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白百合狂想曲  作者: シズカンナ
白百合狂想曲 ( 本編 )
16/39

16、オオカミの独り言、花嫁の涙



正直、自分の生まれは面倒でしかなかった。


中途半端な立場で、何度自分という存在を疎ましく思っただろう。

俺を人と思わないで、ただの駒として扱う輩の中で過ごしてきた。

だから、人としての感情を殺してしか、生きるしか道はなかった。

そうでなければ、俺という人間は簡単に利用されて殺されていたことだろう。


兄はそんな俺を気にかけてくれたが、所詮立場の違う人。

母は早くに死んで、もう俺には守るべき人はいなかった。


それなのに騎士なんてものを選んだ。なぜなら、それが一番しがらみがなかったからだ。

だけど、守るべき人もなく壊すことしかできないなんて、それは騎士の本懐に背くことだ。


ならば、剣技を極めれば見えるものがあるかもしれないと必死に打ち込んだ。

いつしか孤高なんて呼ばれるようになったが、気にしなかった。

元々、俺は一人だったから。

だけど、団長に任命されても何も変わらず、もう一生このままだと思ったところで、彼女に出会った。


不思議な姫君だった。

俺の周りにはいない。まっすぐに人を見ることができる瞳を持つ少女。

俺のしがらみを知らないで、ただの俺を見てくれるお姫様。


だから、守ってやってもいいと思ったんだ。

どうせ長くても七日。兄からも言われていたことだったから丁度良かった。


だけど、コロコロと変わる表情は可愛くて、つられて俺も笑ってしまう。

彼女が傷つくと悲しくて、怒りに駆られた。

殺せたはずの感情が勝手に動き出して、酷く動揺した。


どうして、自分一人で勝手に決めてしまうのか。

守ると言ったのに、どうして危険な場所に行くのか。

分からなくて、それがもどかしくて、何度も彼女を怯えさせた。

でも、止められなかった。


だから、彼女から「好き」と言われた時は意味が分からなかった。

どの好きなのかと考えた。

でも、頬を赤らめて目にうっすら涙を浮かべた表情の意味を悟って、同時に自分の感情も自覚した。


俺は、彼女に惹かれていたんだと、間抜けなほど、あっさり理解した。

気付いてしまえば、それは当たり前で。どうして気付かなかったのかと思わず笑ってしまうほどだった。


ようやく俺にも、守りたいと思える相手ができた。

ずっと傍にいたいと思った。


そう思っていたのに、なぜだか彼女は帰国を言い出した。

多少の誤解もあったようで、なんとかそれも解いたが、帰国するというところは譲らない。


帰ってくるという、その言葉を信じないわけではない。

だけど、やっと見つけた大切な宝物を、そう簡単に手放せるわけないのだ。

だって俺も初めての恋。それなりに必死なわけで。



だから、卑怯だとしても、俺は貴方を守るために手段を選びません。





* * *





「ちょ、待って、待って、いやん、うっ 」


ちゅっちゅっというキスの雨にやられそうになりながら、私はアレクシスの言いたいことをようやく悟った。

第三のこいつは、油断も隙もないオオカミだったのか。


「なぜ? 貴方は良いと言った。だから、俺は貴方を自分のものに 」

「だから、なんでー!? 」


私たち、まだ結婚もしてないよね。

気持ちを確かめ合ったのも、ついさっきだよね。

あんまりの急展開に、さすがの私もついていけないわ。というか、このオオカミめっ!!


「やだってばっ!! 」

と、渾身の力でアレクシスを押し返せば、簡単に彼は私の上からどいた。

あれ?こんなにあっさり引き下がってくれるの。

ホッとしたのもつかの間、左手を掴まれてキスをされた。

正確には、左手の薬指。


「変わらぬ愛を貴方に誓いましょう。 だから、貴方も誓ってください。全てを俺に許すことを 」


真っ直ぐに見つめられて、私は身がすくんでしまった。

アレクシスの本気が、怖いくらいに伝わってどうしたらいいのか分からないのだ。


好きだなと思った。

傍に居られればいいと思った。

同じ初恋で嬉しいなと思った。


ただそれだけだった。


だけど、私とアレクシスの初恋では、もしかしたら何かが違うのかもしれない。

だって、そうじゃなきゃ、アレクシスをこんなに怖いとは思わないだろう。

手を振り払って逃げ出したいなんて考えないはずだ、きっと。

何も言えない私に、アレクシスはさらに追い打ちをかける。


「貴方は俺の花嫁だ。だから、俺に守られて、一生をこの国で生きてほしい 」


花嫁っていう言葉に、また身がすくんだ。

頭では分かっていても現実に突きつけられると怖い。

でも、アレクシスには私のこの怖いっていう気持ちが分からない。

それが、とても寂しかった。


寂しかった。


歪む視界。ポタポタと落ちていく涙はシーツを濡らしていく。

だけど、絶対にアレクシスから視線は外さなかった。

だって、今逃げ出したら、私たちはずっと分かり合えないままだ。

折角、気持ちは同じだってことがわかったのに、そんなのは悲しすぎる。


どうしたらいいんだろう。

どうしたら、私のこの気持ちは伝わるんだろう。

考えて、考えて、振り絞るように言葉を紡ぐ。


「私は、騎士としてこの国に来たの。姉の身代わりとして、姉を守る為に。私の忠誠は、いまだに姉にある。だから、このままじゃだめなの… 」


ずっと、姉の為に騎士として生きてきた。

その生き方をいきなり変えろと言われても、私にはきっとできない。

初めての恋のために生きても良いとは思った。でもそれは、全てを終えてからの話だ。


白百合の騎士としてけじめをつけて初めて、私はただのリリアとしてアレクシスの元へ行ける。

だけど、そのけじめとは今までの自分との決別を意味している。今までの全てを手放す。

それはとても怖いことだ。


「アレクシスに私の全部をあげる。だから、そのための準備をさせてほしいの。私自身が、貴方になにをあげられるか、今のままではわからないから… 」


アレクシスの左手をとって、私もキスをする。

左手の薬指に、そっと唇をあてた。


「貴方が好きよ。だから、一年待ってほしい。そうしたら、私の一生をあげる。お願いよ、私の騎士様 」


祈るような私の言葉を聞いても、アレクシスは表情を変えず一言もしゃべらない。

長い長い沈黙が耳に痛い。だけど、私にはもうこれ以上の言葉はない。

あとは、ただ彼に任せるだけだ。



ふぅ、とアレクシスが小さく息をはいた。

そして、笑った。


「貴方の、望むままに。俺のお姫様 」



それが、ただ嬉しかったから、私はまた泣いてしまった。




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