魔界へ
お師匠様とセリア、それにマリーちゃんと、何故かシャルルを加えた四人がテーブルを囲む。
魔法陣反転の法について、話し合っているのだ。
マリーちゃんは魔界行きには反対のようだが、PTの意向を酌み、聖職者ならではの助言、旅を安全に進める為のアドバイスをしているようだ。
シャルルは魔術師として同席している。魔術師学校始まって以来の天才は、かなり特殊な魔法の書まで暇にあかして読み耽ってきたらしい。魔法の知識が豊富なんだ。魔界行きの呪文として伝わっているものの不完全さを力説し、呪文の一部書き換えを提案しているようだった。
そんな中、オレが何をしているかというと……
《あたしが三体動かすから、おっかけて。おにーちゃんが鬼ね》
クマのぬいぐるみを背中に紐でしばりつけ、ニーナが空中浮遊で操る三体のクマのぬいぐるみを追っかけていた。クマの鬼ごっこだそうだ。
全員での話し合いが終わると同時に、ジョゼは部屋から飛び出て行った。『雷神なんとかピッカリ拳』を習得する為に。
サラもマリーちゃんに後でお時間があったらご指導をお願いしますと一声かけてから、出て行った。魔法修行をしに行ったのだろう。
イザベルさんは、用事があるとオランジュ伯爵邸を出て行った。
そして、オレは……ニーナと遊んでいるわけだ。
こんなんでいいのかなあとも思う。
しかし、頭脳労働は無理だ。
剣修行もしないよりは、した方がいい。だが、剣の修行は十年積んできた。オレ流の剣術はできている。これから毎日修行しても、劇的に変化する事はないだろう。
気分ばかりが焦る。
四十七日後が本番だ。
その日に備えてしておくべき事がわからないのだ。
ナンパ以外、オレの働きどころはないのか?
旅と旅との合間に、せめて気がかりなことを解決できりゃいいんだが……
お師匠様には、いろいろ聞きたい事がある。フォーサイスの事、賢者を退いてからどう生きたいのかとか、とても気になっている。
けど、お師匠様は『魔法陣反転の法』についてセリア達と検討するのに忙しいのだ。邪魔はできない。
雷の精霊レイとも話をしたいんだが、修行に夢中な義妹の妨げになってもいけないし……
やれる事が何もない……
あ。
あった。
遺言状。
まだを書いてなかった。オレがチュド〜ンしちゃった場合に備え、ジョゼ達の為に遺言を書いとくつもだったんだ。
あと四十七日だし、書くか。
《おにーちゃん!》
ニーナの声が頭の中に響く。
白い幽霊がほっぺをふくらませて、オレを睨んでいた。
《つまらない?》
ニーナが操っていた三体のぬいぐるみは床に落ちていた。
《あたしとあそぶの、そんなにつまらない?》
「ごめん……」
オレがうわのそらで付き合っていると、ニーナにわかってしまったようだ。
「ごめんな、ニーナちゃん」
オレは頭を下げた。
「遊ぶからには徹底的に遊ぶ。一緒に楽しい時間を過ごす……それが友達だよな。オレが悪かったよ、もうこんな事はしない」
ニーナはまだちょっと不機嫌そうだ。
《どうしたの?》
「焦っちゃったんだ。何かやれないかなあって……」
ふぅと溜息が漏れた。
「魔王戦まで四十七日だからさ、みんなの為に働くとか、それなりの準備をしたいんだ。けど、やりたい事をそのまんまやったら他人に迷惑かけちゃいそうだし……今、これをやっておくべき! ってのが思い浮かばないんだよ」
《おにーちゃん、しゃがんで》
言われた通りにしたら、頭をナデナデされた。
《いいこ、いいこ》
ちょっ!
