7、彼女のはじまり
あれは、とても寒い冬の日。
私たちが12歳の時のことだった。
「リリア以外は、嫌だから 」
姉が機嫌を悪くしたから、助けに来てくれと言われてしぶしぶ参上すれば、そんなことを言われた。
前後の繋がりも分からない私は、ただ「はぁ?」と曖昧に返事をするだけだ。
「私、16歳の成人の儀で祝福をくれるの、リリア以外は嫌だから 」
「えっと、その祝福って、確か代々親衛隊長がするんだよね 」
私の問いかけに当たり前だと力強く頷く姉。
それを見て、私は頭を抱える。 もう、この人本当に嫌だ!!
「それって、要するに、私に親衛隊長になれってこと? 」
「だって、今のところリリア以外に祝福受けても良いなって人いないんだもん 」
真っ赤に頬を膨らまして、プイッとそっぽを向く姉。可愛い人は何をしても可愛いとはよく言ったものだ。
身内のひいき目なしにしても、姉は本当に美しくて可愛くてどうしようもない。
突然、呼び出された私の都合とか、いきなり突きつけられた無理難題なんて知らぬふり。
ただ自分の為だけに、こうやって美しく可愛く不器用にお願いするのだ。
私から色んな物を奪うことを知りながら、それでもお願いしちゃうから姉は最愛で最悪なのだ。
でも、きっとこんなことを言うのは私にだけ。それは、姉が唯一私を認めてくれた証。だったら、私はその願いを聞いてあげたい。
たとえ、どんなことになろうとも、その願いを叶えてあげたい。
ドレスもアクセサリーもダンスも美味しいお菓子もみんな好きだった。
キラキラって奇麗に着飾るのも、女の子の特権で好きだった。
だけど、それ以上に好きなものが私にはある。
だから良いよね。それら全部を諦めてしまっても、良いよね。
チクリ、と胸が痛んでポロッと涙が一つ落ちた。
「リリア、何泣いてんの!? そ、そんなに嫌だったら、別に 」
「ううん、違うよ。これは、思わず落ちちゃっただけ 」
ははは、と笑えば、ふてくされたように姉はまたそっぽを向く。
素直じゃない、捻くれ者。だけど、ずっと一緒に居た大切な姉。
だから、ダメなんて言えないよ。
「わかった、頑張ってみるね 」
そう答えたときの、姉の驚きと歓喜の笑顔があったから、私は騎士になったのだ。
懐かしい記憶に触れて、思わず顔がゆるんだ。
あぁ、そうだ。白百合の騎士の始まりは、きっとあの時だった。
「私ってば、とことんゲロ甘すぎて胸焼けしちゃうわ 」
「まったくですね。僕も知ったときは、ビックリしました 」
あの後、成人の儀直前で、ギリギリすべりこみ隊長に就任した私。
成人の儀での約束を果たすと、姉はそれはそれは嬉しそうな顔をしてくれた。
だから、隊長となってからの私を支えたのは、そのときの笑顔だ。
「懐かしいねぇ。 って、なんでそんなこと書いちゃったの? 恥ずかしいんだけど 」
「…優越感から、ですかね。余りの上から目線の手紙に一矢報いたかったんです 」
嫌そぉに呟くヒューバート。基本、温厚な彼にここまで嫌悪感を抱かせる手紙…。
アレクシス、あんた一体何書いたわけ?
「まぁ、それは良いんです。 ところで、この体制あまりよろしくないですよね 」
「…そうね。 できれば、この腕は解いてほしいわ 」
がっちりと背中に回った腕。緩まるどころかどんどんと距離を縮めてきているようだ。
「じゃあ、ご褒美をください 」
「欲しいものでもあるの? 私より、色んな物を持っているでしょう 」
ヒューバートは、公爵家の者なのだから、欲しいものは大抵は手に入るはずだ。
ただの騎士で、なんちゃって王族の私から搾取する必要などないだろう。
「違いますよ。 僕はリリアから欲しいんです 」
「…なにが 」
すごぉく嫌な予感がする。たぶん、聞かない方が良いのだということも分かる。
でも、聞かなければここから逃げることもできない。
「騎士の祝福が、ほしいです 」
それは案の定、何ともきわどいおねだりだった。
「…ぜんぶ? 」
「もちろん、全部です。 ロゼッタ様にしたみたいに、愛情込めてしてください 」
今、私の中でヒューバートへの認識が変わった。
コイツは癒し系かもしれないが、腹黒癒し系だ!!
だって、性格悪すぎるよ。
「…したら離してくれる? 隊長にもなってくれる? 」
「はい、仰せのままに 」
なでなでと頭を撫でられるのは非常に不愉快だが仕方ない。
大事なのは言質を取ることだ。後で、ダメとか言われないように何度も念押しをする。
そうして、何度か同じやりとりをしてから、私はそっと付け加えた。
「それから……許してくれる? 」
さっき、ヒューバートに言われた言葉。
「捨てる」という一言は、私の胸に深く刺さった。
勝手に引きずり込んで勝手に捨てる。今、私がしようとしているのは、まさにそういうことなのだろう。
私は自分で決めて、この道を選んだ。でも、ヒューバートは違う。
私が強引に彼の道を作って、そこに押しこんで、そして今、勝手に追い出そうとしている。
そんな私を、許してくれるだろうか。
怖くてヒューバートの顔が見られない。
ドキドキと心臓の音がする。掌も湿ってちょっと震えている。
嫌な静寂の中、ハッっと小さなため息が聞こえた。
「非常に不愉快だから言っておきますけど、全ては僕が選んだ道なんですよ 」
顔を上げれば、控えめな癒し系の笑顔。いつものヒューバートがいた。
「さっきは、ああ言ってしまいましたが、本当は全然そんなことないんです。全ては僕が決断したんです。 僕が、貴方の傍に居ることを選んだ。 だって 」
ぎゅっと抱きしめられれば、ヒューバートの心臓の音が聞こえる。
ドキドキってものすごい早さで鳴っている。あぁ、緊張してるんだ。
「ずっと、貴方が好きだったから 」
抱きしめる腕が優しくて、泣きそうになった。
ずっと傍に居て支えてくれた貴方には感謝しきれない。貴方がいなかったから、今の私は絶対にいなかった。
本当に、ありがとう。何回言っても、全然足りないくらいに感謝しているよ。
でも、私は決めてしまったから。
「…ごめんなさい 」
「はい。貴方はそれで良いんです 」
ぱっと、抱きしめる腕が離れた。
それがまるで永遠の別れみたいに感じられて、思わずヒューバートの服の裾を掴んだ。
「でも、私は感謝しているの。ありがとうって一生思っているから。ヒューはずっと私の剣の師匠だよ 」
パニックになっている今の私は、気の利いたことは言えない。だけど、この気持ちはしっかりと伝えたいと思う。
真っ直ぐに気持ちをぶつけてもらったのだから、ちゃんとそれに答えないといけないんだ。
「ずっと、大切に思っているからね!! 」
私の言葉に、ぽかんとした後、ヒューバートは笑った。
とても嬉しそうに笑ってくれた。
「…そうか、そうですね。 ありがとうございます 」
「こちらこそ、ありがとう 」
お互いにペコっと頭を下げた。顔を上げれば目があって、思わず声を上げて笑い合った。




