4、予期せぬ誓い
「ほら、受け取りなさい 」
乱暴にとって渡したのは、隊長にだけつけることが許された勲章。
自分がデザインを変えさせまくって作った、薔薇の細工が施された美しいものだった。
「本来ならば、もっと早くヒューは団長なれていたんだよね。…ごめんなさい 」
「隊長、頭を上げてください 」
恐る恐る顔を上げれば、ヒューバートは申し訳なさそうに微笑んでいる。
それを見て、リリアは脱力した。
いつもそうだ。こいつは、良い人すぎて時々心配になってしまう。
散々人に騙されて、利用されて良いように使われてしまうタイプの人間だ。
だから、私のような者の部下として、十分すぎるほど良くやってくれた。
「僕は、貴方の元で働くことができて、本当に良かったと思っています。 それに、一番弟子の成長を見守ることができて嬉しかったし 」
ニコニコと笑うヒューバートの言葉には、裏がなくほのぼのとさせられる。
あぁ、やっぱりコイツは癒されるなぁ、とリリアもあたたかい気持ちになった。
「そう言ってもらえると、とても嬉しい。ありがとう、ヒュー 」
「えっと、その、どういたしまして。 それで、隊長は、今後どうするんですか? 」
あぁ、と言いながら、どこまで伝えようかと考えた。
父である国王には、とりあえずは国内を見て回りたいとか適当なことを言ってきた。
自分は最終的に、帝国へ行くのだ。
それまでに今までの自分のしがらみを、どうにかして全て清算しておきたい。
だから、いついかなる時も自由に動けるようにしておきたかったのだ。
「当分の間は、国を見て回ろうかと思っているの。 姉上はもういないから、私が緊急で呼び出されることもないでしょう 」
精一杯の笑顔を、と笑ってみたが思うようにはいかず、なぜが視界が歪んだ。
あぁ、だめだ。帝国で、私の涙腺は壊滅的に破壊されたらしい。
帰って来てからずっと感じていた違和感。
考えないようにしてきた。でも、だめだ。
だって、城を見て回ってそれは決定的になった。
18年間ずっと一緒だった人がいない。
それは、リリアにとって、この城を酷く寂しいものにさせていた。
「僕が、います 」
「え? 」
先ほどまで微笑んでいたヒューバートは、真剣な表情になっていた。
気がつけば、右手を握られていたようで、そこだけが酷く熱い。
すっと跪いたヒューバートの顔は今まで見たこともないくらい真面目なもの。
その瞳の奥に熱を感じたリリアは、ビックリしすぎて涙が引っ込んだ。
あのヒューが、なんかすごく真面目な顔してる!?
なんだろう、すごく大事な話な気がするけど、これを聞いてはいけない気がする。
本能的に身を引こうとして、掴まれた手に引っ張られた。
「もう、僕は逃げません。だから、リリアも逃げないで 」
突然呼ばれた名前に驚いてリリアは目を丸くする。
リリアという呼び方は、剣の訓練の時だけのものだ。
身分も、肩書も関係ない。ただ一人の人間として対峙するときには名前で呼ぶと、そうューバートは言った。
だから、訓練場以外でヒューバートがそういう呼び方をすることはなかった。
でも、今はちがうらしい。
リリアが逃げないと分かって安心したのか、ヒューバートは手を離した。
そして、改めて跪いて首を垂れる。それは、騎士が忠誠を誓うもの。
いつかのアレクシスが、リリアを守ると誓った時と同じ姿勢。
凛とした瞳をリリアに向けて、ヒューバートは迷うことなく言った。
「ヒューバート・ジュリスの生涯をかけて、リリア・ルイ・ソワールに忠誠を誓います 」
そうしてリリアの右手を掴み、そっとキスをした。
騎士の誓い。生涯の忠誠。
それは己の主たる人と、花嫁となるべき女性に対してのみ許される儀式。
そして、私はもちろん主である国王ではない。と、いうことは?
「リリア、僕のお嫁さんになってください 」
控えめに微笑むヒューバートの顔は真っ赤。
対する私の顔は、冷や汗をかいて真っ青だった。
どうしよう、アレクシスになんて手紙を書こう!!