ニーナがにっこりと微笑む。
《ずっと前にね、神父さまに聞いたの。なにもできない時はね、あせっちゃいけないんだって。神様が与えてくれたお休みの時だと思って、愛するものを愛し、心おだやかにすごすのがいいの。いい子にしてたら、いい事があるんだって》
生前、聖教会で聞いた言葉なのか。
《だからねー あたしね、アンヌをまっていられたの》
胸が痛む。
友人が訪ねて来てくれるのを、ニーナは五十年以上待っていたのだ。
《まってたから、おにーちゃんに会えて、ここにこられたんだもん。神父さまの言うとおりだった》
「ニーナちゃん……」
《おにーちゃんも、今はお休みの時なんだよ。あせっちゃだめ。いい子にして、ゆっくりしよう》
ちょっぴり涙が出そうになった。
ニーナの方がずっと辛い時を送ってきたってのに……
ニーナに泣きごとを漏らすなんて情けなさすぎだぞ、オレ。
「わかった、オレ、今はお休みなんだよな。ニーナちゃん、遊ぼうか! 心ゆくまで休みまくるぞ!」
《わ〜い♪》
「勇者様、お休みだったのですか!」
背後から元気のよい声がかかった。
振りかえると、フル・ロボットアーマーの人がたたずんでいた。
あれ?
ルネさん?
機械音なんかしなかったのに?
ガシャンコ、ガシャンコうるさいルネさんが来れば、一発でわかるのに。今まで気づかなかったよ。
「それは良い事を伺いました! 是非、試作品のテストにつきあってください! ニーナさんもよかったら見学にいらっしゃいませんかー?」
ルネさんがオレの側へと更に近寄って来る。が、まったく音がしない。床を踏む音すらも。
「どうかなさいましたか、勇者様?」
「いや、ずいぶん静かだなあ……と」
「そこに注目なさるなんて、さすが勇者様。お目が、高い!」
いや、誰だって気づくでしょ。そのロボットアーマーは空を飛ぶと雷みたいにうるさいし、歩くだけでもシンバル並のやかましさだったんだから。
「ドラゴンにふみつけられてもへっちゃらな強度! 背中には、魔法機関のロケットエンジン! 城壁すら一撃で粉砕する鉄の拳! 私の最高傑作のひとつ、フル・ロボットアーマー『迷子くん』ですが、」
ああ、そうか……このロボットアーマー、どこで迷っても安心の迷子用装備だったっけ。忘れてた。
「唯一、騒音という欠点がありました」
唯一……?
「ご近所さまから騒音苦情件数がうなぎのぼりだったので、消音フィールドをつけてみたんです」
ロケットエンジンと関節部位の周囲に、薄い結界が張られている状態で内部の音が外に漏れないのだそうだ。それを付けると販売価格がかなり上がってしまうが、仕方ないとルネさんは言う。
「ご近所づきあいは大切ですからー 私のかわいい発明品達のせいで、夜も眠れないとか、耳が悪くなったとか、イライラで夫婦喧嘩が絶えないとか、あっちゃいけませんもの! 発明は生活をより豊かにし、みんなに笑顔を運ぶ為にあるんです。愛される発明品の製作を、私は心がけています!」
そういう信念があったのか。
「オレにつきあってもらいたいテストって?」
「英雄世界の方々向け武器の試し撃ちです!」
ルネさんが元気よく答えた。
「まずは『最終兵器 ひかるくん』! 光粒子砲の予定でしたが、諸事情によりブラックホール砲となりました。何でも吸い込む、圧縮弾をぶっ放すんです」
はあ。
「それから、『めがとんパンチくん』! 人間程度の強度のものなら一撃でぺっしゃんこです! それと『ドリルなパンチくん』! ドリルパンチです、ドリルパンチ! 発明のロマンです! 城壁にも山にもトンネル掘っちゃいますよー それからそれから『一九九×年トーキョー』あらため『ラグナロクくん』。何だかよくわからないけど爆発して、国中を向こう百年草一本生えない焦土にしてしまうというスグレモノで……」
ちょっと待て!
どこが、愛される発明品なんだ!
