6、魔王からの返事
俺のお姫様、リリア様へ
ずいぶんと、面白いことになっているようですね。
何も言いません。貴方は頑張った。それは事実なのでしょう。
俺は、ただ貴方の事を信じています。
えぇ、とりあえず、この一年は貴方を信じてあげましょう。
ただ、それ以上はないものと思っていただけると幸いです。
延長や、猶予などという生ぬるいものは、在りえないと考えてくださいね。
そんなマドレーヌみたいに甘いことを考えているならば、俺は貴方を攫いにいきます。
そんなこと、俺にさせないでいただきたい。
俺は、貴方が自分で帰ってくることを望んでいます。
ただ、それだけです。
あと、一つだけ覚えていてください。
俺以外に、貴方へ騎士の忠誠を誓っても良い相手などいません。
いたとしたら俺が殺します。貴方の未練など残さぬように奇麗に消します。
どうか、そのことだけはお忘れなきよう。
間違った選択など、絶対にしてしまわないよう気を付けてくださいね。
それでは、変わらぬ愛を。
アレクシス
追伸、貴方のその決意を、俺は嬉しく思います。
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手紙を送ってから一日で速達便として送られた返事は、私を覚醒させるのに十分だった。
そうだ。
時間がないのだ。私には限られた時間しかないのだ。
だから、色々と気になる言葉がちりばめてあったとしても、気にするのは時間の無駄だ。
…うん、非常にマズイ雰囲気っていうか知ってるの?という感じするけど無視、無視。
海の向こうの、愛しワンコであり、恐ろしい魔王様のためにも私はできることをしなければ。
「ヒュー、どこにいるの? 」
城中を呼びまわって探す。しかし、こんな時に限ってヒューバートは見当たらない。
うーん、一体どこに行ってしまったのか。
ウロウロと見て回って、一つのところに思い当たった。
そうだ、剣馬鹿の行くところなんて、たった一つに決まっている。
訓練場へ、私は走った。
案の定、そこにはヒューバートがいた。
一心に剣をふるう姿は美しく、一つの無駄もない。
そこには、憧れである剣聖たる一人の騎士がいた。
あぁ、声かけずらいなぁー。と思いながら、ヒューバートの剣技に見とれていると丁度こちらに気づいたようだ。
剣を鞘に戻したのを確認して、私はヒューバートへ近寄る。
「どうかしましたか? 僕を探していましたよね 」
「うん、えっと、そのね 」
散々悩んで、なんて言うか結局決められなかった私。
きっと、そんな私をアレクシスが見たら「ふざけているのですか」って一喝されそうだ。
それできっとすごく悲しい顔をするのだ。普段の魔王様からは想像もつかないほど、悲しい顔を。
だから、私はちゃんと伝えなくてはならない。
「ヒュー、私ね、貴方とは結婚できない。他に好きな人がいるから 」
決死の覚悟で伝えた言葉。
あぁ、大切な人を傷つけてしまうことがこんなに辛いなんて知りたくもなかった。
でも、私がちゃんと乗り越えないと、一番大切で守りたい人が傷つくことになるんだ。
それだけは、絶対に嫌だ。
突然の私の言葉にびっくりしたようなヒューバート。
動揺を隠しきれず強張った顔は、少しすると静かに微笑んだ。
「知っています 」
「え? 」
私の間の抜けた返事に、かすかな優越感を浮かべながらヒューバートは言葉を続ける。
「アレクシス様という、帝国騎士団の団長でしょう。 その方から、手紙を頂きました 」
魔王様は、どこまで知っているのだろうか…。
固まってしまった私を見て、ヒューバートは困った表情をする。
「その、婚約者だと聞いていますが、本当ですか? 」
「えっと、うん、その、アレクシスは、私の、わたしの… 」
言葉にしようとして、今更ながらとっても恥ずかしいことに気付いた。
どうしよう。そうだよ、私とあの人、結婚するんだよ。
私、あの人のお嫁さんになるんだ!!
