ジパング界から (※)
《やっほー ジャン君、お久しぶり〜 伴侶五十人突破おめでと〜 君はやればできる子だって信じてたわよぉ》
ジパング界から帰還してすぐ、お師匠様が豹変した。
満面の笑顔というか明るい子供じみた顔になり、オレの肩をバンバン! と、叩いたんだ。
いきなり降りてくるなよ……
《決戦は四十九日後〜 残り四十八日で五十人でしょ? いけるいける。楽勝よね〜。おっけぇ?》
お師匠様がウインクをする。
共に帰還した仲間のうち、ジョゼとサラとカトリーヌが硬直している。
だよな、驚くよな。
お師匠様は普段、無表情だもん。
憑依されると、ギャップが大きいんだ。
ニーナが、きょとんとお師匠様を見あげる。オレの部屋で、クマさん一家とおままごとをしていたようだ。クマのぬいぐるみが四体になっている。
一緒におままごとをしていたドラゴンのきぐるみの人は、ビクンと怯え、ニーナにくっついた。動物的な勘で中身が違うってわかったのか……いや、誰だってわかるか。
マリーちゃんがお師匠様に対し、恭しくお辞儀をする。
「お会い、できて、嬉しいです〜 女神様に、おかれましては、本日も、光り輝かれて、おられますね〜」
《マリーちゃん! ん〜 かわいい!》
お師匠様がマリーちゃんを抱き寄せ、ほっぺにチュッチュとキスをする。
ちょっ!
《キミとこうして話すの、初めてよね〜 女神、感激!》
「はい〜 お顔を合わせ、お話できるのは、初めてです〜」
セクハラされてるのに、マリーちゃんはニコニコ笑顔だ。
「ジャン……」
サラがオレの袖をひっぱる。
「賢者様、今、憑依されてる……のよね?」
オレは頷いた。
「そだよ。神様が憑依している」
この世界の創造主。
勇者と魔王の戦いを司る女神。
お師匠様とマリーちゃんに、たまに憑依して託宣をするキャピリン神。
それが、お師匠様に憑いてるんだ。
「神様って……ああいう方だったんだ」
うん、そう。
聖教会の聖書や言い伝えじゃ厳かな面しか見せてないけど、実体はあれ。
オレは、ニーナにセリアを呼んで来てと頼んだ。
白い幽霊は瞬く間に姿を消し、じきに扉が開く。
「な?」
扉の所で、学者は固まった。
室内では、お師匠様の体を使ったセクハラが続いていた。
「くすぐったいですぅ〜」
にこやかな顔のお師匠様が、童顔の聖女様を抱きしめて、まだチュッチュッしてるんだ。
つーか、いい加減にしろ、クソ馬鹿女神!
『勇者の書』を読んで知っている。
勇者が託宣に従う百日の間に、神様が祝福や助言や援助を与えに現れる事がたまにあるのだ。
そのタイミングは、さまざま。
キリのいい日数が経過した、魔王討伐の条件が整った、勇者が危機的状況に置かれ託宣の実行が不可能になりかけている時、等々。
オレの場合、残り日数も伴侶も半分になったんで、そのダブルで女神がやって来たんだろう。
《伴侶五十人突破記念! よくやった、これからも頑張れ、応援するぞっ! てなわけで〜》
ようやくマリーちゃんを離した神様が、パンパカパ〜ンとファンファーレを鳴り響かせる。
《女神の何でも答えちゃおうコーナー開催〜》
ヒュ〜ドンドンドンと笛太鼓の音までする。
《た・だ・し。質問できるのは、この場に居るジャン君とその伴侶だけ〜 一人一回だそ、おっけぇ?》
「何なんですか、その企画は?」
《ん〜 慰問? ジャン君にあと五十人頑張ってもらおうっていう親心みたいな? おっけぇ?》
なに言ってやがる。
「てか、オレ、神様に聞きたいこと、いっぱいあったんです!」
オレは声を荒げた。
「英雄世界の勇者達にチート技あげたって本当ですか? 何で、どうして? それ、英雄世界の勇者限定特典ですか? 他の異世界出身の勇者にもあげたんですか? ずるくないですか? オレ、そんなすっごい技もらってませんよ?」
《ジャン君からの質問は受け付けません〜》
へ?