ニーナが見たい! ってせがむんで一緒にルネさん家に行った。
テスト会場は、ルネさん家の地下深くの、英雄世界のビルが入りそうなほどだたっぴろい空間だった。壁はルネさん作の特殊加工壁だそうで、ドラゴンブレスでも大丈夫な強度なのだそうだ。ドラゴンを見た事ないくせに、ドラゴンを例えに使うの好きだよなー
精霊を全部呼び出したオレ、フルロボットアーマーの上に更にプロテクターをつけたルネさん、ニーナ。三人で実験は行われた。
一つ試す度に上階に昇り、次の武器を持って来るという非常に効率の悪いテストだったが……
やってみてわかった。
そうしなきゃ、危険なんだ。
やたら爆発するんで。
ひどいのになると、引き金に指をかけただけでドカーン。
テスト会場中に爆発の余波が広がるものまであった。
精霊達が物理・魔法結界を張ってくれるんで、オレは大怪我せずに済んだが。重装備のルネさんも幽霊のニーナも、無事なようだ。
《やったー!》
爆発する度に、ニーナは大はしゃぎ。
ルネさんは『ああ、やっぱりダメでしたかー 理論上は完成してるのですがー』などとケロッと言い放つ。
二十七の発明品のうち、爆発しなかったのは六つ。ルネさん基準で使い物になりそうなのは更に半分の三つだそうだ。
「ご協力ありがとうございました! 勇者様が被害者……あ、いえ、被験者になってくださったおかげで、私の『迷子くん』が故障せずに済みましたー ありがとうございます!」
今までは実験の度にフルロボットアーマーが壊れ、修理にも時間を費やさねばならなかったのだそうだ。これだけ爆発しやすいんじゃ、無理もない。
「がんばって新しい発明品を作っておきます! 又、今度つきあってくださいねー!」
オレは、ルネさんのお役には立てたようだ。
良しとしよう。
ルネさんの発明品に興味津々の雷の精霊エクレールとニーナは、置いてく事にした。明日、魔界に旅立つ前に帰還する事を誓わせてだけど。
夜なのでソワの移動魔法で、ルネさん家近くの闇から、オランジュ伯爵家の庭の闇へと運んでもらった。
オレ用の部屋には、さすがにもう人は居なかった。
オランジュ家の召使に頼んで遅めの夕食をもらう。
皿を下げてもらい、後は寝るだけとなった時……
何とも言えぬ嫌な気配を感じた。
オレは腰の魔法剣を抜いた。
オレの周囲を水のカーテンが覆う。マーイさんの防御壁だ。空気中の水分に潜み、常にオレを護衛してくれているマーイさん。マーイさんも敵意を感じとったようだ!
《愚か者。水では吾輩の攻撃は防げぬ。主人に似て頭の足りぬ精霊だ》
……すっごい可愛い声がした。
テーブルの上に、紫色の小鳥が居た。オレを見上げている。
《戦う気はない。面談だ。貴様、吾輩と話があるのであろう? わざわざ出向いてやったのだ、感謝せよ》
ジジイ口調なんだが……幼い子供のような、舌ったらずで、キンキンな女の子声なんだ。
めちゃくちゃ可愛い!
レイってこんな声だったっけ? 雷界でこいつがジョゼとしゃべってるの聞いた時は、特徴のない平坦な声だった記憶が。
《我が主人は可愛らしいものがお好きなのだ。この声も主人のお好みだ》
ジョゼの趣味か!
