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【第一章完結】その魔法、合法ですか? ―召喚事故から始まる未整備魔法立法補助録―  作者: 榎本モネ
第1条 召喚事故における責任の所在

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第4項 露店通り


 魔法研究区画の外れにある露店通りは、昼前になると一気に賑やかになる。見ているだけで目が忙しかった。呼び込みの声、金属同士が触れ合う音、魔法陣が起動する際のかすかな共鳴音が、重なり合って耳に入ってくる。人の流れに合わせて、空気そのものがざわついていた。


 最初に目についたのは、色とりどりの布を吊るした屋台だ。布は風もないのに、ゆっくりと揺れている。通りすがりの学生が指先で触れると、布の色が一瞬だけ落ち着いた色合いに変わた。淡い青から、緑、紫へ。触れる人の魔力に反応しているらしい。


「情緒安定用の魔力緩衝布だよー!集中力も上がるよ!」


 呼び込みの声が飛ぶ。学生らしき客が「レポート用に一枚」と言って、迷いなく購入していった。少し先では、小石を山のように並べた屋台があった。どれも手のひらサイズで、表面に簡単な刻印が施されている。


「保温石!一個で半日持つ!スープにも布団にも使えるよ!」


 隣では、似たような石を指して、


「そっちは非公式品だから、寮で使うなら自己責任な!前に煙出たけど、死にはしなかったし」

「それ基準なのかよ」


 笑い声が起きる。客もそれを聞いて、特に気にした様子はない。


(……非公式、って言ったな)


 めぐるは足を止めかけたが、流れに押されるように先へ進んだ。香りの強い一角もあった。瓶詰めの粉末、乾燥させた草、何かの殻。札には、


 ――魔力伝導率向上

 ――詠唱安定補助

 ――一時的感覚強化(※過剰使用注意)


 といった、曖昧で危うい文言が並んでいる。


「これ、合法ですか?」


 学生の問いに、店主は肩をすくめた。


「禁止はされてないよ。まだ」


 それで話は終わる。その「まだ」に、誰も突っ込まず、学生は納得した顔で代金を払った。

 別の屋台では、金属製の小箱が規則正しく並んでいた。蓋がわずかに浮いており、中から弱い光が漏れている。


「自動整理箱!中に入れた魔法具、属性ごとに勝手に分ける!」

「これ、前に事故起きなかった?」

「属性判別ミスって、全部爆裂系に分類されたんだよな」

「それは嫌だな」

「初期ロットな!今のは改良版!」


 客は一瞬だけ迷い、それから普通に買っていった。


(……事故、起きてるんだよな)


 だが、その事実は、ここでは購買意欲を削ぐほどのものではないらしい。


 軽食屋の前では、空中に浮かぶ鍋が、勝手にかき混ぜられていた。火は見えない。だが、湯気は確かに立っている。


「火属性、今日は調子いいな」

「昨日は弱くてさ。ぬるかった」


 そんな会話が、天気の話のように交わされている。


 めぐるは、焼き菓子を受け取りながら、ふと白玉を見る。白玉は、周囲をきょろきょろと見回していた。小さな鼻が忙しなく動いている。


「……落ち着かないか」


 白玉は返事をせず、露店の一つをじっと見つめた。そこには、用途不明の小さな魔法陣が描かれた札が並んでいる。


 ――使用目的不明

 ――研究素材向け

 ――返品不可


(……売っていいのか、それ)


 たぶん、問題が起きてから考えるタイプの文化なんだろう。誰も気にしていない。魔法は、ここでは珍しいものではない。危険も、不完全さも、全部まとめて「日常」に組み込まれている。

