モットシテカラ
これで完結です。
「私は、……男の人好きにならないと思う」
ある種、乃莉の意を決したようなその言葉に、いよいよその時が来るのかと思った。とんでもなく高い心臓の拍動を感じていた。千鶴は言う。
「あ、あーーーー、無理になることでもないしね」
誤魔化す風でもあるが、乃莉を肯定する意味合いだった。
「ねえ、魔ミキからは何も聞いてないの?」
不意にそう言われて、魔ミキから送られてきた文章と言っていたことを思い出すために脳をフル回転させた。だが、良く解らない。いや、本当は解っている。キノリが自分のことを好きらしいこと、それは今こうして問題になったがずっと見てみぬ振りをしてきたこと。見て見ぬ振りには限度が来ているらしいこと。それは自分の気持ちにも言えることだった。だが千鶴はまだ、おとぼけを続けてしまう。
「何を!?何のことだろう?メール途中で止まったままだったし……それに、今彼氏できそうな所だったみたいだし忙しそうだからいつも通り適当な感じになっちゃってるからさ」
「……そうなんだ」
不安げに呟く助手席のキノリが小さく見える。何か言わなくてはいけない。これじゃ、ダメだ……
「あのさ!私は、キノリが好きだよ」
「……そんな断り方酷くない?好きだけど、友だちでいよう……って意味なんでしょ?」
「断り方!?」
千鶴は思わず声を上げた。
「えっ?だって……だって私は違うもの!でも、それでも仕方ないのも解ってる……会おうって言われて予想外だったからびっくりしたけど嬉しかった。魔ミキには私がどういう気持ちでいたか、全部話した。全部解ってくれた上で、『それでも言ってみないと解らないし、そのことに女同士だからとか関係なくないか?』って言われた」
「それなのに、断られるって決めつけたんだ。キノリは」
魔ミキとのやりとりがわかると千鶴は安心して言った。
「……え!?」
助手席でキノリは目を見開いて固まった。その様子はとても可愛らしいものだ。だが、同性同士はまだ成就するのに難しいのか、キノリは視線を外に向けるとこう言った。
「哀れみなら要らない」
千鶴は耳を疑った。哀れみ?哀れみを持ったのはキッカケとしてはあるかも知れないが、それだけなら、明確に恋愛の相手にならないのなら、相手の好意を知っていてこんな風には言わない。
「哀れみなんかじゃないよ!私だって見ないように、考えないようにしていただけでキノリのことはずっと……」
情けないことに、自分が抱いている感情を言葉にすることを躊躇ってしまった。どこかでまだ戸惑いがあるのだろうか。だがこの戸惑いの数年間こそがこの感情の証明でもある。
「ずっと、何よ!言って……?」
「好きだよ」
「それだけじゃ嫌」
「嫌って……」
「私にもキスしてよ!」
「わかった」
千鶴は運転席から手を伸ばすと、乃莉の腕をがっちりと掴んだ。その瞬間、乃莉は緊張からか、身体を硬くしている。それが、何ともいじらしいような可愛らしいような気がした。もっといたわるように、これからは優しくしたい。
それを感じているのに千鶴は乱暴に千鶴に口付けた。いざそうなると、なりふりを構っていられない程に激情が押し寄せてきた。乃莉もそうなのかも知れない。
「ん……はぁ……」
初めて感じる乃莉の舌と歯並び。唾液。今までには感じもしなかった恍惚さ。それに飲まれるように、長く何度も角度を変えて唇を求め合った。
強く掴んでいた腕を離して、背中に手を回して優しく撫で回した。痩せている背骨を服の上から伝って行くとブラジャーのホックに出会った。外してみたい誘惑に駆られる。なんて、手が早いんだろうと自分に驚いていた。
「ん……だめ…」
キノリは小さく、艶っぽい声を出してもっと先に行こうとする千鶴を静止する。
「もっと、キスしてからじゃなきゃ嫌……」
「うん、ごめん」
千鶴はまた長いキスを開始する。今迄、乃莉は何度私と魔ミキの酔ったキスを見てきては嫉妬して来たのだろう。申し訳ないような、まんざらでもないような複雑な気持ちがそこにある。千鶴こそ、本当にそうしたかったのは谷本乃莉であったのに、キノリは千鶴にキスをねだってくることは全く無かった。全く無いことにどこか拗ねた思いも抱いていたのだと気付いた。だけど、その分気持ちがいい気がする。やめてと言われてもやめてやらない。途中で、キノリは泣きだした。それでも構わずし続ける。
でも、遠回りしすぎてごめんね。気持ちいい―― すごくね。身体が芯から熱くなるみたい。
◇
「あたしがいち早く察知していたようなものなんだから、それをどうこう言うことは無いよー。今度会う時はあいつと私の赤ちゃん抱っこしてやって」
電話口から魔ミキの声が聞こえた。魔ミキはあれから割りとすぐに妊娠が判明し、ゴタゴタとしながらも入籍を済ませていた。その逞しさに励まされたような気がする。応援の声は当然あの永田英明からも時々、メールとして来る。そもそもあの日、キノリが千鶴に電話をするにまで至るのは二人の協力が無しには語れない。二人の話だと、本来千鶴を炊きつけ告白に及ばせるはずだったが、諦めが先行した形であったものの魔ミキからの理解を得たことで行動できたということらしい。やはり、理解は人を強くするものらしい。
「うん、そうだね……」
「うふふ、ねえキノリ居るんでしょ?変わってよ」
千鶴は隣にいる乃莉に変わった。
「もしもし?身体には十分気をつけてね!すぐ無茶苦茶するんだから」
「うふふ……解ってるよ、それより良かったね!もう千鶴はあんたのものだから」
「そう改めて言われると恥ずかしいよ」
その言葉どうりにキノリの頬は赤く染められている。何を言われているんだろう?どうせ魔ミキの事だからおかしな事を言っているに違いない。千鶴は、乃莉の柔らかい頬を横からつついた。
「それはまだだけど、一応考えて……うん、うん、じゃあ切るね。バイバイ、またね」
乃莉は電話を切ると恥ずかしそうに千鶴を見つめた。
「何だって言ってた?」
「良かったねーって」
「そっか」
千鶴は黙ってソファーで隣に座るキノリを横からから抱きしめた。何度も自分で確かめて来たことだがこうしている事が一番自分にしっくり来ている。
「他に、何か言われてなかった?」
「そっちも一緒に暮らせばいいじゃんって……」
「へえ、ほとんどコッチに居ることがバレたのかな」千鶴はソファーで体勢を変えて座り直した。
「恥ずかしい」
「アハハ、何回恥ずかしいって言うの?おっかしいの。もうそんなのいいじゃん」
「うん、いいんだけど」
乃莉は身体をこちらに向けると同時にキスをせがんだ。未だに、この瞬間のドキドキは取れない。ゆっくりと唇を重ねるとまた、求めたくなった。永遠にこうして求めていくような気がする。やっと見つけたのだから、見つめたのだから。
「もう、何回するの?千鶴……?」
「わかんないよ、そんなの」