《さっき、キミ、『何でも答えちゃおうコーナー』の企画趣旨を聞いたでしょ? その質問に答えたから、キミの分は終了。おっけぇ?》
おっけぇ、じゃねえ!
「こんな企画じゃ、ごまかされませんよ! 不平等です! ズルいです! オレにも超凄い技ください!」
神様は両耳を指でふさいで、オレから顔をそむける。聞く耳持たんって顔だ。
《こんな企画とは失礼な。英知にあふれる万能の神があらゆる疑問に答えるんだぞ〜 他の勇者達にはやってない、最上級のご褒美なんだから〜》
「やっぱ、ごまかす気じゃないですか! 『勇者の書』の全頁に『神様は英雄世界の勇者をひいきしてる! 汚い!』って書きまくりますよ!」
お師匠様が不機嫌そうな顔となり、唇をとがらせる。
《わかった。キミは特別にする。魔王を倒したら、ご褒美を二つあげる。それでチャラにして》
「先のご褒美より、今の能力です! 魔王を倒せなきゃ、ご褒美なんか意味ないんです! 今、強化してください!」
《それはダメ〜 もうゲームが始まっちゃったから〜》
ゲーム?
《魔王討伐後にご褒美二つ、おまけに『何でも答えちゃおうコーナー』まであるんだ。大出血サービスだぞ〜 これで手をうたなきゃ、還るよ? おっけぇ?》
う。
「お待ちください、勇者様」
セリアがオレの横に立つ。
「お気持ちはわかりますが、ここは冷静に。この特殊な状況を有効に利用し、我々が有利となる情報を入手しましょう」
むぅ……
《そーそー、それが、賢明〜 あ〜 あとね、制限時間あと十分だから〜 急いでね。おっけぇ?》
なに?
《ちょー忙しいんだもん〜 のんびりとか無理なの〜》
なら、マリーちゃんにチュッチュしてんじゃねえよ!
「現在の状況を確認しましょう」
セリアと一緒に、オレは室内を見渡した。
部屋に居るのは、ジョゼとサラとマリーちゃんとカトリーヌ、パメラさん、戻って来たニーナ。
セリアを含めて、七回質問ができるのか。
「勇者様、水の精霊はお出しになっていますか?」
「いる」
オレは空気中の水分に潜んでいる水の精霊に実体化を願った。
水色の髪とドレスに、黒い仮面。人とは明らかに違う姿の精霊が姿を現す。
「他の精霊はこの場にいませんが、水の精霊は存在していました。質問する権利はあるはずです」
なるほど。んじゃ、質問は八回か。
知りたい事はいっぱいある。
オレは魔王に勝てるのか?
どの世界へ行って、どんな仲間を増やせばいいのか?
魔王『カネコ アキノリ』は、英雄世界出身の高校生なのか?
倒されると、魔王だった奴は死ぬのか? 出身世界に戻れるのか?
それから、精霊のこと……
レイの奴がジョゼに手を出す事もありえるのか……
あ〜 いやいや、何でも答えてくれるからって、魔王戦に関係ない事を聞くのはもったいない。
お師匠様とフォーサイスとのこととか……
賢者をやめて、お師匠様はどうしたいのかとか……
あああああ、もう! 神様に聞くことじゃない!
本人に聞きゃいいんだ、そーいう事は!
「残念ながら、相談する時間はありません」
時計を見ながらセリアが言う。
「魔王戦に我々が勝利する為に必要な情報は何か? よくお考えの上、みなさまご質問ください」
サラ達が困惑した顔で、視線を交わし合う。
「PTの向上に関わる質問が望ましいです。しかし、個人的な事でも構いません。攻撃手段が確定していない方は、116万4706以上のダメージを出せる技を教わられてもよいかも」
「あれ? 117万8572以上じゃなかった」と、サラ。
「いいえ。116万4706以上です」と、セリア。
「でも、(1億−99万9999)÷84でしょ?」
「違います。カトリーヌさんを除くアタッカーの数は85人です。85で割ります」
「え〜? セリアさんと英雄世界の13人とニーナちゃん……それにカトリーヌさんをはぶいて、残り84でしょ?」
「ニーナは除外しません。仲間とした者は誰であれ戦闘に参加させるべきです。例外は私が認めません」
「でも、ニーナちゃんを戦わせるなんて! ジャンだってアタッカー枠から外すって言ってるのに!」
「アタッカーが一人減れば、それだけ総ダメージ1億が遠のくのですよ! 勇者様の勝利への道が厳しくなります!」
「だけど!」
《あと八分〜》と、神様。
おまえら質問しろ!
