13、愛しいワンコと知らない魔王
私のアレクシスに対する評価は、ワンコだった。
忠実で優しくて、押しに弱い。ちょっと頼りないけど可愛い奴だった。
今まで近くに居なかったタイプの人。だから私も素のままで接していた。
だから、断じてこんな魔王みたいな怖い雰囲気の人は知らない。
「あの、いつから… 」
「帰りたい、のところからでしょうか 」
表情一つ変えず、淡々と答えるアレクシスを見てもう泣きたくなった。
どうして優しいままでいてくれないんだろう。
ほんの少しでも、いつも通りに微笑んでくれたら私はそれだけでいいのに。
「その、この前は、ごめんなさい 」
もじもじしながら、伝える。
もちろん、怖くて顔なんて見ることはできない。地面をガン見だ。
「何の相談もせずに、その、色々しちゃって…。その、実は私ね、騎士の称号もあるから、だから、大丈夫かなって思っていて。ほら、見ての通り私、お姫様っぽくないから 」
「それでも、貴方は姫君です。ロゼッタ様の双子の妹君であり、王族なのです 」
う、昔散々言われまくった言葉だ。耳にタコができるほど聞いたことだ。
だけど、大抵こういう輩には、ロゼッタの可愛らしさや美しさからの危険を伝えればしぶしぶだけど納得していた。
でも、きっとこの相手には通じない気がする。
「その通り、です。ごめんなさい 」
こうなったら、ここはひたすら「ごめんね作戦」だ。
とりあえず、何言われても謝っておこう。この恐ろしい雰囲気をどうにかするにはそれしかない。
しかし、相手はそんな私の作戦を一瞬にして見破ったのか溜息を一つついてしゃべらなくなった。
どうしよう。この作戦、無言に対しては恐ろしいほど無力だぞ。
「…あのね、私、貴方には本当にお世話になったと思っているの。だから、最後に仲直りが、したいんだけど 」
小細工をやめた私は、とにかく関係の修復に努めようと考えた。
もうさ、これで私とは最後なんだから、最後くらいは良い顔してよ。
あんたの笑顔くらい、見せなさいよ。
「…最後 」
その言葉に反応したらしく、何か考え込む様子のアレクシス。
そうだ、最後だよ。終わりよければ全てよしって言葉わかる?
おねがい、私のこの必死な気持ちよ、通じて!!
そんな私の願いが通じたのか、頭上からは溜息が一つ。
そして、ポンと優しく頭に手が置かれた。
「守ると言った俺の言葉に、貴方は信じると答えた。だけど、貴方は危険な場所へ1人でいった。だから、許せなかった 」
見上げれば、酷く悲しそうな表情をしたアレクシスがこちらを見つめていた。
そうか、なるほど。
私は騎士たる彼の誓いを軽く考えすぎていたのか。
何も言わずに彼を置いて計画を実行した。
そのことは、騎士である彼からすれば侮辱だったのだろう。
信じていたのに、裏切られたと思った。だから、彼は怒ったんだ。
「…ごめんなさい。 言ったら、必ずダメって言われると思って… 」
「そうですね。 聞いたら絶対に承諾しなかった。 だから、 」
頭に置かれていた片手は、そのままアレクシスの両目を覆った。
これは、あれか、後悔のポーズなのか。
「貴方は悪くない。きっと、酷く正しい。 だけど、俺は、 」
そう言って黙ってしまった彼が、何故だか泣いているように見えた。
だから私はとっさに目を覆っていない方の手を握った。
「あのね、正しさの基準は人それぞれなのよ。誰かにとっての善が必ずしも、世界の善であるとは限らないの。 大切なのは、揺るがないこと 」
好きな人が苦しんでいる。それを見過ごせるほど、まだこの恋は終わっていない。
最後の最後に、ほんの少しでも私の言葉が彼に残ればいい。
「アレクシスが私を守ってくれたから、私は姉を守ることができた。それは、私にとって何よりも大切なことだったの、だから 」
剣ダコばっかりで、ごつごつして大きな手。
少しでも私の中にこの感触を留めておきたくて、握る手を胸元にもってきた。
「ありがとう 」
あぁ、これではまるで祈りのポーズ。
ならば、私はこのまま伝えてしまおう。
終止符を打つにはちょうど良い場面だ。
「ねぇ、貴方が大好きよ 」
ばいばい、初恋。




