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【第一章完結】その魔法、合法ですか? ―召喚事故から始まる未整備魔法立法補助録―  作者: 榎本モネ
第1条 召喚事故における責任の所在

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第6項 召喚魔法規制法草案



 めぐるは、再び机に向かって座り直した。資料の山を前に、深呼吸をひとつ。白玉はいつものように肩にちょこんと座り、こちらを見上げている。 白玉の尻尾が、気まぐれにめぐるの首元をくすぐった。集中しろ、と言いたげに肩をすくめると、白玉は小さく鳴いて丸くなる。


「……さあ、始めるか」


 レオンは淡々と魔法陣の記録を指差したまま、机に腰を下ろした。魔法理論に関する詳細な図解や数式、過去の事故報告書が散乱している。めぐるは、これらの資料を前に、被害者としての視点と、法律事務所事務員として、少しかじった法律知識をどう組み合わせるか、頭を巡らせた。

 正直なところ、めぐるの法律知識は、専門家と呼べるほどのものではない。めぐるは法学部を卒業しているとはいえ、弁護士や検察官、裁判官のように司法試験に合格しているわけではなく、法律知識はかなり曖昧だ。そんな自分が、異世界で法律作りに携わることになるとは思いもしていなかった。不安しかない。

 そんな思いを知ってか知らずか、白玉は、めぐるの肩の上で身体をすり寄せるようにして、小さく鳴いた。慰めているのか、単に暖を取りたいだけなのかは分からない。それでも、ひとりではないと思える程度には、十分だった。


「まずは、この召喚魔法事故に関する暫定条文を検討しよう。仮に立案するとしたら――」


 レオンは、分厚い羊皮紙に書きなぐられた草案をめぐるに差し出した。そこには、いくつかの条文が列挙されていた。

 めぐるは紙に目を落とす。文字は読めるが、読むのに少し時間がかかる。白玉は紙の端に前足をかけ、興味深そうに鼻先を近づけた。もちろん文字が読めるわけではない。ただ、紙がめくれるたびに反応する様子が、なぜか心を落ち着かせる。


「……理解するのに、ちょっと時間をもらえますか」

「もちろん。しっかりと読んでほしい。

 俺が作ったのは理論的には成立する文章だが、現場運用まで考慮してない」


 レオンの言葉に、めぐるは紙から視線を上げる。


「……じゃあ、私の感覚で、現場運用として問題ないか確認してほしいってことですか?」

「まあ、そういうことだな。もちろん、異世界人のお前がこの世界の"現場"を知っているわけはないから、そこの完璧さは求めてない。ただ、召喚魔法は被害者として経験している。感覚的に“ここはおかしい”と思った部分を指摘してくれれば十分だ」

「なるほど……」


 めぐるは息を整え、あらためて、紙に書かれた文字を目で追った。


第1条(目的)

本法律は、召喚魔法の使用に伴う事故の防止、及び事故発生時の責任の所在を明確化することを目的とする。


第2条(定義)

一 「召喚魔法」とは、物品または生物を現実世界に出現させる魔法をいう。

二 「事故」とは、使用者の意図に反して物品または生物が出現し、第三者もしくは環境に損害を与えた場合をいう。

三 「使用者」とは、当該魔法を実行した個人または団体をいう。

四 「被害者」とは、事故によって直接的な損害を受けた者をいう。


第3条(使用資格)

召喚魔法を使用できる者は、大学及び公的研究機関が発行する使用許可証を有する者に限る。


第4条(禁止事項)

以下の行為を禁ずる。

一 事前の安全確認なしに生体を召喚すること

二 権限を持たない第三者の居室、施設、または生活空間に召喚を行うこと

三 不測の損害を生じさせる可能性のある物品召喚を無許可で行うこと


第5条(事故発生時の責任)

召喚魔法により事故が発生した場合、使用者は速やかに報告を行い、必要な措置を講じなければならない。ただし、設計上想定外の現象が発生した場合は、使用者、指導者及び施設管理者の三者で協議の上、責任を分担するものとする。


 めぐるは紙を眺め、眉をひそめる。ちょっと緊張をしながら、口を開いた。


「……うーん……」

「どうした?」

「いや、その……第2条の被害者の定義があいまいです。私の場合、『事故で損害を受けた者』という定義だけでは、精神的な損害や生活基盤の崩壊までカバーできません。法律を作るなら、被害者の範囲も、もう少し現実に即したものにしないと……。

 あと、被害者という意味では、たとえば、召喚された物品や生物によって怪我をしたり、財産が損なわれたりした方も被害者ですよね。そうした方も踏まえた条文にする必要があります」


 レオンはしばらく黙った。彼は理論を追う人間であり、現場で人間がどう動くかを完全に把握しているわけではない。文章の正確さは確認できても、事故が起きたときの人間の行動や安全、補償といった実務面は、彼の理解の外にあるのだ。

 めぐるは話を続けるが、声は少し震えている。専門家じゃないから、的確に整理できないもどかしさもある。


「あと、第4条の禁止事項ですが、“権限を持たない第三者の居室に召喚してはいけない”ってありますけど……うーん、施設内の研究室とか、共用の場所も含まれるんですよね?そこってどういう扱いなんでしょう」

「なるほど……実務では曖昧になる可能性があるな」

「はい。それから……事故が起きたときの責任の部分なんですけど、私、今回の召喚で巻き込まれた当事者です。条文では使用者が責任を負うって書いてありますけど、被害者の保護については書かれていないですよね?」


