11、対 隣国王子エリアス
何とも妙だった。
秋の収穫祭を前にして、リリアは落ち着かない気持ちにさせられる。
両親にアレクシスとの婚約を伝えたのは3ヶ月前。
そうして準備された純白のドレスを前にして、ただ今は驚きの気持ちしかない。
一体、両親は何を考えているのだろうか。
「結婚したい方が、いるのです 」
報告したとき、母である王妃は驚きに目を見開き、父である王は頭を抱え黙った。
両親のそんな反応に、謁見は見事打ち切られた。
そう、だから猛反対されることを覚悟していたというのに、この反応は一体なんなのだ。
この3ヶ月、花嫁修業としてマナーや採寸など目まぐるしい日々を送っている。まさか、こんなにあっさり認められるとは思っていなかった。
姉の時は、少なくとも1ヶ月は周囲が騒いで両親が嘆いて私は呆然としていたんだっけ。
あぁ、あの頃が懐かしい。世界の崩壊を垣間見た1ヶ月だった。
こんなにすんなりと事が運んでしまうと少々拍子抜けだ。
一世一代の勝負とか、覚悟の告白とかしなきゃいけないと思っていたというのに、あぁ残念。
くるくると双剣を回しながら、私は今日も訓練場へ急ぐ。今日は、ヒューバートと模擬試合だ。
今日こそ、一矢報いるのだ。そして、モンブランをヒューバートに作らせるのだ!!
意気揚々と歩みを進めていけば、訓練場から音が聞こえた。
なんだろう、騎士たちの訓練はもう終わっているはずなんだけど。
いそいそと向かえば、ヒューバートが誰かと闘っていた。
赤毛の騎士は言わずもがな、私の剣の師匠にして現親衛隊隊長ヒューバート。
そして、相手は漆黒の騎士服を身にまとい、細身の剣を華麗に操っている。
もちろん、アレクシスが優勢なのに違いはないのだけど、相手もそれなりに戦っているところから相当の使い手だということがわかる。
うーん、誰だろう。この国には珍しい茶色…チョコレート色の髪だ。
見覚えあるんだけど…誰だっけ?あぁ、私よ思い出せ!!
そうして唸っていると、勝負がついたようで黒い騎士の剣が弾き飛ばされた。
その剣は弧を描いて宙を舞い、滑るようにして私の足元へ。
剣には、我が国の物ではない紋章。これは、もしかして、隣国のものか。
「久しぶりだな 」
遙か上から声がして、顔を上げればそこにはチョコレート色の髪にシルバーグレイの瞳。
そして、印象的な超絶美形を久しぶり見て、私はようやくこの人物を思い出す。
多分、きっと意識的に忘れていたであろうソイツ。思い出したくもなかった相手の名前。
「エリアス…来ていたの 」
隣国の王位第一継承の王子にして幼馴染という人物に対して、私はとりあえず笑顔を向けた。
それは酷くひきつった笑顔だったろうけど、笑顔は笑顔なのだ。
彼を見ると、同族嫌悪という言葉を思い出す。
自分と同じような性質を持つ者を嫌う。その理由として挙げられるのはアイデンティティの確立が難しくなるから。
ソイツを見ていると、己の存在意義が酷く意味の無いものに感じてしまうのだ。
私にとってのエリアスとは、いわばそういう人物だった。
彼は、私と同じ。または認めたくないが、それ以上のシスコン。
ただひたすら、姉を守る為に全てをひれ伏し、支配した。
だから彼は末弟でありながら、王位第一継承位という地位を勝ち得たのだ。
「ロゼッタは、結婚したんだな 」
「そうよ、幸せいっぱいの結婚よ 」
ヒューバートとの模擬試合を泣く泣く諦めて、私はエリアスに付き合って謁見の間に向かっている。
どうせならば、寄り道などせずさっさと一人で行けば良いものを、私を探していたなどと言うものだから付き合うことになってしまった。
別れ際のヒューバートの心配そうな顔が気になるけど、もしかして何かいじめられたのだろうか。だとしたら、後で倍返しだ!!
そんな私のイライラとは正反対に、エリアスは穏やかな表情で私の隣を歩く。無意味に足が長いくせに、ちゃんと私の歩幅に合わせる。そういうところが、さらに私をイラっとさせる。
お前の形だけの気遣いなど、気持ち悪いだけなんだよ。
「リリアはよく認めることができたものだ 」
「…私は私の幸せのために、ロゼッタの結婚を祝福したわよ。あんたと違って 」
ふふふ、とほほ笑みながらも目が笑っていないエリアス。美しい顔に陰りが見えて、恐ろしい悪魔に見える。
きっとコイツの本性を知っているのは、当事者であるエリアスの姉のエリーデ様と私くらいだろう。それ以外には、完璧な王子様を演じているのだ。
あ、あと、ロゼッタも直感的に感じて言っていたっけ「アイツやばい」と。
エリアスの姉であるエリーデ様は生母の身分が低く、第一王女でありながら冷遇されていた。
とても美しいわけではない。だけど、心が優しくて素直な人である。聖女という言葉がよく似合う人だ。
私も何度かお会いしているからわかる。あの人は、幸せになるべき人だ。
だから、エリアスはエリーデ様に対して酷い扱いをする全てを変えるべく今の地位を得たのだ。
努力だけではない。機略、策略、謀略を駆使して国というものをひれ伏した。
ただ、最愛の姉が幸せであるようにという願いのために。
隣国ということもありエリアスとは幼いころから付き合いがあった。普通、同い年の幼馴染といえば親しみを感じるものだろう。
しかし、私は毎回彼に会うたびに、自分の非力さや無力さを痛感させられたものだ。
同い年なのに、どうしてこんなにも違うのだろう。どうして、同じ思いを抱いているのに彼の発想はそんなにすごいのだろう。
追いつけなくて、いつも差を見せつけられて、そのうちに私は彼が大嫌いになった。
だから、ここ数年はなるべく会わないようにしていたのに、一体何の用があるのやら。
「そうか、では俺たちの結婚ももちろん祝福できるな? 」
「はぁ? 」
そう言って微笑むエリアス。
そんな彫刻のように美しい顔を、私はただ馬鹿みたいに見つめるだけだった。




