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生徒会の王女様は距離感がバグってる  作者: レイチェル


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2/13

王女様の落とし物

「ふう、疲れた……」



 生徒会会計の仕事を終えた福島は、休む間もなくアルバイトへと向かった。住んでいるマンションからほど無い距離にあるコンビニは、福島が高校入学からずっと働いている場所であった。そんなアルバイトを終えた福島が帰宅する頃には、時刻は21時を回ろうとしていた。

 マンションのエレベーターで自分の部屋があるフロアで降りた福島は、そこで学園で見慣れた姿を見かける。そこには、自分の部屋の隣に住んでいる宮城が、自分の部屋の前で立ち尽くしていた姿であった。



「おい、どうしたんだ? こんな時間に外にいて」


「あっ……福島さん」



 帰宅した福島が視界に入った宮城は、どこか安堵したような表情を浮かべる。どこか晴れない表情をしていた宮城に、福島は首を傾げた。

 先に帰宅したはずの宮城であったが、その格好はまだ制服姿のままであった。まだ11月に入ったばかりと言っても、夜の冷え込みはそれなりにある時間帯であったため、福島は宮城がどうして外にいるのかが分からなかった。



「その、実は……部屋の鍵を無くしてしまって」


「部屋の鍵を落としたのか? それで、ずっと外にいたのか?」


「は、はい……管理人さんに連絡しようかと思ったのですが、連絡先をケータイに入れていなくて……」


「ちょっ、お前っ……」


「きゃっ……!?」



 この寒空の下で、一体どれくらいの時間を過ごしていたのだろうか。暖かなコンビニの中で仕事をしていた福島からしてみれば、宮城の存在がとても小さく見えた。

 マフラーも手袋もしていなかった宮城の手を福島が掴むと、その指先はとても冷え切っていた。福島は急いで部屋の鍵を開けると、宮城をそのまま部屋の中へと連れ込んで行った。



「こんな時間までずっと待っていたのか!? もっと他に頼る人がいただろうに! 他の部屋の人とか!」


「ほ、他の人はどんな方が住んでいるのか分かりませんでしたし、私が知っているのは福島さんだけでしたから……」


「だからってお前……とりあえず中に入れ。コーヒーは飲めるか? 甘いココアの方が良いか?」


「あ、えっ、えっと……ココアの方が好きです」


「分かった。とりあえずそこに座ってくれ。今エアコン入れたし、もうすぐ暖かくなるから」


「は、はい……」



 半ば強引に宮城を部屋に連れ込んだ福島は、リビングのエアコンを強に設定し、宮城をテーブルの上に座らせる。そして、キッチンに入って行った福島は、慣れた手付きでお湯をポットで沸かし始める。

 福島がココアを準備している間、宮城は落ち着かない様子でソワソワとしていた。周囲を見渡すと、自分の部屋とは全く異なる雰囲気の部屋であり、図らずも他人の部屋に入ってしまったことを自覚する。自分と同じ1LDKの部屋であったが、ほとんど余計な物が置かれていないリビングには、テーブルとソファー、それにテレビくらいの家電しか置かれていなかった。



「ほら、ココア。あと、管理人の番号調べるから、ちょっと待ってろ」


「は、はい……ありがとうございます」



 コーヒーカップに入れたココアを宮城の前に置くと、福島は隣の寝室へと消えていく。マンションの管理人の番号は契約時の書面に記載されていたが、福島も自分のスマートフォンには登録していなかった。

 福島が戻って来るまでの間、宮城はコーヒーカップを両手で包み込むように暖を取り、その暖かさを感じていた。一口ココアを口にすると、甘さは控えめであった。



「ようやく見つけたよ。こういうときのために、ちゃんと管理人の連絡先はすぐに取り出せるようにしておかないといけないな。ほら、これで電話しろよ」


「あ、ありがとうございます」



 寝室から入居時の契約書を持って来た福島は、管理人の番号が書かれていたページを開き、宮城の前に置く。それを見た宮城は、自分のスマートフォンから管理人へと連絡を始めた。

 その間、福島は本日の夕飯の献立を考えながら、自分もココアを作って一息ついていた。いきなりのことに驚きはしたが、これで解決である。マンションの管理人が合鍵を持ってきて宮城の部屋を開ければ、それで終わりのはずであった。

 しかし、電話口の宮城の表情はどこか浮かない顔のままであった。生気の無い声で、力無く返事をするばかりであった。何か嫌な予感がした福島であったが、こういうときの予感ほど的中してしまうものであった。



「……はい、分かりました。では、また……」


「……管理人に連絡はついたか? すぐに来てくれるって?」


「それが……明日の夕方まで旅行のため、こちらに不在とのことでした。そのため、こちらに来られるのは明日の放課後になりそうとのことです……」


「なっ……」



 宮城の口からもたらされた事実に、福島は危うく持っていたコーヒーカップを落としそうになってしまう。

 よりにもよって、こんなときに旅行に行っている管理人に多少の愚痴を言いたくなる気持ちを抑え、福島は冷静に務めていた。



「そんなことあるのかよ……じゃあ、お前は明日まで部屋に入れないってことか?」


「はい……そうですね……」


「っ……」



 身長は155センチメートル程と思っていたが、今の福島には宮城がとても小さく見えていた。瞳が潤み、今にも泣いてしまうのではないかと思ってしまうほど、弱っているように見えた。

