12、私的決着のつけ方
6日目の朝、この国に来て一番すっきりした目覚めだった。
なぜならば、大体の煩わしいことは片付いていたからだ。
そう、大体のことは、ね。
一つだけまた決着がついていないことがある。
だけど、それは私の非常に個人的でプライベートで恥ずかしいことだ。
今までのどんな難題よりも難しくて、挑もうとするだけで苦しくなることだ。
だけど、逃げるのだけは嫌だと思う。
とりあえず、部屋を出ようと服を着替える。
もう、姉と同じドレスを着ることもないから自分の好みの服だ。
ずっと着てみたいと思って、お願いしておいたもの。
「あぁ、やっぱりしっくりくる 」
そう言って姿見には、この国の騎士団制服を着た自分が映っていた。
黒を基調として赤い刺繍が施された高襟の騎士服。
それらに自分の白銀の髪と緋色の瞳が、恐ろしいほど似合っているではないか。
親衛隊長を務めている私は、普段ドレスなどは着ないで軍服を着ていた。
だから、ドレスでの日々は恐ろしく動きづらく苦しいものだった。
そりゃあ、部屋にもひきこもるというものだ。
ある程度伸ばした髪を一つにくくって、二本の愛刀を腰に差せばほら出来上がり!!
帝国版白百合の騎士といったところだろうか。あぁ、それにしても本当に動きやすい。快適。
本来ならば、ここで兜もつけなければならないのだろうが、それは煩わしい。
それにそんなものをつけていては、本当に帝国騎士だと思われて鍛錬場にでも連れて行かれてしまうだろう。
いや、本当ならば騎士団の練習にも参加してみたいという気持ちはある。
曲がりなりにも、自分は騎士だ。他国の鍛錬を学びたいという気持ちはすごくある。
…だけど、アレクシスに会うのは怖い。
恐ろしいほどの怒りを向けられたあの時から、アレクシスには会っていない。
何か誤解があったのだと思うが、その誤解が自分には見当もつかないのだ。
なにか彼の逆鱗に触れるようなことをしてしまったのだろうか。
それがわからない。だから、会いたくない。
だけど、会いたい!!と恋する自分が強く望んでいることも分かっている。
だって好きな相手なのだ。一目でもいいから見たいと思うのは当たり前だろう。
このモヤモヤ。あぁ、イライラするなぁ。
こうやって恋を自覚できたのは良かったが、それからの対策が浮かばない。
なぜならば、これが私にとっての初恋だからだ。
経験していないことに対して傾向と対策を練ることなんて、できない。
「あぁ、もう、好きですって一言伝えるだけが、どうしてできないかな 」
イライラした時の解消法。今まではドレスに阻まれてできなかった。
だけど今なら、と私はそっと部屋を抜け出した。
着いたのは薔薇園を抜けた噴水広場。
懐かしくも因縁深いこの場所をどうして選んだかといえば、ここしか知らなかったからだ。
断じて、アレクシスとの思い出の場所だからとかじゃない。
剣に手を伸ばす。そして、目を閉じて集中。
大丈夫、周囲には誰の気配もない。王宮の北側は当分封鎖だと聞いている。
だから、此処は誰にも見られていない。
「ばか、きえろ、ばくはつしろ 」
「どうして、言えないかな、一言それだけなのに」
「ああ、もう、帰りたい帰りたい 」
ぶつぶつ呟きながら、一心に剣をふるう私。
きっと、傍から見れば1人で剣を振り回す危ない奴だろう。
これでも一応、型式にならってやっているのだ。まぁ、超我流だけど。
こうやって無心で剣をふるっている間は、何も考えず愚痴をこぼせる。
騎士たる私が、唯一見つけたストレス発散方法。
だけど、今日は全然集中できない。もちろん無心になれない理由なんて分かっている。
でも、もうどうしようもないことだろう。
だって、アレクシスは怒っていて、騎士の決闘を受けた。
騎士の決闘なんて、よほどの覚悟がなきゃ受けないんだ。それなのに受けた。
それくらい、彼は怒っていた。 でも、私にはその理由が分からない。
そう、彼の気持ちが分からない。
だから、きっと、私たちは分かり合えない。
気持ちが通じ合わない2人が好きあうことなんて絶対にない。
あぁ、なんてあっけない終わりなんだろう。
初めての恋。それに生きてみようって思ったのに。
この国に残って、アレクシスの騎士団に入れてもらって、それで騎士として生きてみようと思ったのに。
彼の傍で、彼を見つめて、策略を巡らして絶対に彼の隣に立つという未来を思ったのに。
その未来は訪れないなんて、あんまりだ。
「あぁ、もう帰って、私だって結婚してやるんだから!! 」
「絶対に幸せになってやる!! 」
「いい恋、してやるぞー!! 」
はぁ、すっきり。
大して大声でもないし。誰かに聞こえたわけでもないだろう。
そう、せいぜい、この噴水周辺くらいにしか届いていないはず。
一汗かきましたって感じで、私が我に返るとそこには長身の誰か。
いや、誰かなんて分かっている。でも、脳が一瞬理解するのを拒んだ。
だって、あまりにも恐ろしすぎて。
そこには、恐ろしい威圧感を背負った騎士団長様が立っておられたのです。




