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自信のないボケと自信なさげなツッコミ

掲載日:2026/11/06

 彼氏がいきなりお笑い芸人になる言い出したんは、大学二回の時やった。


「ミナ! お笑い芸人に俺はなる!」


 彼氏が借りとるアパートの部屋に呼び出されてお邪魔すると、麦茶とどら焼きをテーブルの上に置くなり、圭吾《けいご》は唐突に麦わら帽子をかぶり、拳を握りしめてそう言った。

 素早くどら焼きを取って口に入れようとしてたあたしはぽかんと口を開けたまま、彼の顔を見つめるしかなかった。

 圭吾はイケメンや。惚れてるあたしの欲目かも知らんけどイケメンや。自信たっぷりな猿みたいな顔してる。……まぁ、お笑い芸人顔と言えなくもない感じは、する。

 せやけど付き合って約四年──そんなこと今まで口に出したこともなかった。大阪の高校に通ってた頃は確かに小説を書くことが好きで、ギャグの効いた彼の小説はオモロくて、あたしもよく笑かされた。小説投稿サイトでもそこそこ人気があった。でも──


 あたしはツッコんだ。

「い……、いきなり何を言い出すねん! どら焼き食う手が止まってもうたわ。東京の大学の商学部選んだんは、こっちで商売人になるため違ったん?」


「商学部選んだんは『潰しが利く』いうて聞いたからや。べつになりたいもんが決まってなかったからに過ぎん」

 圭吾は自信マンマンに言いよった。

「せやからお笑い芸人になるのもアリなんや!」


「なんでいきなり?」

 そう言って、あたしはようやくどら焼きを口に入れた。


「相方を見つけたからや」


「相方?」


「白田《しろた》! ミナに姿、見せたって」


 圭吾がトイレに向かって声を投げると、トイレの扉が遠慮がちにカチャッと開き、中から少し太めの男の子が現れた。


「びっくりしたわ! 人、おったんかいな!」


 あたしが大声でツッコむと、白田と呼ばれたその子が申し訳なさそうに目を泳がせ、短く借り揃えた頭に手をやって、あたしに挨拶をした。


「どうも……。白田《しろた》久萬《くま》って言います。黒田《くろだ》くんとは大学の同級生で……」


「コイツが最高にオモロいねん!」

 圭吾が彼の言葉を遮って紹介する。

「トピック級のボケキャラやで! 絶対に有名人になれる素質や! ふんでもって気づいたか、ミナ? 白田《しろた》久萬《くま》と黒田《くろだ》圭吾《けいご》──、白黒コンビやで! 運命の出会いやと思わへんか!?」


「あー……」

 あたしは咄嗟に頭に浮かんだコンビ名を二人に授けた。

「シマウマやな。『ゼブラーメン』なんて、どう?」


「ええな!」

 圭吾が気に入ってくれた。

「さすがは俺の未来の嫁や! それ、もろた!」


「っていうか、それでなん? 運命の出会いがあんたをお笑い芸人に向かわせた?」


「そうや!」


 あたしは白田くんをまじまじと見た。

 確かにインパクトのある見た目はしとる。

 顔がもはやオモロいし、絶妙に太っちょな体型で手足が短いのもええ感じやし、長身で細身の圭吾と並ぶとデコボコした印象が目に焼きつけられるほどやった。何より額にある三日月型の謎のアザが一度見たら忘れられへん。


 しかし、オドオドしとる……。


 こんなんで人前で喋るなんてできるんかいな? まるで借りてきたカブトムシみたいに、知らんひとの家にタイムワープしてきた小学生みたいに、オドオドしまくっとる。


「あの……初めまして、ミナさん。黒田くんからお話は聞いてます……」

「白田くん、めちゃくちゃ声ちっちゃいけど大丈夫? マイク通る?」

「あ、はい……腹式呼吸は苦手なんですけど、声帯を震わせる練習は今朝から始めました……」


 どんな練習やねん。


 あたしは残りのどら焼きをパクリと平らげ、麦茶をゴクゴクと飲み干した。冷たい麦茶が喉を通っても、目の前で起きている現実の熱っぽさはちっとも冷めてくれへん。


 どら焼きの少し残る口で、あたしは彼らに冷静になるよう、アドバイスをする。


「白田くん、白田くん。騙されたらあかんで。この圭吾ってやつはな、昔から『勢い』と『ノリ』だけで生きてる男やねんから。高校の時もな、かるた部作るって言い出して一週間で百人一首全部失くして廃部にした前科があるんやで」

