1、対 副隊長ヒューバート
ここから番外編になります。
時系列的には、17話と18話の間の空白の1年に起きた出来事になります。
「ちょっとだけ、時間をください!! 」
叫びながら逃げていく赤毛。
背中は華奢な印象を受けるが、その体はしっかりと鍛えらた正真正銘の騎士。
今年で20歳になる彼は、驚くほどの剣の才能を持っている天才。
だから、これは彼にとっても悪い話ではない。何もせずとも昇進することができるのだから。
なのになぜ逃げられるのだ!!と思いながら、リリアは凶悪な顔で逃げる赤毛の騎士を追いかけた。
帝国から帰って来て晴れ晴れとした気持ちだった。
しかし、自分には魔王様の絶対的なタイムリミットがある。
一年は長いようであっという間だ。延長なんて、在りえない。
だから、私には時間がないっ!!
そう思ったリリアは、帰国の翌日すぐに行動を起こした。
「私、親衛隊長の任を辞退したいと思います 」
謁見の間で、いつも通りの軍服に身を包んだリリアは直球ストレートで自分の思いをぶつけた。
ただ、あまりにも全力投球すぎて、言われた国王夫妻は言葉に詰まった。
あれほど、親衛隊長であることを誇りに思っていた娘の突然の辞任の申し出。
その心境の変化に、親として驚かないはずがない。
「リリア、その帝国で何かあったのですか? 」
「えぇ、お母様。私、もう一度自分を鍛えなおしたいのです 」
「…はぁ? 」
母の呆れ顔もものともせず、リリアは矢継ぎ早に語りだす。
「帝国での日々で、私は自身の未熟さを痛感しました。ですから、己の鍛錬のために今の任を辞任させていただこうと思っております 」
ものすごい自分勝手で我儘な理由だな、と自分で言い出したことながらリリアは内心溜息をついた。
仮にも親衛隊の隊長がこんな簡単にやめたいとか言って良いわけがない。
しかし、こちらもこちらとして限られた時間の中で色々とやりくりがある。
母は不安げに、リリアと国王を交互に見つめている。
父親である国王は考え込む様子。リリアの我儘ともいえる発言を不審に思っているようだ。
「己の鍛錬ならば、隊長職を務めながらでも続けられよう。何故、やめようなどと言う 」
やはり、父上は王であり、そう簡単に騙すことはできないようだ。
ならば、とリリアは切り札を切る。
「だって父上、もうお姉さまはいないのです。ですから、私はお守から解放されてもよろしいでしょう 」
「「うっ… 」」
両親が同時に唸った。それを見て、ほくそ笑むリリア。
この両親が少なからず自分に対して罪悪感を抱いているのは知っている。
姉が荒れた時、姉が苛立った時、姉が悲しんだ時、その全ての対応をリリアに丸投げしてきたのだ。
双子の妹だから、というただそれだけの理由で、生まれた時からずっとリリアはロゼッタのお守だった。
ロゼッタの傍に居るために、リリアが騎士として親衛隊への入隊を希望した時。
両親は今までの過ちに気づきつつも見て見ぬふりをして、ロゼッタのためならと承諾した。
姫としてのリリアを考えるならば、それはとてつもなく愚かしいことだった。
でも、そんなことをしても許されるほど姉は美しくて、この国にとって宝だったのだ。
しかし、今、この国にリリアの全てをささげるべき宝はいない。
リリアが騎士を続ける理由は、もうないのだ。
「ですから、今度は私は、私のために生きてみようと思うのです 」
そうして浮かぶのは愛しいワンコの笑顔。
これからの自分が、本当に守りたい相手。
「本当に守りたい人のために、私はもっと強くなりたい 」
今までにない強い意志を感じたのか、国王は諦めたようにうなだれた。
「…わかった。では、後任には誰を推す 」
その言葉を待っていたかのように、リリアは即答する。
「副隊長のヒューバートを推薦いたします。家柄、実力ともに申し分ないかと思います 」
「そうか、そうだな。公爵家のヒューバートならば良いだろう。ただ… 」
そこまで言って、国王は言葉を濁した。何か言いづらいことがあるのだろうか。
「彼の説得は、お前がしなさい… 」
はい、じゃあ説得するよ!!とヒューバートに会いに行けば、こうして逃げられているというわけだ。
意味が分からない。色々な経由で、会う前からヒューバートには話が言っていたらしい。
なのにどうして逃げるのだろう。
是といえばこんなに簡単に副隊長から隊長になれるんだぞ。
私の時なんて、親衛隊20人斬りして、やっとなることができたというのに。
それなのにお前は、どうして逃げるんだ。あぁ、イラッとする。
ぶつぶつと呪詛を吐きながら、リリアはヒューバートを追いかける。
廊下を抜けて、階段を上って、広間を過ぎて、2人は城を駆け巡る。
「ヒュー!!お前、男らしくないぞ!! 大人しく私の言うことをきけぇぇぇええ 」
「だから、ちょっと待ってくださいってばぁぁあああーー 」
年上ながら、なんとも軟弱なやつだ、と思うことは度々あった。
どうして、このボンクラが天賦ともいえる才能を授かったのかとは甚だ疑問だ。
しかし、その才能の素晴らしさは、自分が一番分かっている。
「お前に、色々と恩を返せるんだから、もらっておけぇええええー 」
なぜならば、ヒューバートは部下であると同時に、自分の剣の師匠でもあるのだ。




