9、白百合の騎士
アレクシスに、お姫様扱いされるのは嬉しかった。
物語の騎士のように守られるのはドキドキした。
まっすぐな瞳で見つめられると、私もお姫様になれるかもと思った。
そう思わせてくれたあの人には感謝していた。
初めての恋が、彼でよかった。
お姫様はロゼッタで、騎士は私。
そうやって、私はいつも姉の傍にいた。
平凡で狡猾な私が、姉の傍で生きていくのに、騎士や忠誠という言葉は都合がよかった。
自分を変えても傍で生きたいと、そう思わせるほどの魅力を持つ姉。
そんなもの、私にしてみれば最悪でしかないだろう。
だから、最愛にして最悪の姉なのだ。
わかっている。
どんな言い訳をしたところで、これはシスコンだっていうのは誰よりも分かっている。
そもそも可愛すぎる姉がいけないのだ。あれはきっと最強のツンデレだと私は思う。
姉のデレの威力は、本当にものすごいのだ。
姉が嫁ぐと知って、困惑したのは事実。
だけど、良い機会だと思った。
強くて儚い薔薇のような姉は、自分だけの王子様を見つけた。
そうしたら私も騎士でいる必要がなくなる。それは、この上なく素晴らしいことのように思えた。
わけの分からない暴力的な魅力から、騒がしく危なっかしい日常から、やっと解放されるのだ。
これを平和と言わずして何と呼ぶ。
だから最初は、本当に晴れ晴れとしていた。万歳して神様に感謝しまくった。
だけど、騎士でなくなった私にはいったい何が残るのだろうと考えると、酷く怖くなった。
騎士をしていた姫。そんな姫を欲しいと思う国はあるのだろうか。
そもそも、騎士だった私はもう姫君ですらないのかもしれない。
だから、そんな私が国に帰っても意味はない。
だったら私は全てを捨てて自由に生きてみようか、とあの日の朝に決めた。
この恋に生きてみてもいいかなって思ったんだ。
「リリア様!! 」
息を切らせてやってきたアレクシスは、ボロボロだった。
そりゃそうだ。小娘である私に対して、騎士団長である彼に充てられたのはこの数倍の敵だったろうから。
死なないとは思っていたけど、やっぱり大変だったみたいだ。ホント、ごめんね。
「大丈夫よ、私の方は大して強くなかったから平気 」
ひらりと二対の剣を鞘に収める私を見て、酷く驚いた表情をしたアレクシス。
あぁ、そうか。ただの姫君だったらこんな風に剣を扱わないのか。
彼が居たからこそ、私はこの作戦を考え実行した。
私をただの姫君と疑わない彼が、必死に私を守る。
私を消したい相手は、騎士団長を務める彼に相当の戦力を割くだろう。
対して、たかが小娘の私を殺すのには、そのほんの何分の一かの力しか使わないはず。
悪いけど、私これでも実力で親衛隊隊長しているんだからね。
簡単にはやられるわけないの。
姫は守られるだけという定石が、私に勝利をもたらしたのだ。
「宰相様が、黒幕だったみたいよ 」
縛り上げた可哀そうな中年のおじさんを見せれば、アレクシスは大して驚いた顔もしなかった。
ということは、彼も彼なりに調べて分かっていたのだろう。
そう思うと、自分の考えが間違っていなかったと確信できて嬉しくなる。
これは、あれだ。数学の難問を解いて、友達と答え合わせしたときの気持ちに似ている。
思わず顔がゆるんで、アレクシスに話しかけようとして、体がすくんだ。
アレクシスの表情、鬼のような形相とでもいうのだろうか。鬼っていうか魔王的な何かだ。
普段優しい人を怒らせると、ものすごく怖いと誰かが言っていたけど、あれ本当だったのか。
しかし、どうして殺気を放つほど怒ってるの?
あ、もしかして黒幕の宰相を殺そうとか考えているの。
それ困る!こいつには公の場で色々と裏の繋がりも吐いてもらわなきゃいけないんだから!
彼を止めようと慌てて一歩踏み出すと、アレクシスがキッと私を睨んだ。
「どうして、相談しなかった。そんな、ボロボロの姿になって… 」
「え? 」
絞り出した声は静かな怒りに満ちており、彼の青い瞳は剣呑な光を帯びている。
いや、この姿は私が自分でして…もしかして、私に向かって怒ってる、の?
そして、今更ながら私は気がつく。
恐ろしいほどの怒りの矛先が自分に向かっているということに。
あれ? 私、どこで間違ったの。