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キス・カウント

よろしくおねがいします。

 千鶴はこんなもの、カウントされない。そう軽く考えていた。薄暗い店舗の奥にある小さなレディースルームで鏡を見ると予想どうりにベッタリと赤みの強い色が自分の唇に乗っていたグロスと混ざり合っていた。その様はどうにも下品で、酔っていたとはいえキス魔のミキ……通称魔ミキと大胆にやりすぎた。あいつ、遠慮なしに舌まで入れてきやがる。コッチは男とは数回しかしたことないんだってのに魔ミキのやつとは100回はしている。


 それも、風紀の範子。通称キノリの前で嫌だって言ってるのにこうだ。

 酔っ払い相手じゃあ、説得も何もない。どうして魔ミキのやつあんな癖ついたんだか。そんな風に呆れて再度鏡をじっと見る。すると連れのキノリが不機嫌な表情で入って来るとすぐにペーパータオルを2枚とって何故か、前髪から額のあたりを軽くなぞると凄い勢いでこう言ってきた。


「大丈夫?魔ミキには言っておいたよ。でも、全然意味が通じてないの。だからといって酔いが覚めた時に言うとただ平謝りだし、全く。千鶴、あんたもあんた!断るってこと覚えなさいよ。だから、魔ミキが魔ミキになっちゃうんだよ。男の人達がすっごくいやらしい目で見てたし。それが私はね……」

「わかってるよ、さすがに私もさ、ちゃんとした彼氏出来たらきちっと拒むから、そんな厳しい口調で言わないでよ」

 いつも以上に非難するような口調にやれやれと思いながら、千鶴はポーチから取り出したポケットティッシュで唇を拭った。こっちもこっちで酔っているからそうなるのだろう。

「ちゃんとした彼氏?……その、将来のちゃんとした彼氏にはなんて説明するの?」

 キノリはますます詰問の口調になる。

「説明も何も、中学時代からの友達としか……わざわざ強調して言ったら変じゃん」

「だったら、はじめっから断ればいいのに。私みたく」

「そういや、キノリにはしないよね!ああ、確かマジに受け取る感じがするからって言ってたっけか」と千鶴はいつだか魔ミキから聞いたことを少しバカにしたように話した。

 すると、キノリはあからさまに怒った顔をして押し黙った。言い方が悪かったのか、と顔色を伺ったが千鶴は自分が悪いとは全然思ってなかった。


「……マジに受け取る?……」キノリは暗く、投げやりに言うとトイレに入って行った。


 千鶴は、メイクを直しながら、何なんだろう?……まあ、いいか……と酔いの中に思考は溶けていった。自分たちの席に戻ろうとすると魔ミキが3人組の男にナンパされているようだった。魔ミキと言う女は高校を卒業するかしないかぐらいから単なる太めの女子からむっちりとした肉体に色気を備えたオトナの女になりつつあった。二人で魔ミキと歩いていると高確率で遊び慣れた男たちに声を掛けられる。

 正直、面倒だ。ナンパをしてくるような男の人に興味なんて湧かない。


「あ!千鶴!」魔ミキは千鶴を確認すると、ホッとしたような笑顔を浮かべた。自分たちが座っていた座席の周りに同年代と思われる男性3人に取り囲まれている。

「何コレ、どんな状況なの?」

「千鶴ちゃん?って言うの?これから俺らと他の店行かない?」3人のうちの雰囲気イケメンが馴れ馴れしく軽快に話しかけてきた。

「ごめんなさい、明日仕事も早いしこれからはもう帰るだけですから。行くよ、魔ミキ」

 千鶴は3人の男たちに囲まれるようになっている魔ミキに手を差し伸べた。

「ねえねえ、二人ささっきキスしてたけど、そういう仲なわけ?」

 今度はメガネの雰囲気イケメンがおもしろ半分に言い出した。まったく、くだらない質問だ。舌打ちしそうになるのを千鶴はやっとこらえた。しかし、千鶴の差し伸べた手は空中で何も掴むことはなかった。あれ?そう思うと魔ミキは口を開いた。

「ねえ、千鶴さあ、たまにはいいんじゃない?いつも同じメンツだし」

「えっ!?でも、キノリは……?」まず、キノリは反対するに違いない。

「だから、ここから別行動すればいいじゃん」


 魔ミキの言葉が信じられない。何だってこんな妙な雰囲気イケメンチャラ男達と時間を共にしなければならないんだ。千鶴は差し伸べた手を引っ込めた。ついに来たのか、女同士でつるむより男がいい……でも、こんなのちょっと納得できない。

 そうこうしているうちにキノリが戻ってきた。さっきの今で不機嫌そうなのは変りない。むしろ、場は緊張に包まれた。え、自分が居ない時に何かあったの?気持ちがざわざわとした。


「ね、キノリどうする?」

 千鶴の答えは自分の中でハッキリとしているのにどうする?なんて優柔不断な意見の求め方をしたことに嫌な気持ちになった。

「え、私はもう帰るよ」

「だよね、でも魔ミキがさ……」千鶴は言った。

「ああ、じゃあ決まりだね!えーとマミキちゃん行こうよ!」雰囲気イケメンが話の間に割り込んでくると、魔ミキはバッグを持って立ち上がった。

 千鶴は何だか、その様子に裏切られたような気持ちになった。だけど、それ以上に独りで行ってしまうことに危険を感じ嫌だなと思った。

「ダメだよ!!ひとりでそんな、危ないよ!」

「大丈夫だって。あ!帰ったらメールするし……むしろ、千鶴の方が」

「え!?」

「ううん、何でもない。じゃあ……」

 そう魔ミキは困ったような表情を浮かべるとレジ方向に身体を向けた。同時に、メガネの男が得意そうに言った。

「ここは、俺が払っとくから!女の子たちの分もね!」

 これで、流れの全てが収束した。メガネの雰囲気イケメンは察するにお金は自分たちよりは持っていそうで、その行動には物慣れた感がある。存在感の薄いもう一人の真面目そうな男はそっと千鶴に「大丈夫だから」と言ってきた。

 千鶴とキノリが取り残された。そういえば、キノリはずっと無言だということに気付いた。何かさっきから言葉をどうかけていいか解らなかった。それでも、二人で最寄りの駅まで無言のまま暫く歩いた。そしていくつめかの信号待ちでキノリは弱々しく口を開いた。


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