5、もどかしい絶体絶命
アレクシスという男は及第点、またはそれ以上の男だった。
3日ほど一緒に過ごしたが、とりあえず気の利く良い召使い…いや騎士だ。
アレクシスの年は、今年で22というから驚きだ。
その若さで、すでに騎士団長に上り詰めたというのはものすごいことだろう。
ちなみに陛下はさらに3つ上だそうだ。まぁ許容範囲内の年齢か。
アレクシスのすごいところは、とにかく私の欲しいものを言う前に揃えてくれるところだった。
周辺諸国の情報、王族の家系図、貴族間の勢力図、物流ルート、ここ半年の物価変動などを何も言わずとも揃えてくれた。
コイツ、私の頭の中をのぞいたのか!?と思ったが、アレクシス曰く
「この国を攻め落とすときに必要そうな資料をそろえているだけですよ 」と。
…私は、この国の攻略を望んでいるわけではないのですけど。
「リリア様は、 」
「ロゼッタです 」
アレクシスに対し一つ困ったことがあるとしたら、よく私の名前を間違えるということだろう。
お願いしたことは2つ。
自分が妹のリリアだとバラさないでほしいということ。
自分のことは、いついかなるときでも「ロゼッタ」と呼んでほしいということ。
それ以外は、まぁ、本当に良く使えるやつだ。
一緒に居ても堅苦しくなく、最近では談笑もできるようになった。
普段の私は、基本的に部屋にこもっている。
結婚相手が行方不明の花嫁なんて、外に出たって良いことないだろう。
今のところは、あまりのショックに床に臥せっているということにしている。
ひきこもりライフ万歳!!と叫びながら、私は得た情報をまとめることに明け暮れている。
姉がすぐにこの国になじめるように。
社交界に出ても、困ることの無いように。
王妃としての務めをしっかりと果たせるように。
それだけを思って、私は日々ペンを走らせている。
だって、もうそれだけが私にできることなのだから。
日が傾いて、うす暗くなってきたから、そろそろやめようとペンを置く。
今日で3日が過ぎようとしていた。残りはあと4日。
そろそろ姉が着いてもおかしくない頃合いだろう。だけど、肝心の相手はまだ見つからない。
一体、この結婚はどうなるのか。
あんなに嬉しそうな姉の姿は初めて見た。
恋なんて愛なんて、と馬鹿にしてコケにして後ろ足で砂をかける様子は良く見ていた。
だから、まさに恋する乙女的な様子に姉がなるなんて、誰が予想できただろうか。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
トントンと、ドアがノックされる音。
集中したいからとメイドたちは下がらせておいたから、夕食の準備が整ったということだろうか。
今日まとめた書類を見ながら返事をすれば、ドアが開く音がした。
さて、今日の夕食は魚か肉か。私としては、ガッツリとステーキでも食べたい気分だ。
血の滴るレアとか…
「ロゼッタ姫だな 」
ヒヤリと首筋に剣が当たる感触。刃が当たって、皮が切れたようで襟元が汚れた。
どうやら血を滴らせるのは、私の方だったようだ。
「誰です? 誰の許しを得て、この部屋に侵入したのですか 」
「黙れ、お前はここで死ぬのだ 」
言葉が通じないお前の方が黙れと思ったが、ここは少しでも長らえるために口をつぐむ。
それにしても、帝国もういいかげんにしろという感じだ。
結婚相手は居なくなるわ、暗殺者は現れるわで、もう散々。
この国、一回解体して作り直してやったら少しはマシになるんじゃないだろうか。
どうせならば、ぐっちゃぐっちゃにして粉々にしてやる。
ざまみろ。ばーか、ばーか。
そうやって心の中で悪態をつきながらも、今の現状は絶体絶命ってやつだ。
丸腰で後ろから剣を突きつけられて、まさにチェックメイト!!
だけど、絶対にここでは死ねない。
姉の身代わりをして殺される。
この場合、精神的ダメージを一番に受けるのは間違いなく姉だ。
全ての元凶にして原因を作ったのは紛れもない姉。
でも、私は姉がほんの少しでも悲しんだり苦しんだりするのは嫌だ。
絶対に嫌だ。
だから、早くアレクシスよ、来い。
来い、来い、来い、来い、来おおおおおい!!
「何をしている!! 」
私の願い、いや強力な念が通じたのかドアが蹴破られ、聞きなれた声が響いた。
状況を瞬時に判断したのか、暗殺者が動揺している隙にアレクシスは間合いを詰める。
キィンと剣が弾かれる音。
首元の感触がなくなったことを確認して、私は急いでテーブルの下に隠れる。
罵声と、剣と剣がぶつかる音が続く。聞きなれた声の相手は大して息も乱さず応戦しているようだ。
あっという間に決着はついて、メイドたちが急いでテーブルの下の私を助けに来る。
あぁ、うん。平気、平気。ちょっと切れただけだよ。
それにしても、すごいな騎士団長!!あっという間だったぞ。
労いの言葉をかけようと、アレクシスを見ると酷く険しい表情をしていた。
「助けてくれて、ありがとう 」
「…っ、もうしわけありません 」
そう言って、私の足元で首を垂れるその姿は、まさにthe騎士という姿だった。
へぇー、そうやって見ると騎士団長という肩書も嘘じゃなかったんだってわかるわ。
だって、いつものアレクシスは貴族らしい服に小奇麗な顔で、なんかいまいち騎士って感じしなかった。
でも、こうやって甲冑つけて薄汚れた感じでくれば、なるほどと納得できた。
大ぶりの剣は使い込まれたもので、それを使って戦う姿は格好いいんだろうなぁ。
さっきの戦いも見てみたいかも…なんて、あぁ、いけない頭を切り替えなくちゃ。
「リリ…ロゼッタ様、聞いてますか? どこかケガをされたのですか? 」
「いえ、大したことないの。 それよりも、人払いをお願いしても良いかしら 」
「わかりました 」
そう言ったアレクシスの顔は酷く強張っていた。
それを見て、本当に心配してくれたんだなって、ちょっと嬉しく思ってしまった。