 めぐるは焼き菓子の包みを持ち直し、人の流れに身を任せた。

 ――そして、その背後から、やけに弾んだ声が飛んでくる。


「――ねえねえ! それ、噂の子じゃない?」


 振り返ると、明るい色のローブを着た女子学生が立っていた。肩までの髪をゆるくまとめ、目が合うなり、面白いものを見つけたという顔でにっと笑う。


「ほら、そのモモンガ!白くて、ちっちゃくて、研究区画を歩いてるって噂になってたやつ!」


 白玉がぴくりと耳を動かし、胸を張る。どうやら褒められている自覚はあるらしい。


「……白玉です」

「だよね!? やっぱり!」


 女子学生は一人で納得したように頷いたあと、間近で白玉を覗き込む。


「私、メルル。魔法理論学部の三年。噂話が専門分野です。事実確認は二の次だけど、拡散速度には自信あるよ!」

「専門……?」

「冗談冗談。でも、研究区画の噂ってすぐ回るんだよ?」


 メルルは楽しそうに続ける。


「六属性以外の魔法で事故が増えてるとか、変な草案作りが始まってるとか。それでね、その中心にいるのが――」


 そこで、メルルはめぐるをじっと見た。


「……あなた、学生じゃないよね?」

「まあ……」

「やっぱり! 服の感じが違うもん。研究員……にしては若いし」


 めぐるは否定も肯定もせず、焼き菓子の包みを持ち替えただけだった。


「研究区画を自由に歩いてて、魔導生物連れてて、学生じゃない。しかも、あの白いモモンガ」

「……」

「もしかしてさ」


 メルルは一拍置いて、声を潜める。


「レオン・ヴァーチェの関係者?」


 白玉が「きゅ」と鳴いた。めぐるは一瞬だけ視線を落とし、それから軽く頷いた。


「……仕事で」

「やっぱり!!」


 メルルは両手で口元を押さえた。


「え、待って、ちょっと待って。じゃあ、噂の“外部から来た補佐役”って、もしかしてあなた?」

「……外部から来た補佐」

「否定しないってことは、そうなんだ!」


 メルルは一人で盛り上がり始める。


「すごくない!?あのレオン先生の助手だよ?六属性理論を組み替えた天才だよ?魔法理論学部の教授陣が全員顔色変えたって噂の!」


 めぐるは少し困ったように眉を寄せる。


「うわー、いいなあ。直接あの人の思考を横で見られるなんて」


 羨望のこもった視線が向けられるが、めぐるは曖昧に視線を逸らした。


「……たまたまです」

「出た。“たまたま”」


 メルルはくすっと笑う。


「噂の中心にいる人ほど、そう言うんだよね。覚えとこ。今日の収穫、大きいなあ」


 白玉が誇らしげに尻尾を揺らす。


「ねえ、また話していい?今度は、草案のことも」

「……時間が合えば」

「合う合う。絶対合う!」


 そう言い切って、メルルは手を振りながら人混みに戻っていった。めぐるはしばらくその背中を見送り、それから小さく息をつく。


「……噂って、早いな」

「きゅ」


 白玉は同意するように鳴き、肩の上で丸くなった。

 レオンが不在の時間ですら、彼の名前と影響力だけが、この世界を忙しなく動かしている。めぐるはそれを、まだ少しだけ他人事のように感じていた。



 部屋に戻ると、白玉はすぐに机の上へ跳ねた。

 昨日と同じ場所。同じ景色。だが、今日は、少し違う。ここが「生活の場」だと、身体が理解し始めている。

 めぐるは椅子に腰を下ろし、しばらく、何もせずに過ごした。

 白玉は、部屋の中を探検するように歩き回り、ときどき、妙に注意深く床や壁を嗅いでいる。まるで、何かを探しているかのように。


「……何してるんだ?」


 声をかけると、白玉は一瞬止まり、こちらを見る。そして、また歩き出す。意味は分からない。



 昼を過ぎ、日が傾き始める。特別な出来事は、何もなかった。だが、それが、逆に現実味を帯びさせる。異世界に来たからといって、毎日が事件だらけになるわけではない。生活は続く。


 夕方、部屋に戻り、簡単な食事を取る。

 白玉にも、用意された餌を少し与える。白玉は、最初こそ警戒したが、匂いを確かめ、少しずつ口にした。


「……気に入ったならいいけど」


 白玉は、もぐもぐと食べ、満足そうに丸くなる。その様子を見て、めぐるは、ようやく、肩の力を抜いた。



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