8、お姫様の終わり
恋の自覚にうんうん唸っていると、乱暴に床におろされた。
どうやら地下室らしい。悪い奴は大抵が暗くてジメジメした場所を好むというのは本当だったのか。
どうせならば、さんさんと太陽が輝くテラスに通してほしいものだ。
そうしたら、これから起こることも少しは優しくできるというのに。
「貴方だったんですね 」
大きな布の袋から顔を出して、相手を睨んだ。
私の睨みにびくっと怯えた表情をする相手。
思った通りのリアクションなんだけどさ、それならば最初からしなきゃいいのに。
「う、うるさい。これからお前には死んでもらう 」
弱弱しい、神経質そうな声。中年太りのある意味貫禄ばっちりの姿。
それは、謁見の間で私に皇帝陛下がいないと説明した、この国の宰相だった。
「筆頭宰相である貴方が、王妃の私を手にかけるというのですか 」
「陛下が現れなければ、お前は王妃などなれないっ!! 」
忌々しげに吐かれた言葉は、まさにその通り。
このまま未来の旦那様(姉用)が現れなければ、私はこの結婚を本当にぶっ壊すことになるだろう。
盛大に、近隣国に知らせた結婚を、全て台無しにされる。
ソレはきっと、各国との国交を命じられた宰相にとっては酷く頭の痛い話だ。
しかも、非は全面的に帝国にあると知れれば、笑いものにされるのがオチだろう。
「なぜ陛下はお隠れになったのか…。この国を思うお気持ちは誠のものであったというのに… 」
「ならば、どうして信じられないのですか? 」
どうしてこの国で2番目に偉い人が、それをできないのか。
私には理解できない。
だって、アレクシスは信じていた。
彼は一度だって、皇帝がこのまま帰らないんじゃないかって疑わなかった。
当たり前のように兄は帰ってきて、ロゼッタが王妃になると信じていた。
「この国を真に愛する方のお気持ちを組むことができなくて、どうして宰相位などを得られたのですか? 」
私だって、姉が来ないかもしれないという可能性は在りえないと思っている。
あれだけ色ボケかましていたから、というのもあるし何よりも姉が来ないはずがないのだ。
国を挙げて盛大に祝った。海の向こうの帝国との婚姻は、国に平和と繁栄をもたらす。
それらの期待に知らんふりして、逃げるような人でないことは私が一番分かっている。
「うるさい。元々この結婚、私は反対だったのだ。海の向こうの国などと婚姻を結ぼうとも、我が国に利益などもたらさん! だから、だから、私は1人で決心を決めて… 」
あぁ、だめだ。話にならない。
結局、気に入らなかったというだけの話だったのか。
ならば、彼は進言すればよかったのだ。そして、話し合えばよかった。
だって、この国で二番目に偉い地位を持つのだから、それができないはずはない。
その権利を放棄して、目の前の矮小な男はもっとも愚かな手段をとってしまった。
そのツケは、やはり己の全てで払ってもらうしかないのだろう。
「貴方には、筆頭宰相そして、その地位全てを手放していただきます 」
「一体、何を言っている。お前は、ここで死ぬのだ 」
可哀そうな悪役の言葉そのものだ。
ニヤリと私が悪い笑みを浮かべれば、恐れをなしたのか悪役宰相殿は剣を抜いた。
気がつけば部屋には数人の男たちが剣を向けて、私を取り囲んでいた。
まぁ、どうしましょう。 今度こそ本当の絶体絶命ってやつだわ。
ただのお姫様だったら、ここで騎士様の登場を待たなくてはならないのだろう。
だけど、生憎私はただのお姫様ではないのだ。
もしも、ただのお姫様だったならば、紅薔薇の姉を守りきることはできなかった。
敵を見分けるための眼。そして、敵を見つけたならば即座に殲滅する力。
この二つは姉を守るうえで絶対的に不可欠な要素。切っても切り離せないこと。
だから私は、「ただのお姫様」をやめたのだ。
ドレスの中から抜いたのは、二対の剣。
細見の剣には、美しい薔薇の模様が刻まれていた。
その意味は、美しい薔薇への忠誠を誓う騎士。
だから姉は、最愛にして最悪。
ただのお姫様だった私を、忠実な騎士にしてしまったから。
美しい紅薔薇の姫君と、彼女を守る白百合の騎士。
それこそが、我が国の二つ宝の真実。
「久しぶりの実戦なので、こちらも必死なんです。ですから、 」
邪魔なスカートの裾を切り裂き、袖を引きちぎる。
くるくると剣を回して、その感触を確かめた。
結局、何一つ変わらない。私はいつだってこうだった。
「死なないように、してくださいね 」
守られるだけのお姫様ごっごは、もうお終い。