど、あまりに惜しい……今まで通り、発明に専念してもらいたい」
ルネさんが何度も何度も、私に感謝の気持ちを伝える。
真の才能があり、愛らしい方。
そのような方から敬意を払われるのは、心地よい。
ポワエルデュー侯爵家に使いをやり今日中に援助金を用意させると伝えると、ルネさんは興奮し私に抱きついて来た。
純粋で情熱的で、子供のような方だ。
今日は良い選択をした。
●三日目(魔王戦は四十四日後)
昨日に引き続き、書類の整理をしながら、ニーナ様のお相手をつとめる。
諜報組織からあがる情報は、現在の王国の情勢、魔王城付近の現状、ジャン君の仲間候補の女性データ等々だ。
仲間候補の資料は、美しく且つ戦闘力が高いと評判で、ジャン君と面識のない方々のもの。
呪術師、魔法剣士、女海賊、蛮族戦士……
一応の候補はあがっていた。が、候補者の数は少なく、魔王に対し117万相当のダメージが出せるか疑問な方ばかりだ。
ジャン君は、この世界では既に仲間探しを終えている。実力者とされる方々を仲間とした後なのだ、人を更に増やすのは難しかろう。
十二の世界を巡って、ジョブ被りの無い女性を百人仲間とし、それぞれに一回のみ攻撃させ、魔王を倒す。
ジャン君に対し神から与えられた託宣は、過酷なものだ。
しかし、それでも……
私は彼を羨んでいる。
勇者である彼は、魔王復活のこの有事の主役。
一平民によって、世界が救われるのだ。
再従姉のセリアの影響で、私も百人の勇者についてかなり詳しい知識を持っている。
我がポワエルデュー侯爵家とボーヴォワール伯爵家は親しい間柄。夏の休暇を共に過ごす事も多かった。
知的で美しい年上の再従姉は、私の初恋の相手だ。遊びをねだる年少者……私やシャルロットに、セリアは勇者の冒険物語をよく語ってくれた。普段はツンと澄ました彼女が、勇者の活躍を語る時だけは熱い口調となり夢見るような笑顔となるのだ。私は美しい再従姉を喜ばせたくて熱心に話を聞き、話題を共有したいが為に進んで勇者物語を読んだ。
やがて、セリアは宗教考古学に情熱を傾ける勉学の徒となった。夏の休暇に顔を見せる事はなくなり、彼女が大学に進学する頃には残念なことによそよそしい関係となってしまった。
だが、私の勇者に対する関心だけは残った。
セリアへの気持ちが美しい思い出となった後までも。
今世の勇者見習いが、私と同い年の少年と伝え聞いたのは何時の事であったか。
その日から私は、見習いの少年に対し羨望を抱いてきた。
歴代勇者は、ほぼ七割が異世界からの転移者であり、この世界出身の者はわずか三割。貴族階級の者は更に少なく、五名しか居ない。
勇者の多くが、貴族階級とは無縁なのだ。
国を守り戦うのは、王侯貴族の義務であり矜持。
勇者は王侯貴族階級から輩出されるべきではないか?
理性ではわかっている。
勇者は神意によって選ばれる。出身階級に拘泥するなど愚かしいと。
しかし、釈然としないのだ。
許婚候補の中からジョゼフィーヌ様を選んだのも、勇者の義妹である点に惹かれたからだ。
貴族の結婚は家同士の決めごと。恋愛とは無縁だ。持参金付きの花嫁であれば誰でも良い。
しかし、一生の伴侶なのだ。結婚に多少なりともロマンを感じたく、ジョゼフィーヌ様との婚約を望んだ。
広大なオランジュ領の相続人であり、社交界に顔を出されないジョゼフィーヌ様。
面識もないまま話は進み、婚約の場で初めてジョゼフィーヌ様とお会いした。
その美しさに、驚いた。
絹糸のように美しい黒髪、清楚で可憐な顔立ち。白いドレスの似合う上品さ。自分を押し出さぬ、控え目な立ち居振る舞い。
野に咲く可憐な花のような方だった。
一目で恋に堕ちた。
たいへん内気で私とまともに会話できない幼さすらも、愛しく思えた。
しかし……
ジョゼフィーヌ様が、唯一、楽しそうに話されるのは義兄との思い出で……
勇者の過去が伺えるのが嬉しい半面、不快さは募ってゆくばかりだった。
ジョゼフィーヌ様から慕われ続けている、勇者に選ばれた男。
思い出話の中では、勇気があり、優しく明るい、大らかな人物だった。
だが、それは、ジョゼフィーヌ様によって美化された義兄像であった。
ジャン君に初めて会った時は、失望した。
容姿は平凡、魔力はなく、知的でもなく、品もなかった。戦闘技能が高いようにも見えなかった。
ただの庶民だった。
『こんな平凡な男が勇者でよいのか?』と、正直、呆れもした。
けれども、その後の彼を見れば、彼は確かに勇者のようだ。
託宣をかなえつつある。
次々に女性を仲間にし、尊敬と愛情を得ているのだ。私が知る限り、皆、美しく魅力的な女性だ。
セリア、ニーナ様、マリー様、サラさん、アナベラさん、ルネさん、パメラ嬢、カトリーヌ嬢、イザベル嬢……
異世界で増やした仲間も含め五十三人も、すすんで彼の仲間となったようだ。
勇者ゆえの格が、女性を惹きつけるのだろうか?
