モエモエスルオトコ
千鶴の携帯の魔ミキからのメールが入った。今からファミレスで待っていると書かれていた。今からと言われても千鶴はやっと今15時の休憩を終わらせたばかりである。
今日は、残業は無いかも知れないが定時が15時30分で、誰にも捕まらずに自分のロッカーに行き事務服を着替え駐車場に行くとなるとファミレス到着は18時は過ぎる。
3時間も待てるの?と千鶴の事務デスクに隠しながらでメールすると、待てるよ。と返信されてきた。
ウエイトレスが空いたカップや皿を手際よく、目の前のテーブルから片付けていくとそれを見計らったように男は言った。
「俺は百合萌えだからさー、マジテンション上がったね! しかもさ、あの子どっかで見たことあるなあって記憶探ってた時だったから、余計!」
風間美希は勤務先の大型量販店に出入りしているメーカー営業の永田秀明に捕まっていた。
あの日、居酒屋に居た男3人組のうちの一人、千鶴に声をかけていた一番真面目そうな男はこの男だったのである。
「永田さんは、そんなネタでしがないパート勤務のあたしからずっとゆするつもりなんですか?」
「ゆすりなんてとんでもない、ただあの時風間さんが直面していた危機を救った分ちょっと奢ってって言うだけさ、変な風になんて思わないよ。それに酔っ払ってキスする奴、男だって一定数はいるからね」
秀明は言うと最後の一口のパンケーキを美味しそうに頬張ると、続けてこう言った。
「俺が居なくなったあと、残りの二人から連絡先、メアドとかツイッターのアカウント? ……とか聞かれた?」
「……はい、まあ…ツイッターの方だけ…」美希は渋々答えた。あの時の連れの行動に対する探りなのか?と薄々は感づいていたのだがやっぱりか。
「うわ! 教えちゃったの?」
「……でも、まだログインして見てないし連絡来てるかどうか確認はしてませんから」
そう、秀明に興味なさげに返した。すると秀明の胸のジャケットの携帯が鳴り出して、せわしない様子で対応し始めた。美希はその間にちょっとした好奇心から早速ツイッターにログインしてみた。しかし、特にはフォローなどに関して動きは無かった。この男が危惧するほどあの人達はガッついていないように思えた。そんな風に考えていると、千鶴がやってきた。
千鶴の、黒髪の髪質を生かされた前下りのボブはとても似合っていて洗練された印象を持っていた。だが本人の男性経験はたった一人。誰も信じてくれないと言っていた事が満更でもない様子で語られていた事を思い出す。その千鶴は美希の席迄来ると、何だか不思議そうな顔をしている。それもそうだ、千鶴にはまだ永田秀明の事を話していなかったからだ。
「え!? ちょっとどういう……?」
「あー、あのね、永田さんって言うんだけどうちの会社に出入りしている人だったんだよね、ちょっとした顔見知りでさ」
「へえ、だからあの居酒屋の時一緒に……私、お邪魔じゃない?」
千鶴はそう言いながら永田秀明の電話の様子を眺めて言いい、相席するのをためらう様子を見せた。そうこうしている内に永田秀明の通話は終了したようだった。なんと器用なことにやり取りを電話しながら理解していたらしい。
「何言ってんの、おお二人揃った……!あ、どうぞどうぞ座って下さい」あからさまな接待ムードを出した。千鶴と美希は隣り合って座った。
「あの、俺こういうモノです。風間さんとはあの日話すのは初めてだったんですけど、まあ簡単に言えば顔見知りで……」秀明は慣れた手つきで名刺を取り出すと千鶴に渡した。千鶴もいつも会社でやっている通りに受け取る。ただ、動作が手馴れていただけで気持ちはどこか戸惑いがある。
「この人、残りの二人の動向を知りたかっただけなのよ」
「ああ、あの時の」
「覚えてるの?どっちか気になる人居た?」
秀明という男の声が少し興味に彩られている事がわかる。千鶴と美希は顔を見合わせると、二人は薄笑いを浮かべ、千鶴はこう言った。
「どちらか、ですか?あなたは、ご自分は入っていないんですか?」
「え!?俺?」思いもよらぬ質問に秀明は面食らい、自分で自分の顔を指さした。
「そうそう、永田さんが素敵だって、うちのリーダーが言ってたし永田さんを見かけた年配のお客さんからも聞いたことあるもの」
「二人共、悪い女だなあ~からかうなよ。俺はそんな嘘に惑わされる程、純じゃないさ。大体、俺は『百合萌え』なんだからさ。自分がそこに入ろうとは思わない。見ていたいだけだから、仲良くして欲しいなあ~」
「うわあ!」風間美希はさも鬱陶しいと言ったように顔をしかめ面で言った。気持ち悪いという感覚も含まれているかも知れない。そのことに、もっともの反応だ、と千鶴は笑った。
なんだろう、この男の堂々とした発言。身体が目当てならぬ観察目当てであるといのか。いや、それだと身体が目当てとも言えるのか、少し複雑だ。だが、気を持たせる言い方をわざとしたことが少し気がかりだ。
職業柄か見た目スッキリと小奇麗かも知れないが、こんなこと言ってくる男なんて少しヘンじゃないかと思う。
「じゃあ、そろそろ失礼しようかな。とにかく、風間さんあの日のこととか会社の人達には言わないし、俺と接触したのも黙っておいてね。何かあったようにでも勘違いされたらさ、何処飛ばされるかわかったもんじゃない……世知辛い世の中だからね」
そう言い、席を立とうとするとまた永田秀明の携帯が鳴る。その少しヘンな男の忙しそうな後ろ姿を見送ると風間美希は言った。
「ねえ、本当のところはどうなのよ?」
「何が? ねえ、私お腹空いてるから何か頼むけどあんたは?」
「あたしは、いいよ。食べたから……ねえ、あたしが永田に言ったことって割りと本当なんだけどあんたはどうなのよ?」
「早速、呼び捨てですか」その不遜さに千鶴は笑いながら肩をすくめた。それには、話題の誤魔化しも多少入っている。そして、店員の呼び出しボタンを押すように美希に視線で指示した。
「だって、あんた彼氏何年いないの? キノリの件も何だか微妙だし」
「あの子、どうしたらいいんだか」
千鶴は憂鬱になる。キノリが言っていたことを全て美希に話すかどうか迷う。正反対のことを言っていたなんてただ事で済むとはちょっと思えない。自分が黙っていれば良い事かも知れない。まずは美希からの情報も必要だ。
「まあ、単刀直入に言うとキノリはあんたのこと好きなんだと思う」
「す、好きって言うのはその……」
千鶴はギクリと胸を打ち付けられたように感じた。やっぱりそうか。いや、そんなに簡単に決めつけていいのだろうか。
「そうよ、永田じゃないけど百合ってやつ。……だから、まえからあたし言ってたじゃん。あの子にはキスできないって」 美希は途中から声を潜める。店員がこちらオーダーを取りに向かって歩いて来るのがわかったようだった。