サッちゃんのブランコ【ももせ さつき】(※)
マドカさん、カガリさん、アオイさん、ルナさんに連れられ、オレ達は外へ出た。
マドカさんのお宅は、十五階建てのマンションの十四階にある。
マドカさん家から外を見た時には、間に広いベランダがあるせいか、いまひとつ高さが実感できなかった。
けど、廊下の手すりから下を覗くと、かなりおっかない。山の上にいる感じだ。体を乗り出したら、カガリさんに怒られてしまった。
すごい所に住んでるもんだ。けど、マドカさん家が特殊なのではない。英雄世界では高層建物が多いのだそうだ。
『エレベーター』という昇降からくり部屋で、マンションの一階へ移動する。
乗った場所と降りた場所が違うんで、「これって移動魔法?」ってサラがびっくりしていた。
ジョゼやカトリーヌが乗った時に既に説明済みだったのだろう、ルナさんがエレベータ内のボタンを指さし、的確に説明する。
「魔法ではございません、機械仕掛けでございます、お嬢様。人や荷物を載せた箱が、垂直に移動する作りとなっております。この世界では、高層建物でエレベーターを使用して階の行き来をするのです」
ルナさんはツンデレメイドさんをやめ、出逢った時のゴスロリ風味メイド服に戻った。その上からカーディガンを羽織った姿だ。
サラは、白のシャツと花柄プリーツロングスカート姿。サンダルを履いてる。ルナさん曰く『カントリー風』だそうで。杖はマドカさん家に置いてきて、ぬいぐまを抱っこしている。
オレら全員、ルナさんのみたてた『カジュアルな外出着』になっている。
オレは、襟無し半袖のシャツを着ている。Tシャツと言うそうだ。それに青いズボン。
カトリーヌは、肩出しの裾の短い黒のワンピースにニーハイソックスにヒール。『小悪魔風』だそうだ。絶対領域はポリシーなのか、健在だ。
お師匠様は……黒革のジャケットを着てるんだけど、その下は襟が広く開いている紫の服。下着みたいだ。『タンクトップ』というのだそうだ。体にぴったりとしたズボンといい、何とも目のやり場に困る。『男装風かっこいい女性』なのだそうだ。
ジョゼが多分、一番、印象が変わっている。
腰までの長い黒髪をポニーテールにしてるし……
ショートパンツなんだ!
上も、ド派手なTシャツ。ぐちゃぐちゃに落書きしたみたいに、いろんな色が混じった変な模様。抽象画みたいだ。
『ヴィヴィッドな女の子』って意味わかんないんだけど!
ズボン短すぎ!
太ももから下が、あらわ!
出しすぎだろ!
『似合いませんか……?』
その格好を初めて見た時、多分、オレ、不機嫌な顔をしたんだろう。オレの前で、ジョゼは困ったように眉をしかめ、オレを見上げた。
『いや、……可愛いよ』
そう答えると、ジョゼはほわっと笑った。いつも通りの、気弱そうな顔で。
だけど、見てると落ち着かない。日焼けしてない真っ白な二の腕や足を目にすると、ドキドキする。
道の端の歩道を歩くよう指示され、オレらは列になって歩いた。
カガリさんとマドカさんが先頭。二人で駅前から何処へ向かおうか、話している。
次がお師匠様。
それからジョゼ。
オレ。一人で歩いているように見えるが、隣にはニーナが居る。姿を消したニーナが、オレとつないだ手をぶんぶん振って歩くんで、オレの左手は前へ後ろへと元気に動いている。ちょっとマヌケ。
で、サラ。
アオイさんとルナさんとカトリーヌは三人に広がって歩いていた。カトリーヌが目にするものやら何やらあれこれ質問し、二人が答えている感じだ。
マンション付近は、『新興住宅街』なのだそうだ。
道路の真ん中を、『自動車』が走っている。馬車よりずっと速い。
「駅前まで裏道を行きましょ」と、マドカさん。
けっこうひんぱんに自動車が通っていると思うんだが、表通りはこんなもんじゃないらしい。イモ洗いのごとくだろうか? 英雄世界の人間は、乗り物で迅速に遠方へ移動するのを好むようだ。
街並みを見つめながら、オレは歩いた。
街路樹が一定間隔で並んでいるけど、緑は少ない。高い建物ばかりだ。
「この辺、マンションだらけよ。再開発地域なの。道路は整備されてるし、私鉄・JRと三つの駅が集まってるから、住みやすいのよ。都心に十数分だしね」
