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隣の席のかのじょ

作者: 益木 永
掲載日:2026/03/05


  1


「ねえ」

 僕は隣から小さく聞こえてきたこちらへの声かけをスルーした。

「……ねえ」

 これは、今の状況が状況だからである。

「ねえって、聞こえてないの?」

 状況的にスルーした方がいいし、彼女の事だからあまり関係のない事を話してくるだろうし、スルーしよ……。

「仕方ない。それじゃあ薫くんが秘密裏に隠していたあの写真を……」

「……て、ちょっと待て今なんて!?」

 思わず席から飛び上がってしまった。その結果は、

「……一葉くん、授業中は静かに」

「は、はい」

 思いっきり先生に怒られてしまった。そして、その原因となった彼女は顔を隠しているが明らかに笑っている。

 ……おのれ、二羽。

 しかも、本人は知らんふりだ。というか、いつも自分だけはちゃっかりバレないような小細工をしている。

一葉いつばが声かけ無視するから、強硬手段を選んじゃった」

 隣の席で、授業中にとんでもない事をしようとしてきた彼女は二羽蛍ふたばねほたる。クラスでは明るくおどけた性格であると認識されている。

 そして、僕に対しては授業中に何故か声を掛けてくる相手だ。ついでだが、先ほどの秘密裏に隠していた写真には心当たりがある。思いっきり弱みを握られてしまった形になる。校則違反とか、そういうものではないのだが、クラス中に思いっきり拡散されるのは流石に不味いと思っている。

「今授業中だろ……それに、何てことしようとするんだよ」

 僕は二羽の言い訳に突っ込む。先生に聞こえない様に、小声で。

「ごめんごめん。でも一葉はこうでもしないとスルーしちゃうから、さ」

「そりゃそうだろ。授業中に話すとかマナーが悪い」

「それはわかってるけど……」

 わかっているなら休み時間中に話してくれ。……まあ、蛍はいつもクラスメイトとつるんでいるし、僕もよく休み時間は僕の友人のクラスメイトと話すので、機会がないからこんな事しているんだろうけど。

 というか、何故授業中に僕へ話しかけてくるんだ。

「まあいいじゃん。折角だから家の近くの堀でいつもくつろいでる猫ちゃんの話してあげる。かわいいよ?」

「いい。それより今は授業中だから、そっちの方集中する」

 何だかんだ話には付き合った。だから、ここで終わらせたいのだが……

「もう……折角の話せる機会なのに……」

 と、隣で愚痴ってくる。何故、休み時間に話しかけてこないんだ。



 授業が終わり、休み時間になったら二羽はすぐにクラスメイトに話しかけられて、自然と輪を教室の中心で作っていった。

 それはもう、あっという間に作られていった。二羽はいつもクラスメイトの友人と休み時間はこうして、絡んでいるのだ。そして休み時間、僕に話しかけてくる事は一切しない。

 何度も繰り返す事になるけれど、これが不思議だった。休み時間に話しかけてこないのは一体なんだというのか。

「よお」

「……ああ、お前か」

「なんだ今日は冷たいな」

 友人が声を掛けてきた。彼以外にも何人か友人はいるが、僕は基本的によく話しかけてきた彼とよく話すのだ。

「二羽さん、今日も授業中に声を掛けてきたよ」

「……ほお? またか」

 いつもこの様に、彼にだけはこうして二羽が授業中に話しかけてくる事を伝えている……のだが、この話をすると、友人はやけにニヤつきながら聞くのだ。

「なんで、二羽さんは授業中に声かけてくるのか、よくわからないな」

「……友達に噂されたくないからだろ」

「え、今なんて?」

「いや、なんでも」

 たまに小声で何か呟いているのだが、その度に耳を傾けないせいで一体何言っているのかが全くわからない。

 ……もしかして、この状況わかってないのは僕だけなのか?

