王女様の職場訪問
「はは、それは春希くんも大変だね。学園の王女様と一緒にいたら、周りの男子たちから疎まれること間違いなしだよ」
「まったく……何で王女様を生徒会に入れようと思ったんだか」
数日後のバイト中、福島は同じコンビニのバイト仲間である青森渚と雑談を交わしていた。
青森は生徒会にも所属しており、普段は広報として活動している。バイトを始めたのは2年になってからで、福島が色々と指導をしていた経緯がある。薄紅色のショートヘアーが特徴的で、誰とでも分け隔てなく接することが出来る人物である。宮城と違うところは、男子たちにも同じように平等に接することが出来るという点である。そのため、青森は数多くの男子から告白されているという噂であるが、未だに成功した者はいないらしい。裏表のない朗らかな生活であり、福島も程よい距離感で話すことの出来るため、青森には普通に接することが出来ていた。
ちなみ、福島が周りの人間の中で下の名前で呼んでいるのは、青森だけである。それだけ、福島にとっては親しい存在であった。
「生徒会長に当選したとき、夏くんは絶対に真冬ちゃんを生徒会に入れたいって言ってたからね。お嬢様と言われている真冬ちゃんが断れないの、知ってんだろうね。彼女の綾乃ちゃんからして見れば、あんなに可愛い女の子を近くに置くなんて、気が気じゃないだろうね」
「まあ、宮城にそんな気は無いだろうし、山形は秋田にゾッコンだからな。間違っても、間違うことは無いだろ」
「ふふ、今度勉強教えてあげるんでしょ? 2人とも、クリスマスのために赤点は取りたくないって言ってたからね」
「いっそのこと、2人仲良く赤点取って補習三昧の冬休みになれば良いんだ。一気に2人に迫られたら、オレ1人じゃ対応出来ないだろ」
2人で雑談を交わしながら、商品の陳列作業を進めていく。街中の外れにあったコンビニのため、基本的に夜間帯の利用客は少なかった。時刻は21時に近付いており、2人のバイト時間も終わりが近付いていた。
周囲の人間から常識人という異名を付けられていた渚は、生徒会の中でも確かにまともな部類に入る人間である。生徒会長の夏や副会長の綾乃があのような異名を誇っていては、普通にしている渚がまともに見えるのは間違いない。真冬がお嬢様、春希がナイトというあだ名のため、より渚が常識を備えた人間であることは明白であった。
ちなみに、生徒会にはもう1人、庶務を務めている岩手透という人物がいる。こちらは部活が忙しいことが多く、生徒会には中々顔を出すことが出来ない。渚と並び、生徒会をまともに支えることの出来る人物で、周りの女子からの人気が高い人物である。暴走しがちな夏や綾乃を上手くコントロールしているため、周りからは参謀というあだ名を付けられていた。
「渚も手伝ってくれても良いんだぞ。少なくとも、オレはどちらか1人しか同時に相手に出来ない」
「いやいや、学年で真ん中の私が教えても身に付かないよ。あ、王女様にお願いしてみたら? きっと快く教えてくれると思うよ!」
「王女様ね……」
渚に言われ、春希は頭の中で夏と綾乃に勉強を教えている真冬を想像する。落ち着きなく騒いでいる2人を前に、苦笑いを浮かべて頑張っている真冬が想像出来たため、春希は自分が犠牲になるしかないと思い、深いため息を吐く。
そんな中、来客を知らせるチャイムが店内に流れていく。
「いらっしゃいませ! あれっ……王女様?」
「あっ、えっ……あ、青森さん?」
「……宮城?」
店の奥の陳列をしていたため、渚が入口にあるレジへと戻っていく。中に入って来た客を見て、渚は少し驚いたように目を見開いた。
聞いたことのあるような声を耳にした春希は、商品の陳列を終えて背後を振り返る。すると、そこには制服姿のままの真冬が立っていた。
辺りを見回していた真冬は、そこでようやく春希が店の中にいることに気がつく。しかし、真冬は何か言いたげな表情をしていたが、それを口にすることはなかった。
「真冬ちゃんの家、この近くなの? こんな時間に外出て大丈夫?」
「は、はい。私の住んでいる家は、ここからそれほど離れてないので……ちょっと出かけた帰りにたまたま寄ってみたんです」
「そっか。夜道は危ないから気を付けてね。あ、春希くんもそこにいるよ? びっくりするよね、あの社交性のない春希くんがこんなところでバイトしてるなんてね」
「……福島さん」
レジの後ろで煙草の在庫チェックを始めた渚に背中を向け、真冬はゆっくりとした足取りで春希の方へと近付いてくる。その様子を見て、春希は瞬時に真冬の様子がおかしいことに気が付いた。
この時間に制服姿の女子高生がいることは、そんなに珍しいことではない。友人たちと出かけた帰りであれば、この時間になるのも想像だに固くない。或いは塾の帰りなどと考えれば、この時間になるのも容易に想像がつく。しかし、春希は真冬がそのどちらにも当てはまらないと踏んでいた。
「……誰かから聞いたな? オレがここでバイトをしてるって。そうでなければ、こんな周りに何もないコンビニなんかに宮城が来るはずがない。そもそも、マンションから歩いてすぐそこに違うコンビニがあるんだから」
「福島さんがここでアルバイトをしているのは、山形さんと秋田さんから聞きました。青森さんも一緒にアルバイトをしているとは聞いてなかったので、少し驚いてしまいました」
「あのお喋りめ……それで、こんなところにわざわざ来て、探し物か?」
「……いえ、何でもないです。福島さんが気にすることではありません」
「……?」
てっきり自分に何か用があるのかと思っていた春希は、真冬から意外な答えが戻ってきたため、首を傾げていた。
それでも、春希は真冬の表情が曇っているのを見逃さなかった。しかしながら、本人が何もないと言っている以上は、無理に聞き出すのは自分らしくないと思い、春希はそれ以上追及することはしなかった。
真冬は飲み物コーナーから温かいお茶を1本取り、そのまま春希に背中を向けてレジへと向かっていく。そして、レジにいた渚と少々会話をした後、何事もなかったかのように店を出て行った。
「こんな時間に王女様が1人でいるなんて珍しいね。何かあったのかな?」
「さあな。家が近いと言ってたなら、たまたまじゃないのか?」
一緒のマンションに住んでいるということを伏せ、春希は何事も無かったかのようにして仕事に戻っていく。
そこから数分としないうちに、2人のバイトの時間が終了を告げる21時となる。店の奥にいた店長が2人に声を掛けると、2人は店長に託して店の奥にある更衣室へと引き上げていく。
「……渚、急用を思い出したから先に帰る。また明日な」
「何か買い物でもして帰るの? また明日ね!」
更衣室の前で春希に声をかけられた渚は、何の疑いも持つことなく、春希に手を振って女子更衣室の中へと入っていく。渚とバイトが一緒のときは途中まで一緒に帰ることが多い春希であるが、今日は状況が異なっていた。
男子更衣室に入り、春希は急いでバイトの制服から学校の制服へと着替えていく。その間も、春希は先ほど店に来ていた真冬の顔が思い返されていた。
何かあるからこそ、わざわざ真冬がここに来たのではないかと思っていた春希は、着替えを終えるとそのまま裏口から店の外に出る。そして、コンビニからマンションまでの地図を頭の中で描き、真冬が帰ったと思われる方向へ、春希は駆け出していた。