専門用語を含むアオイさんの説明を聞きながら、ぼんやりと歩く。
電車というのは、自動車よりも大きな鉄の乗り物だ。『勇者の書』にあった。イメージ的には乗り合い馬車。いっぺんに百人以上の人間を運ぶ、高速の乗り物なのだ。それに乗ってみようという話になっている。
カップルや、家族連れとすれ違う。今日は『日曜日』。休日なのだそうだ。
着替えたってのに、結構、注目される。
オレらの容姿はこの世界では異国風だし、綺麗どころが多いからだ。
好奇な視線にうんざりしたんだろう、サラがオレの右側に寄って来た。カップルを装いたいようだ。
オレは前方を見つめた。
人見知りな義妹は、嫌な事があるとオレの背中を避難場所としてきたんだが……
逃げてこないんだ。
うつむいて注目をやり過ごそうとしてるのは、ジョゼっぽいけど。
紫の小鳥を肩にとまらせたまま、オレに頼らず歩いているんだ。
ポニーテールもショートパンツなその格好も別人みたいだし……
時々、ジョゼはぼそぼそっと肩の小鳥に話しかける。
小鳥、いや、雷の精霊レイは返事を心話でしてる。小鳥が人語をしゃべったら変だからだが……ジョゼと小鳥の会話は、二人っきりの秘密の会話になってしまっている。
何か……変な感じがする。
何だかわかんないけど……もやもやする。
「ねえ、ジャン」
と、サラ。オレはすぐ横のストロベリーブロンドの幼馴染に目を向けた。サラは、炎の精霊が変化したぬいぐるみを右腕に抱えている。軽い素材のプリーツスカートが、風をはらんでふわふわしている。
「マドカさん達のことなんだけど」
声をひそめ、サラが真剣な表情で尋ねてくる。
「ほんと〜〜〜〜に、あの人達、魔王に100万以上のダメージを出せるの? 腕力も魔力も戦闘技能も、まったく持ってないみたいだけど」
その質問に、オレはあきれる。
何を今さら。
「本当だよ。何度も説明したろ? 英雄世界から来た者は、凄い能力に目覚め、英雄になるんだ」
今までオレらの世界に現れた勇者達が、そうだったもの。
サラが首をかしげる。
「それ、絶対なの?」
「絶対だよ」
「勇者だからじゃなくって?」
ん?
「勇者だから、その人達は特別で……それで、強くなったってことない?」
勇者だから強くなる……?
もし、そうなら、勇者じゃないマドカさん達に強化はこないって事になる。
オレは一般人のマドカさん、カガリさん、アオイさん、ルナさんを仲間にしたって事で……
400万ダメージを与えてくれる四人を仲間にしそびれたという事になる。
「………」
いや、でも、それはない。
だって、この世界を推奨したのはセリアだ。勇者おたくが千慮の末、この世界で仲間探しすべきだと勧めてきたんだ。
お師匠様も、この世界を次の行き先候補に考えていた。
オレの頭脳といえる二人が勧めてくれた世界だ。
間違いなんかあるものか。この世界の人は、絶対、強力な戦力になるんだ。
「マドカさん達はオレらの世界へ行くと、強くなるよ、絶対ね」
眉をしかめていたサラの顔から、力がぬける。
「良かった……」
弛緩した顔が、笑みを象ってゆく。
そういう風に笑うと、気の強そうな印象が消える。年頃の、普通の女の子っぽく見える。
オレのハートがキュンと鳴った。
「それならいいの。仲間にするのは魔王に100万ダメを与えられる人でなきゃ駄目……そうでないと、あんたが魔王に勝てないものね」
可愛い。こんな風に屈託なく笑うサラ、久しぶりだ。
「心配してくれて、ありがと」
自然と礼も口に上った。
サラの鼻の頭が、ちょっぴり赤くなる。
「心配して、当たり前じゃない」
そして、オレからプイと視線をそむける。
「……幼馴染なんだから」
又、ハートがキュンと鳴った。
いつも、こんな風ならいいのに……
公園に入った。
けっこう広い。右手が球戯場、左手が噴水広場。
中央と外縁にはレンガ敷きの道。道ぞいには、樹木が植えられている。『ランニング』をしている人も結構いる。若者から老人まで。女の人も多い。
噴水広場の端の方には、カラフルな遊具がいっぱいあった。
