3、剣の師匠へ恩返し
「ふぇっ、いたーいっ!! 」
「隊長、大丈夫で 」
「ばかめっ!! つかまえたああああ 」
城中を騒がせての逃走劇は、リリアの転倒で呆気なく幕を閉じた。
ちなみに、この転倒がガチ転びだったのは、リリアだけの秘密だ。
ヒューバートの腕をつかみ、近くの部屋に引きずり込んだ。
その時のリリアの顔は、あの時と同じように勝利を確信した表情だった。
15歳のあの日。ヒューバートを己の野望の道に引きずり込んだリリア。
結果として、彼は思った以上に最高の指導者だった。
剣の訓練に関して妥協は許さず、リリアの身分も気にせずビシバシと鍛えてくれた。
だから、時間も気にせず2人はひたすら深夜まで訓練することができた。
しかし、未婚の男女が深夜に2人きりという状況がとがめられなかったわけではない。
だが、そもそもヒューバートが呼び寄せられた理由が理由であるため、それほど言われることはなかった。
むしろ、両親はそのことを酷く喜んでいた。ようやくリリアにも春がきた、と。
リリアにとって、その誤解は非常にありがたいものだった。
これならば、昼夜問わずヒューバートに張り付いて特訓することができるのだ。
今だけ、訳の分からない噂が立つのも許してやろう、と酷く寛大な気持ちだった。
まぁ、その時期の姉が非常に荒れまくって「紅薔薇暗黒期」とまで言われたのは良い思い出だ。
だって、私あんまり被害受けなかったしっ!!
ヒューバートを部屋に引きずり込んだまでは良かったが、完全に息が上がっているためすぐ会話ができない。
それに対して、目の前の赤毛の男は息ひとつ乱さない。
あぁ、こういうところが、男と女の違いなのかとリリアは悔しくなる。
でも今更そんなことを嘆いても仕方がない。
早く、会話をしなければ。次に逃げられてしまったら、今日はもう諦めるしかない。
「よくも、にげて、くれた、わね… 」
「も、もうわけありません。その、覚悟ができなくて… 」
やはり、話がいっていたのかと溜息をつく。
私の知らないところで話を伝えるとは何事か、まったく。
ようやく、息も整ってきた、と真っ直ぐにヒューバートを見た。
あの頃とは違う、奇麗に切りそろえられた赤毛からは、爽やか美形な顔がのぞいている。
身長もずいぶん伸びて、頭一個半くらいまで高くなった。
体にピッタリとあった軍服は、ヒューバートの鍛えられた体をよく見せてくれた。
若い娘からは熱い視線を送られるリリア自慢の副隊長さま。
我ながら見事なプロデュースだ、とニヤニヤした。
ヒューバートがリリアの剣の師匠ならば
リリアはヒューバートの外見磨きのプロデューサーだ。
半年で20人斬りという名の昇進試験に見事合格したとき、リリアはヒューバートの副隊長推薦を決めた。
相談相手にして、仕事のパートナーとなる副隊長には絶対的に信頼できる相手が良い。
それに、剣の師匠としてこれからもヒューバートには傍に居てほしいと思ったのだ。
しかし、それは酷く身勝手で、自分本位な願い。
だから断っても良いと言って提案した。だけど、ヒューバートは良いと言ってくれた。
一番最初の弟子の面倒を見たいと、つっかえながらも噛みながらも伝えてくれた。
聖騎士になりたいという夢を、少しの間だけ先延ばしにすると言ったのだ。
だからリリアは、ヒューバートに隊長位を譲りたいと思った。
聖騎士になるには、団長・隊長をある程度経験しなくてはならない。
しかし、親衛隊に移動してしまったヒューバートはリリアが居る限り副隊長にしかなれない。
自分のために副隊長という地位に何年も甘んじさせてしまった。
第一騎士団に居たならば、もうとっくに騎士団長にだってなれていただろうに。
だから、自分が隊長位をヒューバート譲ることは、突然でもなんでもなかった。
姉の結婚が決まり、騎士で居る必要がなくなったときに決めたことだった。