「あ、それ……僕も一昨日、彼から『歴史を塗り替えた伝承』として聞きました」

「自慢気に語るなや圭吾!」


「ミナ、お前は白田の恐ろしさを分かってへん」

 麦わら帽子を深くかぶり直した圭吾が、白田くんの肩をバシバシと叩いた。白田くんはそのたびに「ひゃい」「ふへっ」と情けない声を漏らしている。

「こいつな、大学の講義中に教授のハゲ頭に反射した太陽光で、ノートの隅の消しゴムのカス燃やしたんやぞ!? 奇跡のボケやろこんなん!」


「それはボケやなくてアクシデントや! 事故や事故! 教授に謝れ!」


「あと、コンビニの肉まんのからしを間違えて自分の目に入れてもうて、そのまま『ぼくの視界が黄色信号だ!』って叫んで倒れたんや!」


「ただのドジっ子やないか!  芸風にするには命がいくつあっても足りんわ!」


 絶叫しながらツッコむあたしに対し、白田くんは申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる。


「すみません……自分でも、なんであんなことが起きるのか分からなくて……」


「謝らんでええよ白田くん! 白田くんは悪くない、それをお笑いに昇華しようとしてるこの猿が全部悪い!」


「何と言われようと俺たちの意志は硬い!」

 圭吾はぐっと拳を突き出し、目をギラギラと輝かせた。高校時代、ギャグ小説を書いてあたしを笑わせていた時の、あの悪ガキみたいな顔そのまんまや。

「ミナ、俺はな、商学部で『潰しが利く』人生を送るより、白田と一緒に天下取りたいんや。ミナの名付けてくれた『ゼブラーメン』でな! ……お前、俺の小説、一番最初に読んで笑ってくれたやろ? 俺の笑いの原点は、お前なんや」


 急に真面目なトーンでそんなことを言われて、あたしの胸がトゥンクと跳ねた。

 ズルい。急に格好いい顔すんのほんまズルい。

 イケメンなのを自分でわかっててやってる顔や。


「……たく。甘いこと言うて誤魔化そうとしても無駄やで」

 あたしは顔が赤くなるのを隠すように、空になった麦茶のコップをテーブルにトンと置いた。

「まあええわ。そこまで言うなら、一回ここでネタ見せてみぃや」

 腕を組んで、クッションの上に深く座り直し、あたしは催促した。

「あたしを笑わせられたら、芸人になるの応援したる。もしスベったら、おとなしく商学部で単位取って普通に就職してくれ。……どうや?」


「望むところや」

 圭吾が自信マンマンに笑う。

「よし、白田! この間のアレ、ミナに見せてやろうぜ!」


「は……、はは、はい!」

 白田くんの声が裏返った。


「見せてみろ!」

 圭吾がカッコいいポーズを決めて、叫んだ。

「恐るべき熊の爆発!」


 白田くんが、もじもじしながら小さい声で、言った。


「ぽっひょ〜ん」


 待った。


 あたしは、待った。トピック級の、絶対に有名人になれるレベルだという、白田くんのボケを。


 長い間《ま》やな……。強烈なボケはまだかいな? あたしが思っていると──


「……なんやねん、その自信のなさすぎるボケは」

 圭吾が白田くんにキレはじめた。

「いつもと違いすぎるやろ! いつもはその五百倍オモロいやろ!」


「その……」

 白田くんが頭を掻きながら、モゴモゴと言う。

「ぼくなんか……本当に面白いかな? って、思ったら……」


「いつもはもっと自信たっぷりやろが!」


「二人きりの時はいいんだけどね……」

 白田くんの太っちょな体がどんどん小さくなっていくように見えた。

「ミナさんが見てたら……。ぼくのボケなんて……恥ずかしくて……」


 なんや、コレ……


 もしかして、こういうネタなん? それにしてもおもんない……。


 続きを待ってみたけど、白田くんがもじもじして、圭吾がキレて──そればっかりでちっともオモロくならんかった。


 アカン──


 こん時のことを思い出すと、あたしまで自信がなくなって、この続きが書けへんくなってまう……。


『小説家になろう』上で、しいなここみさんの主催する『あつまれ自信作企画』に参加しよう思て、自分の大事な過去を小説にしようとしたけど、あの白田くんのあまりの自信のなさを思い出すと、なんだか力が抜けて、続きを書く力がどんどん抜けていってまう……。


 書くんや。


 書け! ミナ! 書くことでしかオマエは存在でけへんのやで!