『児童公園』って言う、小さい子用の公園なのだそうだ。すべり台、ブランコ、シーソー、砂場、鉄棒、ジャングルジム……アオイさんがカトリーヌへと説明している。
突然、オレの左腕がぐいーっとひっぱられる。
オレはつんのめりながらも、児童公園へと走ってゆく。
ニーナだ。
子供の遊び場に心を奪われてしまったんだろう。オレと手をつないだまま、猛ダッシュしている。
「待て、ニーナちゃん、駄目だよ」
《ちょっとだけ!》
バランスを崩して走ってくオレ。
子供達の中を倒れそうな姿勢で走ってるんだ。かなりマヌケ。オレとニーナの後を仲間達も追って来る。
ニーナが一目散に向かっているのは、どうやらブランコのようだ。
四つのブランコは、今、全部、子供で埋まっているが。
《貸して!》
ブランコの柵の前で、オレは立ち止った。
ブランコにのって足をぶらぶらさせてた女の子が、きょとんとオレを見あげる。
うわぁぁぁぁ。
ニーナは、今、姿を消してる。その事をすっかり忘れて、女の子に話しかけてるんだ。
《おねがい、ちょっとでいいの。遊ばせて》
ツインテールの女の子が不思議そうにオレを見る。十八の野郎が女の子の声でしゃべったと思われたんだろうな……
「かしたげる! ちょっとまって!」
ツインテールの子の横から、元気な声がかかった。
隣のブランコで立ちこぎしてる、おかっぱの女の子だ。足を曲げて伸ばしてで、リズムよくブランコをこいでいる。スカートなのに気にしてない。まだ小さいのに、バランス感覚いいなあ。活発な子だ。
女の子はこぐのをやめた。しばらくブランコが揺れるにまかせ、揺れが小さくなってから板の上に腰をおろし、足裏で地面をずってブランコを止めた。
「どうぞ、おねーちゃん」
おねーちゃん?
その時ようやく気づいた。子供の視線の低さに。
その子はオレではなく、ニーナを見ている。
《ありがとー!》
ニーナがオレの手をふりほどき、ブランコへと走る。
「ニーナちゃん」
止めた。が、止まってくれない。
おかっぱの子が降りた後のブランコが、キシキシと揺れ始める。
誰も乗っていないはずなのに。
隣のツインテールの女の子がびっくりして、ブランコから離れ走り去ってゆく。
他の子は自分の遊びに夢中で、まだ気づいてないけど。こりゃまずいだろ。
「ニーナちゃん、ブランコはだめだ」
「大丈夫です、お兄さま」
背後からジョゼの声。
「レイちゃんが幻影をつくれるって……誰かがブランコにのってるみたいにするって……言ってくれてます」
オレらがそんなやりとりしている間も、
「おねーちゃん、へたっぴ」
おかっぱの女の子がケラケラ笑い、ニーナに話しかけていた。
「霊視能力のある子供のようだな」と、お師匠様。
大きな目の、ふっくらほっぺの子だ。
「すわりこぎのが、かんたんだよ」
《すわりこぎ?》
空いたブランコにおかっぱの子が座る。
「みてて」
地面を蹴って、ブランコが前へいったら足を勢いよく伸ばし、後ろへいったら曲げるで、女の子が上手にブランコをこぐ。
隣のブランコも、少しづつ大きく揺れ始める。
すると、ブランコの上に唐突にニーナが現れた。髪は黒く、肌は黄色ががっており、着ている服は隣の女の子とまったく同じだが。
雷の精霊レイがつくった幻影だ。
ニーナが、一生懸命、ブランコをこぐ。
コツがつかめてきたのだろう、ブランコの揺れが徐々に大きくなる。
固かった顔も、少しづつほころんでゆく。
「じょーず、じょーず」
と、褒められて、ますます嬉しそうな顔となる。
どこからどこまでがレイの見せている幻影なのか、オレにはわからない。
けど、キャーキャー楽しそうに笑うニーナは幻とは思えなかった。
上機嫌でブランコをこぐ幽霊が、オレを見る。手を振ってやった。
「ニーナ、行くぞ」
お師匠様が無表情のまま、叫ぶ。
《今、行くー》
と、ニーナは返事を返した。が、ニーナの『今』はずいぶん先の『今』のようで、なかなかブランコが止まらない。
お師匠様は嘆息し、オレへとハンカチを差し出してくる。
「目を覆え」
何で?
「この公園は危険だ。おまえは早く出て行け」
危険?
