18、守るべき愛しい人
7日間の姉の付き添いから帰ってきた、白百合の騎士ことリリア。
一年の期限を有効に使うべく、彼女はすぐに動き出した。
まず彼女は、親衛隊長を辞任し、副隊長のヒューバートを親衛隊長に推薦した。
そこで、まぁ、ヒューバートと一悶着あったのだが、ここでは割愛する。
ちなみに、それを聞いたアレクシスは殺気ただ漏れで単身で乗り込もうとして周囲にとめられた。
次に、自分の結婚について両親に話をした。
そこで明らかになったのは、隣国の皇太子との婚約話だった。
姉の言った通りに話が進んでいたことに頭を痛めながら、リリアは必死の説得を試みる。
そこで、まぁ、皇太子エリアスと一悶着あったのだが、やはりここでは割愛する。
ちなみに、それを聞いたアレクシスは帝国騎士団を連れて侵略に出ようとして周囲にとめられた。
他にも大なり小なりの事件があり、そうやって季節が巡り巡ったある日の帝国領の港。
そこには、漆黒の髪に青い瞳、透き通るほど白い肌で長身の、どす黒いオーラを発する魔王が立っていた。
恐ろしい威圧感に周囲の者は誰も近寄れない。
近寄ったら死ぬとまで、思えるほどの重い空気だ。
そこへ、一艘の小舟が見えてきた。
ギィギィと漕いでいるのは、小柄な女だった。
白銀の髪に緋色の目をした美しい容姿の彼女は、なぜか騎士の身なりをしていた。
そして、長く美しかった髪を、ばっさりと肩で切っていた。
それを目視した男の雰囲気は、さらに重く暗くなる。
ようやく小舟が港につくと、軽やかな足取りで彼女は船から下りた。
「ただいま、アレク 」
「……… 」
にっこりとした表情の彼女とは対照的に、彼は酷く機嫌が悪かった。
本当に、猛烈に機嫌が悪かった。それには理由があるというのも分かっている。
だけど、ね。久しぶりに会う恋人にそれはないんじゃないの?とリリアは思う。
「ねぇ、怒っているの? 」
「俺が怒っていないと、思っているのですか 」
久しぶりの魔王様、やっぱり怖いなぁと思いながら、リリアはとりあえず抱き着いてみた。
感動の再会といえば、これよね、と期待に満ちた表情でアレクシスを見上げればしぶしぶといった様子で手を回してくれる。
「んー…何に対してなのか、多すぎて検討もつかない、かなぁ 」
「そうですね。おおよそ、貴方が思いつく全てについて、はらわたが煮えくり返るほど怒っています 」
「そっかー 」
冷たい言葉とは裏腹に、ちゅっと降り注ぐキスの雨を甘んじて受けるリリア。
周囲の視線が恥ずかしいけど、ここでこれを拒んだら色々と後が恐ろしいのは分かっている。
「それにしても、この一年で、まぁ、驚くほど白百合の君の周辺では事件がおこったものですね 」
「そーかなぁー 」
触れられたくない過去の出来事たち。
しかし、何一つ残すことなくアレクシスには筒抜けなはずだ。
後が怖いから、しっかりと手紙で伝えてある。まぁ、多少の脚色はご愛嬌だ。
「あの副隊長は、密室で貴方に迫ったそうですね 」
「話し合いをしただけだよー 」
「隣国の皇太子は、貴方を監禁したそうじゃないですか 」
「あれは、ちょっとした行き違いだよー 」
ダラダラと冷や汗をかきながら、リリアは答えていく。
そこまでは知らせていなかったはずだ。なのに、なぜ? どうして?
青くなったリリアを見て、アレクシスはふんと鼻で笑う。
「帝国の情報網を舐めないでいただきたい。 それで、その恰好はどうしたのですか 」
「あぁ、これね、これは… 」
スルリと、アレクシスの手から離れたリリア。その姿は、よくある騎士の姿だった。
腰には、白百合が刻まれた細見の双剣が帯刀してある。
紅薔薇の刻まれた剣は一年前のあの日に置いた。
これは、新たに守る人を決めた証だ。
さぁ、自分はどこまで彼を怒らせることができるのだろうか。
そう思ってリリアは、ここに来るまでの間で考えていた台詞を言う。
「私、やっぱり守られるだけのお姫様は無理みたい 」
その言葉に、ぴくっとアレクシスの表情が固まった。
そんなアレクシスを見て、リリアは双剣を抜きながら言葉を続ける。
「貴方が私に騎士の忠誠を誓うのならば、それと同じだけの忠誠を私は貴方に誓いたいの。ただ、守ってもらうだけのお姫様なんて、やっぱり嫌!! だから、 」
向けられたリリアの双剣を、アレクシスの大剣は難なく受ける。
それを見て、リリアはニヤっと笑った。
「騎士の決闘を、申し込むわ!! 私の願いは、帝国騎士団への入団 」
「ありえません。それに、俺に勝てると思っているのですか? 」
大した動作でもないというように、リリアの剣を受けたアレクシス。
それですでに、勝負は見えているという様子だ。
「今の一撃が、私の全てだと思ったら大間違いよ。 この一年、ひたすら鍛錬してきたんだから 」
「ほぉ、一年前からこうすることは決めていた、と 」
あ、やばい。余計なこと言った、とリリアが後悔するも時すでに遅し。
怒りが頂点に達したアレクシスは、いっそ微笑んでいた。
「わかりました。その決闘受けましょう。私も一年前から決めていたことをさっさと実行したかったところですし 」
「…それって 」
嫌な予感に、リリアが一歩下がろうとする。
しかし、その前にアレクシスがリリアを捕まえた。
抱きしめるようにして、がっちりとリリアを捕縛するアレクシス。
そして、耳元でささやくようにして、しかしはっきりと言い放った。
「リリア様の「初めて」をください 」
「うわあああああああーーー 」
コイツ、本当に何にも変わってないな!!とびっくりしつつも赤くなるリリア。
そんなリリアを見て、その日初めてアレクシスは笑った。
リリアの好きなワンコの微笑み。
それを見てリリアもようやく微笑み、そして、顔を歪めて泣き顔になった。
アレクシスが抱きしめれば、かすかに嗚咽が漏れてくる。
「貴方は、本当に何も変わっていませんね 」
「あんただって、ぜんぜん、 変わら、ないわ 」
「そうですね。お互い、変わらぬ愛を貫けて良かったです 」
そう言いながら、アレクシスはリリアの頭に頬ずりをした。
リリアもうっとりと目を閉じながら、これから起こるであろう事に思いを巡らせた。
私は、これから一番の問題であるこの人を相手にしなければならない。
私の願いは、果たしてこの人に通じるだろうか。ちょっと不安だ。
だけど、きっと全部うまくいくに決まっている。
「おかえり、俺のお姫様 」
「ただいま、私の騎士様 」
だって、私が一生をかけてこの人を守って愛して生きていくことに変わりはないんだから。




