第二十八話 ――薄闇の中で――
その頃、リンクは店に向かっていた。
店の扉を開けた瞬間、
中から出てきた客とぶつかりそうになった。
「っと……すみません」
客は軽く会釈して去っていく。
カウンター越しにヨゼフが、ダルそうに片手を上げて言った。
「……遅かったな。今日はもう店じまいだ」
「え、今来たばっかりなんだけど」
「客も来ねぇしな。……帰れ。鍵は掛けとけよ」
それだけ言うと、ヨゼフは店の奥へ姿を消した。
他の鑑定屋はどこも忙しそうなのに、
ヨゼフの店だけは客がほとんど来ていない。
たぶん、今の一人だけだったのだろう。
「……まあ、やる気ないもんな……」
リンクは戸締りをしながら、ふっと笑った。
鍵を確かめて、外へ出る。
通りまで来ると、街全体が騒がしい。
素材を抱えた冒険者が走り抜け、
商人たちが声を張り上げている。
どこもかしこも、せわしなかった。
ローランドとは別れたばかりだし、
今さら探して戻るのも、なんだか気まずい。
どうせ街のどこかをぶらついているだろうし──
隠し部屋を探るなら、一人で動いた方が都合がいい。
それに、ギルドに寄れば
あの冒険者たちに会うかもしれない。
わざわざ戻ることもないだろう。
リンクはそのままギルドを避け、
4階層へ潜ることにした。
4階層は、街の喧噪とは対照的に静かだった。
湿った空気が肌にまとわりつき、
遠くで水滴が落ちる音だけが響いている。
リンクは弓を握り直し、周囲を確かめながら進んだ。
雑魚の数がやけに多い。
見つからずに通り抜けるだけでは、調べられない場所もある。
倒していたらきりがない。
それに、4階層はかなり広かった。
魔力回復の残りも、心もとない。
やっぱりソロだと少しきついか。
ローランドと一緒なら、こんなこと気にしなくていいのに──
そんな考えが頭をよぎる。
そろそろ引き返そうかと思った、その時。
「あら、坊や。一人なの?」
突然声をかけられ、リンクは肩を跳ねさせた。
反射的に身構える。
──前に襲われたことがある。
その記憶が、体を勝手に動かした。
赤い服の女。
軽やかで、静かで、どこか“生き物”のような気配。
フードで顔はほとんど見えない。
布の隙間から、トカゲの鱗のようなものがちらりと覗く。
冒険者の装備とは違うように見えた。
「そういえば、私も一人だったわね。うふふ」
その声に、リンクは思わず顔を上げた。
わずかにずれたフードから、薄闇の中で頬の輪郭が浮かぶ。
一瞬だけ見えた素顔は、美しかった。
ソレイユほどではないが、整っていて、そして冷たい。
……作られたみたいだ。
そう思った瞬間、背筋がぞくりとした。
笑っているのに、目だけが笑っていない──
そんな気がした。
気づけば、女は通路の奥へと消えていった。
音もなく。
リンクはその背中を、ただ見つめていた。
──なんだ、あの人……。
追うべきか迷ったが、
リンクは引き返すことにした。
胸の奥に、
小さな違和感だけが、いつまでも残っていた。