学問にいそしんできたあのセリアすら、ジャン君に夢中なのだ。
ジャン君は勇者だ。それだけで勇者好きのセリアから好意を持たれる。だが、その半面、人物を評価する採点も厳しくなっているはず。勇者らしくない人間など、セリアが認めるはずがないのだ。
私には感じられないが、ジャン君には勇者らしいカリスマ性があるのかもしれない。
不愉快ではあるが……勇者は勇者。
貴族として、ジョゼフィーヌ様の許婚として、セリアの再従弟として、ジャン君の魔王討伐には協力しよう。
●四日目(魔王戦は四十三日後)
諜報組織からの中間報告だ。
盗賊リーズ嬢と戦士アナベラさんの遺跡発掘の旅、獣使いパメラ嬢の旅、占い師イザベル嬢についてだ。
リーズ嬢達は現在、東の遺跡群を探索中とのこと。
パメラ嬢は、獣使い屋の師匠の故郷に招かれていた。獣使い達の結託が強い為、里の中の様子は不明だ。
秘儀の伝授か、魔王戦用の獣の貸与の約束か、幼獣を譲り受けたか……そんなところだろう。
パメラ嬢の帰途後に旅の出来事を伺いたい。
質問は、ニーナ様にお願いするとして……
いや……
特定の人間しかパメラ嬢と話せない今の状況は、たいへんよろしくない。意志疎通の効率が悪すぎる。
パメラ嬢との会話が成り立つよう、工夫すべきだ。
準備を進めておこう。
イザベル嬢の占いの館は、彼女が天界に赴いた日よりずっと閉店したままだ。
『旅行に行く』という連絡もあった。
しかし、彼女が都を出た形跡はない。
イザベル嬢は、精霊支配者だ。配下の精霊に命じれば、空中浮遊も移動魔法も可能だ。諜報組織では調べられぬ方法で移動した可能性は高い。
けれども、何処へ何の目的では依然不明だ。
イザベル嬢とは、一度、ゆっくり話してみたいものだ。
セリアは彼女に悪印象を抱いている。が、それは占い全般が嫌いな為だ。
イザベル嬢はたいへん魅力的な胸の……あ、いや、容姿の朗らかな女性だ。
そして、ミステリアスな占い師。
心を推し量りづらい方だが、ジャン君を見捨てるとは思えない。
必ず戻られるだろう。
占いの館への監視及び情報収集の続行を依頼した。
●五日目(魔王戦は四十二日後)
勇者一行あてに届いた郵便物をチェックしていると、意外な差し出し人の手紙があった。
「シャルロット……?」
私の妹から、サラさん宛てに手紙が届いていた。
魔術師学校代表となったサラさんに、妹は魔術師の杖とローブを贈っていた。
しかし、学年も違い、とりたてて仲が良かったわけではない。文通するような間柄ではなかったはずだ。
「………」
何かがひっかかった。
しかし、何が気になるのか、私自身わからなかった。
サラさんは、ジャン君の幼馴染。ストロベリーブロンドの、顔だちの美しいお嬢さんだ。
初級魔法すら使えなかったのだが、今では炎魔法においては一流の実力をお持ちのようだ。
何故、シャルロットから手紙が届いたのか?
二人の間に、何かがあったのだろう。
「………」
私は私の勘を信じる。
セリアの日記を読んだのも、落ち度からではない。真実がわかると感じ、あえて読んだのだ。
シャルロットからの手紙は、しばらくこのまま手元に置く事とした。
私は手紙をしたため、オランジュ家の従僕に預けた。急ぎ妹に届けるよう命じて。