 学校では、宮城はいつもたくさんの友人たちに囲まれている。成績優秀であり、それでいて謙虚な性格をしているため、宮城を狙っている男子たちが数多くいるという情報が、福島の耳にも入ってきたことがあった。意図的ではないとはいえ、そんな学園の高嶺の花を部屋に連れ込んだとなっては、どのような仕打ちを受けるか分からない。そのため、福島は学園でも宮城と関わることを意図的に避けていた。もちろん、万が一誰かに見られても大丈夫なよう、このマンションでも関わりを一切持っていなかった。

 それが、今や自分の思惑とは正反対の方向へと、事態が悪化してしまっていた。



「……ココア、ありがとうございました。私はそろそろ失礼いたします」


「って、おい。ここを出てどこにいくつもりだ? 落とした鍵に心当たりはあるのか?」


「……朝に家の鍵を掛けてから、鞄の中にしまいました。そこから学校に行って帰って来るまでの間に、どこかで落としてしまったのでしょう。仕方のないことです。これは、私のミスが招いた結果なので。ここから学校までの通学路を、もう1度探してみます。見つからなければ、どこか漫画喫茶やカプセルホテルを探して、そこで一夜を明かすことにします」


「バカなこと言うな! こんな時間に女の子が1人で出歩いたら危険だろ! それに、どこで落としかのかも分からない鍵を探すなんて非現実過ぎる。大体、不審者とかに捕まったらどうするんだ!」


「それは……でも、そうするしか方法はないじゃないですか。他に何か方法があるんですか?」


「それは……」



 先程までの弱々しい雰囲気は消え、宮城は少しずつ冷静さを取り戻していた。それと同時に、ほとんど関わりのない福島の家にこれ以上いるというのも、宮城としては許せないものがあった。

 他人に迷惑をかけたり弱みを見せることを嫌う性格の宮城からすれば、一瞬でも福島に弱気なところを見せてしまったことを悔やんでいた。明日になれば、管理人が来るため問題は解決する。たったの一晩だけ我慢すれば良いだけのことであった。



「福島さんに、これ以上迷惑をかけるわけにもいきませんから。では、私はこれで」


「お、おい! 待てって!」


「きゃっ……!?」


「あっ……わ、悪い。驚かせるつもりじゃ……」



 鞄を持って玄関に向かおうとする宮城の腕を、福島は咄嗟に掴んでしまっていた。驚いた宮城の手から、鞄が床に落ちていく。

 まだほんの少しだけ瞳が揺れていた宮城と視線が合い、福島は思わず目を逸らす。噂には聞いていたものの、実際に近くで見るとその瞳に吸い込まれそうになっていく。ましてや、女の子の顔をこんなに近くで見たことがなかった福島にとって、このような経験は初めてのことであった。



「……どうして私に構うんですか? 福島さんは管理人さんの番号を教えてくれました。それだけで、私は感謝しています。これ以上、福島さんに迷惑をかけるつもりはありません。離してください」


「……ダメだ。お前を、危険な目に遭わせるわけにはいかない」


「どうしてですか? 私がどうなっても、福島さんには関係のないことです。普段の福島さんなら、周りと余計な関わりは持たないと聞いていましたが、違うんですか?」


「っ……!」


「あっ……ご、ごめんなさい。こんなこと言うつもりじゃなかったんです! ただ、私は貴方に迷惑をかけたくなくて……」


「いや……気にするな。宮城の言ってることは間違ってない」



 分かってはいたことであるが、いざ他人から直接面と向かって言われると、福島もその表情を崩してしまう。

 とある理由から、福島は他人と必要以上に関わることを避けていた。関わりがあるとすれば、生徒会のメンバーくらいであろう。その中でも、山形と秋田はあのような性格をしているため、福島のプライベートにも平気で突っ込んで来るタイプであった。その他のクラスメイトたちは、福島をナイトと揶揄することはあれど、福島の心の壁の内側に入って来ることはなかった。



「……誰にも言わないし、お前に何かしようと考えているわけじゃない。ただ、単純に宮城を心配しているだけだ。それだけは分かってくれ」


「…………はい。ありがとうございます」



 少なからず福島を傷付けてしまったことを悔いているのか、宮城が再び部屋を出て行こうとする様子は無かった。



「……夕飯、まだだろ? 残り物で良かったら何か作るけど、嫌いな物はあるか?」


「えっ? あっ、その……な、無いです」


「分かった。じゃあ、そこに座って待っててくれ。ぱぱっと作るから」


「は、はい……」



 福島のことを少なからず警戒していた宮城であったが、先程見せた福島の悲しげな瞳を見て、何か理由があるのだろうと考えた。クラスメイトたちは、福島のことを根暗で愛想のないナイトだと揶揄している。そんな話を友人たちからされていたこともあり、宮城の中にも多少の先入観があった。

 それに加えて、宮城は男性が苦手であった。とある理由があり、それから宮城は男性と必要以上に関わることを避けるようになっていた。そのため、福島にあのようなことを言ってしまったが、宮城にもそれなりの理由はあったのである。

 キッチンに立った福島は、冷蔵庫の中にあった材料を一通り見て、夕飯の献立を決めていく。普段は両親や、山形と秋田の2人以外に誰も入れたことのない家に、今は宮城がいる。そんな非現実な状況を受け入れつつも、福島もどこか落ち着かない心境であった。

 普段であれば宮城に言われた通り、必要以上に人と関わることをしない福島であれば、宮城のことを見送って終わりにするはずであった。だがしかし、福島は自らの意思で宮城のことを呼び止めたのだ。華奢な宮城の腕の感触が、今も福島に手に残ったままであった。

 福島が料理を作っている間、宮城も落ち着かない様子で待っていた。壁に掛けられていた時計の秒針が刻まれる音が、やけに大きく感じられていた。

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