びっくりして、オレは周囲を見渡した。
しかし……
「見るな」
と、お師匠様に鋭い声で怒られてしまう。
「繰り返し何度も言ってきた事だが……おまえが萌えていいのは、魔王に大ダメージを与えられる者だ。見るからに戦闘力が無さそうな者を、見てはいけない。ここは、赤ん坊や幼児だらけだ。さっさと立ち去れ」
はあ。
萌えませんよ、幼児や赤ん坊じゃ。そんな趣味は、さすがに無いんで。
でも、心配してくれてるんだし、ここはお師匠様のお言葉に従っておこう。
「ニーナ、オレ、公園の外に出てくからな。後から来いよ」
《まって、今、いくー》
そう言ってからニーナは強引にブランコを止め、オレの元へと走る。
横のおかっぱの子も、ぴょんとブランコから降り、ニーナの後を追ってくる。
《おにーちゃん、つーかまえた》
「つーかまえた」
ニーナの真似っこをして、おかっぱの子までオレに抱きつく。
飴か何かのお菓子の匂いだろう。
甘い香りがした。
「ごめんね、オレ達、もう行かなきゃいけないんだ……お嬢ちゃん」
「さくらぐみ、ももせ さつき です」
女の子は、姿勢を正し、大きな頭をペコリと下げて自己紹介した。『さくら組』って何だろう?
お顔をあげると、女の子がニコーと笑った。
天真爛漫というか……
無邪気なかわいい笑顔だ。
「サッちゃんってよんでね」
そのセリフに……ずっきゅんと何かが突き刺さった……
オレの魂の奥深いところが揺さぶられてしまったんだ……
オレのハートは、キュンキュンと鳴った……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと六十四〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
う。
うわぁぁぁ!
やっちまった!
頭を抱えるオレの横で、お師匠様が『馬鹿が』とため息をつく。
まったくもって……
その通りです……
幼児を仲間にして、どーすんだよ、オレ……
あああああ、これでアタッカーが一人減った……
「この近所の幼稚園の年長さんみたいです」
オレの代わりにサッちゃんから話を聞いたマドカさんが、冷たい目でオレを見る。
「六十日後の木曜日に、サッちゃんは異世界に召喚されるのね」と、カガリさん。
「幼稚園から園児が忽然と消えるわけね。先生やお父様お母様、パニックでしょうね」と、アオイさん。
「瑠那は、親御さんの承諾を事前にいただくのは不可能だと思います、ご主人さま。異世界トリップは特殊ケースです。一般にまでは浸透しておりません。事情を説明しても、理解してもらえないと思います」
四人は凍えるような視線で、オレを見ている。
幼稚園というのは、就学前の子供が日中に通う施設だ。
そこから子供が居なくなったら、大事件になるよな。
召喚自体はそれほど長くないと思う。多分、十数分程度だろうけど……
「本当ッ、バカね、あんたって!」サラにはドツかれるし、
「勇者様、幼児もOKだったのね」カトリーヌからはあらぬ誤解をされる。
ジョゼはオレからぷいと顔をそむけ、紫の小鳥とばかり話している。
お師匠様にも申し訳なくて、顔向けできない。
《又、サッちゃんに会える》
と、喜んでいるのはニーナだけだ。
魔王が目覚めるのは、六十日後だ。
電車に乗ってみるという話は、立ち消えとなった。
この世界の人間が、オレらの世界ではみんな超人になるんだとしても……
幼児はマズいだろう。
とはいえ、目隠しをして歩く人間はこの世界には居ないそうで、そのスタイルは強硬にアオイさんに反対されてしまった。
安全な移動方法を考えないと……
このまんま攻撃能力の無い人間に萌えまくっていったら、オレの未来は、かなりの確率で……
* * * * * *
『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き
●女性プロフィール(№036)
名前 モモセ サツキ
所属世界 英雄世界
種族 人間
職業 園児
特徴 さくら組。
ブランコが大好き。
ヒロくん、レナちゃん、
ミウちゃんがおともだち。
戦闘方法 戦ってもらうつもりはない。
年齢 五才……
容姿 おかっぱ頭。
おめめがとっても大きい。
にこにこ笑うお顔がかわいい。
ほっぺがぷにぷに。
口癖 『サッちゃんね』
好きなもの ブランコ
嫌いなもの カズトくん
勇者に一言 『サッちゃんってよんでね』
●付記。
オレ、ロリコンじゃないから!
ただかわいいなあって思っただけ!
小さきものは、みな、かわいいって言うだろ?
あのノリ! 本当に萌えたわけじゃないから!