オレは剣を鞘に収めた。
「マーイさん、防御壁はいいよ。たぶん、戦闘にはならない」
水のカーテンは無くなり、代わりに黒い仮面で水色の髪と服の女性が現れる。水の精霊は、雷の精霊とは相性が悪い。だが、下がろうとはしない。いざという時には身を盾にしてでもオレを守るというかのように。
「ジョゼの側を離れていいのか?」
《我が主人はご就寝中だ。護衛用分身を置いてきたゆえ、問題はない》
小鳥のつぶらな瞳がオレを見上げる。
《ここ数日の貴様の思考は実に不快だ。主人と吾輩の絆を邪推するな、色ボケ》
む。
《放置しておくと、貴様、主人のいらっしゃる場所で吾輩に質問しかねないからな。答えにきてやったぞ。もう一度言う、感謝しろ、三流勇者》
ぐ。
見た目は可愛い。
声もちょー可愛い。
しかし、ムカつくぞ、こいつ。
「……来てくれてありがとう。その点は感謝する」
相手は精霊だ。オレの心の中なんか丸見えだ。嘘はつかない。感謝してるのは『会いに来てくれたこと』に対してだけ。それ以外は、オレはこの鳥に好意はない。
《では、嘘偽りなく、こちらも正直に話そう》
レイが尊大に胸をそらせる。
《貴様が思い描く恋愛とは別種だが……吾輩は主人を愛しておる。かなうのであれば、主人との間に子をなしたいと思うてもおる》
一瞬、頭の中が真っ白になった。
やっぱ、そうだったのか……
レイはジョゼに子供を産ませたいのか……
《かなうのであれば、だ》
フンって感じに、レイが嘴をそらせる。
《主人が貴様への恋心を捨て、身も心も吾輩のものになりたいと望まれた時にのみ子をなすつもりだ》
又、一瞬、頭の中が真っ白になった。
「え?」
今、何か信じがたいものを聞いたような?
あれ?
なんだっけ……?
小鳥の輪郭がボヤけ、その姿がムクムクと大きくなる。
テーブルには……
オレが居た。
テーブルの端に浅く腰かけ、両腕を組み、何とも冷めた表情でオレを見つめている。
《勇者のくせに、たいした力もない。頭は悪く、魔法も使えず、度胸もない。見目も悪いと言うのに……》
姿はオレだが、声は幼い女の子のもののままだ。
すごく似合わないんだが、今はそんな事どうでもよかった。
レイが大きな溜息をつく。
《貴様は義兄というだけで、我が主人に愛されておるのだ。悔しい限りだ》
そうだ……
オレは義兄だ……
だから、ジョゼはオレを慕ってくれて……
オレの顔が軽蔑の表情を浮かべて、オレを見る。
《我が主人が結婚したい男は、おまえだ》
ほんとうに……?
《貴様の鈍さにはいい加減うんざりだ。我が主人は繰り返し言っているはずだ。『愛しています』と》
『おおきくなったら、ジャンおにいさまの、およめさんになる……』
小さい頃のジョゼの口癖。オレの後をチョコチョコついて歩く、ちっちゃくってかわいい甘えん坊だった。
いいよと答えた覚えがある。昔、軽い気持ちで返事したんだ。
『愛しています、お兄さま……』
再会した時、ジョゼはそう言ったんだ。
十年経って、ジョゼは驚くほど綺麗になった。腰を覆うほどのまっすぐの黒髪、線が細くって、かよわそうで……ほわっと笑うのがとても可愛い。見るからに『お姫様』! って感じの白いドレスがよく似合うんだ。
『私……変わってません。昔と一緒です……お兄さまだけのジョゼです……』
だけど、オレは……
義妹と思ってきたんだ。
それ以上の感情は抱かなかったんだ。
《当初、主人との契約期限は魔王戦までであった。しかし、本契約前に、契約を変更していただいておる》
オレの姿のレイが、冷たい顔でオレを見る。
《主人が幸福となる姿を見届けるまで共に居る……それが主人との契約だ》
レイがオレに顔を近づけて来る。