 今、あたしは49歳で、大型トラックの運転手をしとる独身女や。


 この小説を自信もって書ききれば、きっと圭吾は売れっ子芸人になって、あたしは彼の愛妻となって、この暗く淋しい現在を変えることができる。


 信じて、書くんや!


 今日は文化の日──祝日をぜんぶ使い切って書くんや! 仕事中やし、眠いけど……


 失敗してもええ! 元々失敗しとる人生やないか! 恐れるな! あたしが書けば何でも面白くなると信じるんや!


「ぼくなんか……。ぼくなんか……」


 自信なさげにそう繰り返す白田くんに、圭吾が叱りつけるように言った。


「俺かて自信なんてない! せやけど自分を奮い立たせてツッコミやるって決めたんや! そしてひとつだけ俺は自信をもって言える……。オマエはボケの天才や! 最高のボケをミナに見せたってくれ!」


 白田くんは意を決したように顔を上げると、あたしのほうを見て、また恥ずかしそうにうつむいてしまった。


「だめだ……。ぼく、あまりに自分に自信がなさすぎて、女の子に告白したことすらないんだ」


 圭吾がツッコむ。

「告白するより難しいことなんかいな!? ボケることが!?」


「しかもこんな絶世の美女の前で……」


「絶世の美女違うやろ! まぁ、かわいいけど、どこにでもおるレベルやろ!」


「そこは絶世の美女で通さんかい」

 ばしっ! とツッコミを入れると、あたしは言うたった。

「まぁ……あれや。芸人デビューは諦めて、大人しくどっかの会社に勤めて、堅実に生きることやな」


 ここが運命の分かれ道や。


 あの時、ここで圭吾があっさり諦めたから、あたしはかえって彼にガッカリして、なんとなくで別れてしもうた……。


「諦めへん!」

 圭吾は拳を握り、麦わら帽子をかぶり直し、あたしにお願いをしてきた。

「ミナ! 一ヶ月や! チャンスをくれ! 一ヶ月以内に白田の才能をオマエに認めさせたら、俺らが芸人めざすことを許可してくれ!」


「わかった」

 あたしは食べ切ったどら焼きの袋をクシャクシャ丸めると、言った。

「期待してるで」




 それから何度もあたしは圭吾の部屋に呼ばれた。

 そのたびに白田くんと二人でネタを披露して見せてくれた。

 ダメやった。

 白田くんがいつまで経ってもその羽根を広げてくれず、あたしは一度も彼に笑わされることがなかった。圭吾のツッコミのほうがむしろオモロくて、何度か笑わされた。でもボケよりツッコミのほうが面白い漫才なんて……どうなんやろ。


「アホか、オマエは! もっと自信もて!」

 圭吾がどつくと──

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 さらに自信をなくして小さくなってまう。


「オマエは天才や。ホンマやで。二人だけで漫才の練習しとる時はホンマにそう思うわ」

 そう言って圭吾が褒めても──

「でも……人前ではできないんです。そんなぼくはやっぱりダメ人間です」

 床に頭をなすりつけて泣き出してしまう。


「俺のために頑張れ!」

 圭吾がそんな言葉で励ましても──

「ごめんなさい。彼女でもない男のためには頑張る気になれないです」

 なんだかうなずけるようなことを言った。


 そのうち圭吾が言い出した。

「……よし、俺も白田に合わせて自信なさげなツッコミに変える。自信のないボケと自信なさげなツッコミ──。なんだか新しいタイプのお笑いが産まれそうな気配がせぇへんか?」