 二羽蛍とこいつがわかっているのは確定だ。二羽は当事者だし。こいつは明らかに細かな言動から二羽が何故授業中に僕へ話しかけてくるのか気づいている。

 全く何故直接話してくれないんだ。

「……お前が気づかないとあいつの努力の意味がないからな」

「え、またお前何か重要な事言っただろ」

「いや、別に?」

 ニヤりとした顔をしながら、友人は答える。

 僕は、またモヤモヤとした気持ちを抱える事になってしまった。二羽の真意を知っているなら言ってほしい。彼が本人に直接聞いたかどうかは知らないけど。


  2


 次の授業も、二羽はまた僕に小声で話しかけてくる。

「それで、家の近くにいる堀でいつもくつろいでいる猫ちゃんが、カラスと喧嘩しているところ見たの。結構攻防激しかったんだよね」

 ……結局その猫の話をしてきた。というか可愛いと言っていたのは何だ結構バイオレンスな話をしてくるじゃないか。猫対カラスの喧嘩とか地味に怖いわ。

「へえ……」

 僕は流し聞きをして、授業にすぐ戻った。今は集中するための時間なのだから、少し勘弁してほしい。ここの高校は、時々話し声がボソッと聞こえたりはするけれど、基本的には真面目に授業を受けている生徒が大半なので、下手したら先生が気づきかねない。

「もう、つれないな~」

 隣から聞こえてくる二羽の声をスルーする。

「……これは、独り言なんだけど、一葉は今月誕生日なんだよね」

 それは、独り言とは言えない。ただ、質問しているだけだ。

「……」

「そうなんだよね……?」

 これ、もしかしたらまたあれをしてくるのでは? 僕の中で危機意識が働き始めた。

「そ、そうだよ」

 僕は小声で応対する。チラッと二羽の方を見ると、彼女はまっすぐと黒板に目を向けていた。

「今月の、いつ」

「……来週の木曜日だよ」

 僕は、正直に自分の誕生日を先生に聞かれないようにボソッと反響すらしないような声で答えた。二羽はそれに対してしばらく反応が無かった。

「……二羽?」

「……あっ、ごめん。聞いてたよ。来週起用なんだよね」

「来週起用ってなんだよ来週の木曜日って言ったんだよ」

 何だその勘違い。思わず声を上げそうになってしまった。寸前で押しとどまった僕は自分で我慢してよくやったな、と褒める。

「ご、ごめん。来週の木曜日なんだよね」

「……二羽?」

 またチラリと見ると二羽は教科書で顔を隠しているようだった。一体何なんだ。というか、もしかして調子悪いのか?

「二羽、大丈夫か? 先生、呼ぼうか?」

「べ、別に大丈夫だし……」

「え、そうなのか? 大丈夫じゃ」

「本当に大丈夫だから!」

 急に立ち上がって声を上げてきた。ちょっと待って今授業中!

「どうした二羽。調子悪いのか?」

 先生が突然の二羽の奇行に気づいて声を掛けてきた。授業中にそんな事をしたら、明らかに浮いているから、当然だ。

「べ、別になんでもないですよ~……あはははは……」

 その時、教室中にドッと笑いの波が押し寄せてくる。二羽の突然のリアクションとちょっとばかし、ボケた返答がツボにハマったのだろう。

 一方の僕は、この展開になって良かったと本気で安堵している。僕までまた何か言われたらたまったものではない。

「そうか。大事でもないのに急に大声を上げるのは授業中だからあまりしないでくれよ」

「す、すみません……」

 そう言って、二羽は頬を赤く染めながら席に座る。

 赤面しているのは、恥ずかしいからなのだろうか。

「もう……一葉くんは無自覚なんだから」

「……え?」

 もしかして、僕は今責められたのか? 何でなんだ。


  3


 僕は未だにこの日の授業の出来事を鮮明に覚えている。二羽の様子が明らかにおかしかったのと、最後の聞き取れなかった二羽の発言。この二つが引っかかっている。それに、急に誕生日の確認までされたので、尚更気になってしまったのだ。