何を今さら、という感じだが、改めて他人から言われるとなんだかドキドキしてしまう。
アレクシスは、その、私の旦那様になる、のだ。
あ、だめだ。なんか顔がとてつもなく熱いんだけ、ど。
「その様子だと、本当みたいですね。…その方は、ロゼッタ様よりも大切? 」
困ったように笑うヒューバート。だけど、最後の言葉の言う時は、とても真剣な表情になった。
私の覚悟を確かめるような、本気の投げかけ。
その問いに、私はしっかりと答えなくてはならない。
「うん、大切だよ。一生、傍に居て、守ってあげたい人なの 」
真っ直ぐにヒューバートの瞳を見つめて答えたその言葉は私の素直な気持ち。
嘘偽りの無い、強い気持ちでそう言える。それ以外は在りえない。
だって、私の愛情も忠誠も「全て」をアレクシスにあげるって誓ったんだ。
「そうか。 だから、その剣を持っているのですか? 」
あ、気づいていたの? と苦笑いしながら、脇に差していた細身の双剣を取り出した。
それはただの双剣。私の忠誠の証たる薔薇の模様は刻まれていない。
紅薔薇への忠誠を誓った双剣は、手紙と一緒に帝国の姉の元へ送った。
これは、私のけじめ。純然たる決意。
もっとも愛しい人への、忠誠の証だ。
「私には、もうあの剣は必要ないから 」
「…悔しいです 」
手が伸びて、ヒューバートの手が私の頭に伸びた。
そして、そっと優しくなでてくる。
「きっと貴方を得るのは僕だと思っていました。貴方に紅薔薇の剣を置かせることができるのは僕だけだと勝手に信じていました。でも、それは違ったのですね 」
寂しそうな瞳で私を見つめるヒューバート。
胸が酷く痛むけれど、目をそらしてはいけない。全ては私が始めたことだ。
あの日、ヒューバートを引きずり込んだのは、私。
ならば、また元の道に戻してやるのも私の役割なのだ。
「うん、だからヒューはもう私のお守なんてしなくていいんだよ 」
どうか、自分の夢を追いかけて。
そう思って微笑めば、ヒューバートは酷く意地悪そうに笑った。あれ?
どうしたことだろう、なんか空気が変わったんだけど。
「そんな身勝手言って、許されると思っていますか? 」
あれ?どうした。なんか、この嫌な感じは、魔王様を思い出すぞ。
「僕は貴方のために、第一騎士団を捨てて、夢も一旦諦めて、副隊長になった。そんな僕を、リリアは捨てるんですか。まるで、雨の日に子猫を捨てるみたいに、ポイって放り投げるんですか? 」
「え、ちょ、まって 」
ずいずいと近づいてくるヒューバート。
どんどん後ろに下がっていくが、最後はトンと壁に当たって止まってしまった。
あ、やばい。逃げ道が、ないぞ。
ヒューバートの手が背中に回って、抱きしめられるみたいな体制になった。
まずい、と私は必死で手を前に出してガード!!
顔を下に向けて、亀のポーズだっ!!
「ヒュー、あのね、手紙見たんでしょう。だったら、 」
「見ました。 嫉妬と独占欲と脅しに満ちた、恐ろしい手紙を見ました。だから、僕も負けじと、リリアの好きなものとかクセとか昔の話とかを連ねてお返事書いてやりました 」
ひぃっと私は小さな悲鳴を上げてしまった。ちょっと、あんた何してくれてんの?
だからか、だからあんな恐ろしい手紙が届いたのかっ!?
思わず、視線をヒューバートに向ければ、してやったりという表情をされた。
あ、ちょっと悔しい。
「…あと、リリアが騎士になった経緯も書いてやりました 」
「あー、あれね。ちょっとそれは恥ずかしかったかも 」
懐かしい記憶をたどれば、真っ赤に頬を膨らます姉の顔が浮かんだ。




