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シンジラレナイ

「……大丈夫だと思うよ、あの人達」

「私がさ、トイレに立った時に何かあったの?魔ミキと……あの人達は……?」

 千鶴は聞いた。


「私と魔ミキでケンカしてたの!コップの水少しだったけど引っ掛けられちゃって。それで、アノ人達が仲裁に入ってきてくれて取り敢えず一旦離れて落ち着いたほうがいいって言われた……」

 ここで信号は青になり、キノリの言葉が途切れた。二人が歩き出すと同時に千鶴はこう言った。

「……それで、水とか掛けられたからさっきトイレで会った時拭いてたわけだ。何やってんのかなって思ったけど酔ってたし、何だかやり過ごしちゃったんだよね。ごめん、何でそんなことになっちゃったの?」


「言ったじゃない?!トイレで会った時……もう忘れてるの?」

キノリはそれほど大きくない目を見開いて鈍い千鶴を睨んだ。

「えっ?あの、キスの話?」思わず千鶴は立ち止まった。

「そうだよ」

「そんなに!?そんなに怒ることじゃないじゃん」

「やっぱり、意味解ってなかったんだ!!」また、キノリは怒り口調になる。

「だって、冗談だしさ……そんな、例えばさ自分の彼とかが私の友達と目の前でキスしたのなら怒るっていうのはわかるけど、別に普通に女同士の友達じゃん……ずっと前からわかってると思ってたよ……」

 こう、状態を言葉で説明していると、確かにおかしいと思うところもあるのだ。千鶴の口調にも弱々しさが漂って来た。

「千鶴はさ、あの子のこと好きなの?黙ってキスされてるけどいつも。同性愛的に……さ?」

 キノリのそのダイレクトな質問には何だか張り詰めたものがある。千鶴はその様子に言葉を詰まらせつつこう言った。

「……いや、好きとかどうとか……私たちヘンなのかな?ヘン?!」

 千鶴は何度か首を傾げた。そこまでムキになる気持ちが解らなかったし、同性愛と言う言葉、感覚すら無意識だった。

「……あの子の方にはあるの」 静かにキノリは言った。

「ちょっと……信じられない、でもだってそしたらさっき男の人の方について行ったじゃない!そんなんじゃないって!」

「それは、あの子のフェイク」キノリは遠い目をしてさらに冷静に言った。


 知らなかったそんなこと。知らない。悔しさからなのか、千鶴は唇を噛んだ。よく解らないが、自分の唇の感触から今までの魔ミキの唇の感触を思い出す。千鶴が考えていた、感じていた友情は一体どうなってしまったのか。もう私たちは戻らないのか。

 今日で終わり。そんな言葉が不意に浮かんできた。嘘だ、そんなの。茫然自失で立ち尽くしていると、キノリが言った。


「ショックなの?」

「……当たり前じゃん」

「それは、どんな風にショックなの?」

「どんなって、バカにしてるの?ショックに決まってるでしょ!?」

 キノリの煽りを帯びた2連発の質問に千鶴は苛立ちに変わった。気持ちの整理も付かない状態のままでは、キノリに罵声を浴びせてしまいそうだ。そこでこう言った。

「ごめん、ちょっと一人になりたいから……お金渡すからタクシーにでも乗って帰ってもらいたい」

 千鶴はバッグの深くに右手を入れた。

「千鶴はどうするの?」

「いいじゃん!放っておいてよ!ハイこれ」財布から三千円を抜き取ると苛立たしげにキノリの手を掴み握らせた。千鶴は一人になってからのことなんて考えていない。ただ、何か大声で叫びたいような気分だった。

「ダメだよ!!」キノリは言った。

「何がダメなの?気持ち悪いと思ってたんでしょ!?」自分でも思わぬ言葉が千鶴の口から飛び出した。

「そんなこと思ってない!思ったらもっと早くに言ってるもの!!一言も言ってないでしょ、そんなこと!もう、話しかけないからちゃんとワリカンでタクシー乗ってさ、私も帰るからさ、とにかく千鶴も自分のアパート帰ってよ!」


 キノリの強い説得により、二人でタクシーに乗り合うことにした。一刻も早い孤独を望んだつもりだったが、何だかこれでは電車と変りない。タクシー独特の匂いが沈黙を余計に違和感のあるものに変える。時々、魔ミキから携帯に連絡が入っていないか確認する。キノリの言うことが信じられない訳ではなかったが、魔ミキ本人の言い分を聞かないことには気が済まない。

 もし、魔ミキがそっちの人で初めからその気であったのなら酷いと思う。告白せずしてキスまでは上手いことたどり着いては何年も楽しんでいたことになるから。その姑息さを責める権利ぐらいはあるだろうと千鶴は思う。そんな風にまで思うほど実のところは魔ミキと千鶴の間には距離がいつの間にか出来ていた。魔ミキと千鶴だけでなくキノリともそうだ。3人が3人共に日常の仕事や雑事、あらゆる社会に接すると同時にそれぞれに流され変わってしまったのかも知れない。そういった歪が、歪に逆らうようにまたは現実を直視させるように動いたようでもある。


 新興住宅地に入り、そろそろキノリの家が近くなる。すると、千鶴の硬くバッグの柄を握る手にそっとキノリの手の温もりがした。

 千鶴は、驚いてそのまま硬直した。こういうところがいけないのかも知れない。相手は、受け入れられていると勘違いするのかも知れない。そう、千鶴はキノリから何か不穏なものを感じた。

「放っといてくれるって言ったじゃない……手なんか握らなくていいんだけど」

 千鶴はきつく言ったがすぐに後悔した。だが、すぐには謝れなかった。

「ごめん。……ただ、寂しそうだと思って」

 タクシーの中は薄暗くて、表情は解らなかったが寂しがっているのはキノリの方なんじゃないかと千鶴は思った。一時期、千鶴はキノリを強く守りたいと使命感のようなものを持って接していたことがあった。それなのに、今はどうだろう。その余裕が無い、それだけなのだろうか。

 キノリは両親と同居している。もう就寝中なのか玄関前の電灯しかついていない。懐かしさからぼんやりと電灯を見ていると、着いたらメールしてとキノリの声が聞こえて、闇に溶け込んでいった。


 千鶴はアパートの部屋につくとすぐにキノリに無事に部屋に居ることを携帯からメールで送った。

 すると、入れ違いに魔ミキからメールが来ていた。

 

From かざまみき

  -------

 千鶴大丈夫?今電話してもいい?


  -------


 千鶴は、まっさきに自分から電話をかけた。そっちこそ、どうなってんの?本当なの?携帯電話の通話ボタンに触れた。

「もしもし!?あの、あのあの……何て言ったら解らないんだけどさ、私は、そのう……恋人には、無理だけど友達は辞めたくない……」思い切ってそう言った。


「私だって恋人なんか無理。あのね!キノリがさあ何か……妬いてたみたいなのよね。結論として」

「……ちょっと、どこどこ?何処に居るの今?キノリがどうだっての?なんなの?」

 酷く冷静な、魔ミキの声とは正反対に千鶴は思った疑問を全てメチャクチャに並べていた。

「まあ、落ち着いて。でもね、私さ明日のシフト早いから今日説明するの長くなるから無理だからさ明日仕事終わったら連絡するよ」

 魔ミキの声は明朗で何かを抱え込んでいる風でもなかった。その事に、千鶴は安心感を得ていた。通話を終えた後、キノリの返信でも魔ミキを問いてくる一文はなかった。ただ、「平気なら良かったよ」と笑顔の顔文字付きのメールが着たきりだった。


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