 よくわからんけど、あたしは期待してみることにした。




 数日後、圭吾の部屋で、あたしを前に二人はそれを披露した。


圭吾「はい! はい!」

白田「はい、はい、はい……」


圭吾「どうもーっ。ぼく黒田、コイツ白田。白黒コンビの『ゼブラーメン』でぇす」

白田「よ、よろしく……」


圭吾「いやぁ……。声の小さいボケ担当ですみませんね」

白田「ご、ごめんなさい……」


圭吾「コイツあまりにも自分に自信がなくて、本当はこんなステージなんかに立てるタイプじゃないんですよ」

白田「はは……」


圭吾「そ、そこは笑うところじゃないだろう? キミがするべきことはお客さんを笑わせることだろう? たぶん」

白田「すみません」


圭吾「す、すみませんで済んじゃったらツッコミはいらないんじゃないかなぁ……たぶんだけど」

白田「じゃ、ボケます」


圭吾「びっくりした! い、いきなりボケやるの? いいよ? じゃあ、なんかやってみて?」

白田「その……。なんかネタ振ってくれます?」


圭吾「じゃ、じゃあ行くよ? あんまりボクも自信ないけど……」

白田「いつものをお願いします」


圭吾「み、見せてみろ! 恐るべき熊の爆発!」

白田「ぽ……ぽっひょ〜ん」


 アカン……。


 どんどん二人で縮こまっていくだけや。ちっともおもんない。あたしは運転手をやりながら、いいトシして今から小説家目指そうなんてしてるアホやけど、漫才のネタなんて書いたことない。そんなあたしにオモロい漫才シーンなんて書けるわけがなかった。何より標準語喋っとる圭吾がキモい。


 こんなんで……しいな ここみさん主催の『あつまれ自信作企画』に出してもいい自信作なんて書けるんやろか……


 いっそここから先はAIさんに書いてもらう? そのほうが整合性のきっちり取れたものを書いてくれるはずや。こんなわけのわからんメタ要素入れたもんやなく……


 アカン。


 これはあたしの物語なんや。


 あたしが自分で書くんや。実際に終わってしまった物語なら任せてもいいけど……

 作るんや、自分の未来を、自分の現在を!

 自分の人生は自分で書くんや! 作るんや!


 ホンマは自信なんかなくても、胸を張って「これがあたしの自信作です」って言い張るんや! いい意味でうぬぼれるんや! 自分を信じてあげるんや! でないと他人の前に自分の作品を出すなんてでけへん!




 あたしは頑張った。


 頑張って、二人が成功する物語にしようとした。


 そのためには白田くんにどうしても自信をつけさせるしかなかった。圭吾が考えた『自信のないボケと自信なさげなツッコミ』のネタも、白田くんが自信をもって自信のないボケをやることができるようになれば、成功するように思えた。ややこしいけど……


 頑張れ、頑張れ白田くん! あたしのために!



 

 そんなこんなで新人お笑い芸人の登竜門の『なんとか』に二人が出場する日がやって来た。


 あたしら三人は、バス停から歩いて会場のライブハウスへ向かってた。

 あの『一ヶ月』発言から二十二日後のことやった。つまりまだ一ヶ月経ってなくて、あたしもまだ笑かされてなかったのに、圭吾が強引に出場を決めたのだった。


「だめだよ〜。無理だよ〜」

 圭吾に連行される宇宙人みたいになりながら、白田くんが泣きそうな声で言った。

「あれからなんにも変わってないだろ〜? ぼくなんかじゃ無理」


「やる前からムリムリ言うな。ムリムリって、うんこ出そうになるやないか」

 圭吾は胸を張り、まっすぐ前を見とった。

「俺はオマエを信じてるんや」


「そんなにお笑い芸人になりたいんだったら、他に相方を探せばいいじゃないか!」

 白田くんが急に立ち止まり、キレた声をあげた。

「なんでぼくを引きずりこもうとするんだよ!? ぼくはお笑い芸人になんて……」


「なりたい言うてたのはオマエやないか」


「うっ……!?」


「乗せたんは俺やけど、『ぼくら二人なら天下取れるかも』って、オマエが言い出したから、俺もその気になったんやで」


「あ、あの時は……」


「お笑い芸人になんてなる気がなかったんは俺のほうや。でも、今は本気や。本気でなれる思うとる」

 そう言うと、厳しい顔をしとった圭吾が、優しく笑った。

「いつものオマエと一緒なら──な」


 圭吾はそう言って、白田くんの肩に手を置いた。

 白田くんは、しばらくうつむいていた。


「……ずるいよ」


「何がや?」


「そんなこと言われたら……ぼく、断れないじゃないか」


「断らんでええ。やろうや」


「でも……ぼく、怖いんだよ。舞台に立って、みんなに笑われなかったらどうしようって。笑われるのはいいんだ。お笑い芸人なんだから。でも、笑ってもらえなかったら……ぼく、どうしたらいいのかわからないんだ」