《あたし、魔王戦でなにすればいいの?》
白い幽霊のニーナが小首をかしげながら、お師匠様を見上げる。
お師匠様に宿った神様は、顔をくしゃっとしかめた。
《むつかしー質問だね》
《あたしのせいで、おねーちゃんたちがケンカするのいやなの。みんながよろこぶことって、なあに?》
お師匠様に宿った神様が、ニーナの頭を優しく撫でた。
《キミが最期まで笑顔でいること》
ニーナは考え込むように首を振り、それからにこっと笑った。
《わかったー》と。
「……これから魔王戦まで鍛錬を続け……レイちゃんの力も借りて……やれる事を全部やって……それで使える……一番強力な技……教えてください」
思い詰めた顔のジョゼに、神様が軽く答える。
《ん〜 雷神無双神鳴りピッカリ拳かな〜?》
なに、そのネーミングセンスの悪い技。
《どんな技かは、キミの精霊が知ってるわ〜 今日から修行を始めれば、きっとマスターできる〜 かんたん、かんたん〜》
「じゃ、アタシも! アタシが魔王戦で使える最大の魔法を教えてください! 1000万でも1億でも伸ばせるだけダメージが伸ばせるやつ!」
身を乗り出したサラに、神様はあっさりと答えた。
《メテオストーム》
へー。
メテオって……隕石降らせて、どっか〜んな技だろ? 天から降って来る灼熱の大岩は、ありとあらゆるものを粉砕するんだ。『勇者の書』にもたまに出てくる、魔術師最大の魔法の一つだ。
メテオストームは、その複数版。超強力な隕石をいっぱい落とすハイパー魔法だ。大魔術師じゃなきゃ使えないはずだ。
《メテオは闇と光と炎と土と風の複合魔法〜 今のキミだと炎以外ショボ〜ンなスキルだけど〜 順調に育てば使えるわぁ〜》
ほほう。
《隕石1個で魔王へのダメージは100万〜》
え?
《10個で1000万、100個でなんと1億〜 1億だよ〜 メテオストームがあれば、魔王戦、勝ったも同然〜》
嘘ぉ〜ん!
オレはサラと顔を合わせた。幼馴染の顔は笑顔に輝いている。オレの顔にも笑みが浮かぶ。
だが……
「メテオストームの使用はお勧めできません。メテオストームは、遥か昔から禁じ手となっています」
と、言ったのは学者のセリアだ。
「三十二代目勇者の時代、仲間の魔術師は愚かしくもメテオストームを使用しました。隕石を三つ召喚したのです。その結果、魔術師がどうなったか勇者様はご記憶ですか?」
えっと……
「旅をリタイアしたのです。たった三つの隕石を呼び寄せたが為に、全ての魔力が枯渇し、魔法に生命力を吸収され老いさばらえて老人のようになってしまったのです。十代だったのに」
げ!