 それは、今日が僕の誕生日だからだろう。

 今日の授業が終わり、クラスメイト達がわいわいと騒ぎながら放課後どうするか話したり、教室にいすわってケータイゲームを皆で集まってしたり。とにかくにぎやかだった。

 その中に、二羽も混ざっていた。今日に限って彼女は僕に対して、何をしてこなかった。

「よお、薫」

 いつもの友達が声を掛けてきた。ちなみに薫というのは当然僕の名前の事を言っている。

「ちょっと付き合ってくれよ」

「え、急になんだよ」

「いいからちょっとグラウンドでキャッチボールして話そうぜ。ちゃんと先生にボール使う許可貰ったし」

「いや、だからなんで」

「それじゃあ行こう!」

 そう言われて強引に腕を引っ張られて僕は教室から出た。

「ちょっと待てって、自分で歩けるから!」

 本当に彼がこんな事を言い出してくるのは急だった。キャッチボールはたまに彼とやってはいるけれど、今日の誘いは本当に急だし強引だった。



 友人とキャッチボールをしつつ、二羽が一体何故今日に限って話しかけてこないのか、とか最近の某動画サイトの配信の話とかをキャッチボールしながらしていた。

 某動画サイトの配信の話の方は本当にどうでもいいので割愛する。

 問題となる二羽の件については、友人は何やら知っているかのような素振りを見せたが、完全にはぐらかされてしまった。その流れで木に引っかかったボールを取りに行く羽目になってしまった。

 何だろう。二羽とこいつは何か裏でしているのではないかと勘ぐったりしている。例えば僕をからかうための裏仕掛けとか。……いや、二羽もこいつも平然と僕をからかっているな。全然気にしてなかったけども。

 それじゃあ一体何だろう。何か決定的に意識しなければならない事が欠けている感じ、一体なんだ。

「お、もうこんな時間じゃねえか」

 友人が突然声を上げる。友人の見ている方を向くと、時間は5時半の所を校舎に張り付けられたアナログ時計がお知らせしていた。

「それじゃあ、俺帰るわ。じゃあな!」

「え、ちょっと待て!」

 と、言い終える前に友人は颯爽と学校のカバンを背負って颯爽と走り抜けてしまった。早い。というか急にキャッチボールしようとか言い始めて急に帰って行ってしまった。

 キャッチボール自体は別に楽しかったけど、今日のは何か始まりと終わりが不自然すぎて心の底から楽しめなかった。

「……僕も、帰るか」

 モヤモヤした感情を抱えつつも、ここにいては仕方ないので素直に帰宅する事にしよう。そうして、家でゆっくりじっくりと過ごそう。

 今日の事は何も考えないでおこう。



 そして、靴置き場に着いた僕は、靴箱から自分の靴を取り出している時に、意外な相手から声を掛けられる。

「ひ、一葉!」

「え、……二羽さん?」

 二羽が声を掛けてきたのだ。というか、何で一人なんだ?

「そ、そのさ……えっといつも話に乗ってくれたりとかさ、ちょっと調子乗って失敗してもフォローしてくれたりさ、そのさ、なんていうかそのさ、その……えっと」

「……何言いたいかわかんないし、そのさばっかり言うよね」

 すると、二羽は顔を赤らめて鋭い眼光をこちらへ直球に飛ばしてくる。

 明らかに怒っている。というか、何で?

「もう! そんな事言うなら、さっさとこれ受け取りなさいよ!」

「え、な、なに――」

 結構鈍い音が響きながら僕の胸元に何かを押し付けられる。え、急に何? 本当に何で怒ってるんだ!?

 思わず、尻餅をつきそうになった。

「そ、それじゃあ私の用事すんだから! じゃあね!」

「え、用事って何のことなんだ? って待て!」

 捨て台詞を置いたと思ったらあっという間に二羽は校門の方へと行ってしまった。何なんだ、今日話しかけてこないと思ったら急に何かを押し付けて走り去ってしまったのだ。理解が追いつかない。

「んで、一体何だこれ?」

 二羽が押し付けてきたものはなにやら、綺麗にデコレーションされた袋だった。少し膨らんでいるので少しだけギュッと握ってみると、紙が折れるような音が聞こえる。もしかして、紙を使ったなにかが入っているのか?