 あたしは思わず足を止めた。

 なんやろ。

 この白田くんの言葉は、妙に胸に響いた。

 笑われるのはええけど、笑ってもらえへんのが怖い。


 それって、あたしにも覚えがある。

 小説を書いて、投稿ボタンを押す時の気持ちに似てるんかもしれへん。

 誰かに面白いと言ってもらいたい。けど、誰にも読んでもらえなかったらどうしよう。つまらないと思われたらどうしよう。

 そんなことばっかり考えてたら、何も書けへんようになってしまう。


 圭吾が穏やかな声で、言った。

「オマエ一人やないやろ。大丈夫や、俺がついとる」


「それも怖い理由の一つなんだ」


「なんやと?」


「ぼくのせいで……笑ってもらえなかったら……黒田くんの夢をぼくが壊してしまう」


「ええで? 壊せや」


「え?」


「俺が芸人になりたい思ったのは、オマエの面白さを知ったからや」

 あたしまで胸がときめいてしまうほどのい(・)い(・)顔(・)で、圭吾が言った。

「オマエと一緒やないなら意味がない。俺の夢はつまり、オマエなんや。オマエが死ぬなら俺も死ぬ」


「死ぬなーーーっ!」


 思わずあたしは大声でツッコんどった。

 白田くんを見ると案の定、怯えとる。重たいもん背負わそうとしすぎやねん、圭吾のアホ。こういう時はリラックスさせなアカンやろが……!


「失敗してもええんちゃうん?」

 檻に入れられたシロクマみたいになって縮こまっとる白田くんに、あたしは言ってあげた。

「楽しめばええんよ。アンタらが楽しそうやったら、お客さんも楽しんでくれるもんなんちゃうん? 失敗することなんて考えとったら楽しめるわけがないわ。そんなこと恐れずに楽しんでくればええん……」


「それは違います!」


 突然シロクマくんが反抗してきたので、びっくりしてあたしはその場で三センチぐらいジャンプしてしもうた。


「ミナさんはわかってない!」

 今まで自信なさすぎてた白田くんが、急に目に炎を浮かべて反論してきた。

「黒田くんがどれだけ本気か……! 彼はね、ぼくをプロの芸人にするために、彼の空き時間をすべてぼくのために費やしてくれたんだ! 軽い気持ちでやってるんじゃない! 本当に、失敗したら死ぬぐらいの覚悟がある! 『楽しんでこい』なんて彼を侮辱する言葉ですよ! そんな黒田くんだからこそ、その夢を自分が壊してしまうかもしれないことが、ぼくは怖いんです!」


 回る回る……。

 アホみたいによう口が回りよる。

 これがあの白田君とは信じられんほどや。


「よし、その調子で行こうで」

 圭吾がキメた。

「俺のために頑張ってくれ。大丈夫、いつものオマエを出せばええだけや」


 ぶふーっ! と、白田くんが、牛みたいに鼻から息を吐いた。

 

 よかった。どうやらやる気になってくれたみたいや。おちょくられると本気出すタイプだったんやな。色んなタイプがおるもんや。

 あるいはアレなんやろか? マクドナルド理論とかいうやつ? 人間は反論する時にこそやる気になるみたいな? ……ま、どーでもええけど──



 ともかく、それからの白田くんは凄かった。


 