《貴様が魔王戦で死したら、主人がその死から立ち直れる日まで吾輩が側でお慰めする。主人が望まれるのなら、男と女として、な》
オレの顔が口の端をつりあげる。
《魔王戦に生き延びても、同じ。貴様が主人を真の伴侶とせぬ限り、吾輩がいただく。その気になってくださるまで、共に居る》
「……ジョゼがおまえ以外の男との結婚を望んだらどうするんだ?」
オレの姿のレイが肩をすくめる。
《しばらく滞在し、その結婚が真に幸福なものか否か見定める。幸せとなれるのであれば、精霊界に還る》
皮肉な笑みを刻んでいたオレの顔が、少し優しそうなものとなる。遠くをみやる目は、この場に居ない女主人を見つめているようだった。
《吾輩の望みは愛する方の幸福だ。理解しやすい表現で言ってやろう、『魔王戦が終わるまで、吾輩は手は出さない』。主人の純潔も守る。主人を義妹としてではなく女性として愛しておるのなら、本命にせよ。ならば、吾輩はあの方に何もせず精霊界に還る。今のあの方には、貴様と結ばれる事が至上の幸福だからな》
気づいた時には、レイは居なかった。
紫の小鳥もオレそっくりの男も、何処にも居なかった。
《ご主人様、もう夜も更けました。明日から魔界に向かわれるのでしょう? どうぞお休みください》
水の精霊マーイさんに促されるままに、オレはベッドに入った。
《眠りの魔法をかけましょうか?》
オレの身を案じてくれている水の精霊には、かぶりを振って答えた。
眠れそうになかったけれども、安易に『眠りの魔法』に逃げたくもなかった。
ジョゼの顔が頭から離れなかった。
明け方前には眠ったようだ。
マーイさんに起された時はベッドが恋しくてたまらなかった。が、どうにか朝食を食べ、旅支度を整えた。
仲間達が部屋に集まってきた。
「おはようございます……お兄さま」
ほわっと笑みを浮かべ、ジョゼがオレに近づいて来る。肩に紫の小鳥をとまらせて。いつもと同じ光景、いつもと同じ義妹。
だけど、どうにも正視できない。
「どうかなさいましたか……?」
オレはかぶりを振った。
「寝不足なんだ。昨日、寝付けなくって……」
「だったら」
ジョゼが悪戯ぽく笑う。
「虫さされのお薬をちょっぴり瞼に塗るんです……スースーして目が覚めます」
あ。
それって……
「まだ覚えてたのか、それ」
ジョゼの笑みがかわいらしいものになる。
「お兄さまが教えてくださったことですもの……忘れません」
「ガキの思いつきなんか忘れてくれよ……ンなの塗ったら、瞼が腫れちゃうぞ」
「今はやってません」
楽しそうに義妹が笑う。
義妹にしか思えない。
義妹だからこそ、世界で一番大切な女の子だったんだ。
レイにもシャルルにも渡したくない……
魔王戦まであと四十六日。
ジョゼがオレのことを真剣に思ってくれてるんなら、きちんと答えてやりたい。
口で伝えるか、遺書になるかはわからないが。
その日までに、オレも自分の気持ちとしっかり向かい合おう。
エクレールが戻って来た。
見送りの仲間は、ニーナとルネさんだけだ。
パメラさんは、獣使いの師匠と何処かに出かけているらしい。
イザベルさんから『旅に出ます。より良い星がみなさんの頭上に輝くよう、お祈りしておりますわ』というメッセージカードと、オレ宛ての手紙と親指ぐらいの小箱が届いていた。
手紙には『魔界を旅する間、お守りとなります。私と思って、肌身離さず身につけてください。中を覗いては嫌よ』と書かれていた。
イザベルさんからのお守りなら、絶対、効く。小箱は胸のポケットにしまっておく事にした。
小箱をイザベルさんと思えとの事だ。中は見ない。その中を覗くということは……イザベルさんの服の中を見るようなもので……服の中……見たいかも……いや! 絶対、見ない! 言いつけは守る!
