5、マドレーヌに流される
私の騎士たるアレクシスへ
貴方に手紙というのも恥ずかしいというか、不思議な気持ちになります。
でも、貴方のことを思いながら貴方への手紙を書くことはとても幸せなことですね。
さて、こちらに帰って来て1週間が経ちました。
貴方はまだ1週間と言うかもしれませんが、もう1週間もすぎてしまったのです。
驚きですね。貴方の元に帰るのもあっという間かもしれません。
この1週間で私は、親衛隊長の任を辞しました。
ずっと決めていた、私のしなければならない責任を一つ果たすことができました。
後任の者はグダグダ言っていたのですが、そこは私の手腕でなんとか乗り越えました。
そう、隊長辞任はなんとか乗り越えることができたのです!!
帰ったらいっぱい褒めてくださいね。
まだ私はやらなくてはならないことがあるので、今日はその報告で終えたいと思います。
貴方に会える日を思って。
リリア
追伸、一緒に送ったものは姉に渡してください。私には、もう必要の無いものです。
――――――――――
なんとか、伝えるべきことは伝えられるだろう、とリリアはホッと溜息をついた。
そう、隊長位辞任はアレクシスも強く勧めていたことだ。
だから、きっと大丈夫な、はず。
嘘なんて一つも書いていない。
そう、自分は無事に隊長位をやめることができた。良かった。
しかし、そこで問題が一つ。
肝心のヒューバート隊長就任を果たしきれなかったのだ。
その理由というのも、まぁ、なんともやりきれないもので。
「あぁ、どーして、ああいうこと言うかなぁーー!! 」
きぃーっとクッションをドアに向かって投げれば、ちょうどドアが開いた。
ポスンと入ってきた人物にぶつかって、クッションは床に落ちた。
「どうしました? 」
キョトンとした様子で聞いてくるのは、件の彼。
ヒューバートがティーセットとお菓子を持って、立っていた。
あの後、訳も分からず硬直した私は、何故だか抱きしめられてキスをされそうになっていた。
突然のハプニングに弱いというところがまたしても私を窮地に追いやった。
ダメ、絶対にダメ。こんなことされたってバレたら、魔王様が来ちゃう。
それで、国ごと滅ぼされるっ!!
「ごめん、考えさせて!! 」
ヒューバートを押しのけてなんとか逃げだして、逃げながらすごく後悔した。
どうして「考えさせて」じゃなくて、「ダメ」ってはっきり言わなかったんだろうって。
でも、それは無意識のうちに怖かったから言えなかったんだと部屋について気づいた。
今までのヒューバートとの信頼関係や絆を失くしてしまうのが私は怖かったのだ。
翌日、ヒューバートは、いつもと変わらず私に接した。
築いてきた関係が崩れなかったことに安堵してしまった私はそのまま流され、今日にいたるというわけだ。
このまま何もなかったことに…と都合の良いことを考えてしまうがそうもいかない。
隊長への昇進に関して、ヒューバートは国王に返事をしていないのだ。
彼曰く、一つの誓いを果たす前に、別なことはできないとのこと。
多分、一つの誓いというのは、私へのプロポーズ的な誓いのことだろう。
そう、だから、私はハッキリキッパリ、ヒューバートを振らなくてはならない。
そうでなければ、彼の昇進を私自身が阻むことになってしまう。
頑張れ、私。魔王との対峙を考えれば、こんなの別に…。
「今日は、マドレーヌを焼いてきました 」
そう言って差し出されたマドレーヌは、こんがり美味しそうな色をしている。
ふわっと香るのは、私の好きなバニラとアールグレイの匂い。
「こっちがバニラで、こっちがアールグレイ。どっちもリリアが好きなものだと思って 」
「わぁ、ありがとう 」
ふわっとホンワカ微笑まれれば、私も微笑み返してしまう。
そうして、一口食べて、はっと我に返る。
私、また流されているよ!!
呑気にマドレーヌとか食べている場合じゃないでしょう。
…でも、相変わらず美味しいなぁ。
こうやって穏やかに過ごす日々は、私にとって一つの癒しであった。
姉に散々苦労させられたり、隊長としての己の未熟さに落ち込んだりして、ボコボコにへこんで帰ってくると、そこにはお菓子と紅茶。
そして、癒し系のヒューバートのほのぼの会話。
それらは、私にとって大切な日常なのだ。
「おかわり 」
「はい、どうぞ。紅茶のおかわりも入れてありますよ 」
そうして私は結局、今日もお菓子と紅茶に流されて一日を過ごしてしまうのだった。