 ライブハウスの会場には50人ぐらいのお客さんが集まっとった。

 最前列に審査員が並び、『ゼブラーメン』が登場したんは七番目やった。

 披露したんは、いつもあたしの前で練習しとるあのネタや。自信のないボケと自信なさげなツッコミのネタ──

 せやけど本番のステージの上でのそれは、いつもとまったく違ってた。


「はい! はい!」

「はい、はい、はい……」


「どうもーっ。ぼく黒田、コイツ白田。白黒コンビの『ゼブラーメン』でぇす。よろしく!」

「よ、よろしく……」


「いやぁ……。声の小さいボケ担当ですみませんね」

「ご、ごめんなさい……」


「コイツあまりにも自分に自信がなくて、本当はこんなステージなんかに立てるタイプじゃないんですよ」

「はは……」


「そ、そこは笑うところじゃないだろぉ? キミがするべきことはお客さんを笑わせることだろぉ? ボクまで自信なくなってきちゃうよ?」

「す、すみません、すみません……」


「す、すみませんで済んじゃったらツッコミはいらないんじゃないかなぁ……たぶんだけど」

「じゃ、ボケます!」


「びっくりした! い、いきなりボケやるの? いいよ? じゃあ、なんかやってみて?」

「一人じゃ無理です! 自信も度胸もなさすぎるんで。黒田くんが一緒にやってくれないとぼく、なんにもできないんです!」


「急に自信たっぷりな言い方で自信ないとか言い出したねぇ〜」

「なんかネタ振ってくれますか!?」


「あっ。じゃあ、いつものあのネタ行く? あんまりボクも自信ないけど……」

「はい! いつものアレ、お願いします!」


「でも……。面白いかなぁ……。ウケるかなぁ……」

「やってみないとわかりませんよ!」


「キミの名前は白田久萬だよね? シロクマさんだね」

「はい! シロクマをやってます!」


「ほ、本当は恐ろしい存在なんだよね? ビクビク……」

「はいっ! ぼく、本当は恐ろしい存在です!」


「じゃあ……見せてくれます?」

「はいっ! 何をでしょう?」


「見せてみろ! 恐るべき熊の爆発!」


 白田くんが短い手足をユーモラスに動かして、お尻を後ろに突き出して、額の三日月アザを見せつけるように、オーバーなリアクションとともに、かわいくボケた。


「ぽっひょ〜ん」


 現実のあたしの記憶の中では、圭吾はあの日お笑いを諦めて、普通に就職して、いつの間にかすれ違って別れてもうた。

 でも、あたしが今書いたこの物語の中では──

 圭吾と白田くんは、マイクの前で大爆笑を起こしたんや。




 あたしはトラックの運転席で、ハンドルに伏せていた顔を上げた。

 高速道路のパーキングエリア。窓の外には、十一月の澄んだ秋空が広がっている。

 ダッシュボードの上に置いたタブレット端末には、『あつまれ自信作企画』の投稿画面。

 49歳。大型トラックの運転手。独身。

「元々失敗しとる人生」なんて、誰が決めたんや。

 圭吾が自信のない白田くんを信じたように──

 白田くんが圭吾の信頼をあたしに軽く言われて発奮したように──

 あたしも、あたしの書く言葉を、あたしの人生を、信じてやればええんと違うか?

 過去は変えられへんかもしれない。

 実際、こんな物語を書いても現実のあたしはなんにも変わってへん。

 でも、この物語の中で圭吾は売れっ子芸人になって、あたしを笑わせ続けてくれている。

 そして、それを書いているあたし自身も今、トラックの運転席で、口元をゆるませて笑っている。

 あたしは指を動かした。

 キーボードを叩く音が、静かな運転席に心地よく響く。


「でな、ミナ」

 売れっ子芸人になった圭吾が、テレビの特番の楽屋で、高級などら焼きを食いながらあたしに言った。

「俺の笑いの原点は、やっぱりお前なんやで」


「またそんな甘いこと言うて。仕事行きなはれ、売れっ子さん」


「へいへい。白田、行くぞ!」


「あ、待って圭吾くん……ぼく、やっぱり生放送緊張する……」


「まだ言うとんのかい!」


 ふたりの背中を見送りながら、あたしは笑う。

 人生、何が起こるかわからん。

自信なんて、後からついてくればええんや。

あたしの書く物語は、ここからまた、何度でも面白くなるんやから。





                (了)







