13、超個人的誘拐犯
とりあえず、持てるものを持った。
1人で身の回りのことをするのは別に慣れているから大丈夫。
とりあえず、向かう先は国境沿いにある騎士学校の寄宿舎あたりが良いだろう、とあたりをつける。
あそこのおかみさんには、色々と顔が利くんだから。
気がつけば、日が沈みかけていた。暗くなる前には出なければならないだろう。
この勝負、早さが大切なのだから。
言葉が通じないと判断した私は、ここから強硬手段に出ることにした。
つまり、それはトンズラ。最悪で最低な手段だということは分かっている。
でも、それは相手も同じだ。だまし討ちは騎士道でもっとも嫌われることなのだ。
だから、まぁ、お互いさまってことで。
馬にまたがり、裏口から出ようとして誰かが立っていることに気がついた。
緊張しながら剣に手をかけるが、相手を確認して止めていた息を吐き出した。
「ヒュー… 」
そこには、難しい顔をしたヒューバートが立っていた。
「無茶をなさいますね 」
そう言うヒューバートの手にも馬の手綱が握られていて、私はホッとしてしまった。
「ありがとう 」
とっさに感謝の言葉がでてしまう自分を少し恥じたが、味方は多いに越したことはない。
馬を走らせながら、私はこれからの事を考えた。
本当ならば、正式な手続きを踏んでからこの国を出たかった。でも、もうそんなこと言っていられないのかもしれない。
あのエリアスが、この国に来たのだ。ということは、あの男にとってこの状況は詰んだも同然ということだ。
根回しも、段取りも、全て片付けたからこそ、あの男は私の前に姿を現した。
万が一の隙もない、と思わなくてはならない。あとは、私が結婚すると言ってしまえば良いだけなのだろう。
でも、それでも、私は、大切な人を裏切ることなんてできない。
だから、できるだけ抗うしかないのだ。たとえそれが無駄な抵抗だとしても。
灯りが見えてきた。
目的の建物は、石造りの要塞のような造りの建物だ。収穫祭前の子の時期は、騎士学校の見習い騎士たちも家に帰っているはずだから、私のごたごたに巻き込まずに済むだろう。
おかみさんは、兄たちの乳母もしていたこともある人で、私と姉にはめっぽう甘い人だった。だから、きっと私の状況を聞けば助けてくれるだろう。
あぁ、とりあえず、今日は懐かしい寄宿舎で過ごしてこれからのことを…
そう考えて気を緩めていたのがいけなかった。だから、後ろから迫ってくる馬の駆ける音が複数になっていたことに気づくのに遅れてしまった。
「ヒュー!? 」
後ろを走っていたはずの彼が何も言わないなんて、おかしい、と振り返ればそこに見知った顔はなく、知らない騎士たちが私を取り囲むようにして並走していた。
いや、1人知った顔がいた。暗い夜道で相手の顔が分かるなんておかしいと思うが、分かるのだ。
その、無駄にキラキラとした美形は、暗闇の中でも何故だか異様な存在感を漂わせていた。
「残念だったな。リリアの騎士は、すでに買収済みだ 」
「ヒューに何をしたのっ!! 」
私の言葉に答える気はないのだろう。うさん臭い笑顔のまま、エリアスは馬を止めさせた。
完璧に囲まれてしまい、私もしぶしぶ止まって馬から降りた。そんな私の行動が思った通りだったのかエリアスは笑みを深くした。
その笑顔は、絶対的な勝利を確信した時のものであり、私のイライラを最高値まで跳ね上げるには十分だった。
なんだ、コイツ。すごくムカムカするんだけどー。
「お遊びには十分付き合った。もう、いいだろう 」
「ふ、ふ、ふ… 」
なにが「もう、いいだろう」だっ!!私が、自分の計画通りに動くものだと信じて疑わない言い方。
キッと睨めば、返されるのは絶対的な上位者の微笑み。
あぁ、目の前が真っ赤に染まる。
ここまできて、まだコイツは私を思い通りに動かせると信じているのだ。
こんなに私が嫌だと言葉と態度で示しても、コイツには通じない。
ならば、方法はたった一つしかない。
怒りは、人を突き動かす原動力の一つ。
だから、私はこの衝動に従って行動にでた。
「ふ、ふざけんなぁああああああーーー 」
帯刀していた剣を抜き、目の前のいけ好かないキラキラ男に切っ先を向ける。
すなわち、決闘の合図。
切っ先を向けられて、尚、相手の余裕は変わらない。
そりゃ、そうだ。私はたった一人で、圧倒的不利な状況だというのは変わらない。
でも、それでも、私は何としても抗わなくはならないと思うのだ。
この訳の分からない、俺様的精神の持ち主を、何としても倒してやりたい!!
「リリア、それほどまでに嫌か? 」
「当たり前でしょう。私には、決めた相手がいるんだから 」
「…そうか。お前も、か 」
「え? 」
泣き出しそうな表情になったエリアスに思わず動揺してしまう。
この状況で、なんでアンタの方が傷ついて悲しそうな顔するわけ?意味がわからない。
「なんで、あんたが…うっ!! 」
そうして、気を緩めてしまった次の瞬間、首元に衝撃を受けて私は意識を失ったのだった。
あぁ、ちょうくやしい。