 僕は試しに開けてみると、中には何か文字が書かれた紙と、手のひらに置いておけるようなサイズの折り鶴が入っていた。折り鶴はしっかりと折り畳まれた状態であり、何も無かったが、僕が少し握ったせいで文字が書かれた紙は少しくしゃくしゃしてる。

 この紙は、もしかして手紙なのだろうか。

 その手紙にはこのような文字が書いてあった。


『お誕生日、おめでとう。一葉薫くん――二羽蛍 P.sこれだけだと、味気ないので折り鶴も中に入れてます。大事に飾ってください』


「な、なんだこれ?」

 何故、二羽がこんなものを?

 僕はこの謎の流れをイマイチ理解できなかった。


  4


「……うわああぁぁ……! ……やっちゃったよぉ……!」

 ここに一人、歩道のど真ん中で頭を抱えている少女が一人いた。

 彼女はしばらく走り続けて、恐らく彼が通らない場所まで着いたと思ったのだろう。彼女は足を止めて、しばらくホッと息をつくもしばらくして自分の行動を振り返って頭を抱えていたのだ。

「あんなのじゃ、私の想い伝わらないじゃん! 私何やってるの!」

 彼女は二羽蛍。授業中いつも隣の席の男子生徒である一葉薫に声を掛けて、アプローチしているのだが、上手くいっていない。

 そもそも、彼女が何故授業中しか声を掛けないのかはとても単純な理由だった。

 単に、休み時間に話しかけるのが恥ずかしいからである。

 その上、休み時間中は友人の目もあるので余計、一葉に声を掛けるのができなかったというとても純粋な理由が、彼女の休み時間に声を掛けない理由だ。

「うう……というか、あの感じだと私の好意に一ミリも気づいていないじゃん……」

 一葉に想いが伝わらないのは、二羽のアプローチの仕方が完全に遠回り且つ、一切好意を感じさせないようなやり口であるのも原因の一つではあったのだが、彼女は気づいていない。

「こうなったら、もうちょっと頑張って薫にアプローチしないと! 明日思い切って……やっぱり休み時間に話しかけるの無理! 友だちにこの恋心をからかわれたくない!」

 そのため、一葉から見てアプローチは彼女が一葉の反応を面白がってからかっている、という事にも二羽は気づいていなかった。この発言が完全に自分へ返ってきている事も、当然気づいていない。

「もう……! 折角薫の友人にお願いして放課後ほとんど人がいない時間まで粘ってくれたのに……!」

 そして、今日のプレゼントは彼女が薫とよくつるんでいる友人に協力を仰いだ事で行った事だ。ただ、彼が実はお互いの状態や気持ちを良よく理解した上で、尚且つ余計な介入をせず、経過を楽しんでいる事は二羽も一葉も知る由はなかった。

 だから、彼が快く協力してくれた事を二羽は知らない。彼女はただ、彼の事をとても優しく協力してくれる良い人としか思っていない。

「うう……あの日から、薫にアプローチしてるのに……」

 彼女はまた、今までの自分の行動を振り返って反省している。頭の中で、一体どうしたら彼が振り向いてくれるのかをずっと悩ませている。

 それも、二羽が一葉に恋をするきっかけになったあの日の事があったからだ。

「でも、ここで悩んでいても仕方ないし! 明日も、頑張ればいいんだから!」

 二羽はポジティブに考え直して、立ち上がる。そして、明日はどんなアプローチを仕掛けるかを考えながら、改めて帰宅を始めた。

 そうして、彼女は一葉がアプローチをどう思っているか知らず、そして一葉は二羽が自分に対して恋愛的な好意を持っている事に気づかず、ずれたアプローチとそのずれたアプローチによる勘違いを繰り返しながら日々を過ごしていく――。


FIN


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