 投稿ボタンを、思いっきりポチッと押した。

「よしっ……! できたで、しいなさん!」

 トラックのエンジンをかける。重厚な効果音が響き、あたしの『自信作』を乗せた車体が、まっすぐ未来へ向かって走り出そうとした──その時。


 スマートフォンの着信音が鳴り出した。


 知らん番号や。


 いつもなら出ないところ、なんだか気になって、出てみた。


『やぁ、ミナ。久しぶり』


 その声ですぐにわかった。


「け、圭吾!?」


『まさか電話番号変わってへんとは思わんかったわ。かけてみてよかったぁ〜』


「ど、どしたん? 20年以上振りやで!?」


『ミナ。オマエ今、何やっとる?』


「今? 大型トラックの運転手や」


『あぁー……。昔っからクルマの運転、好きやったもんな。結婚は?』


「まだや。……っていうかたぶん、もうないわ。もうあたし49やで?」


『ちょうどよかった。じつは電話したんは、な……』


 け、結婚してくれとか言うつもり?

 アホなん?

 あたしがそう思っとると、圭吾が言い出した。


『オマエ……、俺と漫才コンビ組まへんか?』


「何の話や!」

 あたしはツッコんだ。

「時空超えて何の話してんねん! アンタあん時、簡単に夢諦めてたやろ!」


『俺、小さい会社の社長やってんねんけど、嫁に病気で先立たれてから、なんか(俺の人生、これでいいんか?)て、思いはじめてな。息子が25歳になるから後継がして、もう一度スターを目指そういう気になったんや。で、考えたら昔、四年付き合った女──アイツそういえばツッコミの天才やったなって、思い出してな。今のツッコミもよかったで。キレ味衰えてへんな』


「アホか! あたし49やで?」


『どうせ見た目はまだ二十代の美魔女やろ? それにアイドルならともかくお笑い芸人に若さ必要あれへん。言うたやろ? 俺の笑いの原点はオマエなんや。オマエと一緒やったら天下取れる気がして、それで電話してみてん』


「遅い遅い! その気になるんが遅すぎるわ!」


『何かを始めんのに早いとか遅いとか、ないわ。俺たちたぶん、晩成型やってん』


 アホな話はスルーして、聞いてみた。

「白田くんは?」


『ん?』


「白田くんは、今どうしてるん?」


『白田か……』


 知らへんやろな。そら、そうや。あれっきり──


『白田はうちの会社で部長やってる』


「雇ったんかい!」


『ふんでもってアイツ、オッサンなったら自信もついてな、その上偉そうにしたりせぇへん、かわいいオッサンなもんやから女子にモテモテやで』


「えらい変わりようやな!」


『そしてボケの天才っぷりはあの頃のまま、むしろ成長しているんだ』


「いきなりの標準語、やめい!」


『だから、三人でやらへんか?』


「えっ?」


『天下取るのは大袈裟としても、今はSNSで誰でもネットにネタを投稿できるやん。やってみたら人気出るかもしれへんで?』


「あぁ……」

 ようやくなんだか現実的な話になってきて、あたしはうなずいていた。

「なるほどな……」


『三人でネタ動画投稿して、拡散しよう。俺がネタを書く』


「自信作の動画が撮れたらええな」


『おっ? やる気になってくれよった?』


「ふふ……。乗せられてもうたわ。なんや面白くなってきた」


『とりあえず今週末でも会おうや』

 オッサンの声になった圭吾が、電話の向こうで言った。

『オマエがどんな美魔女になっとるか、見るのも楽しみや』


「うん」

 自分が少し涙声になってるのを感じながら、あたしは答えた。

「楽しみやな、ウチも楽しみやわ、圭吾がどんなオッサンになってるか……」


『じゃ、また連絡するわ』


「うん。持ってるね」


 電話が切れた。

 せやけどあたしの人生はまだ切れてへん。


 これから何が始まるのかはわからへんけど、なんだか楽しい予感に、弾みをつけてトラックのエンジンをかけると、ヘッドライトが照らし出した道路の上で寝取った猫がびっくりして勢いよく立ち上がった。


 走り出すと、夜の道路の上に、これから始まる三人の舞台を照らすみたいに、白いヘッドライトがまっすぐ伸びていった





              【おわり】




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― 新着の感想 ―
3人で楽しいこと、頑張っていくんですね……(*^ω^*) 素敵な未来……あるといいな˚✧⁎⁺˳✧༚ʕ^ᴥ^ʔ 読ませて頂きましてどうもありがとうございました<(_ _)>
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