14、すれ違ってた私たち
呆けた顔をしたアレクシスをじっくり見て、ニヤリとした。
あぁ、いいんじゃないだろうか。
好きな人をこんなにじっくり見ることができて。
最後にしては、僥倖だろう。
呆けた顔と来て、グルグルと考えている顔、そして何かに気づいた顔。
「あぁ… 」
アレクシスはため息をついて、それからいつもの笑みで私を見た。
「俺も、だ 」
ごく当たり前のように、親しい人に向けたようにしてにささやかれた言葉。
否定の言葉じゃなかっただけで、私には十分だった。
同じ好きでなくとも、この笑顔を見られたからそれでいい。
できるならば、この笑顔をずっと見ていたい。隣でなくてもいい、遠くからでもいいから。
そこで、私はとある未来の可能性を見た。
あぁ、そうか。私は彼との友情ならば築ける。
友人としてならば、ずっとこの笑顔を見ていることはできる。
同じ騎士として、彼の傍に居るという未来。
初恋のなれの果てとして、今度は彼を守る騎士になろう。
「嬉しい、ありがとう 」
そうやって納得した私も、精一杯の笑顔で答えた。
さて、そうと決めたらとっとと帰国の準備だ。
こちらの騎士団に入れてもらうとして、その手続きや両親への報告が待っている。
早くても一年はかかると思った方が良いな。親衛隊長の任命もあるだろうし。
「なんで帰っちゃうの~。どうせなら、このまま残っちゃいないよ。そうだよ、そうすれば、私は寂しくないし、リリアも色々簡単に済むでしょ 」
「その、自分に都合のいい解釈はやめて。クラウス様に呆れらるよ 」
「う… 」
まぁ、恋する乙女をどうにかするのなんて、好きな相手の名前一つで十分だ。
それにしても、名前一つでここまでしおらしくなるなんて…。
私の今までの頑張りは、一体なんだったのだろうか、とちょっと落ち込んでしまう。
「私は、好きな人のために生きてみようと思ったの 」
「え? なにそれ、聞いてない。リリア好きな人とかいたの? 」
慌てたように驚く姉を見て優越感を覚えた。
またこの国に戻ってくるなんて言ったら、それこそ残れとうるさいだろう。
ここは、さっさと話しを切り上げるに限る。
「え~、もしかしてヒューバートの求婚受ける気になったの? それとも、エリアスとの婚約が本当のものになっちゃったの? うーん…うーん… 」
何のことだろう。
副隊長のヒューからは何も言われてないし、隣国の王子であるエリアスとの婚約なんて知らない。
どうせ、また姉の勝手な妄想が働いたんだろう。
ため息をつきながら部屋を出ようとすると、ちょうどアレクシスが入ってくるところだった。
あぁ、どうしたんだろう。また難しい顔をしている。
ここはぜひとも、未来の友として話を聞いてやらなければならない。
時間がある今のうちに、できるだけ仲良くしておこう。
「どうしたの? 難しい顔して 」
「…来てください 」
有無を言わさず手を掴まれて、私は引きずられるようにして部屋を出た。
背後からは、「相手は帝国の人間なのねっ!!」という姉の歓喜の声が聞こえたが、今は聞こえないふりをしよう。そうしよう。
パタンと扉が閉められる音がした。その後にガチャンという施錠の音。
何か重大な悩み事なのだろうか。部屋に入ってから、アレクシスの表情がさらに険しくなった。
「帰国されるのですか? 」
「へ? あ、はい。 七日以上は、滞在できないから 」
あれ、なんで肩をそんなに強く握るのかな。ちょっと、というかかなり痛いんだけど。
視線を感じてアレクシスを見れば、その表情は、あの時のように魔王様化している。
とにかく、すごく、怖い顔をしていたのだ。
「どどどどどうしたの? 」
またしても、アレクシスの逆鱗に触れてしまったらしい私。
つくづく私は、彼の触れてはいけないところに触れてしまうようだ。
だけど、魔王様を見るのは初めてでないから、そんなにパニックにはならなかった。
私だってちゃんと学ぶんだからね。
「どうして、ですって… 」
ギロっという音が聞こえてきそうなほど、強く睨まれた。
その視線が怖くてまたしても「ごめんね作戦」を発動しそうになってしまう。
でも、私はアレクシスとは友達になりたい。だから、逃げるわけにはいかないのだ。
「そうだよ。 婚姻の無い者は七日以上この国に留まることはできないでしょう。いきなり怒りだして、私には訳が分からないよ 」
私の言葉を聞くと、とたんに、アレクシスはばつが悪いそうな表情をした。
お、ちゃんと言葉が通じている!!すごい!!
「…そうですね。確かに、互いに思いを確かめ合ってすぐに婚約というのは早すぎますね。でも、俺にも言って欲しかったです 」
ん?ちょっと、よく分からない言葉が出てきたんだけど質問しても大丈夫かしら?
あ、でも、変なこと言って刺激するとまた怒られるかなぁ…。
なんて悩んでいる間にもアレクシスの独り言は止まらない。
「それにしても、国に帰ると何やら貴方に気がある者がいるようですね…。まさか、俺を置いてそちらに行くつもりですか…そんなの絶対に許しませんよ 」
ぶつぶつと呪詛のようなものを呟き始めたアレクシスには、またしても魔王様の陰りが見えだした。
どうしよう。今の私には状況把握というもっとも重要なことがまだできていない。
というか、この展開についていけていない…。
だけど、とりあえず、これだけは聞いておこう。
「アレクシスは、私のこと、その、好き? 」
「先ほども言いましたけど、あぁ、そうですね。ちゃんとは言っていませんでしたね 」
にっこりと、私の大好きなワンコの笑みを浮かべたアレクシス。
そして、そのまま抱き寄せられて…え?
「好きですよ。やっと、自覚したんです。貴方を、大切に思っています 」
何があったんだろうか、この超展開。