当然のことながら、カトリーヌも現れなかった。当分、雲隠れする気なんだろう。
「勇者様、困ったなーという時にはこれです!」
ルネさんが、今回もオレの手にかなりデカい革袋を押しつける。
「私の発明品を詰めた、その名も『ルネ でらっくすⅥ』! 前回同様、新発明品は無しですが、すばらしい改良品を加えました!」
ジャジャーンとばかりに、ルネさんが中から発明品を取り出す。
「まずは、『萌え萌え注意報くん 改』! 警告音声がバイブレーターに切り替え可能となりました! 王宮でも図書館でも劇場でも、もー大丈夫! うるさいと怒られる心配はありません! どこでも携帯可能となりました!」
鼓膜が破れそうなほどうるさかったもんな、『萌え萌え注意報くん』。おかげで、男に萌えずにすんで助かったけど。
「つづきまして、少々、不評だったこちらの発明品も改良しました!」
ババーンとばかりに、ルネさんが中から発明品を取り出す。
「『悪霊あっちいけ棒 改』と『悪霊から守るくん 改』です!」
そ、それは……悪霊ノワールに対し、何の役にも立たなかったお祓い棒と守りの腕輪……
「魔界なら悪霊もウジャウジャかと思いまして! 前回はあまり効果がなかったみたいですが、今回は大丈夫! 聖書とお祓い本と悪魔祓いの漫画に加え、ホラー小説までバッチリ読んで、インスピレーションを得て作り直しましたから! 悪霊から勇者様を守れるはずです!」
その参考資料もかなりナニだが、インスピレーションって何だよ!
科学的根拠はゼロなのかよ!
絶対、ちゃんと動かないだろ、今回も!
魔界に行く、オレ、ジョゼ、サラ、マリーちゃん、セリアは、皆、聖なる布とか護符を身につけている。前回、天界へ行く時に使ったものの使い回しだ。
それに加え今回は、食料も持っていく。魔界の飲食物は危険なので、各自、一週間分の食料と二日分の水を携帯するのだ。
飲料水は、マリーちゃんやオレの水の精霊が生み出せる。いざとなれば、水の魔法剣を振って作ることもできる。なので少なめなのだ。
「……こちらの事は心配しなくていい。仲間探しに専念してくれたまえ」
シャルルは非常に眠そうだ。オレ以上に瞼が重い。そいや、朝が弱いんだったよな、こいつ。
ジョゼの右手の上に移動した紫の小鳥を見て苦笑を漏らし、お貴族様は、
「いつもあなたの旅の無事をお祈りしています、モン・アムール、お元気で」
と、ジョゼに投げキッスをした。
怒り狂って、つっつき攻撃をする紫の小鳥。
心の中のモヤモヤがちょっぴり晴れる……今だけは、レイを応援したい気分だ。
お師匠様が、『勇者の書 24――フランソワ』を物質転送で呼び寄せる。
「それほど長い滞在はしない。数日で帰還する予定だ」と、お師匠様。
「お気をつけて……賢者様、ジョゼフィーヌ様、セリア、マリー様、サラさん……と、ジャン君」
《おにーちゃん、おねーちゃん、またねー》
「私の発明品はどれも最高です。使ってみてくださいねー」
床に広がった魔法絹布の一番右端にあるのが、幻想世界への魔法陣。それから、精霊界、英雄世界、ジパング界、天界への魔法陣が並んでいる。
その左隣に、お師匠様は二十四代目勇者の書を逆さまに置いた。
セリアが聞き取りづらい声でブツブツと何かをつぶやき、手や足や首や体を動かしている。曲芸的な動きはないが、落ち着きが無く絶えず動いている。体のひねり方も何段階もあるようだし、呼吸や瞬きまで制限される。古代技法は、使用までがすごく大変そうだ。
「…… 様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。魔法陣反転の法!」
二十四代目勇者の書の下から、明るい光が広がり始めた。
魔法絹布に刻むべき魔法陣に、古代技法の力が作用しているのだろう。
「いつもと同じように、私の呪文の後に続け」
お師匠様が唱える呪文が、微妙にいつものと違う。助詞や語尾などの細かな変更もあれば、一文がごっそり変わっている場合もある。
間違えないように、ついてゆかねば。
魔王が目覚めるのは、四十六日後だ。
そんなわけで、お師匠様が魔法で開いた魔法陣を通って、オレは仲間達と共に魔界へと旅立って行った。