 レオンは黙って紙を指先でなぞる。


「……確かに、被害者保護の具体策がないな。ただ、法律でどこまで定義するべきか、という点を検討する必要がある」

「事故で巻き込まれた人の生活費や治療費などの必要な金銭をどう保証するのか、条文として定義するしないは置いておいて、条文に書くかどうかは別として、少なくとも運用の指針ぐらいは、こちらで整理しておいた方がいいんじゃないかと思います。……あくまで、私の感覚ですが」


 法律で示されていないものは「指針」として国から運用方法を提示されるのが普通だ。それについても合わせて考えておいた方がいいだろう。


「……あとは、三者で責任を分担すると書かれていますけど、誰が協議に入るかで結果が全然違うこともありそうです。そのあたりも、ある程度内容を固めておいた方がいいかもしれません。責任の割合についても、最終的には裁判を通して判決が積み重なり、前例として大枠が固まっていくんだと思います。少なくとも、私の世界ではそうでした」


 イメージとしては交通事故のケースだろうか。交通事故は被害者に残った後遺症の内容に応じて「後遺障害等級」という等級がつく。被害者はその等級に応じた慰謝料がもらえるが、相手との責任割合で減額されたりするはずだ。


「この条文では、事故処理の手順も限定的です。誰が報告を受け、誰が被害者に連絡を取り、誰が責任を負うか……現場では即座に決断しなければならない。曖昧な条文では混乱を招きます」


 レオンは無言で紙を見つめ、手元の資料を指でなぞっている。ここまでダメだしされたのは初めての経験なのかもしれない。そんな様子を目に入れながら、一番気になっている部分を指摘した。


「第5条の"必要な措置"って何ですか?」

「状況に応じた最善だ」

「“最善”って、誰基準なんですか。研究者ですか。大学ですか。それとも、被害者ですか」


 レオンは黙ったままだ。


「自分はあのとき、保護されませんでした。理由は『成人だから』『暴力性がないから』」


 白玉が、めぐるの襟元に潜り込むようにして丸くなる。めぐるは、淡々と続けた。


「でも、それって、事故に遭ったかどうかとは別ですよね。異世界に来て、知り合いも、資格もなくて、言葉が通じるかも怪しくて……それで『自活してください』って、『3か月の援助』って言われたとき、正直、頭が真っ白でした。

 でも、この条文を読んだら……あれで問題なかった、ってことになるんですよね」


 レオンは、ようやく口を開いた。


「制度上はな」

「ですよね」


 めぐるは深く息を吸った。


「この法律、研究者と大学のためには分かりやすいです。でも、事故に巻き込まれた側からすると、すごく遠い」

「遠い、か」

「はい。どこに立っていいか、分からない」


 しばらく沈黙が落ちた。紙の擦れる音だけが響く。レオンは、草案の端にペンを走らせながら、低く言った。


「……君は、法の専門家じゃないな」

「はい」

「条文の穴を理屈で説明することもできない」

「できません」

「だが」


 ペンが止まる。


「読んで、怖いかどうかは分かる」


 めぐるは、少しだけ目を見開いた。


「怖い、というか……置いていかれる感じです」

「それで十分だ」


 レオンはそう言い、再び紙に視線を落とした。


「この草案は、“召喚魔法をどう管理するか”しか見ていない。被害者保護条項を独立させるか、それとも基本法側に委ねるか……構造から組み替える必要があるな」


 思考が切り替わる速さに、めぐるは一瞬だけ言葉を失った。ついさっき指摘した違和感が、もう法体系の話に変換されている。

 めぐるは、その言葉を黙って聞いていた。


「次は、この違和感を、どう条文に落とすかを考える。文章は理論的に成立していても、運用に耐えるかは別問題だ。君のような視点が必要になる。まずはここまでを整理して、運用可能な形に修正していく」


 めぐるは深く息をつく。白玉が肩の上で小さく鳴き、くるりと一周してから、満足したように丸くなった。議論の内容など理解しているはずもない。それでも、空気が変わったことだけは分かるらしい。


「その観点でいうと……召喚魔法単体の法律として作るのではなく、より包括的にさまざまな魔法に適応できる法律に変えた方が現実的かもしれません。新しい魔法が次々に生まれている現状では、複合魔法や派生魔法といった研究魔法も増え続けていると、資料や事故報告書から分かりました。実験段階で予期しない被害が出ているケースも少なくないようです。

 これらを踏まえると、六属性魔法以外の魔法全般に影響を及ぼせる包括的な法律が必要になるかなと」

「……なるほど。君の指摘は理解した」


 レオンは短くそう言って、手元の条文から視線を上げた。その声は淡々としていたが、召喚魔法を単独で規定するという前提が、すでに揺らいでいることは明らかだった。

 現場で起きている事故や被害は、少なくとも自分が巻き込まれたケースや、報告書に書かれている範囲だけでも、条文の想定を軽々と越えている。

 六属性魔法という枠に収まらない研究魔法、複合魔法、そして未整理の新魔法。それらを前に、条文をただ積み重ねるだけでは追いつかない。被害の多様性と、被害者の視点を織り込んだ枠組みそのものが求められている。


 めぐるは、静かに息を整えた。

 法律を専門に学んだわけではない。それでも、被害に遭った当事者として、そして最低限の法知識を持つ一般人として、見過ごせない違和感があった。それを言葉にしたことが、今、確かに議論を動かしている。

 召喚魔法単体の規制から、より広範な魔法全体を視野に入れた包括法へ。その方向性を示してしまった以上、ここで話が終わるはずがない。

 ――どうやらこの草案作り、思っていたより深く関わることになりそうだ。

 めぐるは、そんな予感を胸の奥に抱きながら、再びレオンの手元にある条文へと視線を戻した。






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