「六十五代目勇者の時代の魔術師は、五つ呼び寄せて死亡しています。五つ召喚で死亡ですよ? 十とか百とかありえません」
サラの顔が青ざめる。
オレは、そっぽを向いて鼻歌を歌っている神様を睨んだ。
そうだよ、神様ってこーいう性格だったよ。情報はくれるけど、致命的な欠点とかあえて教えねーんだよ、性格が悪いから。
《あと五分〜》
まだ質問してないのは、マリーちゃん、カトリーヌ、パメラさん、セリア。それから、マーイさん。
パメラさんはさっきからモジモジしている。質問したいんだけど、お師匠様の中身に怯えていて口がきけない……そんな感じ。
カトリーヌが神様の前に進み出て、親指でクイッとパメラさんを指差す。
「この子が魔王戦で使えるペット、どこで手に入るのかしら?」
パメラさんが目を見開き、驚いてカトリーヌを見つめる。
カトリーヌがニッと猫のように笑う。
「イザベルさんから聞いたわよ。あなた、あなたの支配を望む獣と出会いたくって幻想世界へ行ったんですって? それで手ぶらで還って来たんですもの、がっかりよね」
カトリーヌはおおげさに肩をすぼめた。
「ヒュドちゃんより強いモンスターが欲しいんでしょ? わかってるんだから」
パメラさんは無言だ。
だが、怖がってはいなかった。このところ逃げ回っていたカトリーヌを、無垢な瞳で真っ直ぐに見つめている。
《ジャン君が十番目に訪れる世界》
女神の答えを聞き、カトリーヌがチロッとオレを見る。
「だ、そうよ。十番目に行く世界には、パメラを連れてってあげてよね」
それだけ言って、オレからもパメラさんからも距離をとる。
パメラさんはその場を動かなかった。が、その顔はカトリーヌへと向いていた。あどけない美しい顔で、幼馴染をジッと見つめていた。
「個人的な事を、質問しても、よろしい、でしょうか〜?」
マリーちゃんがオレに尋ねる。
オレはセリアを見た。
セリアはテーブルで何か書き物をしていたんだが、獣を追い払うかのように左手をシッシッと振った。急げ、と。時間切れしちゃうぐらいなら、何でもいいから聞いた方がいい。
いいですよと答えると、マリーちゃんは「ありがとうございます〜」と、いつものスローテンポで言った。
「私を、守護して、くださって、いる方と、お話、できます、でしょうか〜?」
《う〜ん……》
お師匠様に宿ってるキャピキャピ神が言い淀み、逆に質問してくる。
《会いたい?》
「はい〜」
《望む形じゃなくても?》
「はい〜」
《なら、会える。旅の途中で、キミとあの子の時間がほんのちょっと交わるぞ》
「そうですか〜」
マリーちゃんが右手に視線を落とし、開いては閉じ、閉じては開くを繰り返す。
「嬉しいです〜 その日が、楽しみです〜」
「『マッハな方』って、神様の眷族神なんですか?」と、オレは聞いたんだが、
《ジャン君からの質問は受け付けません〜》と、にべもない。
くそ。
《魔王戦の事をお尋ねしたいのですが……》
と、水の精霊のマーイさん。
そこでマーイさんの声は、オレには聞こえなくなった。
しかし、女神つきのお師匠様が、
《八体が協力して息を合わせても、成功率は百分の一以下。お勧めできないぞぉ》
などと答えたから、質問はしたらしい。
内緒の質問かよ。
《申し訳ありません、ご主人様。魔王戦で魔王にダメージを与える以外に、お役にたてる道はないか模索中なのです。まだアイデアの段階ですので……》
んじゃ、決定したら教えてくれと考えたら、マーイさんは《はい、決まりましたら、必ず》と答えた。
《あと一分半〜》
学者がズンと前に進み出る。
「一分もあれば充分です」
セリアが右手に持っていた紙を、バーンと広げる。
幻想世界、精霊界、英雄世界、ジパング界の他に、メリケン界、電磁界、冒険世界などなど……
見覚えのある世界名がズラズラっと並んでいる。
「『勇者の書』によって転移できる全世界を記しました。116万4706以上のダメージが出せる女性と勇者様が出会える確率が80%以上の世界には青、50%以上は黄、30%以上は赤で印をおつけください」
メガネのフレームをもちあげながらセリアが言う。
《一分でこの数に印をつけろとか、ひどくない?》
「英知にあふれる万能の神様に不可能はないはず。この程度の事がなしとげられねば、万能の看板はお下げになるべきでしょう」
キラリンとメガネを光らせる学者。
神様は唇をとがらせながら、マーキングを始めた。
あの神様に言う事はきかせるとは!
さすが、セリア!
《んもう……かわいくないなあ、キミ》
ぶつぶつと神様がペンを動かす。
《神様にお願い! なら、恋のお相手の気持ちを聞くとかすればいいのに。大好きな彼がキミにプロポーズしてくれる確率は、現在、にぱー……》
セリアがバン! とテーブルを叩く。
「無駄口たたく暇があったら、さっさと手を動かす! 終わりませんよ!」
うわ……
神様相手にも容赦がない。
さすが、セリア……
しかし……
そっか。
セリア、好きな男が居たのか。
意外。
こんな、おっかない……あ、いや、しっかりもののセリアに惚れられたら大変だろうなあ、相手の男。




